【書籍化】配信に興味ないダンジョン配信者は今日も配信する 作:もけねこ
間が空いてすみませんでした。温度の乱高下で体調がお亡くなりになりました。
咳が止まらなくなって、口の中に血の味が……これが吐血とか喀血の感覚……!と、謎にテンションが上がっていました。
「よし、ご飯も炊けた!」
「じゃあ食べようか。そういえば、カジキの味付けって何?」
「何もしてないよ。ワサビと塩で食べよ?」
「おお、お高いお肉の食べ方だ……」
彩音さんの提案にテンションが上がる。ワサビと塩なんて、本当にお高いお肉じゃないとしないよ。前に一回お父さんにそういう食べ方するお店に連れて行ってもらったことがあるんだけど、あの時は雰囲気に緊張して全然味わえなかったから、今回は味わって食べるぞ……!
"たけぇ肉の食い方じゃん”
"確かに脂多かったもんな”
"カジキ肉のハズなんだけどなw”
これから食べる食事への期待で気合いを入れなおし、ご飯を盛りつけ、味噌汁を並べて今日の夕食が完成した。
「ウニホーレンも食べてみてね」
「それはホントに楽しみ!」
ご当地のリスナーさんからちゃんと作り方を教わって作ったやつだから美味しいよ。味見もしたから本当だよ。にしても、ウニをこうやって食べるなんて全然知らなかったな。他にもそういった料理はあるかもしれないから、リスナーさんもどんどん教えてほしい。
しかし、こうやって出来上がった料理を並べたテーブルの上を見てみると……
「にしても……」
「? どうしたの?」
「完全に居酒屋の光景だよねこれ」
「……ま、まぁ確かに……」
"確かに全部ツマミだなwww”
"マジで酒に合いそう”
"割とユキちゃんの作るやつって、ツマミ多いよな”
"将来大酒飲みになりそう…”
前菜にウニホーレン、揚げ物でゴックンチャクの唐揚げ、メインはスライスしたカジキのステーキ(見た目は完全にお肉)……ご飯とお味噌汁があるから食事って感じだけど、なかったら完全にお酒のおつまみだよねこれ。
しばしそれを眺めていた彩音さんが、ぼそりと呟く。
「ゴックンチャクの煮物みたいなのがあったら、完璧だったかもね」
「モツ煮みたいな?」
「そうそう」
"あー、わかるー”
"ラインナップにしょっぱさがたらんよな”
"お前ら…ユキちゃん未成年やぞw”
"味噌汁あるやろがいwww”
確かに煮込み料理みたいなのがあると良かったかもしれないっていうのは間違いないかもなぁ……ちらっと配信画面を見たけど、しょっぱいものが確かにない。いや、お味噌汁はしょっぱいか。
ウニホーレンもしょっぱいもの寄りではあるけど、そこまで塩味を感じるような味付けしてないし。
それにしても……彩音さんってまだ20歳のはずなのに、お酒というかおつまみに対してなんでそんなに理解があるんだろう? 今年から飲み始めたはずでは……?
「……アヤネさんって20歳だよね?」
「そうだけど……?」
「いや、お酒好きなんだなぁ……って」
「あー……」
彩音さんが遠い目をしてしまった。なんだか、この遠い目をしている顔と、引いているときの顔ばっかり見ているような……
そのあと、私の肩にポンと手を置いて、凄く疲れたようにこうつぶやいた。
「色々あるんだよ、色々……」
「……?」
私にはわからない大人の苦労というものがたくさんあるんだろう。きっと。多分。
お父さんも時々ひどく疲れているし、大人って色々大変なんだろうな……色々出来ることが増えるから早く大人になりたいような、この苦労をわかりたくないからなりたくないような、そんな微妙な心境になる。
まあなりたくなくても、勝手になっちゃうんだけどね。時の流れには逆らえないし。
そういえば、いつぞやお母さんが、大人っていうのは取り繕うものって言っていたっけ……?
"アヤネさん、苦労してんのかな…”
"苦労してるだろ、現在進行系で”
"ツッコミお疲れ様です”
「その辺はおいていて食べよ? 冷めちゃう」
「……それもそうだね。いただきます」
「いただきまーす!」
昔に思い馳せていたところで、彩音さんの指摘で現実に帰ってくる。そして、確かにそうだなと頷いて、二人で食べ始める。昔……いや未来か? の話はあとにしよう。今はご飯だ!
まずはやはり前菜のウニホーレンから。
口に入れると感じるのは、まず軽く振った塩の塩味、そしてウニの香りである。正確にはウニボーだけど、ほぼ普通のウニだしね。
噛みしめるとほうれん草のしゃきっとした歯ごたえと苦みに混じって、ウニのとろりとした食感と甘みが広がる。
最後には、ほんの少しだけ磯の香りが鼻に抜けていく。
「美味しいねこれ……」
「うん、美味しい……」
"めっちゃ美味かったんやろなぁ…”
"声が神妙なの草”
"実際美味いぞウニホーレン。つまみに最適や”
"ウニ買ってきたら作れるか?”
"冷凍品でも行けるけど、生のウニの方がはるかに美味いぞ”
"海なし県民ワイ、低みの見物”
彩音さんと二人、神妙な顔で頷きあう。本当に美味しい。教えてくれたリスナーさん、ありがとう。ウニボーがレアモンスターじゃなかったら、大量に狩って帰りたい。でもなぁ、冷凍したら味変わっちゃいそうなんだよね。うーむ悩ましい……ご飯にも合うし、いい食べ方を聞いた。
さて、次に行く前に彩音さん作のお味噌汁を一口。うむ。お出汁が出てて美味しい。ちょっと臭いは感じるけど、気にするほどじゃなくていいアクセントって感じ。口の中もさっぱりしたので、ゴックンチャクの唐揚げに行こう。
ふむ……うん。完全に軟骨揚げだこれ。コリコリとした食感も悪くないし、味もいい。軟骨揚げだと、ところどころ硬いところがあったりするけれど、これにはそういった部分が一切ないので、結構食べやすいね。
たれと衣の味しかしないけども。うーん、もうちょっと味濃いめにして、ちゃんと味をしみこませたら、もっと美味しそうな気がする。次に機会があったらやってみよう。
いや、それ完全にただの煮ものだな……? 彩音さんの言う通り、煮物とかにすると、食感もあいまって美味しいかもしれない。これ自体はほぼ味がしないし、色々使えるかもしれないから、いい発見をしたと思う。
「……ビール欲しくなってきちゃった……」
「そんなにお酒飲みたくなるもの……?」
「飲みたくなるよこれは……」
"ビール飲みてぇよなぁ…”
"マジでユキちゃん居酒屋とか開かない???”
"冒険者引退してからの選択肢に是非…!”
"必死すぎだろお前らw”
お酒への未練を捨てきれていない彩音さんを見ていると、お酒用意してもいいよって言いたい気分にもなるんだけど、流石にダンジョン内で酔うのはなぁ……
というか、ノンアルコールビールとかじゃダメなんだろうか? 味だけになるけども。
「ノンアルコールビールとかじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、そうやって1個許しちゃったらズルズル行きそうだから……」
苦悩に歪んだ彩音さんの顔を見て理解した。その気持ちはすごくよく分かるし、私はもう触れないようにしよう。悩ませてしまうだけだ。
鬼灯? アレを止められると思ってるの?
「分かった。もう何も言わないようにするね」
「そうして……」
"自制出来て偉い!”
"ズルズル行くのはマジである…”
"分かるわ…”
お味噌汁で口の中をリセットするついでに、配信画面を見る。リスナーさんたちも気持ちが分かるらしい。万人共通なのかな、この感覚。
もう1個、もう1個だけ……! とかやってるとお菓子が全部なくなってるとか、そういうやつの類だよね。私もたまにやってしまうから、気持ちは本当によく分かる。
そして最後に、メインのカジキのステーキだ。さっきは塩コショウで食べたけど、これは塩とワサビで。食べる前に深呼吸をし、集中してからいざ!
ひと噛みであふれ出てくる旨味。塩によって引き立てられた肉の甘味がなおのこと美味しさを引き立てる。少しくどい脂をワサビが完璧に相殺し、ワサビの辛みを脂が包み込む。結果、ワサビの香りだけが通り抜けていく。
これは美味しい。美味しいなぁ……しみじみと噛みしめながらお米を口に入れる。うーん、口の中に残っていた肉の旨味と脂とちょうどよくまじりあって、本当に美味しいぞこれは。
あまりの美味しさに、私も彩音さんも無言で食べ続けている。ビューンカジキの肉であることを忘れそうなくらいには美味しいし、これならどこに出しても大好評だろう。
"無言でむしゃむしゃし続けてるのホント草”
"おおよそ配信で流れる光景ではない”
"これがいいんですよこれが”
"コンビニでトンテキ買ってきたわ”
"トwンwテwキwww”
"おう、やんのかこらぁ!”
"ビューンカジキの肉見たあとだと、どんな肉もちょっと…な?”
"それはマジでそう。でも、肉が食いたかった!ステーキで!!”
"分かる”
"めっちゃ分かる”
当初の予定とは大幅に違うご飯になってしまったけれど、こんなに美味しいのなら、そんな些細なことはどうでもいいのである。美味しいのは正義。
それにしても、彩音さんに言われるまで全然気にしてなかったけど、確かに汁物あんまり作ったことないかも。彩音さんが汁物を作ってみたいと言ってくれているし、これからはお任せしてみよう。あと、適さない材料だけの時もあるかもしれないから、一応今度からインスタントの味噌汁とかスープとか用意しておこう。
そして、その時にきちんとレシートとか領収書とかもらって彩音さんに渡そう。またお説教されるのはごめんである。あの時の彩音さんは怖かった……
「なんだか遠い目してるけど、大丈夫?」
「大丈夫。お金の大切さに思いをはせてただけだから」
「……次は忘れないでね?」
「はい」
"めっちゃ声シャキっとして草”
"アヤネさん、今の感じで少し話してくれません???”
"今の声めっちゃ良かったんで何卒…”
"お前らさぁ…w”
"変なの沸いてて草”
"何があったんだ…”
彩音さんの刺す様な冷たい声に、思わず背筋がシャキッとしてしまう。いや、本当に怖いよ。お金のやり取りはちゃんとしないとダメ、絶対に。
その恐怖を思い出して固まっていたら、彩音さんがそのままリスナーさんに事の次第をぶちまけてしまった。
「リスナーさんたち聞いてよ。ユキちゃんてば、今月分の経費の精算するからって言ってたのに忘れてたんだよ?」
"それはダメだわ”
"ギルティですねぇ”
"経費はちゃんとせなアカン”
"マジでダメなやつだった”
リスナーさんたちまで敵に回ってしまった……! いや、私のせいだけどさぁ……
「ら、来月はちゃんとするので……」
「ちゃんとしてね? 約束だからね」
「はい」
念押しまでされてしまったので、これは本当にきちんとせねばなるまい。今のうちにスマホにメモを……
"アヤネさん、頼みますよ”
"ちゃんと手綱握っててね”
"破ったら罰ゲームですなこれは”
"罰ゲーム…か!”
いや、罰ゲームて。何もそこまですること――
「いいね。何かやろっか」
「え、ちょっと!?」
リスナーさんたちに乗っかって、彩音さんが勝手に決めてしまった。
なんで乗り気なのさ彩音さんは!!
"定番の激辛料理とか?”
"激辛カップ焼きそばで行こう”
"単純だしいいんじゃね?”
「じゃあそれで決まりね」
「え」
「ユキちゃんは来月も忘れてたら、激辛カップ焼きそば食べてもらうからね」
「…………は、はい……」
こ、これは本当に忘れるわけには行かないぞ……! 辛いの苦手なのに……なんでこうも的確な罰ゲームが出てくるんだ。
あとずっと彩音さんの目が据わってて本当に怖い。
お金の大切さを身にしみて分かって来た気がするよ。なんだか変な方法で……!
明日は渋谷ダンジョンで彩音さんのレベリングの予定である。楽しみだなぁ……。ご飯美味しいなぁ……(現実逃避)