偽龍の仔   作:贋子

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序章


 曇天の下に、黒が揺れる。

 それは、尻尾だ。付け根の近くに一周するように白いラインの模様が入った黒く武骨さがありながらもしなやかさを兼ね備えた尻尾。

 その尻尾がつながるのは、一人の少年。年の頃は、十代前半といった所。

 尻尾と同じく艶やかな黒い髪色に、猫目石の様に鮮やかな金色の瞳。鼻の上には横一本の黒いラインが刺青の様に刻まれていた。

 身に纏うのは、半袖のパーカーに七分丈の灰色のズボン。足元は、サンダルだ。

 何より尻尾や髪色と同時に目を引くのが両腕。前腕の中ほどに尾と同じようにこちらは黒い線が一周しており手の甲にはそれぞれ、円を複雑な波型が囲む様な紋様が刻まれていた。

 少年はただボーっと空を見上げている。すると、ぐずついた天気であった鉛の空から、一滴、また一滴と雫が落ちてくる。

 程なくして、雨が降り始めた。

 同時に、少年の周囲を囲むようにして異形の存在が姿を現す。

 

「「「――――!!」」」

 

 その身体は鉱物の様なもので形成され、体の各部位には緑の光が零れ落ちている。

 何よりその頭部。花開いたかのように緑が輝き、頭部であろう部分は空間が歪んで、宛らブラックホールの様な有様だ。

 

 そして、その異形達を認識した少年も動く。

 

「――――Grrrrr……」

 

 喉の音から響く唸り声。金の瞳、その瞳孔が縦に裂けると前傾姿勢に。両腕に異様な力が掛かっているのか、血管が浮かび上がると、関節が不自然に動き両手が鉤爪のように開かれた。

 口が開かれ、その口角の隙間から蒸気が空へと昇る。

 仕掛けたのは、少年。

 

「Gaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 猛然と近くの異形へと襲い掛かる。

 振るわれる右腕。その指先は、硬そうなその鉱物のような体をまるで薄紙のように引き裂いてしまった。

 そこからは一方的だ。異形は、獰猛という言葉をそのままに人の姿にしたかのような少年が暴れる度に砕かれ、その体を空中へと溶かしていく。

 小型であるとかそう言う事も関係ない。少年の三倍は最低でもある大型のゴリラの様な見た目の異形が残るのみで残りは全て虚空へと溶けて消えた。

 

「――――!」

 

 怒っているのか、異形はその岩石の様な腕を振り上げて地面へと振り下ろす。

 一方で少年も引き下がる気配はない。

 

「Haaaaaa……!」

 

 開かれる口から大きく蒸気が上がった。

 少年の体は動くほどにそのキレを増していた。同時に、その肌は赤熱したように赤くなっていく。

 まるで、運動エネルギーがそのまま燃料になっているかのよう。暴れれば暴れるほどに強くなっている様だった。

 だが、少年が異形へと襲い掛かる前に彼の後方から複数発の弾丸が異形を襲った。

 突然の横槍に反応する怪物。同時に複数の足音が少年の後方から聞こえてきた。

 

「ヒーローの到着だぜ!!」

「強襲開始」

「アンビー!ビリー!ちゃちゃっと畳んじゃないなさい!」

 

 乱入してきたのは、三人組。

 桃色髪をツーサイドアップで纏めた、露出の多い女性が少年を保護するように動き。赤いジャケットを着た逆立った髪が特徴的な機械人が二丁拳銃をぶっ放し。白髪のショートカットの女性が電光を走らせるマチェーテを振るって異形を切り刻む。

 瞬く間に勝敗は決した。崩れ落ちる異形。

 その姿を確認して、少年を保護した女性は鼻を鳴らす。

 

「ふんっ、口ほどにも無いわね!それにしても、依頼で入ったホロウに子供が居るなんて……怪我はしてない?」

「……?」

 

 女性に問われて、少年は首を傾げた。

 防御のぼの字も無い様な暴れっぷりであったにもかかわらず、彼の体には怪我の類は見受けられなかった。

 

「ニコの親分!それよりもさっさとこのホロウを抜けようぜ!その子供も、連れ出した方が良いだろ?」

「ビリーに賛成。その子のエーテル適性がどの程度かは分からないけど、早いに越した事は無いと思う」

「分かってるわよ!ほら、行きましょ」

 

 差し出される手。少年も、先程までの荒々しさなど何処かに捨ててしまったかのように大人しいもので、その手を掴み返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でも屋、『邪兎屋』本来の社名よりも通称が自他ともに認められた三人組の何でも屋。

 その社長であるニコ・デマラは頭を抱えていた。

 

「どういう事よ……!何で、この子の親は出てこないの!?」

 

 頭を掻きむしって叫ぶ。

 彼女の頭を悩ませるのは、ポケッと尻尾を揺らして買ってもらったジュースを飲む少年の事。

 ホロウを抜けて、彼女たち邪兎屋は直ぐにこの少年の家族を探すべく動いた。具体的には、『ホロウ調査協会』に問い合わせたのだ。

 人間に他生物の要素を取り込んだ存在をシリオンという。そして爬虫類の様な尻尾を持つ少年はまず間違いなくそのシリオンの一種だろうと判断し、その特徴をそのままに伝えた。

 結果、返ってきたのは捜索願などは出ていないという事。

 では、当人に話を聞こうと思えば、

 

「分かんない」

 

 小さくそれだけが返ってきた。

 少年は、その尻尾や髪の黒とは違って真っ白な記憶を持っていた。

 何も覚えていないのだ。自分がどこの誰で、家族の顔や友達の顔。自分の住んでいた家や街等々。

 一切合切が分からない上に、その記憶は靄がかかった曖昧さではなく、何の取っ掛かりも無いスーパーフラットの様な有様。

 明らかな面倒事。だが、一度抱えてしまったからかニコはどうにもこの少年をそのままに放り出す事が出来ずにいた。

 

「……こうなったら、奥の手よ!」

 

 意を決したように、彼女は大声を上げた。

 しかし、ニコが何を思いついたのか予想がついた赤いジャケットのビリー・キッドが声を上げる。

 

「なあ、ニコの親分。その奥の手ってのは、もしかして店長か?」

「ニコのツケの総額的に受けてくれるとは思えないけど」

 

 アンビー・デマラが淡々とそう告げる。

 邪兎屋、というかニコは各所に借金やらツケやらが溜まっている。それもこれも、彼女の金銭管理能力の低さが問題なのだが、今回頼ろうと考えている相手もツケが溜まっている。

 うっ、と怯んだニコだが、しかしとれる手段も無い。

 

「で、でも、あの二人ならホロウに関しても造詣が深いし、情報収集も上手そうじゃない!はい決定!行くわよ!!」

 

 社員二人の視線を跳ねのける様にして、声高々にニコは歩き出す。

 その手には、少年の手を握りながら。

 

 三人が向かったのは、六分街に存在するレンタルビデオショップだった。

 慣れたようにニコが扉を開けて、店の中へ。ビリーは車を見るために外に残っていた。

 店内は、閑散としている。ともすれば、閉店しているようにも見えるかもしれない。

 その店内を一瞥する事も無く、ニコは店の奥へ。

 

「プロキシ!居る!?」

「……ニコ。店でそう呼ぶのは控えてほしいって前に言わなかったかな?お客さんの対応中だったらどうするつもりだい?」

 

 扉を開け放ったニコに対して、灰色の髪をした青年が苦言を呈する。

 もっとも、いつものやり取り過ぎてニコに反省の色は見えないのだが。

 

「そんな事よりも、緊急事態なの!プロキシ!」

「ニコの緊急事態って、一ヶ月に何回あるんだろうね」

「前の緊急事態は、借金返済の為に依頼の道案内だったかな」

「んもうっ!今はそんな事言ってる場合じゃないの!」

「はぁ……その緊急事態は、その子が原因かな?」

 

 流石に揶揄い過ぎた、と青年が目を向けたのは室内を興味深そうにキョロキョロと見回す黒い尻尾が印象的な少年だ。

 彼の前に、藍髪の女性が目線を合わせる様に腰を曲げる。

 

「こんにちは。私は、リン。あっちがお兄ちゃんのアキラだよ。よろしくね」

「……ん、よろしく」

 

 リンの言葉に、少年は頷く。

 妹の社交性の高さを横目に、アキラは大人の話だ。

 

「それで?この子がどうしたって言うんだい?」

「二日前の事よ。アタシたちは、仕事でホロウに入ったの。そこでこの子に出会ったのよ」

「ふむ、それで?」

「勿論、すぐにホロウ調査委員会の方に問い合わせたわ。でも、返ってきた答えはこの子の捜索願は出ていないって事だけ。目立つ見た目だし、届け出が間に合ってない可能性も考えたんだけど、そっちも外れ。この子が居たホロウの近くでこの子に似たシリオンは見つからなかった」

「成程ね……それで、僕らにはこの子の親探しを手伝ってほしい訳だ」

「そう言う事。矯正局に任せる仕事かもしれないけど、アタシたちはお尋ね者だし。かといって、この子一人出せないのよ……」

「?それは、どういう「お兄ちゃん、ちょっと」リン?」

 

 リンに呼ばれ、アキラは首を傾げる。

 

「どうしたんだい?」

「この子、記憶喪失みたい」

「記憶喪失?」

「そうなのよ。名前も住んでいた場所も、何一つわからないの。こんな状態じゃ、治安官に引き渡したとしてもどうにもならないでしょ?」

「成程ね……はぁ、ニコの厄介事は止まる所を知らないよ」

 

 眉間を揉むアキラ。

 本人の前に言う事ではないのだが、それでもため息の一つや二つ吐いた所で責められる謂れも無い。

 

 大人たちの頭を悩ます真っ新な真っ黒少年は、そんな大人たちを尻目に兎の自立人形(ボンプ)を撫でるのだった。

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