偽龍の仔   作:贋子

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「ど、どうしようお兄ちゃん!」

「…………」

 

 焦るリンだが、アキラとてこの状況は想定外。

 本来なら、デュラハンを撃破しそのまま金庫を奪取する予定。ハッカーのせいで色々と面倒は増えたが、その分戦闘では想定通りに進んでいた筈だった。

 それが、思わぬ横槍とデュラハンの変異でご破算だ。

 

「リン、君はあのエーテリアスを見た事があるかい?」

「え?うーん……何となく、ハティに似てると思ったけど」

「僕もだ。四足の獣型ならハティが該当する。強化種でもアーマーハティだ。あんな頭が二つあって、足が六本も生えたタイプは見た事が無い」

「新種って事?」

「分からない。僕らも、ホロウの全てを踏破してきた訳じゃない。それこそ、零号ホロウや原生ホロウは未踏破だしね」

「……つまり、あの二つ頭はそのレベルのエーテリアスの可能性があるって事だよね?」

「それだけじゃない。あのデュラハンの強化種?も相当だ。場合によっては、撤退を考えなくちゃいけないんだけど……」

「キャロットが、ね……」

 

 あのハッカーめ、と兄妹の内心が重なる。

 どうにか追い返して、治安局へと通報したがその結果としてキャロットが吹っ飛んでしまった。一応、もう一度帰宅ルートを探しているが、如何せんパエトーンであろうともこれは難しい。

 

 つまり、ホロウ内ではもはや勝つ他に未来はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「GAAAAAAAA!!!」」

 

 その光景は、宛ら怪獣映画。

 睨み合っていたギリューとエーテリアスは、どちらともなく互いに飛び掛かり取っ組み合いとなって地面を転がった。

 結果、馬乗りとなったのはエーテリアスだ。

 

「ッ……!」

 

 渾身の力を籠めるギリューだが、びくともしない。体格腕力共に上を行かれている為だった。

 

 暴力だけで、上の世界へ行くことはできない。それは、単なる喧嘩自慢が野生の肉食動物に勝てないように。

 力による制圧は、振り切れていなければ更なる力に潰されるか、或いは理合いによって成立されるのが世の常だった。

 

 今のギリューは、正にそれ。

 

「ッ!」

 

 躱す。交互に噛み付いてくる大口を頭を左右に逸らす事で、間一髪で躱しまくる。

 現状両腕と肩が力任せに押さえ込まれており、ミシミシと骨の軋む嫌な音が少年の体からは聞こえてきていた。

 

「Grrrr…………HAAAAAAAA……」

 

 唐突に噛み付きが止んだかと思えば、今度はエーテリアスはその二つの大口を開くとその口内にそてぞれ一つずつエーテルを集束させていく。

 ぶっ放してくる。そう気づいた瞬間、ギリューは動いていた。

 

「グッ………ァァァァアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 初めてその口から、獣の声とは違う()()()()()()()()()()

 渾身の力で両足をエーテリアスの腹部に添えると、押し潰されていた尻尾を利用した渾身の蹴りでその巨体を大きく上へと弾き飛ばす。

 高さにして、五メートル程。当然というべきか、押し退けられただけのエーテリアスにダメージは無い。

 

「CA!!」

 

 それどころか、口にためていたエーテル弾を吐き出して反撃してくる始末。

 飛び下がって躱したギリューだが、エーテル弾は着弾と同時に大きく弾け、爆発を伴ってその体を大きく突き飛ばす事になった。

 後ろ回りにゴロゴロと転がるギリュー。

 どうにか起き上がって前を見た瞬間、黒が迫っていた。

 

「ッ………ガッ!?」

 

 エーテリアスはその体格を活かした突進を行い、ギリューを巻き込むとその勢いのまま近くのビルの残骸へと突っ込んでいく。

 

 少年の危機だが、大人組もかなり危険な状況だったりする。

 

「速い……!」

 

 エーテリアスと切り結ぶアンビーだが、その体には小さな切り傷が幾つも刻まれていた。

 本来エーテリアス“デュラハン”は左腕に大盾、右腕が長剣の様になっている。

 だが、現在邪兎屋と相対する個体は、両腕が大剣の様になっており、オマケにその運動能力は一切の陰りがない処か通常種の上を行くフィジカル。

 今も切り結んでいたアンビーを突き飛ばし、ビリーからの銃撃を腕の大剣で受けたかと思えば回転しながら突っ込みつつ足元を切り払って、ニコのエーテル弾を弾き飛ばしてしまう。

 一歩踏み込んできたかと思えば、連続で左右の大剣を突き出してきて瞬く間に列車の残骸が粉砕されて鉄塊へと消えた。

 

「強すぎんだろ!?え、マジでこんなに強かったか!?」

「明らかに、強化されてる。プロキシ先生、このホロウのエーテル濃度って上がってる?」

『ううん。この直近十二時間を遡ってるけど、安定してるよ。寧ろ、そのデュラハンが明らかにおかしい!』

「言ってる場合じゃないでしょ!プロキシ!ギリューはどうなってるの!?」

『そこまで見れてないよ!戦闘音が続いてるから、まだ大丈夫だとは思うけど……!』

「楽観視できないって事でしょ!ビリー!アンビー!さっさと仕留めるわよ!!」

 

 仕込みアタッシュケースから銃身を露にして、ニコは叫ぶ。

 逃げるという選択肢は無い。最悪なのは、このデュラハンとギリューを巻き込んだエーテリアスの二体が合流してしまう事。そうなれば、死傷者が出かねない。

 地獄の戦闘は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴力は、より強い暴力の前に屈服する。

 

「Grrrr………」

 

 瓦礫を踏みつけるのは、鉤爪のある黒い六本の足。

 目があるのかは分からないが、それでも見据えるのは崩れた鉄筋コンクリートの瓦礫の先だ。

 

「うっ……」

 

 仰向けに倒れるギリュー。その頭からは血を流しており、全身が傷だらけ。

 人並み外れた力があれども、相手は通常エーテリアスの強化種を更に強くしたような暴力の権化のような存在。真正面からのぶつかり合いでは力の弱い方が押し負けるのは自明の理だった。

 

「むぅ…………」

 

 瓦礫を押しのけてどうにか起き上がり、ギリューは頭を振る。

 酷い傷だが動けないほどではない。彼は見た目以上に頑丈なのだ。

 しかし、状況は悪い。痛打を受けた事で狂暴性は鳴りを潜めているが、それでも思考能力には若干の枷が掛けられているような状態。オマケに、フィジカルは先の通り負けている。

 

「グルルルル………」

 

 諦める選択肢は、端から無い。殺すか、殺されるか。今はそう言う勝負だ。

 

「「!!」」

 

 両者、同時に駆けだした。

 ぶつかり、互いが互いを引っ掻き合い、押し合い、そしてその双頭の頭突きが少年を跳ね飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

 空中に跳ね飛ばされるギリューは、口の中にせり上がってきた鉄臭さを堪えて下を見る。

 

「GAAAAAAAA!!!」

 

 エーテリアスが咆哮と共に飛び掛かって来ていた。その跳躍は、大柄な体格をものともせずに一直線にどうにか空中で体勢を立て直したギリューに迫る。

 喰らいつかれる極限の時間の中で、少年の中に流れる時は限りなくゆっくりだった。

 このままでは、殺される。全面的にスペックで劣るのだから、当然の帰結だ。

 

 だが、少年(ギリュー)は死にたくない。

 

 まだ、やりたい事が幾つもある。知りたい事も山ほどある。

 

 何より、皆と一緒に居たい。

 

「ッ」

 

 幼い子供の様な願いは、しかし()()()()()()()()()()

 今までとは違う。()()()()()()()()()()()による暴力ではない。

 

 願いの為(生き残る為)()()

 

 少年の心臓が、より一層強く拍動を刻んだ。同時に、その頬が赤みを帯びた。

 ドクッ、ドクッ、と強く心臓が鼓動を刻むたびに少年の体は熱を帯び、蒸気となってその熱さを周囲へと喧伝してくる。

 今までとの違いは、狂暴性が頭の中を支配していない事。いや、消えてはいない。今も、その五体を持ってエーテリアスをぐちゃぐちゃに叩き潰してしまいたい本能が身を低くしながら今か今かと舌なめずりはしている。

 その本能の手綱を辛うじて握れるようになった。

 小さな一歩かもしれない。だが、同時に大きな前進だ。

 

 迫るエーテリアスを前に、ギリューは体を捻った。

 遠心力を乗せ、振るわれるのは武骨でありながらしなやかな黒い尻尾。

 ギリューの体で、最も頑丈で強力な部位は尻尾だ。それは、堅牢な盾にもなり、同時に並大抵ではない強力な武器へと変貌する。

 カウンター気味に双頭の片割れへと尻尾を上から下に叩きつけられたエーテリアス。

 その体は、真っ逆さまに地面へと叩きつけられ盛大な粉塵を巻き上げる事になった。

 舞い上がる粉塵。ギリューはその真っただ中へと頭から落ちていく。

 

「GRAAAAAAAA!!!」

 

 エーテリアスも、この程度では倒されない。咆哮と共に高まったエーテルが噴き出して、粉塵を勢い良く弾き飛ばしている。

 咆える双頭は、恐ろしい。飛び込むなど正気の沙汰ではない。

 ギリューは、拳を握った。その脳裏を過るのは、赤い覆面のヒーローの姿だ。

 高鳴る心臓の熱がより強まり、握られた右拳へと集まっていく。

 その様子は、宛ら熱せられた鉄だろうか。赤熱し、煌々と赤く輝いているようにも見えた。

 

「GAAAAAAAA!!」

 

 クロスカウンター。振り上げられた右前足が落ちてくるギリューの首をもぎ取らんと横薙ぎに振るわれる。

 迫る黒い鉤爪を前に、ギリューは冷静だった。

 

「フッ!」

 

 冷静に空中で姿勢を変えて前転を行い、黒い尻尾を鉤爪へと叩きつける事でコレを逸らす。

 前足を逸らされて、前につんのめる様になったエーテリアス。その双頭の間。隙だらけとなったその場所に、前転による勢いを乗せて灼熱の拳が振り下ろされた。

 まるで、隕石が落ちてきたかのような衝撃と音だった。

 

「…………」

 

 振り下ろしていた拳を持ち上げて、膝立ちから立ち上がるギリュー。

 彼の足元で、エーテリアスは頭を地面に埋めて尻を突き上げる様にして痙攣している。周囲は二メートルほど深くなったクレーター状に陥没。その半径は数メートル程か。

 エーテリアスを見下ろしたギリューは、徐にその突き上がった黒い尻へと手を伸ばすと、二本生えた尻尾をむんずと掴む。

 未だに、心臓は熱い血潮を全身へと巡らせている。その鼓動に従うまま、彼は尾を力任せに掴むと渾身の力でバットをフルスイングするように直上へと腕を振るった。

 勢いよく、空へと飛んでいくエーテリアス。見上げたギリューは、口を開く。

 肉の赤とは違う、炎の赫が口内に充填。同時に、彼の顔の前に赤く輝くエーテルの塊が生成されていく。

 引き金は、心。照準は、双眸。尾を地面に叩きつけ足を肩幅に開き、腰を落とす。

 

 熱線。それは、一直線に空を突き進みホロウの天井にまで至る。

 

「GA…………」

 

 空中でこの一撃を受けたエーテリアスは、その胴体に大きな風穴を穿たれていた。直後、その体はノイズに巻かれたかのように崩壊、虚空へと消えていく。

 その様子を確認する事無く、ギリューの体は仰向けに倒れていた。

 高鳴っていた心臓も熱を失い、いつもの通り穏やかなものへと治まってしまっている。全身を巡っていた膨大な熱も潮が引くように消えていた。

 

「…………」

 

 ぼんやりと、空を見上げたギリュー。不意に、その口が大きく開いて欠伸が零れた。

 そのまま、ウトウトと瞼が重くなっていく。

 元々の体に積み重なっていたダメージに、成れない出力での自身の力の行使。特に最後の一発は、残った力全てを一度に吐き出したようなモノ。ガス欠になるのも仕方がない。

 程なくして、小さな寝息がその場に流れ始める。

 ホロウ内で転寝など自殺ものだが、生憎と今のギリューは眠気に逆らえるだけの余裕はない。

 幸い、殆ど間を置かずに足音が近づいてきた。

 

「居たわ」

「生きてる、よな?」

「ええ。眠っているだけみたいね。血も、止まってる」

「……頑張ったみたいだな。俺が背負って良いか?」

「帰路の護衛は任せて」

 

 少なくない手傷を負いながらも五体満足で生き残ったビリーとアンビーがギリューを回収に来てくれた。

 因みに、ニコは金庫の回収だ。守銭奴というよりは、プロキシ側からの指示で金庫の確認をする必要があったため。

 ぐっすりと眠るギリューを背負い、ビリーが立ち上がる。

 

「結構、重いな。尻尾のせいか?」

「ギリューは、体格の割に尻尾が大きくて長いから」

 

 ビリーに言葉を返しながら、アンビーは乾いた血の付いた少年の頬を撫でる。

 

 漸く落着点が見つかった今回の件。

 これからも、様々な波乱が訪れるのだが、今はまだ穏やかな時間のままで。

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