偽龍の仔   作:贋子

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幕間
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 目を覚ます。目覚まし時計による起床ではなく、整えられた体内時計による自然な目覚めだ。

 

「……すっかり、健康生活が身についちゃったな」

 

 ベッドの上で上体を起こしたアキラは大きく伸びをする。

 少し前までなら夜更かしする事もザラだったのだが、今は限りなく減った。一週間の内、二、三度あるかないか程度の事。

 不意に視界の端で黒が揺れた。アキラがそちらを見れば、新調したソファベッドの上で横向きに胎児のように丸くなって眠るギリューが居る。

 

 あの後は大変だった。

 というのも、見た目は派手に血が流れた頭の出血位だったのだが、中身が酷い有様だったのだ。

 

 肋骨二本罅、三本骨折。左鎖骨骨折。右前腕骨罅、右上腕骨骨折。左大腿骨骨折。右足首捻挫。腰骨罅。

 

 双頭のエーテリアスに突っ込まれて叩き伏せられて挙句鉄筋コンクリートの建物を幾つも生身でぶち抜かれていれば、そうもなる。

 寧ろ、ボロボロの体内に対して皮膚の頑丈さが大きい。結果として開放骨折なども起こさずに済んでいた。

 何より恐るべきは、それら怪我が一週間ほどで完治してしまった事。

 ただ、治ったからといってそれで良かった、とはならない。

 なぜなら、ギリューが六分街で過ごすようになってから初めての大怪我だったから。

 具体的には、邪兎屋の三人が毎日店にやって来て三人そろって来れない時にも、誰か一人は顔を出すか、或いは連絡を寄こすレベル。アキラとリンにしても、おはようからおやすみまで、ほぼ付きっ切りだった。

 更にもう一つの変化として、ギリューの眠る時間が増えた。

 正確には、怪我を負っていた期間とホロウに潜って激しい戦闘を行った後の睡眠時間は凡そ十時間。途中で起きる事無く、昏々と眠り続ける。

 アキラの予想だが、エネルギーの行使の仕方に体が追いついていないのではないか、と。

 今までのギリューの戦い方は、只管な暴力。闘争本能のままに暴れ回り、叩き潰すというもの。

 しかし、今は違う。金庫の一件で相対した己を超える暴力の権化を前に、生き残る(未来を掴む)為に戦い方を変えた。

 具体的には、膨大な熱。そして、熱線。特に後者は並大抵のエーテリアスは耐える事は愚か、防ぐ事も出来ずに風穴を穿たれるか、飲み込まれて灰と化す。

 しかし、強大な力には相応の反動があるというもの。ギリューの場合は、長い休息がコレに当たる。

 

「……そろそろかな」

 

 着替えたアキラは時計を確認する。

 尻尾が立ち上がって、小柄な影が身を起こす。

 

「おはよう、ギリュー」

「ん………よう……」

 

 寝起きでポヤポヤしているギリューに、アキラは笑みを浮かべた。

 こうして寝ぼけまなこの少年を見れるのは、彼の特権だった。コレに関しては、妹に駄々をこねられても譲る気は無い。

 

「ギリュー、目は開いてるかい?」

「んー………ん!」

 

 ペチペチと頬を叩いて、ギリューは重かった瞼を無理矢理に引き上げた。

 ソファーベッドから立ち上がって、ベッドからソファの形へと戻し、続いて寝間着替わりのだぼだぼのTシャツからいつもの半袖パーカーと七分丈のズボンへと着替え、更にRandom_Playのロゴが入ったブルゾンを羽織る。

 店を手伝うようになってから、お決まりの格好だ。因みに、ホロウに潜る際にはこのブルゾンを裏返して、黒無地のブルゾンとして羽織っていたりする。

 着替えを終えて自分を見上げてきた少年の前に腰を折って、アキラはその黒い前髪を少し上げて覗き込んだ。

 

「……うん、傷も綺麗に消えたね。痕も残っていない。身体の節々が痛かったりしないかい?」

「平気。もうずっと大丈夫」

「そうは言うけどね。ギリューは大怪我を負ったんだ。下手をすると、そのまま病院生活、もしくは立つ事も出来ない様な怪我だったんだからね?」

 

 言い聞かせる様な口調のアキラに対して、ギリューはいつも通りの無表情でいまいち分かっていない様子。

 情操教育はまだまだ終わりそうにない。笑みを浮かべたアキラは、少年の頭を一撫でして立ち上がると手を引いて部屋を出た。

 朝食の準備をして、その後ギリューがリンを起こしに行って朝ご飯の時間。

 今日の予定をすり合わせて、雑談を少々。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。偶には私とギリューが一緒に寝ても良いと思うんだけど」

「またその話かい?折角、ソファーベッドも買ったんだ。有効活用するのは当然だろう?」

「別に、無理にソファで寝なくても一緒のベッドで寝ればいいじゃん。ね、ギリューも私と寝たいよね?」

「?」

 

 もぐもぐとパンを咀嚼するギリューは、首を傾げる。

 リンは、一端の女性だ。発育も良く、愛想も良ければ、顔立ちも整っている。そんな彼女のお誘いを受ければ、ホイホイついていく男も少なくないだろう。

 だが、残念ながらギリューに性差による魅了は意味を成さない。何なら胸を顔に押し付けるようにして抱きしめたとしても顔を赤らめる事もなく抱き返してくる。

 少年の反応に、ダメかぁ、と肩を落としたリン。そんな彼女に追い打ちをかけるアキラ。

 

「リンが何を期待しているのか何となく分かるけど、その場合君はギリューより早く起きれるのかい?」

「め、目覚ましを掛ければ………」

「それでも、ギリューの方が早く起きるのが目に見えるけどね」

 

 容赦ない兄の言葉に、妹はションボリ沈み込む。なまじ今までの積み重ねがある分、否定するのが難しい。

 そんな朝食の時間が終わり、後片付けをして、身嗜みを整えて三人は一階へ。

 今日のお勧めビデオの情報を紙に刷って手持ち看板へと張り付けるアキラを尻目に、ギリューはH.D.Dの前へ。

 

「おはよう、Fairy」

『おはようございます、三号』

 

 ギリューが声を掛ければ、メインモニターに目のような丸いアイコンが現れスピーカーから女性のような合成音声が流れた。

 Random_Playもとい、プロキシ業の新入りにして同時に鬼札。

 正式名称は、“Ⅲ型総順式集成汎用人工知能”Fairy。

 邪兎屋の一件で関わった金庫の中身であり、一方的なリンとの契約を結んだ結果ボンプを介してここまで乗り込んできた。

 契約を結んだリンをマスター。自身を助手一号と定義し、アキラを助手二号。そして、ギリューは三号と呼んでいる。

 機械音声だが、どこか人間臭さが否めない存在。因みに、ビデオ屋兄妹の見解は利用できるが一から十まで信用するには危ないというもの。

 それはそれとして、ギリューはFairyへの朝の挨拶をする。信用云々以前に、培われてきて育った心の成果としてだ。

 

「Fairy、今日の天気は?」

『回答。本日の新エリー都の天気は、降水確率二十五%。雲のある晴天となり、ビデオ店への入店状況はいつもと変わらないでしょう』

「ありがとう」

 

 新エリー都の知能設備の八割にアクセス権を持つスーパーAIだが、ネット関連に疎いギリューにとってはテレビで流れる天気予報と大差ない。

 アキラから手持ち看板を受け取って、二人に見送られる様にしてギリューは店を後にした。

 朝の六分街は、各店の店主たちが朝の開店準備に追われ、住民は朝の空気に背筋を伸ばしていた。

 

「バウバウ!」

「おはよう、ウーフ」

 

 咆えてきたニューススタンドの看板犬ウーフ。シリオンではなく、マジの犬だ。

 その毛並みを撫でて、発券されたスクラッチを一枚手に取るギリュー。その表面を削れば、骨付き肉が三つ。それから、新聞を一部自分のお小遣いという名の給料から払って購入。ブルゾンの内ポケットにねじ込んだ。

 ウーフに小さく手を振って、ギリューは再び朝の仕事、もとい宣伝へと戻ろう、という所で声を掛けられた。

 

「あら~、ギリューちゃん。おはようさん」

「アシャ、おはよう」

 

 ニューススタンドから通りを一つ挟んでお隣のゲームセンター。GOD FINGERの店長である、アシャが少し眠そうにしながらも通りに姿を現したのだ。

 ポテポテと近付いてきたギリューの頭を、アシャは上機嫌に撫でた。

 

「朝から頑張り屋さんやねぇ。お姉さんにも元気分けてほしいわぁ」

「?アシャ、元気じゃない?」

「大人になるとなぁ、朝っていうのは億劫になってん……せや、ギリューちゃん」

「ん?」

「お姉さんとハグしてくれへん?ギューッと熱い奴頼むわ」

「ハグ?」

 

 首を傾げるギリュー。だが、アシャが両腕を開いてスタンバイをすれば成程と頷き近くの壁に看板を立て掛けて何のためらいもなく抱き着いた。

 何の打算も無く、裏も無く、勿論一切の下心も無い。

 

「はぁぁぁぁ………子供体温、ぬくいわぁ……」

 

 じんわりと温かい少年を抱きしめて、アシャは蕩けた息を吐き出した。

 抜群のプロポーションを持つ彼女に抱きしめられているのだから、ギリューは中々凄い状態。具体的には、豊かな胸の谷間に顎を埋める様にしてアシャを見上げていた。

 二十秒ほどか、アシャがハグを緩めた。

 

「……はぁ……癒されたわぁ。ありがとう、ギリューちゃん」

「ん。アシャ、元気になった?」

「もっちろん!後で店長ちゃん達と遊びにきてなぁ」

「うん。アキラたちに言っとく」

 

 看板を手に取って去っていく少年を見送って、アシャは腰に手を当てた。

 六分街に住む住人は、大なり小なり人には言いたくない過去を、或いは何かを抱えている者が居た。

 ビデオ屋兄妹もそうであるし、去って行った居候の少年もまたその一人。

 アシャとて、例外ではない。だからこそ、裏表のない純粋さは確かな癒しだった。

 

「さて、と………仕事仕事」

 

 温かさを思い出しながら、アシャは店へと戻っていくのだった。

 

 余談ではあるがその後、街の住人たちの中でチラホラとポカポカ少年のハグを求める者が居るとか居ないとか。

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