偽龍の仔 作:贋子
その日もいつも通りの始まりだった。
「今日は、どこかに出かけようか」
「あ、それじゃあビデオの仕入れは?会員も増えてきたし、何本か新しいのを入れようよ」
「それは構わないけど。その前に、棚の増設が先かな。ビデオのディスプレイも考えないとね」
アキラとリンが今日の予定を組み立てる会話を聞きながら、ギリューは口を動かしつつBGM代わりに付けられたテレビを眺めていた。
『ヴィジョン主導の地下鉄プロジェクト!白祇重工との競り合いに勝利した要因は、ずばりコストの安さ!パールマンさん、説明をお願いいたします!』
『ずばり、我が社のコストカットの要因はホロウ内輸送にあります。記者の方々もご存知でしょうが、あの近くには大規模なホロウがありそれが各社の大きなコストとなっているのです』
『デッドエンドホロウですね!要警戒エーテリアスの一体、デッドエンドブッチャーが徘徊する危険地帯です!』
『その通り。このホロウを一部とはいえ通過するルートを確立し、この路線に構成のエーテル爆弾を搭載した――――』
「地下鉄?」
「あ、このニュース?ホロウを通すなんて無茶するよねぇ」
「インターノットの方でも色々と憶測が飛んでいるみたいだけど、確かにきな臭いね」
「?ホロウの中、通っても大丈夫?」
「ん?まあ、そうだね。ほら、ギリューも見たことあるだろう?ホロウ調査委員会の人が着てる鎧みたいな装備」
アキラに言われ、ギリューはホロウ内で見た事のある装備を思い出す。
顔まで覆った戦闘服のようなもの。露出は一切無く、その中身を窺い知る事は出来ない。
「あんな風に、エーテル適性の無い人でもホロウ内に入れるような装備があるんだよ。列車や車なんかにも耐性のある装甲を付けて侵入を可能とした車両が治安局の方にもあるんじゃないかな」
「ふーん……」
「でも、その装備の中古品とかを手に入れてホロウの中に入ろうとする人も居るから一概に良い事ばっかりじゃないんだよね。中古品だから、事故が起きてエーテリアスに成っちゃう、何て言う事も起きるみたいだし」
「そもそも、対エーテル装備自体が耐性を持つ人に比べて不安定なものだからね。エーテリアスの攻撃にある程度耐えられるとはいえ、装備が破損すればエーテル侵食を受ける事は必定。その点を考えてもヴィジョンのプロジェクトは随分と大胆だ」
考察を進めようとも、所詮は蚊帳の外の一般人。このやり取りだって弟分の知識吸収ついでの雑談の一つでしかない。
『警告。通りの防犯カメラにこの店に向かってくる存在を検知』
唐突にテレビの画面に砂嵐が走ったかと思えば、H.D.Dシステムの画面で見慣れてきた目のようなアイコンが浮かんで機械音声が流れた。
「こんなに朝早くから?Fairy、それが誰なのかわかるかい?」
『否定。Random_Playの顧客リストと私がこの店にやって来てから記録した店内入店情報には該当しない人物です』
「えっ……それじゃあ、違うんじゃない?うちの周りにだってお店あるし、大通りに急いでるのかも」
『ですが、その人物はボンプを抱えています』
「ボンプ?」
『肯定。監視カメラの映像から、邪兎屋が有するボンプ個体名“アミリオン”です』
「!ニコが来る?」
『否定。ニコ・デマラとその他従業員の姿は六分街の半径百メートル圏内で確認できません』
「邪兎屋じゃなくて、そのボンプだけ、か…………」
「お兄ちゃん、コレって」
「ああ、厄介事だ」
ゲンナリと顔を顰める兄妹。今日の予定はパーだ。
しかし、だからといって断る気も居留守をする気も無い。
理由は言わずもがな、さっさと朝食を食べ終わり洗い場へと自分の食器を持って行って手早く洗い部屋を出て行った少年の為だ。
けたたましく扉が開かれる音が薄い床板を貫通して聞こえてくる。それから、話声。
騒動がやって来た。
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「なあ、親分。猫又の奴、大丈夫かな」
「大丈夫って何よ。それより、あんたの方は終わったの?」
「そっちはバッチリ!ホロウの中もチラッと見たが、デカブツは近くに居なかったぜ。んで、どうなんだよ」
「まあ、大丈夫でしょ。猫又には、変な回りくどい事言うなって言ってあるし、アミリオンの視覚情報データもあるもの」
「でも、随分と猫又に念入りに言ってたのも事実よ。何かあるの?ニコ」
「別に、大した事じゃないわよ」
アンビーから書類を受け取りながら、ニコはそっぽ向いた。
「プロキシに頼るなら間違いなく、ギリューも出てくるじゃない。あの子の実力は疑ってないけど、それでも心構えがあるのと無いのとじゃ違うでしょ?」
「………つまり、ニコはギリューの為に念押ししたのね」
「俺らも大概だが、ニコの親分も大概だよな」
「う、うううっさい!とにかく!猫又が辿り着いたのなら、プロキシだって直ぐに来るでしょ!その前に、こっちの準備を終わらせるわよ!」
天邪鬼の嫌いもあるニコは、僅かに顔を赤くしながらニヤニヤ自分を見てくる部下二人を追い返す。
ちょっとした依頼の筈が、今では大事だ。だが、助けると決めてしまった以上ニコにはこの場を手放しで離れる選択肢は無い。
今、彼女らの背には、
@
店へと駆け込んできた、猫のシリオン。
猫又と名乗った彼女、猫宮又奈の要領を得ない説明と彼女の差し出してきた邪兎屋のボンプ“アミリオン”の視覚データを確認し、アキラは眉間を揉んだ。
「…………つまり、ヴィジョンが大胆なコストカットを出来たのはカンバス通りに住む貧困層を丸ごと切り捨てた結果だった、と。何かしらのカラクリがあると思ったけど、まさかこんな手段を採るとは……」
「今はニコ達が何とかしてるけど、そもそもヴィジョンの工事を止めなくちゃどうにもならないんだ」
「かといって、今からマスコミに垂れ込んでも意味が無いんだよねぇ……」
リンが呟けば、ちょうどスタッフルームのBGMと化していたテレビニュースが重要情報を吐き出した。
『今!最後の一両がホロウへと向けて発車する所です!この列車によりエーテル爆薬が既定の位置へと送り込まれ、瓦礫と共にホロウを縮小させる事になるでしょう!』
「時間が無いね。こっちも動くとしようか」
冷静に、アキラが告げる。
「とにかく、ホロウに乗り込もう。列車が発車してしまう以上、今からあの場所で止める事は出来ない。でも、ホロウの中ならどうだろう?」
「そっか!ホロウの中なら外と電波が遮断されるし、何かしらのトラブルを装えば止められるかも!」
「ん~~~、そうするとどうやってホロウの中で止める?アタシは、列車の操作なんて出来ないぞ?」
「僕らはプロキシだよ?恐らく列車は、無人操縦モードの筈だ。つまり、列車に乗り込めさえすれば後はボンプを通して操作してしまえばいい」
「にゃるほどね~。でも、肝心の列車を減速させるってどうするんだ?流石に走ってる列車に追い付いて飛び乗るのは無理じゃないか?」
(ギリューなら出来そうだけど)「そっちもちゃんと考えてるよ。Fairy」
『回答。ホロウ内にある管理端末を用いれば、列車の外部操作も可能となります』
「うにゃ?ふぁー……りー……?とりあえず、その管理端末?を探せば良いんだな」
「そうなるね。そこまでは私たちが案内するよ」
「二人は直ぐにデッドエンドホロウに向かってもらうよ。ギリュー、イアスを抱えて行けるかい?アミリオンは置いて行っていいから」
「うん」
頷いたギリューは、充電マックスのイアスを抱き上げた。そんな少年を猫又はじろりと見やる。
「大丈夫な訳?えーっと、蜥蜴のシリオンってそこまで走るの速いっけ?」
「大丈夫」
「いや、大丈夫って……アタシとしちゃ、下手に遅れられて間に合わないのが一番最悪なんだけど」
ギュッと拳を握る少年に、猫又は懐疑的な視線を向ける。
最悪、ボンプだけ受け取って一人で行こう。そんな事を考える始末。
空には鉛の雲が立ち昇り始める曇天となり始めていた。