偽龍の仔 作:贋子
駆ける。街を疾走するのは二頭の獣。
(速っ……!?あの三人もそうだけど、どんな身体能力してんの!?)
猫又は懸命に前を行く少年を追いかける。
黒い尻尾を翻して、アメリカンフットボールの選手のようにボンプを抱え込んだギリューは前傾姿勢になりながら通りを疾走していた。
人通りの少ないルートを選んでいる事と、それから要警戒エーテリアスの徘徊するデッドエンドホロウが近くにあるという事で閑散としている通りだ。ぶつかる心配はない。
『そのまま直進だよ、ギリュー!』
「うん」
「ちょ、ま、待って…………!」
更に加速しようとしたギリューを、息も絶え絶えな声が止める。
振り返れば、青い顔をした猫又がぽってぽってと辛うじてついてきているような状態だ。
思わず足を止めれば、少年の傍でへたり込んでしまう。
「ゲホッ!ゲホッ!はぁー……!はぁー……!ほ、本当にどうなってる訳……?何で、蜥蜴のシリオンがこんなに足が速くて、スタミナ馬鹿にゃの………?」
『うーん、中々辛らつだけど、ギリューに関しては考えるだけ無駄というか』
「お陰様で体力使い果たしそうな勢いなんだが?」
「乗る?」
へたり込んだ猫又の前に、背を向けてしゃがみ込むギリュー。
その無防備な背中に、彼女はギョッとした目を向けた。
「…………無防備すぎにゃい?アタシがその気なら後ろから首の動脈掻っ切る位出来るんだけど?」
「乗らない?」
「…………」
調子が狂う。少なくとも、猫又の境遇の中では出会った事が無い人種である事は確か。
少しの葛藤を挟んで、猫又はその背におぶさった。
ちょっとだけ持ち上がる視界。身長は猫又の方が高い為、若干いつもの視界よりは低いだろうか。
「ちゃんと掴まってて」
「にゃ。首絞めないように気を付けておくよ」
短いやり取りを交わして、軽快に走り出すギリュー。
走るというよりは、地面と平行に跳ぶと呼んだ方が適切な軽快さだ。
「………ねぇ、アンタ。ギリュー、だっけ?」
「なに?」
「アンタは何で、走ってる訳?」
「?」
小さく問われて、駆けながらギリューは首を傾げる。
何で走っているか。言わずもがな、猫又が邪兎屋のピンチを報告しに来たからである。
ニコ達は、ギリューを可愛がっているが仕事に巻き込む事は殆ど無い。それこそ、先の金庫の件が特殊である程度には。
「…………ニコ達を助けたいから?」
「それでデッドエンドブッチャーとやり合う事になっても?そこまでの価値がある?」
試す様な問いだった。一瞬だけ、ギリューは横目に後ろを覗き見た。
猫又はふざけた様子など無い真剣な表情をしていた。その目は、下手なごまかしなどは許さないであろう鋭さを有している。
視線を前へと戻し、ギリューは口を開く。
「俺にとって、ニコ達は恩人だから。ニコも、ビリーも、アンビーも、大好きだ。だから、助ける」
淡々と、しかし確りとした芯を感じさせるその言葉。
「……そっか」
問うた側の猫又は、そう呟きほんの少しだけ強くギリューの背に掴まった。
(アタシは、どうすれば良かったんだろうな……)
その胸中は、未だ明かされない。
@
デッドエンドホロウ。旧都近くの工事エリアであるカンバス通りと、新都を繋ぐ地下鉄エリアを飲み込むようにして存在している共生ホロウであり、その名の由来は要警戒エーテリアスの一体であるデッドエンドブッチャーに由来する。
その名の通り、出会った時点で
巨体とその体格に見合った膂力。そして巨体にそぐわない俊敏性とエーテリアスとして見るならば高い知能を有する。
そして、
『ホロウに入ったね。二人とも、体調は大丈夫?』
「うん。平気」
「……アタシも平気だよ。にしても、あんなに走って息切れ一つもしないってホントどうなってんの?」
『二人とも大丈夫そうだね。時間的には少し余裕があるとは思うけど、ちゃっちゃと仕込みを始めようか』
「了解。にしても、ホントにホロウとリアルタイムで通信できるなんてすごいシステムだな!流石は、噂に名高いパエトーンって所?」
『お褒めに預かり光栄だよ!それじゃあ、案内していくね』
先頭を
ホロウの中は、荒れた様子だ。しかもそれは、ホロウ内のエーテル侵食による崩壊ではなく何か外的な強い力で引き千切られたり、抉られたりしたようなそんな場所や物がチラホラ確認できた。
「これ……エーテリアスが壊したの?」
『デッドエンドブッチャーだね。噂は聞いてるけど、やっぱり相当な怪物みたい』
「うわぁ……コレなんて、鉄筋が飴細工みたいに千切られてるぞ。かち合ったらどうなるか想像したくないな………」
「……!」
崩れた瓦礫の一部を撫でていたギリューは、不意に顔を上げた。
金の瞳の瞳孔が細まり、爬虫類のような縦に長い物へと変化していく。
直後、大きな音が響き地面と空気が揺れた。
「な、なに!?」
『警告。付近に強力なエーテル反応を検知』
『デッドエンドブッチャーだね……!猫又!ギリューを引っ張って近くに隠れて!』
「うにゃー!世話が焼ける!」
ボンプを小脇に抱えて動かない少年を引っ張り、猫又は近くの瓦礫の影へと飛び込んだ。
地響きがする程の巨体。遠目に数十メートル程の距離があるだろうか。のっそりとした巨体がその姿を現した。
巌のようなずんぐりとした上半身に、その巨体を十全に動かす為であろう発達した逆関節の足。その手に持った道路標識を基にした斧の様な得物も相まって、正しく
デッドエンドブッチャーは気付いていないらしく、適当に周辺を荒らすと猫又達の隠れている方から背を向けて去って行った。
その背が完全に見えなくなって、地響きが遠ざかった所で猫又は大きく息を吐き出した。
「ぶはぁーーーー!し、死ぬかと思った……あの化物相手にするなら、やっぱり軍とかが要るんじゃないか……?」
「…………」
荒く息を吐く猫又に、ギリューは何も言わない。
ただ、真っ直ぐにデッドエンドブッチャーが去って行った方向を見つめて微動だにしない。
「……プロキシ。どうしちゃった訳?」
『うーんとね。元々ギリューってエーテリアスを見ると、速攻で襲い掛かっちゃう位エーテリアス限定で血の気が多かったんだ』
「マジ?それって、大丈夫な訳?正直、デッドエンドブッチャーに突っ込まれたら助太刀に入るのは無理なんだけど」
『今はそこまで無いんだよ!?……一応、私たちの制止を聞いてくれるし、少なくとも無謀な突撃はしないから…………多分』
「そこは断言してほしいんだけど」
大丈夫なのか?と猫又が様子を窺えば、先程までの剣呑な様子は何処へやらポヤッとした無表情を顔に張り付けた少年が立っていた。
自分一人で来た方が良かったのではないか、と猫又は思ったがしかし今更追い返せるはずもない。
ため息と共に伸びを一つ挟んで意識を切り替えた。
「とりあえず、行こっか」
「うん」
猫又が促せば、ギリューも頷く。
思わぬ足止めを喰らったが、それでも時間的余裕はまだある。急いては事を仕損じるという諺もあり、焦りは禁物というもの。
「プロキシ、こっちで良いの?」
『うん、そうだね。このルートを真っ直ぐ進んで、突き当りを左。そこまで遠くはないけど、道中のエーテリアスは倒さないと引き連れていくことになりそうだね』
「んにゃ~、噂をすればって奴?」
猫又が見やる先では、一つ二つと異形の影が現れていた。
進行方向だ。接敵は避けられない。彼女は、得物である二振りの小刀に手を掛けて、
「――――うぇ!?」
直後、風を感じたかと思えば黒が飛び出していた。
制止する間もなく、前傾姿勢で駆け抜けたギリューの加速を乗せたドロップキックが一体のエーテリアスを捉える。
その鉱石のような体が一瞬撓んで、次の瞬間砲弾のように吹き飛び、他の個体を巻き込んで近くの瓦礫へと突っ込んでいた。
ドロップキックから空中後方宙返りを決めて着地したギリューは、僅かに前傾姿勢になりながら両手を頭の高さ辺りまで持ち上げ、左右に緩く開いた構えを取った。
獣染みたものではない、人としての戦闘形態。因みに、この構えには最近よく見ているビデオが大きな影響を与えていたりする。
“魅せ”を主眼に置きながら、一方でその破壊力は決して侮る事の出来ないものがある。
これぞ、新たなギリューの戦闘スタイル。荒々しい暴力性と魅せを組み合わせた、プロレスだ。