偽龍の仔   作:贋子

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 ギリューがそのビデオを観たのは偶然の事だった。

 ビデオショップの従業員だが、しかしビデオの種類に対する知識が不足していた彼は空いている時間で店のビデオを観るようになった。無論、客が優先。問い合わせであったり、その日の一押しビデオの含まれるジャンルのビデオには手を付けないと決めている。

 

 その日、少年が見つけたのは店の片隅にひっそりと置かれた一本。

 埃こそ被っていないが、それでも手に取る人はいなかったのだろうソレを手に取りスタッフルームのテレビで観る事にした。

 映っていたのは、ロープが四方の辺に張られた四角い舞台(リング)

 スポットライトに照らされた舞台で、種族を問わず鍛えられた男たちが派手な技をかけ合い、跳んで跳ねてぶつかり合う映像。

 滅多に表情の変わらないギリューは、その映像に目を丸くして釘付けとなった。

 それからFairyにこの映像の中身を聞き、プロレスというスポーツ・パフォーマンス・エンターテインメントの一つであると教えられる。

 

 結論を言えば、ギリューはプロレスがお気に入りとなったのだ。それこそ、自分のお小遣いを使ってそのビデオを買い取れないかアキラとリンに交渉しようとするほど。因みに、初めての弟分の食事以外でのおねだりという事もあって二人はビデオを快諾して渡し、ついでに他のプロレス関連のビデオを態々探して買い付けてきたほどだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猫又はその光景を見て、あんぐりと口を開く。

 プロキシからの話で、ギリューがエーテリアスに対する攻撃性がある事は分かっていた。そして、同時に彼女の良く回る頭は少年が最低限エーテリアスに襲い掛かって生き残る事が出来るだけの戦闘能力を有している事も把握する。

 だが、

 

「――――ッ!!!」

 

 ここまでとは思わない。

 三連発の右逆水平チョップがエーテリアスを粉砕し、直後にニー・バットによる右ひざが別のエーテリアスをかち上げ、追撃するように拳を横並びにしたアームハンマーがその胴体を激しく叩いて地面へと叩きつける。

 両拳を振り下ろしたしゃがんだ体勢となれば、振り返りつつ自身後ろに迫っていたエーテリアスの足を尻尾で薙ぎ払いながら立ち上がりつつ、左エルボーを空中横回転するその細い胴体へと打ち込む。

 何より派手なのが、プロレスの醍醐味ともいえる投げ技や浴びせ技だ。

 エーテリアスの背後を取って腰に両腕を回してブリッジを決める反り投げ、ジャーマンスープレックス。突っ込んできたエーテリアスの得物を腕ごと絡め捕るようにしつつ背負投げのように腕関節の破壊も厭わないアームホイップなど。

 

 格闘技を知る人には、プロレスが格闘技でないと知っている。実際、ショーとして成り立っているのだから当然と言える。

 だが、()()()()()に関しては舐めてかかってはいけない。

 何れの技も体を鍛え、その上で受ける覚悟と体勢、何より受け方を知っているという状態が整っているゴリゴリの筋肉を搭載したレスラーが受けて何とか無事、或いは軽傷。最悪重傷止まりに押さえる事が出来る。それでも、死者が出る事はあった。

 そんなプロレス技を自分の身体能力に物を言わせて、リングよりも遥かに硬い地面へと叩きつけられる事になれば、その先に待っている結果は想像に難くない。

 

 剛腕と固い装甲を持つ大型のエーテリアスも足を掴まれてジャイアントスイングでぶん回され、周囲のエーテリアスを薙ぎ払う事に使われ、最後に空へとぶん投げらる。

 そこに跳躍したギリュー追い付き、腰を両手で掲げる様にして掴み落下の勢いを乗せて頭部から勢い良く地面へと叩きつけていた。

 パワー・ボム。若干変形気味だが、その破壊力は周囲に地響きを起こす程。

 ビクリ、と足を振るわせて沈黙したエーテリアスはそのまま消えていく。

 一撃必殺の破壊力。荒々しく、見様見真似である所を加味しても十分実戦に用いる事が出来る。粗に関しても戦い続ければ自然と洗練されていく事だろう。

 エーテリアスを全滅させたギリューは、先程までの暴れっぷりは何処へやら猫又とボンプの元へと戻ってきた。

 

「終わった」

『お疲れ様、ギリュー。怪我は……無さそうだね』

「うん」

 

 それで良いのか。目をグルグルとさせる猫又。

 

(あ、明らかにアタシより強いんじゃないか!?てか、ぶん投げたのってフォールバウティじゃん!?どんな腕力してるんだ!?)

 

 戦慄という他ない。

 ギリューの身長は、猫又より低い。その肉付きも決してゴリゴリマッチョマンの変態という訳でもない。

 にも拘らず、自分の三倍以上あるエーテリアスをぶん投げて、地面へと叩きつける事が出来る。

 補足をすると、これでもギリューは全力全開という訳ではない。本気、二歩手前といった所か。もしも、全力全開なら邪兎屋の金庫の件で戦った双頭のエーテリアス戦の時のように膨大な熱を組み合わせる事になる。

 

 少年の戦闘力に関する瞠目はここまで。今は、もっと優先すべき目的がある。

 

『それじゃあ、出発!』

 

 再びボンプの先導で移動開始。

 そこらのエーテリアス程度ならば障害にならない程度には戦闘能力がある以上、戦闘行為で足を止められる時間はそう長くない。

 となれば、問題は物理的な足止めだ。

 

「うにゃ?プロキシ、道はこっちで合ってるのか?」

『うん、そうだよ。でも…………』

 

 二人と一体が直面した問題。

 通路を塞ぐようにして横たわった車両だ。

 

『どうしようか。回り道をしようと思ったら遠回りになり過ぎちゃうし………あ、今の音は多分列車が入ってきた音じゃないかな』

「あんなに大きな音を立てるならデッドエンドブッチャーに見つかっちゃいそうだけど……まずは、こっちか。うーん……」

 

 車両の下を覗き込む猫又。

 

「アタシ一人なら通れなくもない、か?でも、ボンプを抱えては無理だし……多分、ギリューも尻尾が突っかかるんじゃないか?」

「?」

『どうしよう……ギリュー、壊せたりしない?』

 

 水を向けられ、ギリューは電車の前へ。

 その強度を確かめるように金属製の外装を軽くノックする。

 ホロウ内でエーテル侵食に堪えている物質は、総じて高強度だ。それはエーテルへの耐性だけでなく物理的な部分にも言える事。

 新エリー都で運用されている列車の車両は突発的なホロウ災害に対応する為か、かなり頑丈だ。

 

「…………壊せる……とは思う」

 

 歯切れ悪く、ギリューは言う。

 壊す事自体は、そこまで難しくないのだ。パワーファイターであり、プロレスを身に付けつつある少年にとって力任せに暴れる事はそう難しい話ではない。

 問題は大暴れの結果訪れるかもしれない変化だ。

 

『あー、そういう事ね』

「ん?どゆ事?」

『ギリューにはホロウに潜る様になって話したんだけどさ、ホロウ内のオブジェクトを壊し過ぎると場合によってはその内側を大きく変化させちゃうことがあるんだ』

 

 ホロウ内は物理法則含めたあらゆる要素がバランスの上で成り立っている。一定時間での内部構造の変化はいわば天秤がバランスを取る様に内部の浸食と安定の比率が釣り合うように動いているから。

 ギリューの懸念は、この目の前の障害物である鉄道車両を思いっきり粉砕した結果周囲で起きるかもしれない被害について。

 彼の考えを聞き、ボンプがプルプルと震え始める。

 

「プロキシ?どうしたんだ?」

『~~~~~ッ!感動だよ、ギリュー!もう好き!カワイイ!愛してる!抱きしめちゃう!』

 

 大興奮でボンプがその小さな体からは考えられない跳躍を見せて、ギリューの胸に飛び込んでいく。

 突然の愛を叫んだ発狂に猫又の尻尾が跳ね上がった。

 

「にゃあ!?なになになになに!?何で急に発狂してるんだ!?」

『私の弟分がこんなに健気でかわいいんだよ!?そりゃあ、発狂の一つもするでしょ!?』

「しないぞ!?今はこの列車をどうにかする方が先なんじゃないのか!?」

『………あ、そうだったそうだった。ねえ、ギリュー』

「なに?」

『この列車、持ち上げられたりしない?』

 

 突拍子もない事を言いだした。正気の沙汰ではない。

 鉄道車両はその種類によって差があれども、一般的なもので30トンを超える。生物が持ち上げる事が出来る重量ではない。

 しかし、チラリと車両を見やったギリューは徐に抱えていたボンプを地面に下ろすと車両へと手を伸ばした。

 

「お、おい、ギリュー?何してるんだ?」

 

 頬を引きつらせて、猫又が問う。

 まさか、先のプロキシの言葉を実行するつもりではなかろうか。

 そんな彼女の懸念を他所に、ギリューは目を閉じる。

 

「ふぅぅぅぅーーーーー…………」

 

 潜るのは自分の内側。引き出すのはあの時の力。

 拍動。周りに聞こえるのではないかという大きな脈拍と共に、ギリューの体に変化が起きた。

 まずは、蒸気。それから、赤熱した肌。

 肉体の変化と共に、車両に掛けられた手にも力がこもった。

 最初は、金属が軋む音。そこから、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………………噓でしょ……」

 

 呆然という言葉をそのまま形にした表情で、猫又は呟いた。

 軋む音と地面を擦れる音が少し響いたかと思えば、ギリューが本格的に力を籠め始めた所で軋む音が増していった。

 そして、その時はやってくる。

 真正面から車両の装甲の一部を掴んで、腕と指の力で上へと持ち上げる。それこそ、物を持ち上げる格好として見るならば不合格を貰う持ち方だ。

 

 その格好で、少年は車両を持ち上げた。

 

「………ふぇ?」

 

 持ち上げられた車両の向こうには、目を丸くしたくすんだ緑の髪をツインテールに纏めた少女が居たのだった。

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