偽龍の仔 作:贋子
衝撃的な対面。沈黙が場を支配する。
目を丸くしたツインテールの少女。未だに情報が飲み込めていない猫のシリオン。鉄道車両を持ち上げて動かない少年。三者を見比べるボンプ。
カオス極まっていた。
この場の時が動き出すのは、少年が動いてからだ。
持ち上げていた車両を通りの邪魔にならない所に投げ捨てた。同時に起きた地響きと空振により、固まった時計の針が回り出す。
「誰?迷子?」
問うのはギリュー。少女を見据えて首を傾げる。
赤熱していた体から排熱するように蒸気を上げる少年に対して、ツインテールの彼女は肩を大きく跳ねさせた。
「は、はい!カリン、迷子です!」
「……随分と元気のいい迷子だな」
「はぅ……す、すみません。カリン、迷子です…」
「あ、いや、責めてる訳じゃないんだけど……調子狂うな」
ションボリと萎れる少女に、猫又は頭を掻いた。
見るからに小動物染みた反応の彼女を虐めて悦を覚える様な性格をしていないのだ。寧ろ、どちらかといえば庇護欲が刺激されるタイプ。
「えっと、カリン、ちゃん?」
「は、はい!カリン・ウィクスと申します!星座は、双子座!歳は16歳!好きな事はお掃除で、市民ナンバーは――――」
「ま、待った待った!そんな細かく自己紹介しなくても大丈夫だって!……ったく、見ず知らずの相手にそうポンポンと個人情報を吐き出してたら悪い人に悪用されちゃうぞ?」
「えっ、あの……皆様は調査員様、ではないのですか?」
「『え゛っ』」
リンと猫又の声が重なる。
ホロウレイダーは違法だが、その一方で新エリー都においては珍しくない職業だ。そして、お世辞にも二人と一体の見た目はホロウ調査委員会や治安局などの調査員には見えないだろう。
とはいえ、馬鹿正直に自分たちの目的を話す理由もない。
『えーっと、カリンって呼んでいいかな?』
「!は、はい!」
『それじゃあ、カリン。私たちは、うん……まあ、このホロウの内部調査も兼ねた任務できてるんだ』
「そうだったんですね」
『うん、そう。それで、カリンはどうしてここに一人で居たのかな?』
明言は避けて話の矛先をずらす。聡い相手には通じないが、この場合は問題ない。これは、カリンが馬鹿という訳ではなく疑いを知らない気弱で優しい少女であるからだ。
若干の罪悪感でメンタルを削られるリンだが、自分こそがプロキシにしてパエトーン!とは名乗れる筈もない。その先に待っているのは通報からの治安局の豚箱行きである。
「あ、えっと、その……わ、私の働き先では家事代行を主としているんですがその中には、ホロウの探索も含まれているんです。それで……こちらのホロウに来たのですが、逸れてしまって……地理データも無く、途方に暮れていた所でした……」
「ホロウを探索する家事代行サービスって……いや、まあ、良いや。今はそれ処じゃないだろうし」
カリンの言葉は、明らかに何かを隠している。だが、だからといって暴き立てる様な事をする必要性も無い。こちらも隠し事をしているのは御相子なのだから。
「あの、不躾なお願いなのですが……」
「良いよ」
おずおずと尋ねるカリンに、ノータイムでギリューは頷いた。
これに目を剥くのは、猫又だ。
「ちょ、ギリュー!?いきなり何言ってんのさ!」
「?カリンは悪い人じゃないから」
詰め寄る猫又に、ギリューはあっさりとそう返した。
まだまだ情緒が幼く、感情の起伏が浅いギリューだがその実相手の事をよく観察している。いや、寧ろ浮世離れした部分があるからこそよく見ていると言えた。
そんな少年の目から見て、カリンという少女は悪人ではない。勿論、手放しに善人であると認める事は出来ないが、それでも少なくともギリューは無害認定を下していた。
真っすぐな無垢の目を向けられた猫又は言い淀む。
「うぐっ……そんな真っ直ぐな目で見て来られたら気まずいんだが……ハァ、分かったよ。アタシからはもう何も言わないから」
「ん。ありがとう、猫又」
「むぐっ…………」
本当にやりにくい。改めて相性の悪さを実感して、猫又は口を閉じた。
代わりに、カリンへとリンが声を掛ける。
『それで?カリンは一体どんなお願いがあったの?』
「あ、は、はい!実は、その……地理データお持ちでしたら……で、出口までご案内いただけないかなぁ、と……も、勿論!データだけ頂ければ、それでも良いんですが……」
『ちょっと待ってね……うん、大丈夫!近くの出口まで案内するよ』
「!宜しいのですか?」
『勿論!』
ギリューの事もあるしね!という言葉は飲み込んだ。この姉、見境が無い上に留まる気配もない。
一人増えて三人と一体となった一行。そんな彼らを振り返って見たリンは、ポツリと呟いた。
『何というか、ちっちゃいね』
「んにゃ?……確かに、この中だとアタシが一番背が高いのか」
ボンプは除く。抱え上げる事の出来るぬいぐるみサイズであるのだから、そもそも高さ比べに加える事が間違っている。
猫又は、148センチ。カリンは141センチ。そして、ギリューは140弱であった。
「あの……」
「ん。俺、ギリュー」
「は、はい!ギリュー様は……とても、力持ちな方なのですね」
「そう?」
首を傾げるギリュー。力持ちとか、そんなレベルではない。油圧ジャッキや重機レベルの怪力だ。
「はい。私も、その……力仕事位しか役に立てないのですが……ギリュー様ほど強くありませんから……」
「いや、カリンちゃん。怪力に関しては、ギリューがおかしいだけだと思うぞ。普通、列車を持ち上げられたとしてもそのまま押し潰されてるって」
「そうなのでしょうか……?」
『まあ、ああいう車両って数十トンはするって言うからね』
「……うーん、このぷにぷにからどうしてあんな力が出るんだ?」
猫又は唸りながら、ギリューの頬を指でつつく。
和やかな行軍だ。途中、何度かエーテリアスとの接触があったが彼ら三人にとっては敵ではない。それこそ、デッドエンドブッチャーやデュラハンの様な要警戒エーテリアスや上級エーテリアスでなければ問題ナシ。
その何度目かの交戦の後、猫又はカリンの得物を見て呟いた。
「カリンちゃんの武器って、かなり物騒だよね」
「ふぇ、そ、そうでしょうか?」
『確かに、凄いよね。回転ノコギリだし』
「カリンちゃんの職場の同僚さんも結構激しい武器を使ってたり?」
「え?い、いえ!こちらは私だけで……その、武器の手入れを怠ってしまい怒られる事もあるんです……」
「あー、成程?確かに、手入れが大変そうだしな」
ゲームや映画などで武器に用いられるチェーンソー。しかし、実際の所武器として用いるには少々、いや大分無理のある代物だったりする。
チェーンソーはその名の通り、刃のついたチェーンを高速で動かす事によって対象を切断する。この斬る対象を生物へと向けた場合その刃に肉や脂、毛などが絡まって詰まってしまうのだ。
物は違うが、カリンの回転ノコギリも駆動部が在る以上通常の武器、例えば猫又の小刀などよりもメンテナンスが大変で、且つ細かなチェックが必要となるだろう。
尤も、武器を扱う者ならばメンテナンスは避けられない。寧ろ、これが出来ないならば得物を持つ資格はない。
『その点で言ったら、ギリューが武器を持ってないのは合理的だったりする?』
「んにゃ……ギリューの場合は、自分の怪力で剣とかへし折っちゃうんじゃにゃい?それこそ、鉄骨でも振り回してる位が丁度良いとアタシは思う」
「?」
あんまりな物言いだが、的を射ている。
技術を身に付ければ別だが、それまでに幾つの武器がガラクタと成り果てる事だろうか。
そして、終わりの時。
『はい。カリン、ついたよ。ここを真っ直ぐ行ったらホロウの出口だからね』
「ありがとうございます、調査員様!」
深々と頭を下げるカリン。ドジな所はあるが常に一生懸命なその様子は小動物的な可愛さがある。
ボンプへと頭を下げてから、続いて彼女は二人にも向き直る。
「猫又様!ギリュー様!お世話になりました!」
「気にしないで、カリンちゃん。アタシらの道中だったし、寧ろ戦力が増えて楽が出来たし」
「カリン、強かった」
「あ、ありがとうございます!カリン、これからも頑張ります!」
ギュッと両手を握って決意を新たに、もう一度頭を下げて少女はリンの示した方へと駆けて行った。
その背がホロウの裂け目の向こう側へと消えた事を確認し、ボンプが二人を見上げる。
『それじゃあ、二人とも。管理端末までは直ぐだよ』
「了解。列車も近付いてきてるみたいだし、ちゃちゃっと止めちゃお」
「頑張る」
騒音は遠いが、確かに近づいてきていた。