偽龍の仔 作:贋子
鉄道の管理端末。線路沿いに幾つか設けられたこれらは、主に緊急事態を想定して設置されていた。
新エリー都の場合は、列車に作用するのではなく接続された線路面に作用する。これは、ホロウ内では電波通信などがほぼほぼ役に立たない、或いは機能しても十分単位以上のラグがある事も珍しくないから。
『――――よしっ、これで列車の速度は大分落ちる筈だよ』
端末の上から飛び降りて、ボンプが線路を示した。
管理端末から制御できる線路の機能の一つが、減速装置。
当然の話にはなるが、運航している列車を唐突にその場に止める事は出来ない。駅に止まる時も急停車ではなく、その前段階から徐々に徐々に速度を落とす作業がある。
そうしなければ、列車の持つ運動エネルギーによって大事故に繋がりかねないから。
今回も同じ事だ。特に今回の列車にはエーテル爆薬が積み込まれている。下手に脱線して起爆すればどうなるか、想像に難くない。
遠く、通常運行よりもかなり速度の落ちた列車が迫ってきていた。
「準備は良い?」
「うん」
ギリューと猫又は線路を挟むようにして左右に分かれ、トンネルに入った所で並走開始。
見事、走る列車の上へと取り付くと、向かうのは車両の上部に設けられているハッチへと向かう。
「行ける?プロキシ」
『肯定。水のように隙間をすり抜ける猫のシリオンでも通れない隙間であっても、マスターのボンプの体ならば容易に通る事が可能です』
『そういう事だから、行ってくるよ。非常停止ボタンを押せば止まる筈だから、そしたら私を引き上げてね』
「分かった」
そんなやり取りを行い、ボンプの体がハッチを潜る。
『え?』
「「「……?」」」
ディスプレイの目と全身対エーテル装備に包まれた無機質な仮面がぶつかり合う。
だが、直ぐにその小さな体には複数の銃口が向けられた。
「貴様、何処から入ってきた?どこの使いだ。野良のボンプが態々こんな場所に来るとは思えんが」
『……』
「黙して語らず、か。まあ、良い。見られたからには生かしておくわけには――――」
いかない。その言葉と共に、引き金に掛けられた指に力がこもる。
「やらせる訳ないじゃん!!!」
瞬間、窓を蹴破って猫のシリオンが車内へ突入。
同時に、ボンプが落ちてきたハッチのある屋根の部分が音を立てて
降りてきた少年の無機質な眼が、不明の部隊を捉えた。
そこからは一方的だ。
「ほらほらほらほらー!さっさと沈んじゃって!!」
「……」
縦横無尽に狭い車内を駆け回る猫又と、ボンプを抱き上げて尻尾による一撃で隊員たちを沈めるギリューの二人。
不意打ちと遭遇戦であった事もそうだが、何よりもこの部隊の心構えも相まって数分と掛からずに全員が床を舐めて意識を空の彼方へと吹っ飛ばされることになる。
彼らをギリューの腕の中から確認して、リンは呟く。
『どういう事?コレは無人列車の筈だけど……』
「……つまりこれが、ヴィジョンのやり口って事じゃにゃい?」
『それって……』
「ヴィジョンとしては、爆弾で吹っ飛ばすだけじゃ安心が出来なかった。そこでこうして部隊を運用。万が一露見しても、ほら」
猫又が示すのは、部隊の装備。
「治安局で使われてる装備を着てる」
『成程ね。もしもバレても治安局に罪をかぶせる事が出来る。そして――――』
『そして、濡れ衣を着せられて影響力の落ちた治安局にとって代わる、ないしは、影響力を強める、か。参ったな、随分と大事になって来たんじゃないか?』
リンの言葉を引き継ぎ、アキラは状況の悪さを理解する。
明らかに企業のやり口ではない。寧ろ、マフィアや黒社会といったアウトローな人間が好む手口ではないだろうか。
(ヴィジョンはこの件を機に、TOPS財政ユニオン入りがほぼ確約されていた……つまり、元々真っ当な手段でそこまで成り上がった訳じゃない、という事かな)
アキラは内心でそんな結論を出す。
どんな組織にも言える事だが、清廉潔白な場所など無い。これは、規模が大きくなればなるほどに顕著となる。
裏がどうあれ、動かなければならない。この場に留まっていても何も好転しないのだから。
「……どうする?プロキシ。とりあえず、こっちは全員ふん縛ったけど」
『とりあえず、ニコ達と合流しよう。向こうもこっちの到着は知りたいだろうし、直接話し合った方が良いと思うからね。Fairy、カンバス通りに向けてのルートを検索して』
『畏まりました。ルートの検索……ヒット。反映します』
『よしっ。それじゃあ、二人とも。案内するから出発しよう!』
「イアスの充電は大丈夫?」
『そっちも問題ないよ。電気を引っ張る手段は色々とあるからね』
ギリューに抱えられたボンプがウインクを一つ返す。
ホロウ内の探索に置いて生命線であるボンプの充電。途中で切れてしまえば、迷う事は必定。そして迷えば余程運がない限り、ホロウ内でその一生を終える事になりかねない。
だからこそのギリューの問いだったが、勿論その辺りの対策もしている。
動き出す一行。だが、事態は既に坂を転がり加速している最中なのである。
@
「ここでスパイスを一つまみ」
@
ソレに気が付いたのは、感覚の鋭いギリューと猫又の二人同時であった。
「ッ、何?」
「……」
駆けていた二人の足が、ほぼ同時に止まる。そこは工事の途中で放棄された区画。もう少し走れば外へと繋がる裂け目があると道を示された場所。
様子のおかしい二人に、先を進んでいたボンプが顔を上げた。
『どうしたの?二人とも』
「……なぁんか、変。空気がビリビリする」
「…………来る」
毛を逆立たせる猫又と、瞳孔が縦に裂けて周囲を睨んだギリュー。
彼が呟くと同時に、衝撃がこの場を襲った。
崩落する鉄骨。反射的に、ギリューは足元のボンプを抱え上げ、尻尾で猫又の細い腰を絡め取るとその場から勢いよく飛び出していく。
近くの広場のようになった工事現場へと着地。地面を滑って止まり、崩れ落ちる建物を見やる。
「ま、まさか……」
『警告。付近のエーテル濃度活性化。追撃が来ます』
青ざめる猫又に無情にもFairyの機械音声が飛び、直後に巨大なナニカが広場に降ってきた。
盛大な粉塵が舞い上がり、吹き抜けた突風と衝撃が辺りを揺らす。
粉塵が切り払われた。
「あ………デッドエンド、ブッチャー………」
猫又が呆然とその名を呼ぶ。
三メートルはあろうかという巨体。その手に携えるのは遮断機や道路標識などを組み合わせて作られた斧槍と呼ぶべき得物。
何より、本来は蛍光グリーンのエーテル光が、鮮やかな
カリンと出会う前に遠目に視認した時とは明らかに様子が違う。
そもそも、この遭遇自体が異常だ。
デッドエンドブッチャーは、本来二人と一匹を認識していなかった。道具や周囲の地形を使う知能はあれども、それでも本質は猛獣に近い。
故に、
にも拘らず、デッドエンドブッチャーはここに居る。
「………リン」
『ッ、ギリュー?』
猫目石の様な瞳を更に鋭くして、ギリューは声を掛ける。
「猫又 連レテ 逃ゲロ」
言うなり、尻尾を揺らして足を肩幅以上に開き臨戦態勢を整える。
逃げられないという判断。
事実、もし仮に彼らが踵を返して逃げ出したとしても一瞬で背中から斧槍によって薙ぎ払われてしまいかねない。
だからこその、
返事を聞く間もなく、駆け出す少年。止める間もない。
『ギリュー!』
「~~~~ッ!行くぞ、プロキシ!ニコ達と合流しないと!」
ボンプが後を追おうとしたが、その前に猫又が抱え上げてエーテリアスとは反対方向へと駆け出した。
二人で挑んでも返り討ちに会うのが関の山。であるのなら、援軍を呼ぶほかない。
(チクショウ……!)
唇を噛み、一人と一体はホロウを抜ける。