偽龍の仔   作:贋子

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 夢を見る。鼓膜を打つのは、泡の音

 

 夢を見る。閉じた瞼の向こうは闇が広がるばかり

 

 夢を見る。身体を丸めただ只管に()を待つ

 

 夢を見る。呼ばれた名は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………んぅ」

「あ、気が付いた」

 

 鼓膜を打った静かな声に、ギリューは瞼を上げる。

 少年は尻尾の関係上、仰向けになる事が出来ない。眠れない事は無いが、そうすると尻尾の付け根が気になって眠りが浅くなってしまう。

 だから、基本的に彼は横向きにそして胎児のように丸くなって眠る。

 そんなギリューだが、今日の枕はいつもと違う。

 

「……?」

「まだ動いちゃダメ。腕には添え木をして包帯を巻いたし、肩は嵌め直したけど、それでも大怪我を負っていたんだから」

「…………アンビー?」

「ええ、そうよ」

 

 横になったまま頭を動かして見上げてきた少年に、アンビーは頷きを返した。

 今、彼女は固い床に布を敷いて座り込み、その揃えた太ももを少年の枕として提供している形だ。

 美少女の膝枕など中々どうして出会えるものではないのだが、生憎とギリューには男女の機微は分からない。そもそも、そういう欲求は持ち合わせていない。

 ポンヤリとしながら起き上がれば、成程右前腕に添え木代わりの鉄芯が包帯と一緒にグルグル巻きにされており、右肩の周りはパーカーの襟元から覗けばこちらも包帯が巻かれていた。

 だが、

 

「ん……」

「あ、そんなに動いたら…………え」

 

 右肩を回すギリューを止めようと、アンビーは声を掛けるが直後に首を傾げた。

 少年の怪我は処置した分なら、右前腕の骨折と右肩の脱臼である。どちらも、薬などが無い以上固定と元の形に戻すのが精々。肩なども動かすだけで痛みと違和感を覚えた事だろう。腕の骨折など言わずもがな。

 だが、ギリューはそれら痛みを一切感じていないかのように動けている。

 

「痛くないの?」

「うん」

「…………」

あんうぃ(アンビ)ー?」

 

 触り心地の良いまろい頬を指でつまんで引っ張る。

 

「痛い?」

「ん」

 

 少年が頷き、アンビーは摘まんだ頬を放した。摘ままれていた頬は赤くなってしまっている。

 ただ、彼女の憂いを払うには致し方ない犠牲でもあった。

 

(痛覚が機能していない訳じゃない。治ったの?この短時間で?)

 

 骨折の治癒には、数週間は最低でも必要になる。無論、種族によって早く治ったり、遅く治ったり一概には言えないが。

 それでも、数時間程度で治るものではないのは確か。

 アンビーが考え込む中、ギリューは立ち上がると伸びをする。その体には、一切のダメージが残っていなかった。寧ろ、巻かれた包帯が動きを僅かに阻害しているが怪我をした自分の為にしてもらった施しを引き裂くような子ではない。

 代わりに起き上がった彼に気付いたものがやって来た。

 

「あーーーー!!」

「?」

 

 後ろからの声に気付いて、ギリューは振り返る。直後、その胴体へと衝撃が走った。

 中々の衝撃だが、小柄な体格でもフィジカル強者な少年は僅かに仰け反るだけで確りと受け止めてみせる。

 黒い毛並みと二本の尻尾。それから小柄な丸っぽいフォルムに二つの大きな耳。

 

『ギリュー!良かった、目が覚めて……!』

「リン……おはよう?猫又も」

「…………ったく、心配したんだぞギリュー。倒れてるアンタを見つけた時のアタシの心臓がキュッとしちゃったんだからな」

「えっと……ごめん?」

 

 抱き着いてきたボンプと猫又を受け止めて、しかしギリューはいまいち彼女らの心配を理解していないのか首を傾げる始末。

 一人と一匹に続いて、ニコとビリーがやって来た。

 

「ギリュー!丁度良かったわ、目が覚めたのね!」

「あのデカブツとタイマン張ってたんだろ?あんまり無茶するもんじゃねぇぜ?」

「ん、ニコ、ビリー」

 

 引っ付く猫又とボンプを片手で支えながら、もう片方の手を振るギリュー。

 ただ、その振った腕が包帯を巻き鉄芯を添え木代わりとした右腕であったのだからニコはその様子を見咎めて目を細めた。

 

「アンビー?ギリューの腕って、折れてたわよね?」

「うん。簡単な診察しか出来てないけど、診て触った感じとしては綺麗な折れ方だったわ」

「………なに?もしかして、ギリューの痛覚が無くなった訳?」

「それは無いと思う。さっき頬を抓ってみたけど痛がってたもの」

「何してんのよ……まあ、良いわ。骨折箇所は治ったって事で良いのね?」

「分からない。確りと診察を受けた方が良いと思うわ」

 

 応急処置を担当したアンビーは淡々と告げる。

 怪我も病気も専門家である医者の領分。知識と経験があったとしても迂闊に診断を下す事は出来ないのだ。

 役者は揃った。本題は、ここから。

 

『皆、少し良いかい?』

 

 ボンプを通して聞こえてきたのは、アキラの声。

 

『ギリュー。君が眠っていた間に起きた事だけど、まず工事が明日に延期されたよ。一度止まった列車をホロウ外から操作する手段が無かったみたいでね』

「中止じゃない?」

『社運を賭けた大仕事だからね。おいそれとは撤退できないだろうし、そもそも大々的に報じている。何が何でも成功させようとするだろうさ』

「引くに引けないって事だな。お偉いさんってのは、何でまあこうなのかね」

「そっちは、今は良いでしょ。それよりも、猫又。アンタの方よ」

「……分かってるよ、ニコ」

 

 ギリューに引っ付いていた猫又は神妙な表情になるとスルリと少年の傍を離れてその場に膝をつき、そして深々と頭を下げた。

 

「ごめん、ギリュー。アタシは、アンタに隠し事をしていたんだ」

「隠し事?」

「………そもそも、アタシはニコ達を嵌めたんだ。デッドエンドブッチャーに鉢合わせにさせてそして………」

 

 ぽつぽつと、猫又は語る。

 自身の出自から、金庫の一件で邪兎屋と対立した赤牙組。そして、その頭目であったシルバーヘッド・ミゲル。

 

「仇討ち、なんて殊勝な事じゃない。これは、単なるアタシの八つ当たりで、勘違いの産物だった。その勘違いで、アタシはアンタの大切な人たちを……殺そうとした」

「…………」

 

 血を吐くような懺悔。その内心では、自分のどうしようもない短絡さと暴力性に辟易を覚えていた。同時に目の前の少年に断罪されるのなら、それがどんな結末を迎えようとも受け入れる覚悟も決めてもいた。

 一方で困ってしまうのは、頭を下げられた方。

 

「…………?」

 

 チラリとこの場を見守っている三人へと目を向ける。

 ニコは腕を組んで動かない。ビリーはおたおたとしながらも何も言わない。アンビーはジッと二人の隣に並んで見るばかり。ついでに、ボンプは目に当たるディスプレイを回して何やら作業中。

 少なくとも、ギリューから見て彼女らに怒りの感情は確認できなかった。

 少年は考える。怒りを抱くには幼く、何より邪兎屋の三人は生きている。結果論でしかないが、猫又の告白はギリューの情動を激しく揺らすには力不足だった。

 考え込み、徐に上を見上げる。

 吹き抜けのようになったこの空間は、天井までかなり高い。十五メートル程か。

 天井とそれから周囲を見回してから、ギリューは未だに頭を下げたままの猫又の元へと向かうと膝をついて、その肩に手を乗せた。

 

「ッ!……ギリュー?」

「立って」

「うぇ……?う、うん……」

 

 何をされるのか分からないが、それでも猫又は言われるがままに立ち上がる。

 邪兎屋の三人もギリューが何をしようとしているのか首を傾げる。一応、暴力に走ろうとすれば止めるつもりではあった。

 こちらも結果論だが、ニコの算盤では利益が勝ったからだ。中々に危ない目には合ったが、便利屋業はアングラな面がある為、恨まれる事も珍しくない。

 何よりニコの好みになるが、義理を果たそうとする姿勢は嫌いではないのだ。

 

 周りの反応を気にも留めず、ギリューは動く。

 

「にゃっ!?」

「ちょ、ギリュー!?」

 

 立ち上がった猫又に対して、ギリューは彼女の両脇へと手を差し込んだのだ。

 突然の行動に差し込まれた側の猫又は跳ね。何をするのかとニコが叫ぶ。

 しかし、少年は止まらない。況してや、セクハラをするつもりもない。

 ただ、

 

「にゃああああああああああああああああ!?」

 

 腕がブレた、と思った時には猫又の姿はその場から消えて、ドップラー効果の悲鳴だけが残っていた。

 目で追えたのは、戦闘に優れたアンビーとビリー。

 

「上よ、ニコ」

「上……?」

「ぶん投げたな」

 

 二人が見上げる先。地上凡そ十メートルを過ぎた辺りか。

 そこに、猫又の姿はあった。

 ビリーの言うように、ギリューは彼女をぶん投げた。高い高いである。勿論、天井にぶつからないように力加減をした上で放り投げている。

 ただ、放り投げれば落ちてくるという訳で。

 

「あああああああああああああああ、ふにぇ!?ぅぅぅぅ………」

 

 猫又を受け止めたギリュー。因みに、お姫様抱っこの状態で、だ。

 

「ん。これで良い」

「んぇ?」

「猫又も、一緒に頑張ろう」

「え…………」

 

 下ろされた猫又は呆然と少年の顔を見やった。

 ギリューが考えるのはこの場の事――――()()()()

 振り返り、邪兎屋の三人とボンプへと向き直る。

 

「俺、リベンジマッチがしたい」

 

 それは、状況に則しながらも能天気な願いにも思えた。

 だが同時に、少年が明確な願いを発した瞬間でもある。

 

 決戦の時が迫っていた。

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