偽龍の仔 作:贋子
「それじゃあ、全員。グラスは持ったわね?」
「バッチリだぜ、親分!」
「うん、大丈夫よ」
「今回は無礼講って奴だからね」
「まあまあ、お兄ちゃん。折角だから楽しまないと」
「ん、バッチリ」
それぞれからの返答を聞いてから、ニコは一人だけ返事をしなかった者へと目を向けた。
「ほら、猫又!アンタも、グラス……持ってるわね!」
「あ、ああ……本当に、アタシも参加して良かったのか?」
「何言ってんのよ。今回のこれは、お疲れ様会なのよ?功労者は全員労われる義務があるわ!」
豊満な胸を張るニコに、居心地の悪さを覚えていた猫又は手に持ったグラスを渋々掲げた。
「それじゃあ、かんぱーーい!」
「「「「「かんぱーーい!/乾杯」」」」」
グラスが軽くぶつかり合う。
一行が訪れているのは、ルミナスクエアにある食べ放題の店。味よし、価格良し、宴会歓迎、ボックス席在りと団体客も受け入れる。
デッドエンドブッチャーを打倒して、デッドエンドホロウを縮小させてカンバス通りの住人を列車で護送し救って、ついでにヴィジョン・コーポレーションの悪事を世に知らしめて、邪兎屋が彼らの代行訴訟人となって色々とふんだくる。
万事解決。事後処理まで終えて、ニコが発起人となってお疲れ様会と相成った。
因みに、この店なのは下手に料金のかかる店だと払いきれないから。万年金欠は伊達ではない。
肉、野菜、魚と食材の種類には困らない。変わり種としてエスカルゴ含めた珍味類まであるのだから、その品揃えは推して知るべし。
因みに、注文はテーブルにある端末から各席で行う事になる。
既に、彼らの座るボックス席には、これでもかと料理が置かれていた。
「残すのは、無しよ!別料金がかかるから!」
「なら、最初から一人一品程度にしておけば良かったんじゃないかい?」
「い、良いでしょ!?お祝いなんだから!ほら、食べなさい!」
明らかにその場の勢いで頼み過ぎた。補足をすると、この店でご法度なのは残す事と持ち帰る事。前者は、食材の廃棄量を減らす為。後者は、持ち帰られた料理で食中毒などが起きた時に無駄な揉め事を減らす為。
どちらも守られないと最悪出禁となる。
ニコが冷や汗を垂らす一方で、健啖家と言っていい者は料理へと手を伸ばしていた。
「美味しい」
フライドチキンに齧りついて、口の周りをテカテカさせながらギリューは口をもぐもぐ動かし呟く。
チキンにポテトにハンバーガーといったジャンクなものから。エビチリ、回鍋肉や青椒肉絲。酢豚に水餃子入りのスープ。サンチュに焼き肉。山盛りのサラダとフルーツ盛り合わせ等々。
苦言を呈したアキラではないが、頼み過ぎだろう。
そんな料理たちを消費していくギリュー。その猫目石の様な瞳はキラキラと輝いて見えた。上機嫌に持ち上げられた尻尾の先端もゆらゆらと揺れている。
「ハハッ!そうがっつかなくても飯は逃げねぇぞ、ギリュー」
機嫌のいい少年の口を拭い、ビリーは目元を緩ませる。
知能機械人であり、飲食の構造こそ無いがニオイを知覚する事は出来る。
何より、楽しそうに、嬉しそうに食べている弟分の世話を食事をしない分存分に焼ける事から役得でもあった。
一方でそんな少年の食べっぷりに目を見開くのは、猫又だ。
「凄いな。アタシよりも小さいのによく食べる」
「猫又も、自分が食べる分は避けておくべきよ。ギリューは、好き嫌いが無いから」
「そんなに食べるのか?」
「うーん……どうだろう?ギリューって結構私たちの事見てるからさ。お腹を鳴らしてるような事は無いんだけど、だからって際限なく何でも食べる訳じゃないんだよね」
ハンバーガーを頬張るアンビーは空いた手で皿を差し出し、リンはパスタを食べながら首を傾げる。
食事をする機会が多ければ気付く事だが、ギリューはよく食べる。しかしその一方で周りをちゃんと見ながら、よく食べる。
誰かの食事に手を伸ばすような事はしないし、出された分を食べ終えたら大人しいもの。家の食事もそうであるし、外食も同じく。チョップ大将の店に行っても替え玉を二回程度だ。
「……たまには、こういう店に連れてきた方が良いのかな」
麻婆豆腐を食べながら、アキラは呟く。
毎日来るのは難しい。資金的にも。そして栄養バランスの観点から見ても。
一応、パエトーンのアカウントを消してしまってから再出発する事になったプロキシ業と違って、ビデオショップの方はまあまあの利益を上げている。
それでも、毎日外食をしようと思ったらまだまだ心許ない。何より、厨房を預かる身としては少々思う所もあったりする。
アキラの反応を見ていたのか、水餃子の入ったスープを食べていたニコが口の中を飲み込んでからギリューへと水を向ける。
「ねぇ、ギリュー」
「んむ?」
「アンタって、好きな料理あるの?ほら、記憶がないって言っても今まで結構食べてきたじゃない」
「んー……」
咀嚼していたエビチリを飲み込みながら、ギリューは考える。
明確にこれが好き!というのは思い浮かばない。そもそも、彼の食育も兼ねてアキラ含めて不味いものを出したりしない。
アキラも、元々が手先が器用。料理をするにあたってインターノットで調べながら、同時に突飛な調味料を加える様なアレンジもしないお陰でノーマルな、それでいて腕前が上がるに従って味も良くなっていく。
邪兎屋の三人にしても、自分が好きなもの、美味しいと評判のモノを与える。後者に関しては、与える前に味見する徹底ぶりだ。
だから、特別不味いものを食べて来なかったギリューの舌は、中々に幸せな肥え方をしていた。強いて挙げれば、
「…………皆と食べるご飯?」
食卓を共にするか否か。
何度かあった事だが、ギリューは一人で食事をする事があった。
それは、二人がプロキシ業で慌ただしかったり、出先であったり。
そんな時の一人で食べるご飯の、何と味気ない事か。無論、美味しい事は美味しい。それは買い食いであったり、アキラの持たせた弁当であったりと様々だが。
言葉にするとこんな所か。
普通なら気恥ずかしくなって頬の一つも赤くなってしまいそうだが、無垢故にギリューは恥ずかしげもなくサラリと言ってしまう。
会話が途切れたと判断したのか、再び食べ始める少年。その一方で、思わぬ反撃を喰らった大人組は大なり小なりそれぞれの反応を見せていた。
「大丈夫よ、ギリュー。また一緒にハンバーガーを食べましょう。今度美味しいお店に連れて行くから」
「んむ」
アンビーは手を綺麗にしてから、その艶のある黒髪頭を撫でる。
そこに便乗するようにビリーが他の料理を取り分けて、ギリューの前へと回していく。
「………顔が赤いわよ、プロキシ」
「ニコこそ……それから、周りにお客がいないとはいえ、そっちで呼ばないでくれるかい?」
ニコとアキラは互いに顔色を指摘しながら、冷たいドリンクを呷った。
裏が無い言葉だからこそ、響くものがある。それも真っ直ぐに、身体の芯を叩いてくるようなそんな感覚。
なまじ、お調子者な部分があるニコと、冷静ながらも皮肉が時々口から出てしまうアキラの二人にとってギリューの好きなものは、クリティカルヒットだった。
沈んだ二人の一方で、猫又は気になった事があった。
「なあ、リン」
「うぇへへへ…………」
「リン!」
「ふへっ!?な、なに?猫又」
「いや、さっきニコがギリューの記憶がないって言ってただろ?アレって、どういう事なんだ?」
「あ、ああ、ソレね。そのまんまの意味なんだけど――――」
顔をだらしなく緩めていたリンは一つ咳ばらいを挟むと、かいつまんでギリューとの出会いとこれまでの事を猫又へと説明していった。
「――――って、感じ。だから私もお兄ちゃんも、邪兎屋の三人も、ギリューには色んな経験をしてほしいと思ってるんだ。勿論、美味しいものをいっぱい食べてほしいとも、ね」
「そうか……」
一通り話を聞いて、猫又は改めて頬を膨らませた少年を見た。
無表情のように見えて、その目はキラキラと輝いている。注がれる愛情を、そのままに受け取ってすくすくと育っている証だ。
同時に、猫又は自身の境遇とギリューの境遇を無意識の内にだが重ねてもいた。
たった一人の世界から引き上げてくれた誰か。
猫又にとっての、シルバーヘッド。ギリューにとっての邪兎屋とパエトーン。
誰であろうとも、差し伸べてくれた手の温かさは確かにあった。
@
一枚の思い出。
新たな仲間と新たな居場所。そしてこれからに向けてのシャッターを切る。