偽龍の仔   作:贋子

24 / 30
24

「~♪」

 

 尻尾の先に籠を吊り下げて、ギリューは機嫌よく棚にビデオを並べていく。

 歌っている鼻歌は、ニコが歌っていたものが移った結果。微妙に調子外れな部分が見受けられるが、それもまた可愛げという事だろう。

 時は夕食の時間を少し過ぎた頃。閉店作業も追えて、後はこうして棚戻しをするだけ。

 カウンターの方では、充電がそろそろ切れるのか18号(トワ)がウトウトと眠気を堪える様に舟を漕いでいる。

 

「……これで、良し」

 

 最後の一本を棚に収めて、空になった籠を手に取ったギリューはカウンターへと向かい内側のスペースに籠を収納。入れ替える様に、眠気を訴えるボンプを抱え上げた。

 スタッフルームの充電スタンドに向かおうとギリューは踵を返して、不意にその尾を僅かに跳ねさせた。

 

「……」

 

 扉の前に気配がある。スッと猫目石の様な瞳が細まり、僅かに重心が前に動く。具体的には足の母指球の辺りに体重をかけているような状態だ。

 果たして、扉が開かれ、

 

「……羊飼い?」

「ん?よお、坊主。邪魔するぜ」

 

 入ってきたのは、ハットを被った眼鏡の男性だ。

 そして、知り合いでもある。ビデオショップではなく、プロキシ業の方。手放しの善人ではないが、それはそれとして友好的な繋がりでもあり、且つ物理的な障害にもならない為、ギリューは体に籠った力を抜いた。

 

「何しに来たの?」

「良い話さ。パエトーンは居るか?」

「うん」

 

 羊飼いに頷きを返して、ギリューはボンプを抱えたままスタッフルームへと向かう。

 金属扉を押し開いて、中に顔を突っ込んだ。

 

「アキラ、リン。羊飼いが来た」

「え、もう!?」

「相変わらず、神出鬼没というか……アポを取った意味がないんじゃないか?」

「そう言うなよ、お二人さん」

 

 ひょっこり、ギリューの上から顔を出した羊飼い。へらへらとした人を喰った様な笑みを浮かべた彼は、プロキシの仲介業者だ。

 新エリー都において非合法的立場であるプロキシ。しかし、その存在と需要は一つの経済団体を造り上げる程度には無視できないもの。

 そんなプロキシに対して、仕事を回すのが羊飼いの様な斡旋業者だった。

 彼らの仕事は、依頼の選別と斡旋。情報屋としての側面もあり、治安局やホロウ調査委員会などに頼めないようなアングラな依頼や小さな依頼をプロキシへと回す事。

 ただ、彼らは知られていないもう一つの面もあったりする。

 

「旨味のある依頼を優先的に回してるだろ?」

「その分リスクもあるけどね」

「まあ、僕らとしてもアカウントを作り直した以上、手っ取り早く名声を上げられるのならそれに越した事は無いんだけどね」

「だろ?俺達としても腕のいいプロキシを養成するのは急務な訳だ。その点、お前さんらはノウハウがある上に、強い助手が居る。こっちとしても仕事を回しやすくて助かってるぜ」

 

 そう言って、ガシガシと羊飼いはギリューの頭を撫でた。

 プロキシがホロウレイダーを雇う事は珍しくない。どちらかというと、逆パターンの方が多いが。

 それは仕事仲間であったり、護衛であったり。だが、専属となると話は別だ。

 余程の関係を結べているか、相当な事情があるか、そもそもレイダーとプロキシが最初から身内であるか。

 何故なら、レイダーはプロキシを差し出せばお目こぼしを貰えるから。要はスケープゴートに出来るのだ。故に、プロキシ側は基本的に情報を明かさずインターノットのチャットなどで間接的なやり取りで済ます場合が殆ど。

 

 その点、羊飼いが目をかけるパエトーンの二人が引き入れたこの少年は実に良い。

 無垢で純粋。その上で人並みの善性があって、誰かを裏切る、見捨てると思考に至らない。オマケにその実力は生半可なレイダーなど鎧袖一触と言わんばかりのもの。

 寧ろ、今の今までこのレベルの実力者が在野で埋もれていた事の方が驚きだった。

 

「今回持ってきた依頼は、お前らにも良い話だと思うぜ?主に二つだ」

「その中身は?」

「一つは、プロキシ昇級試験。まあ、一回伝説まで上がってたんだ、こっちは心配いらないだろう」

「しょうきゅう?」

 

 首をかしげるのはギリュー。そんな彼にアキラは微笑を浮かべた。

 

「プロキシにも一定のランクがあるんだよ。見習い、正式、熟練、精鋭、そして伝説といった具合にね」

「ふーん……」

「私たちは伝説のプロキシだったんだけどね。アカウントを消しちゃったから最初からって事」

「こっちとしちゃ、事情を汲んで一足飛びに昇格してもらいたいんだが……周りへの言い訳が、どうにもな」

「下手に優遇され過ぎると勘繰りを受けるから御免被るよ」

「だろうな……っと、長話は要らねぇだろ。試験に関してはインターノットの方に上げとく。そっちから受けてくれ。んで、もう一つの話なんだが、近々零号ホロウで民間から人員補充が行われる」

「「!」」

 

 羊飼いの言葉に、二人の気配が変わる。

 その変化に気付いたギリューだが、口を開く事は無かった。何となく、野性的な直感がまだ踏み込むべき時ではないと。

 

「……何で、その話を僕らに?」

「おっと、そう殺気立つなよ、兄弟。蛇の道は蛇って事だ。何より俺としては、二人に恩を売れるならそっちが良い。腕のいいプロキシと伝手がある仲介業者は、それだけで重宝されるからな」

 

 両手を挙げて降参のポーズを取りながら、羊飼いは告げる。

 ただならぬ雰囲気だ。だが、このまま睨み合っても状況は好転しない。

 

「……ハァ。分かった、とりあえずこれ以上の追及は無しにしよう」

「ああ、そうしてくれ。その補充の枠に、お前たちをねじ込んでおいたのさ。向こうとしては、合法非合法問わずに腕利きなら良いらしい」

 

 あくまでもビジネスライクの付き合い。この部分を強調して、羊飼いは互いの関係性を明白にする。無論、気に入っている仕事仲間に対するサービスも多分には含まれているが。

 それから二、三やり取りをして羊飼いは店を後にする。

 慌ただしい客が帰って、室内には沈黙の帳が降りてきた。

 その中で、二人は視線を感じ取る。

 

「……」

「…………ふぅ、ギリュー。先ずは、トワちゃんを充電スタンドに置いてくれるかい?それから、少し話をしようか」

 

 アキラはそう切り出した。

 それからは、早かった。ギリューの抱えていたボンプが充電スタンドへと預けられて、それからそれぞれに温かい飲み物を用意してソファに座る。

 

「さて、と。それじゃあ、話そうか。といっても、特別何かがある訳じゃない。僕らの故郷、帰るべき場所が旧エリー都、零号ホロウの中にあるんだよ」

「私たちがプロキシ業をしてるのも、この零号ホロウへとどうにかして入り込むためなの。基本的に、TOPSや軍の管理下にあるから、今まで成功しなかったんだけどね……」

「零号ホロウ………」

 

 カップへと口を付けて、温かなお茶を啜るギリュー。

 いまいち分かっていない様子だ。その辺りの知識は、まだまだ勉強中であるから当然と言えば当然なのだが。

 

「今回の羊飼いが持ってきてくれた話も、私たちにとっては渡りに船だった。この話も受けるつもりだし、注力するつもりでもある。それで、ね。その……」

 

 リンは言葉を詰まらせる。

 今から言おうとしている事は私利私欲によるものだ。そもそも、住居と食事を提供しているとはいえ、その提供分以上に表裏それぞれの稼業でギリューの活躍は大きい。

 何より、ギリューはギリューで記憶喪失やら何やら問題を背負っている。そこに、更に自分達の厄介事を乗せても良いのか。

 アキラの方も思う所があるのか、口をつぐんだままだ。

 自分たちの目的も大切だが、その一方で自分たちの弟分でもある少年を巻き込んでいいものか、という良心の呵責がある故に。因みに、彼の口から自分たちの秘密が漏れる心配はしていない。その点は、信頼と信用がある。

 果たして、

 

「――――()()()

「えっ……」

「手伝う」

 

 うんっ、と頷きギリューはカップの中身を飲み干すとソファから立ち上がって二人と向かい合う。

 

「アキラとリンが家に帰れるように、俺も手伝う」

 

 やりたい事も、やるべき事も彼には無い。であるのなら、自分が大切にしたいものの為にその力を振るうのが良いだろうと考えた。

 呆気にとられたのは、二人の方。

 割と一世一代の告白だった。それこそ、嫌がるのならそれも仕方がないと諦めるつもりでもいた。

 要するに、アキラもリンもギリューに対する理解がまだまだ完全ではなかったという事。兄妹は、自分達へと向けられているカラッとした激重感情を自覚するべきだった。

 

 かくして、次なる目標は昇格戦と零号ホロウ。新たな出会いが待っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。