偽龍の仔 作:贋子
その日、蒼角は上機嫌に鼻歌を歌っていた。
「ご機嫌ですね、蒼角。何かあったんですか?」
「あっ、ナギねぇ!」
ゆらゆらと左右に揺れる白い頭に声を掛けたのは、桃色の髪を編んで纏めたアンダーリムメガネが印象的な女性。
月城柳。蒼角が姉のように慕う、この対ホロウ六課の副課長を務めている。
「うん!蒼角、これから友達とお出かけするんだよ!」
「友達と、お出かけ……?」
「うん!」
頷く蒼角に、柳は笑みを返しながら首を傾げつつチラリとスケジュールをチェック。
対ホロウ六課は多忙だが、だからといって休みが無い訳ではない。緊急招集が掛かる事はあるものの、それでもシフトを組んで休める時間というものはあった。
蒼角は、これから明日までお休み。不備はない。
しかしそれはそれとして、姉貴分として可愛がっている蒼角の
「そのお友達は、どんな人なんですか?」
「え?ええっと、ねぇ……黒くて大きな尻尾があるんだー」
「尻尾……」(シリオンでしょうか)
「それでね?蒼角が困ってた時に助けてくれたの!」
「成程」(善人、という事でしょうかね)
「それからねー……蒼角よりもちっちゃいんだよ!」
「蒼角よりも……?」(となると、身長は140代前半、もしくは未満といったところでしょうか)
柳の頭の中では、小柄なシリオンの姿が出来上がっていた。
一応、決めつけは出来ない。というのも、シリオンは一括りにそう呼んでも、その中身は多種多様。
更に補足すると、知能機械人に関してもその見た目は様々。人の様な者から、仕事に合わせた見た目にカスタマイズした者まで居る。
そうやって柳が考え込んでいれば、この間に蒼角は出掛ける準備を終わらせてしまった。
「それじゃあ、ナギねぇ!行ってきまーっす!」
「………あ、はい。いってらっしゃい」
元気よく詰め所を駆け出していく蒼角。
その背を呆然と見送った柳に、小さな笑い声が向けられた。
「ははは、そうやってると何だか月城さんって子供の独り立ちに寂しさを覚えるお母さんみたいですよね」
「……浅羽隊員?誰が、お母さんですか」
「まあまあ、そう嫌そうな顔をしないでくださいよ。それに、蒼角ちゃんも成長してるって事でここは一つ」
へらへらとそう言って、黄色いハチマキにチョーカーを首に付けた青年、浅羽悠真は肩を竦めた。
「実際、蒼角ちゃんだって恋人の一つや二つ出来たっておかしくない歳じゃないですか」
「こ、恋人!?」
「そんな驚きます?」
悠真は眉を寄せるが、メガネを光らせて硬直した柳はそれどころではない。
『あっ、ナギねぇ!見て見て!この人が、蒼角のおつきあいしてる人だよ!』
『初めまして、月城柳さん。いえ、柳
『じゃあね!ナギねぇ!ナギねぇもいい人が見つかると良いね!』
「――――ごふっ」
膝に来た。思わずふらついて、近くの机の天板に手をついて体を支えながら柳の足は小鹿の様に震えていた。
柳の頭の中では、キリッとした顔立ちのシリオンの男性の腕にしなだれかかる様に抱き着く蒼角の姿が浮かんでいる。その上、彼女に背を向けて二人去っていく背中まで。
常日頃、仕事人間の様にキッチリしている副課長のその姿に、悠真は口元を押さえる。
(面白っ……弄るネタゲットー)
上がった口角を隠して、猫目石の瞳がそっぽを向く。
@
意図せず、姉貴分の膝をつかせた蒼角は、得物である刃旗を手にホロウの前へとやって来ていた。
「ギリュー!お待たせー!」
「ん、大丈夫」
駆け寄ってきた蒼角に、黒い尻尾を揺らしてギリューは右手を上げる。
頑張ろう!と腕を振り上げる彼女はキョロキョロと周りを見回して首を傾げる。
「あれ?ビリーは?」
「ビリーは仕事。だから――――」
「私が代わり」
そう言って、アンビーが一歩前へと進み出た。
「ギリューやビリーに話は聞いてる。私は、アンビー・デマラ。今日は宜しく」
「うん!蒼角は、蒼角だよ!よろしくね、アンビー!」
嬉々として差し出された手を取って、ブンブンと上下に振る蒼角に対してアンビーは頷く。
本日、三人が集まっているのはパエトーンの昇格戦を手伝う為だ。本当ならば、アンビーの枠はビリーだったのだが別の仕事が入ってしまい、代わりとして彼女が入った。
そんな三人を案内するのは、小さな丸っこいボディ。
『……ンナ!』
面倒な事になっているが、コレは少し前に決めた事だった。
*
「――――それじゃあ、手伝ってほしいんだけど」
「お手伝い?」
「うん」
「待て待て待て待て!ちょーっと、向こうで話そうかギリュー!」
首根っこを掴んで、ビリーは蒼角に一つ断りを入れてからその場から少し距離を取ると、顔を突き合わせるような距離にまで腰を曲げた。
「何言ってんだ!あの子は良い子でも、六課の所属。つまり、この街の治安維持側の人間だぞ!?そんな子に、違法なプロキシ業の昇格戦の助っ人を頼むのは違うだろ!?」
「ダメ?」
「ダ………ううん……そんな顔されてもよォ……」
ビリーは頭を抱える。
常に無表情だからこそ、眉毛が下がったギリューのションボリ表情は中々に来るものがあった。
弟分のお願いをかなえたい気持ちはある。だが、下手にリスクを背負うのは自分達だけでなくプロキシ業を生業とする兄妹含めた周りにも何かしらの影響が出かねない。
リスクリターン含めて、邪兎屋の中でもビリーはよく周りを見ているタイプだ。故においそれと短絡的には動けない。
ギリューはギリューで、ビリーを納得させるだけの口の巧さは持ち合わせていない。
この状況を覆す事が出来るとすれば、第三者か。
「えーっと、ダイジョーブ?蒼角、何かやっちゃった?」
「うぇ!?あ、いや、その…………」
「……俺達は、ホロウに入るんだ」
「ギリュー!?」
散々である。顔の輪郭パーツを両手で挟むようにして驚愕するビリーを尻目に、ギリューは腹芸などする気は無いと言わんばかりにぶっちゃける。
「ホロウ?ギリューって、ホロウレイダーだったの?」
「それもしてる」
「ふーん……蒼角がそれをお手伝いすれば良いんだね?」
「うん」
「分かった!今日は無理だけど、お休み取ってお手伝いするね!」
「…………良いのか?ホロウレイダーは、取り締まりの対象だろ?」
「んー、そうだけど。ギリューもビリーも良い人だもん!それに、友達を助けるのは良い事でしょ?」
幼さの際立つ蒼角だが、その一方で彼女の審美眼とも言うべき人を見る能力は優れている。
ラーメンを奢ってもらった事を加味せずとも、彼女から見てギリューもビリーも善人だ。
何より、対ホロウ六課は、というか行政側は有用であれば、プロキシもレイダーも関わらずスカウトする必要がある程度には人手不足の現状。
蒼角としては、そこまでの考えはない。ただ、彼女があっさりと協力に頷いたのは彼女が育ってきた環境と、
「ボスも、人助けはしてるし。ナギねぇも、助けて貰ったら、助けてあげてって言ってたもん!」
「…………そのボスとかにオレ達の事を秘密に出来るか?」
「あ、そっか。うん!約束だよ!」
小指を立てる蒼角。
いまいち信を置くには頼りないが、口約束でも約定を交わしておくのは悪くない。
何より、既に蒼角の立てた小指に倣うようにして小指を立てたギリューが指切りをしてしまっている。
かくして、日程が決まる。
*
蒼角とホロウに潜るにあたって、今回のパエトーンは喋らない。これは、諸々を加味しての事。
アキラは渋ったが、彼らの最終的な目的を見据えれば、零号ホロウに出入りする対ホロウ六課との繋がりを得る事が出来るのは悪くない。加えて、もしも言語モジュールなどが壊れてしまった時などにコミュニケーションを取ってナビゲートする練習にもなる。
以上の事から一応の納得を経て、今に至る。
「目標の確認をしましょう」
アンビーがホロウに突入する前に、そう切り出してきた。
「プロキシ先生の先導の下、ホロウを踏破。その最終地点でのエーテリアスの討伐。もしもその道中でイレギュラーが発生した場合は、帰還を最優先。プロキシ先生のボンプをホロウの外へと送り出せば、救援を呼ぶ事も可能よ」
「このボンプちゃんを守りながら進めば良いんだね!」
「大丈夫。傷一つ付けないから」
「うん、良い返事」
引率の先生の様に、アンビーは頷いた。
いまいち緊張感に欠けるが三人の実力は高い。
要するに、今回のホロウ探索は、ピクニック同然であった。