偽龍の仔   作:贋子

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 ホロウ内を疾走する三つの影。

 

「次はこっち」

 

 小脇にボンプを抱えて先頭を走るのはアンビーだ。その後を、ギリューと蒼角が追いかける形。

 アンビーに抱えられた状態で、不意にボンプの小さな手が彼女の腕を軽く叩いた。

 数は、二回。間を開けて三回。

 

「警戒。右から三体のエーテリアス」

「蒼角が行ってくるね!」

 

 刃旗を手に、蒼角が短い指示に則って動く。

 小柄な彼女だが、剛腕剛力のパワーファイターである。振り回す鋼鉄の刃旗も、常人が振るおうとすれば寧ろ体を振り回される事になるだろう。

 更に彼女の優れた点は、天真爛漫さを持ち合わせながら、同時に作戦行動を遂行する意識を持ち合わせている点だ。

 今も、三体のエーテリアスを手早く倒してさっさと前を行く二人に合流している。

 やるべき事をちゃんと理解しているからこその動きだ。この辺りは、戦い方が改まっていているギリューの及ばない部分でもある。

 

 走って、跳んで、飛び降りて。辿り着いたのは、ホロウに飲み込まれて機能を果たせなくなった列車の格納庫の前。

 広々とした空間で、戦闘行為を行うには十分な広さがある。

 

「目標を確認」

 

 一番前で辿り着いたアンビーの見据える先には、数体のエーテリアスが屯していた。

 

「私たちの目的は、あそこに屯してるエーテリアスを倒す事。戦闘が始まれば周囲のエーテリアスが寄ってくるはずよ。基本的には、各個撃破にしましょう。私とギリューは組んだ事があるけれど、近いと互いに戦い難いだろうし。蒼角も、それで良い?」

「リョーカイ!もしも誰かが危なかったら、ボッカーン!って吹っ飛ばしちゃっていいんだよね?」

「ええ、そうね。要警戒レベルのエーテリアスは確認されていないからそこまで危なくは無いと思うけれど、油断はしないで」

「はーい!」

「うん」

 

 それぞれに返事をするちびっ子二人に頷いて、アンビーは抱えていたボンプを地面に下ろした。

 

「それじゃあ、プロキシ先生。速攻で片付けてくるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

 跳躍からの体の回転を加えた渾身の尻尾叩きつけが決まり、堅牢な外骨格を持ったアーマーハティは潰れたカエルの様に叩き潰されて事切れた。

 尻尾についた土埃を払ったギリューが周りを見回せば、既に動き回るエーテリアスは居らず、消える途中の様なものばかり。

 ハッキリ言えば、雑魚ばかりだ。それも、ここ最近彼が相対してきた双頭六足のハティや、異常変態を起こしたデッドエンドブッチャーといった並大抵のエージェントでは相対した時点で墓穴決定するような存在と比べれば猶の事。

 

「状況終了。プロキシ先生、近くにエーテリアスの反応は?」

 

 電磁ナタを鞘へと納めたアンビーが問えば、勢いよくボンプが体ごと頭を左右に振る。

 相手が弱く、こちらが強いなら連携が付け焼刃であっても何とかなる。それは、今回の依頼達成スピードに現れてもいる。

 鋼鉄の刃旗を肩に担いで、蒼角が大きく伸びをする。

 

「んー♪アンビーもギリューもツヨいね!」

「貴女も強かったわ。流石は、対ホロウ六課の所属ね」

 

 互いの健闘を称える二人。その間に、ギリューは駆け寄ってきたボンプの側に膝をついた。

 

「リン」

『どうしたの?』

「お腹空いたから、何か食べてきていい?」

『あー、そっか。お兄ちゃーん、ギリューが何か食べてきて良いかってー』

 

 マイク越しに、リンの声が聞こえる。

 何やらぼそぼそとしたやり取りが行われて、少し。

 

『オッケーだよ。こっちはこっちで食べるから、気にしないで』

「うん」

『お小遣いはある?』

「大丈夫」

 

 短いやり取りを経て、ギリューはボンプを抱えて立ち上がった。

 そして、二人へと振り返る。

 

「何か食べに行こう」

「候補は?」

「決めてない……アンビーと蒼角は何が食べたい?」

「蒼角も一緒に行って良いの?」

「うん……予定がないなら」

「ないよ!それじゃあねぇ……うーん?」

「とりあえず、帰路につきながら考えましょう。ホロウの中で考える議題じゃないもの。因みに、私はハンバーガーが良いわ」

 

 アンビーに促され、三人はボンプの導きに従って歩き出す。

 

「ハンバーガー?アンビーは、バーガーが好きなの?」

「ハンバーガーはパーフェクトな食べ物よ。味はもちろん美味しいし、タンパク質、ビタミン、炭水化物、脂質といった栄養も纏めて摂れるもの。フレンチフライにコーラを付けても最高ね」

「おおー……何というか、コダワリがあるんだね」

 

 アンビー・デマラの好物は、ハンバーガー。先の彼女の発言通り、ハンバーガーをリーズナブルな完全食だと思っている節がある。

 実際、ハンバーガーは通常の食事より安価な場合がある。それこそ、定食などを頼んだりするより安い場合もあるだろう。

 

「じゃあ、ハンバーガーにする?」

「蒼角もさんせーい!」

「お勧めのお店があるわ。そこに行きましょう」

 

 とんとん拍子に話が進む。

 食べる事が好きなギリューと蒼角。そして、食べる物を選ぶ基準が他の人よりも割とハッキリしている上に、選択肢の少ないアンビーの組み合わせならではの決定。

 

 そんなこんなで何事も無くホロウを抜けた一行は、その足で地下鉄へと向かいルミナ地区はルミナスクエアへとやって来た。

 

「こっちよ」

 

 地下鉄の駅より出て、向かうのは表通りから数本奥まった路地の方。

 街の喧騒は遠く、何処か異世界にでも迷い込んでしまったかのような不思議な感覚に陥る通りだった。

 迷うことなく突き進むアンビーは、やがて一つの木製ドアの前に立った。

 擦りガラスが嵌め込まれた上部がアーチ状となった扉で、その曲線のすぐ下には小さなドアベルが付いている。

 キョロキョロと扉の前に立ったアンビーは左右を見回して、とある部分でその視線を止める。

 彼女が見たのは、扉の隣にあった窓の桟に置かれた小さな植木鉢。その中には、一本のオレンジ色のシャベルが放り込まれていた。

 ソレを確認し、彼女は躊躇いなく扉を開けた。

 ドアベルが甲高い音を立てて、引き開かれる扉。遮音性が確りとしているのか、静かなジャズの音が室内から響いてくる。

 

「おや、いらっしゃい」

「久しぶりね、マスター」

 

 入店した三人を出迎えたのは、カウンターを挟んで向こう側にて新聞を読んでいた白髪の老人。

 バーテンダーの様な衣装に身を包んでおり、口元には紫煙の燻るパイプが加えられている。

 老人は、三人を確認しておおらかな笑みを浮かべると、パイプを口から離して近くのホルダーに立て掛けて腰掛けていた椅子から立ち上がった。

 

「コレはこれは、可愛らしいお客様を連れてきたね」

「ええ、そうね。ギリューは、私の可愛らしい弟分だし。蒼角もとってもキュートよ」

「ふっふっふ、そうらしい。立ち話もなんだ、カウンター席にどうぞ」

 

 老人に促されて、三人は五つあるカウンター席の真ん中三つに陣取った。並びは、ギリュー(ボンプ所持)、アンビー、蒼角の並び。 

 店内では、蓄音機から吐き出されている静かなジャズと、時折木の軋んだ家鳴りが聞こえる位で実に静かだ。

 

「ご注文は?」

「ハンバーガーのセットを三つ。飲み物は……二人とも、何が良い?」

「何がある?」

「そうだねぇ、子供向けならジュースやお茶も用意してるよ。メロンソーダやジンジャーエール、コーラなんかだね。お茶は、紅茶、ほうじ茶、番茶、烏龍茶……まあ、色々さ」

「ふーん……じゃあ、烏龍茶」

「あ、蒼角も烏龍茶!」

「ん、了解。そっちのお嬢さんは、いつも通りね」

「ええ、お願いするわ」

「それじゃあ、少し待っててね」

 

 そう言って、老人はカウンターから少し左にズレた奥へと通じる通路へと消えた。

 この間に、慣れたようにアンビーは冷たい氷水の入ったピッチャーを使って三つのお冷をそれぞれの前に置く。

 

「アンビーの知り合い?」

「ええ、そうね。知り合ったのは偶然だけど」

「なんだか、秘密のお店!って感じだよね。蒼角もルミナスクエアにはよく来るけど、ここは知らなかったなぁ」

「この店は、不定期に開くのよ。目印は、入り口わきにある植木鉢にオレンジ色のシャベルが入っているかどうか」

「?それで、儲かるのか?」

 

 ギリューが首を傾げる。

 曲がりなりにも、Random_Playで働く彼だからこその疑問だ。店の経営というのは、存外難しく固定客が居るか居ないかは売り上げの直結。そのまま、明日の生活にも響く。

 レンタルビデオショップなら、会員数がそのまま収入に繋がる。

 その答えは、外から返ってきた。

 

「ふっふっふ、気にするものじゃないさ坊や。老人の道楽だからね。老い先短い僕としては、気分が乗った時にお店を開ける位が丁度良いのさ」

 

 笑みを浮かべて、片手にはトレイを持って戻ってきた老人。

 彼は、慣れた手つきで、三人の前にスープの入ったカップをサーブする。

 

「野菜たっぷりのミネストローネだよ。パテが焼けるまで、少しかかるからね。それでも飲んで、お腹を熟しておきな」

 

 熱いから気を付けてね、とスープスプーンも一緒に出される。

 

「いっただきまーす!」

 

 元気よく、蒼角はスプーンを手にスープへと向かった。

 掬い上げれば、細かく切られ、煮込まれた事で角の取れた野菜たちと、それからソーセージが収まった。

 

「!あふっ!……んぐ、美味しい!」

 

 ハフハフと口の中の熱気を逃がしながら、蒼角は満足そうな笑顔を浮かべる。

 他二人も、似た様な様子だ。そして、三人の反応に老人は眦を緩めた。

 

 老人の道楽。彼は、若い子たちの健啖な食欲が好きだった。

 

 スープの反応は上々。同時に、彼の鍛えられた経験がベストな時間を報せてくれる。

 再び通路を通って籠った厨房。そこで作業を終える頃には、腹ペコ三銃士の元にも良いニオイが漂ってくるわけで。

 

「――――はい、おまちどおさま。ハンバーガーセット三つね」

「ふわぁああああ……」

「おお……」

 

 出されたのは、中々に大きなハンバーガーに、付け合わせのフレンチフライの乗った大皿。

 ゴマの振りかけられたバンズに、パテ、トマト、レタス、玉ねぎ、チーズ、ピクルスといった具材が最低でも二つは挟まれている。

 ソースも自家製なのか、ギリューの嗅覚には複雑な、それでいて決して不快ではない香りを訴えてきていた。

 自然と、口の中の唾液腺が刺激される。

 最早辛抱溜まらぬ、と三人は手を合わせてハンバーガーへと手を伸ばした。

 

「ッ!……旨っ」

 

 一口で分かる、素材のバランス。

 濃密な肉の旨味と香辛料を歯応えと共に伝えてくるパテに、サッパリとして瑞々しい野菜たちが食感と共にアクセントを利かせて、チーズの風味が不必要な食材の棘を押さえ、それら一切を包み込むバンズとソースの旨味の暴力。

 バーガーだけではない。食間に挟まれるフレンチフライは、サクサクとした表面を有しながら、芋特有の内側のホクホクさを無くしておらず。降りかけられた塩の量も絶妙。飽きが来ず、無限に食べる事が出来るのではと錯覚する。

 更に更に、合間で挟まれるドリンクも良い仕事をしている。口の中がリセットされ、再び美味しくいただけるからだ。

 大きめのハンバーガーだったが、黙々と食べ進めてしまえば直ぐになくなってしまう。

 

「「……あっ」」

 

 ちびっ子二人は夢中で食べていたせいで、最後の一口が無くなった所で言い様の無い喪失感に襲われる。

 無くなってしまった。だが、だからといって他人の物にまで手を出す様な事はしない。

 そんなお利口な二人に、老人は気を利かせる。

 

「坊やにお嬢ちゃん。お代わりは、どうだい?」

「!食べたい!」

「良いのか?」

「勿論さ。そっちの嬢ちゃんは要るかな?」

「欲しいわね」

「っふっふ、了解」

 

 作り甲斐のあるお客だ。老人は、笑みを浮かべて再び厨房へと戻るのだった。

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