偽龍の仔   作:贋子

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 依頼のメールを受けた翌日。

 朝早くから、Random‐playの店の前にて二つの人影が朝日を浴びていた。

 

「よーし、行こっか」

「うん」

 

 どちらともなく手を差し出して、リンとギリューは互いの右手と左手を繋いで歩き出す。

 顔見知りからは微笑ましいものを見る様な目で見られているのだが、今更だ。

 何より今回は、なるべく二人の距離が近い方が良い。主に、相手次第で逃げ出す場合。

 

『二人とも、聞こえているかい?』

「感度良好だよ、お兄ちゃん」

「聞こえる」

『良し。もしもの時は、ギリューがリンを抱えてその場を退避。治安局に突き出す……のは難しいから、とりあえず状況証拠を残してFairy経由で依頼人に送る事にしようか』

 

 アキラの声を聞きながら、二人は通りを行く。

 チョップ大将のラーメン屋の前を通り、ティン店長のコーヒーショップを越え、雑貨屋141の看板ボンプ達に手を振って更に進む。

 通りに沿って道を進めば、程なくしてホビーショップとその先の地下鉄の出入り口が見えてくる。

 そのホビーショップの前にある駐車場の入り口辺りが待ち合わせ場所だ。

 建物の影に隠れるリン。そんな彼女の後ろに潜り込んで隣からひょっこりと顔を出すギリュー。

 傍から見ると滑稽この上ないが、彼女らは大層真面目に自分たちの依頼主を見極めようとしていた。

 

「ギリュー、見て。あの人って……」

「テレビに出てた」

「そうそう。確か……アンドーさん、だっけ?」

 

 彼女らが見つけたのは、昨日観た番組でブチ切れていた白祇重工側の出演者。

 腕を組み、何や落ち着かない様子でソワソワとしながら何やら呟いている。

 

「オレはやれんのか……いや、やり遂げなくちゃいけねぇ。兄弟が居なくとも、やり遂げてみせる……!」

 

 建物の影から覗く二人に負けず劣らずの、不審者っぷり。

 

『警告。独り言をつぶやく不審者というのは、危険人物であると推察されます。参考資料、ショップ内ホラー・スリラー・サスペンスコーナーより抜粋』

『映画の話だろう?それは。とはいえ、危険人物かもしれないっていうのは同意だね。防犯カメラ越しに見ているけど、あそこまで挙動不審だと声を掛けるのは躊躇われる』

「どうしよっか……って、ギリュー!?」

 

 先の動きを相談しようとしていたリンだったが、突然自身の隣をすり抜けていく黒い尻尾に目を剥いた。

 あろう事か、ギリューは無防備にも待ち合わせ相手であろうアンドー何某へと近寄っていくではないか。

 すわ、何かしらの影響でも受けたのか、とリンが駆け寄るが、それよりも前に少年は不審者()へと接触を果たしてしまった。

 

「アンドー?」

「!よお、アンタがプロキシ……じゃねぇな。その尻尾の持ち主は、聞いてるぜ。ギリュー、だろ?」

「うん」

「アンタだけか?」

「ううん。俺だけじゃ――――」

「ちょっとギリュー!もう!」

 

 駆け寄ってきたリンが後ろから抱き着くようにしてギリューを掴んで、アンドーから距離を取らせる。

 少年と視線を合わせるようにして腰を折っていたアンドーは驚いたようだが、しかし気分を害した様子もなく姿勢を戻すと快活な笑みを浮かべた。

 

「そっちが、プロキシだな。オレは、白祇重工のアンドー・イワノワだ。よろしく頼むぜ」

「あ、はい!よろしく…………じゃなくて!ギリュー!一人で行っちゃダメでしょ!?」

「でも、アンドーは嫌な臭いしないし」

「ニオイだけで判断できるものじゃないでしょ!もう!ギリューが強い事は分かるけど、世の中には悪い人がいっぱい居るんだから!」

「むぅ……」

 

 めっ、と注意するリンに、唇を尖らせながらもギリューは頷いた。

 補足をするなら、ギリューは今回の依頼を完全に理解している訳ではない。ただ一つ、依頼してきた白祇重工が困っている事だけ理解していた。加えて、獣染みた直感に従って少年は、アンドーに対して安全の判を押したのだ。

 感覚的な部分であるため、説明のしようもないのだがギリューなりに安全は確保したつもり。事実、一人でふらりと近付いたのはリンの安全を無意識的にでも加味したから。

 二人のやり取りは、心配性な姉と無鉄砲な弟のソレ。少なくとも、外野からすれば微笑ましいことこの上ないものだ。

 

「はっはっはっは!あんまり姉ちゃんを心配させてやるなよ、ギリュー。安全を考慮するのは、現場の定石だからな」

「ん……」

「っと、悪い悪い。こっちも何分、世間話に興じてる場合じゃねぇんだ。プロキシ、いやパエトーン。どうか、オレ達に力を貸してくれ!」

 

 頭を下げるアンドー。リンは首を傾げる。

 

「つまり、依頼って事だよね。白祇重工からの」

「ああ、そうだ。実は困った事になっていてな。元々は自分らでどうにかしようと思ってたんだが、如何せんホロウの中の問題じゃあこっちも手出しに限界がある。そこで、腕のいいプロキシを探してた所で、アンタらを紹介されたって訳だ」

「つまり、アカウントのそっちの紹介って事ね。その紹介元って、ニコでしょ?」

「何だ、気付いてたのか。ああ、そうだ。邪兎屋の面々も褒めちぎってたぞ。オマケに、クソ強ぇエージェントも居るってな」

「?」

「お前の事さ、ギリュー。デッドエンドブッチャーともタイマン張ったって話を聞いたぜ?」

 

 上機嫌に、アンドーは話の分かっていないギリューの頭を荒々しく撫でまわす。

 背も高く、体格も良い為に威圧感のある彼だが、実際は気のいい兄ちゃんである。

 

「ええっと、アンドーさん」

「おう、どうした!」

「いや、良かったの?白祇重工が困ってる事をあっさりと言っちゃって」

「問題ねぇ。こっちはこっちで、アンタらがプロキシだって知ってるし互いに弱みを握る様な形にはなるがそっちの方が何かとやりやすいだろ?うちの総意としてそう決めたんだ。もっと詳しい話は、現場に行ってからにしてぇんだが…………」

「……うん、了解。案内宜しくね、アンドーさん!」

「任せな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧都に近い、黒雁街跡地。

 ここが、白祇重工の拠点の工業区であり多くの人々が出入りしている。

 

「ここだ!」

 

 現場の入り口にて、アンドーが声を上げる。

 工事の騒音を抑えるための防音防塵壁に囲まれたそこは、成程想像しやすい工事現場そのままの場所だ。

 

「うちの社長は、それはもう百獣の王!って感じのやり手だ!存分に、緊張してくれて良いぜ!」

「いや、そこは普通緊張しないでって言う所じゃないかな……」

「ま、それだけ威厳があるって事さ。何より、緊張するなって言って緊張が解けた(ためし)がねぇしな!」

「な、成程」

 

 アンドーなりの経験則からの言葉に、リンは感心させられる。

 一方、ギリューはあまり馴染みのない周囲の光景を興味津々に見ていた。

 一応ホロウ内で放棄された工事現場などは見たことあるのだが、それはそれ。侵食などが起きていない大規模で綺麗な工事現場を見るのはこれが始めて。

 とはいえ、周囲の警戒を怠っている訳でもない。

 

「……ん」

「ん?ギリュー?」

 

 隣を歩くリンの腕を引いてその場に留まらせる。

 不思議そうに自分を見てくるリンを無視して、ギリューは前を睨むようにして目を細めた。

 

 その理由は、直ぐに()()()()()

 

「退いてぇええええええええ!!!」

 

 どったんばったんと周囲の重機やら鉄骨やら壁やらにぶつかりながらこちらへと突っ込んでくる巨大な何か。

 黄色と黒の塗装が施された四本足の巨大な機械だ。加えて、その上には一人の女性が乗って振り落とされないように何やら作業している。

 

「何っ、お前ら走れ!」

「ッ、アンドーさんは!?」

「オレは、アイツを止める!!!」

 

 アンドーの指示を受け、ギリューはリンを抱え上げると後方へとバックステップ。この間に、アンドーは突っ込んでくる機械へと両手を突き出して突っ込んだ。

 吹っ飛ばされるか轢き潰されそうなものだが、なんと彼は己の数倍は軽くある機械を見事押し留めてみせた。

 暴走が押さえ込まれ、上に乗っていた女性が顔を上げる。

 

「やあ、アンドー!そのまま押さえておいてくれるかい?」

「グレース!こりゃあ、一体全体どういう事だ!?何が起きてる!!」

「ちょっとした点検だよ。うちのカワイイ子たちは何時だって万全であるべきだろう?」

「だからって、客が来る時にやるんじゃねぇよ!!」

 

 尤もな事を言われても、グレースと呼ばれた女性はどこ吹く風。

 タブレット端末片手に作業を再開。

 

「ここをこうして……後は……よしっ。安心して、ただのファイアウォールだから」

 

 そう言って、彼女は機械のメイン可動部へと手を伸ばす。

 だがしかし、この白祇重工の有するこの大型機械たちはそんじょそこらの代物とは一線を画す。

 メインモニター部に表示されていた顔のアイコンが何やら赤色の怒った様な表情に変わると同時に、四本足の前方二本が低く沈み込み、同時に後方二本が胴体部を跳ね上げる様にして伸びあがった。

 当然、作業をしていたグレースの体は前に投げ出される様に吹き飛ばされる。

 

「グレース!」

 

 仲間意識の強いアンドーは、コレを無視できない。反射的に機械を押し留めていた両手を放して宙を舞う彼女をキャッチしようとしてしまう。

 邪魔が消えて再び暴走を始める機械。

 流石に無視する訳にはいかない、とリンは自分を抱えるギリューへと指示を飛ばす。

 

「ギリュー!アレを止めて!」

「分かった」

「壊さないようにね!」

 

 リンを地面へと下ろし、低い姿勢でギリューは工事現場の奥へと向かおうとする機械を追いかける。

 直ぐに追いつき、胴体の下へと潜り込むと、装甲板の表面に両手を添えて壊さないように注意をしながら空へと大きく跳び上がった。

 本来、子供が跳ねた程度で重機であるこの機械は微動だにしないだろう。寧ろ、子供の方が怪我をする。

 しかし、ギリューはただの子供ではない。その身に宿した剛力は、見た目を遥かに超えている。

 

「おいおい、マジかよ」

 

 グレースをキャッチしたアンドーは驚愕を口にする。

 何と、彼の目の前で機械が宙を舞った。目算にして、二十五メートル程。

 機械は自然と足を延ばす様な格好となり、同時に最も重い中心の胴体を下にして落ちてくる形を取った。

 これを、跳躍と押し上げの力で機械を空へと打ち上げたギリューが落下地点に入る。

 

「ん」

 

 半ば地面にクレーターを刻みながら、両手を上に掲げたギリューはこれをキャッチ。

 四本足を空に向けてバタつかせる機械を持ち上げた子供という、芸術もビックリの光景が出来上がっていた。

 ただ、ここから少し困ってしまう。

 

「リン……どうする?」

 

 暴れる機械を落とさないように支えながら、ギリューは眉根を寄せた。

 止める事は出来た。しかし、壊さないようにするのならここから動けない。因みに、壊して良いのなら持ち上げた機械を空中で真っ二つに引き裂いていた事だろう。

 そんな彼に助け舟を出すのは、先程グレースと呼ばれた女性である。

 

「凄いパワーだね!まさか、うちの子をこうも簡単にひっくり返しちゃうなんて」

 

 こっちに来れるかい?とグレースに手招きされて、ギリューは三人の元へ。

 

「こっち持つぜ。ギリュー、少しズレてくれ」

「うん」

 

 アンドーが補助へと回り、ギリューの前にはグレースが来た。

 余談であるが、彼女は女性としては結構な長身で、且つ中々立派なものをお持ちだ。オマケに、軽装。工事現場に出るのだからもう少し着込んでも良さそうなものだが、兎に角露出が多い。

 そんな立派な胸部がギリューの眼前で揺れる。一般的な青少年であれば、挙動不審になるか或いは凝視でもしそうなものだが、残念ながらこの少年は一般的ではない。

 顔色一つ変える事無く、グレースの作業が終わるまで大人しく両手を挙げて、機械を持ち上げ続けていた。

 

「――――よしっ、もう良いよ。ありがとう二人とも。下せるかな?できれば、足を地面に付けてくれると良いんだけど」

「おう、任せとけ。ギリュー、そっちから地面に付けて、そこからちゃぶ台返しの要領でひっくり返すぞ」

「ちゃぶ台?……うん」

 

 いまいち分からない、と首を傾げるギリューだがアンドーに言われてその場にゆっくりをしゃがみ込み始める。

 身長差はあれども、両手を上に突き上げたギリューと普通に手を添えているアンドーの高さの差は殆ど無い。そこに、ギリューがしゃがみ込めば彼の方が下がるのは自明の理だ。

 ギリューがしゃがむ事で二本の足が地面に近づいた所でストップ。アンドーが改めて下に入り込み、気合いを入れる。

 

「行くぜ!オオオオオッラァアアアアアアアアア!!!」

 

 気合い咆哮。渾身の力でアンドーの両腕が振り上げられて、機械の巨体が宙に浮かぶ。

 そのまま足で大きく弧を描くような形で、機械は四本足をついて地面に戻ってきた。

 暴走する様子も既に無く、リンは大きく伸びをする弟分の傍へと駆け寄った。

 

「お疲れ様、ギリュー」

「うん」

 

 労う様に頭を撫でれば、気持ちよさそうに少年の目が細まる。

 微笑ましいやり取りの一方で、アンドーの拳骨が機械馬鹿の脳天を捉えていた。

 

「グレース!今日は客が来るって前もって言ってただろうが!社長も朝礼で言ってたぞ!?」

「いやー、ごめんごめん。ついメンテナンスに熱が入っちゃってさ。次から次にアイデアが浮かんできてさ。その子たちがプロキシの?」

「ああ。とにかく、お前もついて来い。社長との顔合わせが――――」

「一体全体、何の騒ぎだ?」

 

 アンドーの言葉を遮る様にして、低い声が割り込んできた。

 そちらを見れば、左目を潰す様にして大きな傷跡が残る茶色い毛並みの熊のシリオンの姿が。

 肩に担ぎ上げる様にして携えた巨大なタンピングランマーも相まって威圧感が凄まじい。

 

(こ、この人が白祇重工の……!?)

 

 ギュッとギリューを抱き寄せながら、リンは生唾を飲み込む。

 その威圧感のある黒目がちな隻眼が、二人を捉えた。

 

「あ、えっと……は、初めまして……」

「うん?……ああ!これはこれは!どうも初めましてプロキシさん!そちらの子は、噂のエージェント君だな!」

 

 見た目に反して、実にフレンドリー。にこやかな笑みを浮かべると、おずおずと差し出されたリンの手を大きなフカフカの手が包み込み、続いて首を傾げる少年の頭を撫でる。

 

「俺は、ベン。ベン・ビガーだ。社長と待っていたんだが、騒ぎが起きてる様だったんで様子を見に来たんだ。アンドーたちと居たなら話は早い。このまま案内させて貰っても良いだろうか?」

「え、社長?……あ、はい!よろしくお願いします!」

「それじゃあ、行こうか」

 

 踵を返して歩き出す大きな背中を追って、二人は現場の奥へと向かう。

 その道中で、ギリューは気になった事をベンに聞く事にした。

 

「ベン。アレって何?」

「うん?アレか?」

 

 ギリューが手で示したのは、先程までの暴走は何処へやら。大人しくなった大きな機械について。

 

「アレは、知能重機といって我が白祇重工の売りの一つさ。正しくは、ホロウ内特殊作業用重機。ホロウの中じゃ、機械だろうと何だろうとエーテル侵食を受けてしまうが、知能重機はエーテル耐性の高い素材と人が中に乗らなくても作業が可能な人工知能の搭載に成功したものなんだ。もっとも、製作にも維持にも莫大な費用が必要になる。一つ一つが白祇重工の資産であり、生命線といった所だな」

「ふーん……」

「あの、ベンさん。私も聞いちゃって良い話だったの?」

「あっはっはっは、構わないとも。白祇重工の知能機械は業界内じゃ結構名が通っているんだ。産業スパイが出る程度には、ね。それに…………いや、この話は後にしよう」

 

 ついたぞ、とベンは前にあるお立ち台の様に資材が積まれた場所を示す。

 促されて二人が見上げれば、

 

「おい、グレース!下ろせってば!持ち上げんな!」

「そうは言ってもだよ、おチビちゃん。やっぱり高い所から見下ろした方が威厳があるだろう?」

「持ち上げられてる時点で、威厳も糞もねぇだろうが!」

 

 先程、知能重機を暴走させていたグレースが何やら右目に眼帯を付けた小柄な火の色をした髪の女性の両脇に手を差し込んで持ち上げているではないか。

 そのコント染みたやり取りに、リンの目が点になる。

 相変わらずの()()()()()()()()()()に、ベンは眉間を揉む。

 

「社長、お客さんだ。プロキシとそのエージェントの方が見えているぞ」

「!ああ、もう良い!」

 

 どうあっても自分を下そうとしないグレースに、女性は諦めたのか両手を組んで胸を張る。

 

「んんっ!あたしが、白祇重工社長のクレタ・ベロボーグだ。よく来てくれた、プロキシ」

 

 気性の荒い者も居る、現場を仕切る若い女社長、登場である。

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