偽龍の仔 作:贋子
レンタルビデオショップ“Random_Play”
治安の良い六分街に存在する個人経営の店であり、経営する兄妹の人柄がその売り上げに大きく貢献してもいた。
そんな店に、少し前から新たな住人が加わった。
「……朝か」
体内時計に従って目が覚めて時計を確認したアキラは呟いた。
このまま二度寝をしてしまいそうだが、視界の端に揺れた黒がソレを許さない。
「アキラ、おはよう」
「……おはよう、ギリュー。早起きだね」
「うん……お腹空いた」
黒曜石の様な黒髪に、猫目石の様な金の瞳。ゆらりと揺れた武骨さとしなやかさを兼ね備えた黒い尻尾。
ギリューを名乗り、名付けられた少年は現在アキラの私室にあるソファを寝床としていた。
最初は、一緒のベッドに横になる事も検討した。だが、問題になったのはギリューの長い尻尾とそれからシリオンとして破格の身体能力だ。
彼の体格と同程度の大きさがある尻尾は、ただそれだけで場所を大きく占領する。加えて、そのフィジカルの強さは下手に寝返りなどを打ってアキラを巻き込めば酷い事になるだろう。
記憶が無くとも、自身の身体能力などは無意識的にでも自覚していたギリュー。だからと言って、アキラもそしてリンも、少年が一人で眠る事には難色を示した。
理由は二つ。一つは単純に、心配であるから。もう一つは、少年自身への警戒。
とにかく諸々の理由から選ばれたギリューの寝床は、しかしここ最近では形骸化しつつもあった。
寝間着からいつもの服装へと着替えて、アキラはギリューを伴い部屋を出る。向かったのは、少し前に増設したキッチンだ。
凝り性の嫌いがある彼は、ギリューが一緒に住むようになって料理をするようになった。外食や菓子パン総菜パンなどばかりでは栄養バランスに不安を覚えたからだ。後は、資金的にも。
パンを焼き、卵やベーコンをフライパンで焼いて、サラダやフルーツヨーグルトなども準備。
アキラが調理を進める横では、ギリューが食卓の準備を進めていた。
正方形のテーブルに、椅子は三つ。二つは背凭れがあり、一つは無い。そして椅子の無い辺には、パンに塗るバターやジャム、卵に掛ける塩やソースなどが置かれていた。
その他にも皿の準備などを進めていれば、良いニオイが漂ってくる。
「ギリュー、そろそろリンを呼びに行ってくれるかな?」
「うん。分かった」
頷いたギリューは、キッチンを出ると隣の部屋へ。
扉を三回ノックする。
「リン、朝」
返事は返ってこない。黒い尻尾がゆらりと揺れる。
ノブを捻って部屋の中へ。
綺麗に整えられたアキラの部屋と比べて、リンの部屋は何処か雑多な印象を覚える。
ソファなどが置かれたスペースを大回りして避けてから、一段上がったベッドスペース。
「んん…………」
「リン、朝。ご飯出来る」
中々に際どい格好で布団を抱き枕に眠るリンに対して、ギリューはその肩を揺らす事で起こしにかかる。
「んぅ……?あ、おはよー……ギリュー……」
フワフワとした声で、リンは薄く目を開けた。
自分で起きてくる事は稀だが、その一方で起こされれば素直に起きる辺り手間はあれども可愛げもある。
「んーーーー……!よく寝たっ。改めて、ギリュー、おはよう」
「ん、おはよう」
「それじゃあ、運んでもらおっかなぁ」
「うん」
頷き、ギリューはリンに背を向けた。
その小さな背中へと凭れかかる様にのしかかるリン。尻尾の付け根辺りに横座りになって、その肩へと手を乗せた。
「しゅっぱーつ!」
リンの声を合図に、ギリューは歩き出す。
その足取りには一切の揺らぎはなく、安定感も中々のモノ。
元々、シリオンは普通の人間よりも身体能力に優れている場合が多い。無論、例外はあるだろうが少なくともギリューの場合は優れた身体能力の持ち主だ。
ここ数日の朝のルーティンに組み込まれているギリュータクシー。キッチンへとやって来た二人に、アキラは呆れた目を向けた。
「リン。この頃怠惰すぎるんじゃないかな?ギリューは乗り物じゃないんだよ?」
「いやー、この安定性とあったかさを知っちゃうと中々ねぇ。ありがと、ギリュー」
「うん」
リンを彼女の席に下ろしてから、ギリューは自分の席に着いた。
甘え上手というか、愛嬌があるというか。しかし年の離れた弟のような相手に甘え過ぎではないだろうか。そんな事を思いながら、アキラは朝食の準備を終えて席に着いた。
「「「いただきます」」」
両手を合わせて、揃って一礼。
これが、三人の新たなる日常である。
@
ホロウ。この世界を蹂躙する異空間現象であり、災害として人々の生活を脅かす存在でもある。
このホロウの影響によって、新たに建設されたのが新エリー都と呼ばれる都市であり、六分街は区分に分けられたヤヌス区の一角に存在する。
「…………」
ゆらりと尻尾を揺らして、ギリューは通りを歩いていた。
Random_Playと背中に入ったブルゾンをいつものパーカーの上から着ており、その手には今日のお勧めビデオの紹介が書かれた紙の貼られた看板を持っている。
ギリューは愛想が無い。幼さを残しながらも整った顔立ちを持つ彼は、しかしその表情筋は凍っているのではないかと思えるほどに仕事をしない。
リンやニコ、アンビーがムニムニとその頬を捏ねてどうにかこうにか表情筋を動かそうと努力したのだが、結果的に頬が赤くなっただけで効果なし。
幸いだったのが、尻尾の有無だ。
機嫌が良いとゆったりと揺れて、嬉しいとその揺れが少し大きくなる。因みにこれに気付いたのは、アキラ。食事を提供した時に気が付いた。
とにかく、愛想の無い少年は客商売には向かない。そこでその見た目を利用した広告塔を任せられる事になった。
店が開く時には、ギリューがこうして街を回り開店をお知らせ。ついでに、ビデオの返却が迫った客へのビデオの回収や勧告を行う事になっていた。
「よう!坊主、今日も手伝いか?」
「おはよう、チョップ大将」
「ああ、おはよう。今日は良い具材が入ってんだ。夜にでもあの二人連れて食いに来な」
「うん。分かった」
お隣のラーメン屋の大将であるチョップ大将に手を挙げる。
彼だけではない。街の住民たちは、皆それぞれギリューという存在を受け入れていた。
アキラたちのお墨付きがあるから、だけではない。表情筋の仕事しない彼は、何というか普通に良い子であったからだ。
「ふむ、困りましたね……」
「おはよう、ティン。何してるの?」
「おや?ああ、おはようございます、ギリュー君。実は、近々イベントの会場となる事になり色々と準備をしていたのですが、荷物が多くなりすぎてしまいまして」
「ふーん……運ぶ?」
「……良いんですか?」
「うん。アキラも、助けてほしい人は助けなさい、って」
「成程。でしたらお願いしましょう」
コーヒーショップのオーナーである知能機械人のティンが示すのは、成人男性でも一抱えはある段ボール箱。それが三つ。
「重ねて良い?」
「ええ、大丈夫ですよ」
一言断りを入れて、ギリューはこの箱を三つ重ねると一番下の箱と地面の隙間へと指を差し込み、スッと持ち上げた。ついでに、一番上の箱がズレないように頭上へと回した尻尾の先端で支える器用な姿勢で、だ。
ティムが先導する店内へと足音を頼りについて行き、二階へ。
箱を片付けて、一息つく。
「ありがとうございました、ギリュー君。どうでしょう、一杯ごちそうしますよ?」
「甘いのが良い」
「ふふふっ、でしたら飛び切りの一杯をごちそういたしますね」
にこやかに目元のディスプレイを緩ませるティムは、うきうきとコーヒーの準備を始める。
ギリューがこうして、街の住人の手伝いをする事は珍しくない。寧ろ、積極的に自分から困っている者の所へと突っ込んでいくタイプ。
それもこれも、アキラやリンが彼に対して他人への優しさを言い含めたから。そして、生来の気質。
出されたカップを見下ろして、鼻を鳴らすギリュー。
「……ん、良いニオイ」
少年は確かに街に馴染んでいた。