偽龍の仔 作:贋子
アキラとリンの兄妹は、レンタルビデオショップの他にもう一つの職業を持っている。
「それで、本当にギリューを巻き込むの?」
「言い訳にしかならないけど、レイダーである邪兎屋とプロキシである僕らに関わる以上、ホロウに関する事は避けられないからね。何より、」
アキラが取り出すのは、とある検査器具。
エーテル適性を調べる簡易検査キットである。
ホロウ内には、エーテルというエネルギーが充満している。そして、コレは生物無生物問わずに侵食する特性を有していた。
このエーテルへの耐性を表すのが、エーテル適性。簡易検査キットであろうとも、その信憑性は高く高いエーテル適性を有していると有名企業からのスカウトなどもあるほど。
「ギリューのエーテル適性は、100点以上。三回測って、その全てで同じ結果なんだ。ニコがホロウ内で見つけたって話だけど、ギリューのエーテル適性は恐らくホロウレイダーのみならずホロウ適性を持つ人たちの中でもトップクラスだ」
「だから、速い内に関わらせるって事?」
「勿論、ギリューの意思を尊重するよ。だから、態々あの子が外に出ている間にこうして話し合ってるんだからね」
ソファの背もたれに腕を組んで腰掛けながら、アキラは告げる。
彼とて、ギリューには平和に過ごしてほしい。だが、その一方で彼自身が告げたように兄妹も邪兎屋も決して清廉潔白の一般市民という訳ではない。アングラで、アウトロー。グレーゾーン処か、場合によっては黒へと足を踏み入れる事もある。
それが分かった上で、彼らはギリューを引き取ることを決めた。
「嫌がるのなら、勿論関わらせたりしない。これまで通り、そしてこれからも」
「……うん、そっか。お兄ちゃんの考えも分かるよ」
リンも一定の理解を示して頷く。
元より、いつか直面する問題だ。寧ろ、二人が主導で当たれない状況でホロウ災害と直面する方が宜しくない。
そこから暫く今後の事を話し合っていれば、スタッフ室の見張りを行っている06号がンナッ!と鳴いた。
「ただいま」
「おかえり、ギリュー」
無表情少年が帰ってきた。
ゆらりと尻尾を揺らして、手持ち看板を肩に担いだギリューがスタッフルームへと入ってくる。
「ギリュー」
「?」
「少し話があるんだ。良いかい?」
看板を入り口近くの壁に立て掛けたギリューに、アキラが声を掛ける。
首をかしげて寄ってきた少年を見下ろした。
「ギリュー。僕とリンは、このレンタルビデオショップの店長以外にも仕事をしているんだ」
「……ん」
「プロキシ。違法なホロウ調査事務員として、ね。イアスは分かるだろう?アレと感覚を同期して、ホロウレイダーの道案内をしたり、調査依頼を受けたりしているんだ」
「……アキラたちは、悪い人なの?」
「うーん……そう、かな。少なくとも、治安官に私たちのこの仕事を言っちゃったら、捕まっちゃうね」
「!それは、嫌だ」
言わない、とギリューは首を振る。善悪の区別はついているが、それはそれとして二人が居なくなるという結果は嫌であるらしい。
少年の反応に、リンはカワイイ!と飛びついてその頭を撫で回した。
「リン、可愛がるのは後にしてくれないかい?」
「だって、お兄ちゃん。カワイイ反応だったでしょ?お兄ちゃんだって、口元緩んでるよ?」
「うっ……んんっ!とにかく、ギリュー。僕らはプロキシで、そして邪兎屋の三人はホロウレイダーでもある」
「れいだー?」
「非合法的にホロウ内に出入りして、エーテル資源を売買したりする人達さ。といっても、全員が全員悪人という訳ではないよ。現にニコたちは、依頼を受けてホロウ内に出入りするだけだし、治安局やホロウ調査委員会の手が回らない一般市民の頼みを聞いてホロウに出入りするレイダーも居るからね」
「それでね、ギリュー。今回、君にこの話をしたのはその仕事の話なの」
撫でまわしていたギリューを放してから、リンは少年の前に両膝をついて膝立ちの格好となった。
「本当は、こんな事してほしくない。でも、私やお兄ちゃんと暮らしていたり、ニコたちと関わるのならどうしたってギリューも関わる事になるから。それに、君が最初に見つかったのもホロウの中だからね。記憶の手掛かりが見つかるのも、もしかしたらホロウの中かもしれない。だから……」
言葉が途切れる。
色々と連ねてみたが、それでもやろうとしている事は危険へと引きずり込むような行為だ。それを理解するからこそ、次の言葉が出てこなかった。
喉を詰まらせた妹の傍らに膝をついて、アキラがその言葉を継ぐ。
「ギリュー。君に、僕らの仕事を手伝ってほしい、と言ったら君はどうする?」
狡い聞き方であると自覚しながら、アキラは問う。
「……ん、頑張る」
「ホロウ内の探索は危険な事ばかりだ。命の危険だってあるんだよ?」
「大丈夫。オレ、強いから」
「いや、まあ……僕らより力は強いけどね?」
意を決した勧誘は、思いの外あっさりと頷かれた。
荒事を得意とするシリオンは少なくない。その身体能力を活かすとするなら、やはり肉体労働が適している。且つ混じった生物の特徴が色濃く出る事の多い彼らの中には、やはり存分に暴れられる戦闘を好む者も居た。
ギリューの場合、何も二人の役に立ちたいから頷いた訳ではない。いや、その気持ちが無い訳ではないが、ちゃんと話の中身を理解した上で頷いている。
アキラとリンは顔を見合わせると、どちらともなく大きく息を吐き出して肩に籠っていた力を抜いた。
「はぁ……それじゃあ、ギリュー。君のテストをしようと思うんだ」
「テスト」
「といっても、失敗したからといって何かしらの罰則がある訳じゃない。追い出すような真似もしないよ。ただ、何が出来るか分からない状態でぶっつけ本番はリスクが高すぎるからね」
「……?うん」
「あー、そうだね。ギリューはチョップ大将のラーメンを食べてどう思うかな?」
「美味しい」
「それじゃあ、急に大将と同じ味のラーメンを作ってくれ、って言われたらどうかな?」
「!無理」
「そう言う事。要は、ギリューに練習をしてほしいって事だよ」
「分かった」
物分かりよく、ギリューは頷いた。
同時に、端末を操作していたリンが声を上げた。
「ニコの方にも連絡がついたよ。三人とも来てくれるって」
「よし。それじゃあ、予定が固まり次第行動を起こすとしようかな」
「ニコには、ツケの一部返済を兼ねさせたら良いかな」
「ああ、それで良い。大事な従業員のテストだからね。万が一が有ったらいけないし」
過保護と言われても、既にアキラにとってもギリューは大切な家族の一員。何なら、血の繋がらない弟の様な扱いといっても過言ではない。
つまりは、可愛い弟分への過保護は、何も女性陣だけではない、という事だ。
@
「すぅーーーーー……はぁーーーー……」
大きく息を吸い込、吐き出す。
黒い尻尾を揺らして、ギリューは閉じていた目を開いた。
空を見上げれば、何処か歪みを感じさせる空が広がり、周囲は崩壊した街並みが残るばかりだ。
そんな少年を見つめるのは、四つの目。
「なあなあ、ニコの親分。大丈夫かな、ギリューは」
「ソワソワしないの。もしもの時一番最初に動けるのはアンタなんだからシャキッとしなさい、ビリー」
「ニコも昨日遅くまで眠れなかったみたいだけど?」
「アンビー、お口チャック」
「んむ」
騒がしいのは邪兎屋の三人。そんな彼らの傍らには、一体のボンプが控えていた。
『付近のエーテル反応も活性化し始めてるね。そろそろ、エーテリアスが現れるよ!』
オレンジのバンダナを巻いたボンプから聞こえてくるのは、リンの声。
彼ら兄妹がプロキシとして伝説的な扱いを裏から受けているのは、このホロウとのリアルタイム通信が可能であるから。
本来、ホロウの内外は通信手段が隔絶される。通信できない訳ではないが、それでもタイムラグが十分程度はザラだ。
故に、ボンプに搭載されるホロウ内の地理情報のキャロットが探索には必要不可欠であり、且つ一定時間でその地理情報も役に立たなくなる事から時間との勝負になりやすい。
その点、二人のリアルタイム通信は常に情報更新が可能で、尚且つキャロットに頼り過ぎないサポートを可能とする。
三人と一体は、ギリューから少し離れて動向を見守っていた。無論、危なくなれば直ぐにでも助けに入れるように準備はしている。
果たして、少年の周りに影が現れた。
鉱物的な、或いは石造的な印象を受ける前傾姿勢の人型。頭部は、空間の歪んだ球体の様な穴の様な印象を受け、エーテル結晶が刃のようにも見えた。
合計六体。その中には、より荒々しく鉱物の鎧をまとった大柄な者も居た。
エーテリアス。エーテルの侵食を受けて、結晶化したボディと小さなホロウの様なコアを持つ異形の怪物たち。
その元となるのは、ホロウ災害に巻き込まれたエーテル適性の無いモノ達。これは、生物非生物を問わない。そして、エーテリアスと化してしまえば元に戻す手段はない。
「……Grrrrr……」
小さな雷の様な低い音。同時に、黒い尾を持つ少年の姿勢が変わる。
前傾姿勢。ゆらゆらと揺れる尻尾は、まるで黒い炎の一柱に見えた。
猫目石の様な黄金の瞳の瞳孔が縦に裂けて、爬虫類のソレへと変わり両手が大きな関節の音を鳴らしながら鉤のように指が曲がって血管が浮き上がるほどに力が込められていく。
「Haaaaaa……」
開かれる口から立ち昇るのは、蒸気。
そして、暴力の瞳が一体のエーテリアスを捉えた。
「速い……!」
その動きを捉えたのは、邪兎屋の強襲を担当するアンビー。
戦闘経験豊富なニコとビリーも辛うじてその姿を追っているが、ギリューの動きはとにかく早かった。
アスファルトの地面を踏み砕いて、瞬く間に距離を詰めたかと思えば振り上げた右手を持ってエーテリアスの結晶化した体を薄紙の様に引き裂いてしまったのだから。
そこからは一方的な蹂躙劇だ。小型のエーテリアスでは相手に成らない。腕を振るうだけで薄紙の様に引き裂かれる上に、そもそもギリューの動きについてこれない。
あっという間に、残るのは中型一体。
ここで、ギリューの体は空へと飛び出した。
横に倒れながらのトリプルアクセル。その回転の勢いを乗せた尻尾が大上段から、エーテリアスの脳天へと叩き落される。
一撃だ。硬い表面を持つ中型エーテリアスは、まるで潰れたカエルの様に地面へと叩きつけられ伸びてしまった。
地面へと降り立ったギリューは、既にエーテリアスが動かなくなりその他にも撃滅する敵が居ない事を確認すると、先程までの激しさは何処へやら籠っていた力が抜ける。
「…………ふぅぅぅぅぅ…………」
まるで、機械のガス抜き。少年の体に籠っていた熱気が、その呼気と一緒に口から吐き出される。
直後、衝撃。それから柔らかな感触がギリューの側頭部を包んだ。
「ギリュー!無事ね!?無事なのね!?」
抱きしめるのは、ニコだ。
ぶっちゃけ、今回のギリューのテストにおいて一番ソワソワしていたのは、表に出していたビリーではなく彼女である。アンビーが指摘したように眠れていなかったし、今さっきの一方的な蹂躙劇ですら気をもんでいた。
そして、戦闘が終わると同時に我慢ならぬと飛び出して、抱きしめていた。
「……ニコ、苦しい」
「我慢しなさい!アンタが強いのは分かったけど、無茶な戦い方して……!」
獣同然に暴れ回った少年に対して恐怖心のきの字も抱いていないらしい。
ニコに遅れて、二人と一体も寄ってきた。
「凄かったわね。シリオンでも、ここまでの運動能力を持つタイプは稀だと思うわ」
「特に最後の尻尾の一撃はカッコよかったな!こう、必殺技!みたいな奴で。派手だし、威力もある」
「オマケに、武器を使わないのも良いわ。ビリーみたいに弾薬代を気にしなくて良いし、私みたいに刃の消耗を気にしなくて済むもの」
「経済的だな!」
『う~ん、私たちの弟分は強いね!』
明らかに気にすべきポイントは他にあるだろうに、話題には上がらない。
彼らとて、楽観視している訳ではない。事実、ギリューの戦い方は荒々しさの塊。アンビーの様に洗練されておらず、ビリーやニコの様に実戦で磨かれた戦闘スタイルともまた違う、生物の根源的な暴力性が前面に押し出された原始的な暴力その物。
不信感を覚えない訳ではない。恐ろしくない訳ではない。自分達へと向けられれば小さくない被害を被る事も明らか。
危険も不安も覚悟の上。
今はただ、末の弟分の実力を喜ぶばかりである。