偽龍の仔 作:贋子
ブルーライトが輝く画面を見つめて、アキラは顎を撫でた。
「尋常じゃないエーテリアスへの攻撃性。といっても、最低限の制御は出来てる。何より、人に襲い掛かる様子がない。それに、素の状態でも十分に戦えるだけの実力はある、か」
彼が見つめるのは、プロキシ業の助手を務める少年のデータ。
一部狂暴性はあるものの、それでも自分達に牙を剥かない事は確認済み。それを差し引いても、素手で大の大人を制圧できる実力は荒事担当とするなら十分なものがある。
実際に、幾つかの仕事でホロウに潜ってもらったが、実力は十分。エーテリアスに対する狂暴性も、その場のエーテリアスを殲滅すればスイッチを切り替える様に治まるため寧ろ、護衛の際の殿などは成功率が高い。
今後の事をアキラが考えていると、スタッフルームとの扉が開かれた。
「お兄ちゃん、お店閉めたよ。今日も中々の商売繁盛だったね」
「そうか。ギリューの広告塔が上手く行ったからかな」
「そうだね。今では、態々ギリューの看板を見てお店に来てくれる人も増えたから」
上機嫌なリンは、胸を張った。
プロキシ業ほどではないが、レンタルビデオショップの稼ぎも食うに困らない程度には稼げるようになってきた。
「近々、ビデオの仕入れに出ようか」
「そうだね。ギリューを街につれていく良い機会だと思うし」
今も、店番を任せている十八号と一緒に細かな片づけをしているであろう少年を思い出して、二人は笑い合う。
まだまだ疑問は残るが、それはそれ。大事な弟分は、疑念を抱かせようともソレを気にさせない頑張りを見せている。
単純なフィジカルの高さからの、物品の運搬。迷いボンプの回収。ビデオの宣伝。接客。迷惑客の追い払い。返却ビデオの回収。販促。プロキシ業の助手等々。
元々プロキシ業は、ボンプを媒介としてそこまで困っていなかった。だが、やはりホロウ内において逃げの一手を選ぶほかないボンプだけではどうしても破損を起こしてしまう事態に陥る事がある。
そこに、ギリューが参加する事で、ボンプの破損回数はこれまで半分以下にまで落ち着いている。
破損回数が減れば、修理の回数も減る。メンテナンスは欠かせないが、それはそれとして余裕を持つ事が出来た。
会話が途切れた所で、件の少年がスタッフルームへとひょっこり顔を出した。
「リン、アキラ、終わった」
「おっ、ありがとーギリュー。それじゃあ、ご飯にしよっか」
「うん」
「なら、チョップ大将の所に行こうか。今なら空いてるだろうしね」
「!ラーメン……!」
万歳、と両手を挙げたギリュー。
彼は食べる事が好きだ。大食漢ではないが、
万歳と持ち上げられた両手とパチパチハイタッチをしながら、リンはアキラを見やる。
「良かったね、お兄ちゃん。ギリューがラーメンを好きになってくれて」
「リンだって好きだろう?」
「確かに好きだけど、お兄ちゃんみたいに毎晩食べようとは思わないかなぁ」
チョップ大将の経営する麺屋“滝湯谷・錦鯉”。確かな味と、それから威勢のいい大将の人柄も相まって人気のラーメン屋だった。
特に、アキラはこの味のとりこ。毎日食べても飽きないと公言しており、何ならメニューを上から下に流して準ずつ食べるほど。
リンもラーメンは好きだが、だからといって毎日と食べようとは思わない。そもそも、あんな高カロリーなものを毎日食べ続ければ乙女の尊厳にかかわる。
ゆらりと機嫌よさげに揺れた尻尾を見やり、アキラはH.D.Dシステムをスリープモードへと落とした。
「それじゃあ、行こうか」
「私、黒鉢豚骨ラーメン!」
「白鉢赤辛肉盛り!」
「注文は店についてからしようね、二人とも」
元気のいい妹と弟分の背を押して、アキラは店を出た。
件のラーメン屋は立地的にレンタルビデオショップの隣。
幸い、空いており三人並んで座る事が出来た。
「おう、アキラ、リン、ギリュー。揃いで晩飯か?」
「そうだよ、大将。私、黒鉢豚骨ラーメンで!」
「白鉢赤辛肉盛!」
「わっはっはっは!分かった分かった!渾身の一杯をごちそうしてやるよ!それで?アキラはどうする」
「僕は……うん、今日は黒鉢燻製にしようかな」
「あいよ。ちょいと待ってな」
竹製のマジックハンドを巧みに動かして、麵を打ち、引き伸ばす。
瞬く間に、三杯の丼が三人の前にそれぞれ置かれた。
「火傷するなよ」
「「「いただきます!」」」
箸を手に取り、いざ実食。
食べ方にも性格が出る。
例えば、アキラは箸と一緒にレンゲを握ってスープを一口含んでからラーメンを食べ始める。
ギリューなら、最初に具材を。リンは、麺を。
「ギリュー、こっちのチャーシューとそっちの角煮一枚交換しない?」
「ん」
「ありがと。んー、こっちもピリッとした辛さが食欲をそそるよねぇ!」
「チャーシュー、美味しい」
隣に座っていたリンとギリューはそれぞれに具材を交換して満足げだ。
因みに、ギリューは辛い味付けが好きだったりする。辛党とまではいわないが、それでもチョップ大将の店で頼むのは辛いラーメンが多い。
順調に食べ進めて行けば、当然丼一杯など直ぐに空になる。
「大将!替え玉一つ!」
「オレも」
「あいよ。アキラはどうする?」
「僕はもう少し後で貰うよ」
「あいよ、お待ち!」
「やったー!いただきまーす!」
「美味い」
ズルズルとスープのよく絡んだ麺を啜る。
スープの一滴、ネギの一欠けらまで。綺麗サッパリ平らげて、空っぽになった丼が三つ並んだ。
「相変わらず良い食べっぷりだな。作り甲斐があるってもんだぜ」
「毎日でも飽きないからね」
「はっはっは!そう言ってくれるか」
「冗談じゃないさ。はい、勘定」
「ああ、毎度!また来てくれよ!」
チョップ大将に送り出され、三人は店を後にする。
真っすぐ帰る事も悪くは無いが、夜の時間はまだまだある。遠出するには向かないが、それでも六分街の中で何かをする分には時間があった。
「ゲームセンターでも行く?」
「もしくは、コーヒーショップかな。カフェインの取り過ぎは良くないかもしれないけど、食後のコーヒーは美味しいし」
「ギリューは何かしたい事がある?」
「……」
リンに問われ、ギリューは首を傾げた。
店の手伝いをしているため、お小遣いとして相応の金銭を貰っている彼だが、生憎と趣味のようなものは無い。
強いて挙げれば、食べる事は好きだ。だが、お金の使い方は考えて使うように、とアキラに口を酸っぱく言われていた。
曰く、手元にあるだけ使うのはダメ。ちゃんと考えて、本当に欲しいかどうかを考えろ、と。
因みに例として出したのは、万年赤字の邪兎屋だったりする。
補足をすると、そんな実情を知ってもギリューから彼女らに対する印象が悪くなる事は無い。実際、彼は自分のお小遣いを資金不足に頭を悩ませるニコへと全額渡そうとした始末だ。その時は、ニコが苦虫を数十匹嚙みつぶしたような苦悶の表情と、人生一番の仕事をした理性と共に返却していた。1ディニーも掠め取ってはいない。
そんなこんなで、まあまあな金額を持っているギリュー。
コーヒーもゲームも捨てがたい。かといって二つを熟すとどちらも中途半端な時間しか楽しめないだろう。
尻尾が揺れる。そして、
「誰かーーーーッ!ひったくりよーーー!!!」
甲高い悲鳴に思考が止められた。
何事かと声の方を見れば、顔を真っ青にしたご婦人とそちらから走ってくるニット帽にサングラスという容姿を隠した黒づくめの男。
比較的治安の良い六分街ではあるが、そもそも新エリー都自体の治安レベルがそこまで高くない。治安官などは頑張っているが、それでも人手不足は否めない。
ひったくり犯は三人の下へと駆けてくる。
「ギリュー!」
「!」
咄嗟にアキラが前に出ようとしたが、その前にリンがひったくり犯を指差してギリューを呼ぶ。
声に反応したギリューは、姿勢を低くするとひったくり犯へと突っ込んでいく。当然、相手も突っ込んでくる少年に気が付く訳で。
「どけぇ!ガキィ!!」
「……」
「くそがぺっ!?」
押し退けようとしたひったくり犯は、その顔面へとカウンターとして平手打ちを叩き込まれていた。
軽く三回転はしながら横っ飛びしたひったくり犯。
だが、頭から地面に突っ込みそうだった体は、その胴体へと黒い尻尾が巻き付いた事で阻止された。
目を回しているが、歯や骨が折れている様子はない。頬が派手に腫れているが、それ位だ。
ギリューは、ひったくり犯の手からカバンを回収すると、尻尾に巻き取ったまま呆然とするご婦人へと歩を進めた。
「はい」
「……!あ、ああ、ありがとうね、坊や」
驚いていたご婦人へとカバンを返して、ギリューは二人の下へ。
「ナイスだよ、ギリュー!流石は私の弟分!」
「ん」
わしゃわしゃと大型犬を愛でる様に頭を撫で回すリン。どこか満足げに胸を張るギリュー。
そんな二人に、アキラは眉間を揉んだ。
「ハァ……あんまり無茶をするもんじゃないよ、二人とも。ギリューも、力加減を練習したとはいえ大怪我させちゃいけないからね?」
「うん。大丈夫、手加減した」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ほら、このひったくりの人も歯とかは折れてないみたいだし、血が出てるのも頬の内側を切っちゃったからだし」
「だからって、ビンタ一発で空中大車輪はやり過ぎじゃないかい?」
「そこも、地面に落ちる前に尻尾でギリューがキャッチしたから大丈夫!」
「大丈夫」
「やれやれ……とりあえず、交番に行こうか。引き渡さないとね」
食後のコーヒーは無しかな、とアキラはオロオロするご婦人へと声を掛けに行った。
少し騒がしくも平和な日常。
しかしそれは、この新エリー都において薄氷の平和であると言わざるを得ない。
世界を塗り替える、