偽龍の仔   作:贋子

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『ご覧ください!突如として、ホワイトスター学会の施設ビルの傍らに発生した共生ホロウです!現在、治安局とホロウ調査委員会が共同で周辺の封鎖と内部調査を行っており、今はキャロットデータの収集を――――』

 

 ちかちかと光を発するテレビ画面を見つめる猫目石の瞳。

 特にニュースに対して関心がある訳ではない。テレビ画面を見つめる少年は動く事が出来なかったのだ。

 理由は、彼の武骨ながらもしなやかさのある黒い尻尾。コレを抱き枕にして眠る一人の女性が居たから。

 少年、ギリューがソファに座って欠伸をしていれば、隣に彼女が座ったのだ。眠たげな表情を浮かべて。

 あっという間の出来事だった。スルリと尻尾に抱き着いたかと思えば、そのままぐっすりと眠りについてしまうのは芸術点すら付けられそうなほどに滑らか。

 ギリューにしてみれば、荒事から遠いリンを振り払う程度造作もない事だ。だが、そんな事をすれば彼女がどうなるか分かるからこそ、迂闊に動けず、結果特段興味の無いニュース番組を眺める事になった。

 因みに、彼の尻尾はフワフワとした哺乳類系のモノではなく、鱗の並んだ爬虫類系の表面をしている。適度な弾力と滑らかさはあれども、クッション的な柔らかさよりもフローリングの床材の様な印象を受けるだろう。

 

「……ふぅ、ここはとりあえず一段落という事で良いかな」

 

 大きく伸びをして、キャスター付きの椅子をずらした灰色の髪をした青年が息を吐き出した。

 そして徐に、彼はテレビへと目を向ける。

 

「ギリュー、リンは寝てるのかい?」

「うん」

「あー、成程。尻尾が捕まって動けなかった訳か。振り払っても良いんだよ?」

「リンがケガするから、ダメ」

 

 淡々と言葉を返してくるギリューに、アキラは目を細めた。そして、その黒曜石の様に黒い髪を生やした少し小さな頭の上に手を置く。

 

「僕としても、君が優しい子に育ってきて嬉しいよ、ギリュー。でも、嫌なものは嫌って言っても良いんだからね?」

「うん」

 

 頷き、少年は気持ちよさそうに目を細める。

 静かな時間だ。店も閉めているため、客の対応なども――――

 

「!」

 

 ピクリとギリューの尾が震えた。同時に、その猫目石の瞳がスタッフルームに通じる出入り口へと向けられる。

 更に、その一歩の動きに眠っていたリンが目を開けた。

 

「……なぁに?何かあった?」

「どうやら、お客みたいだよ。ね、ギリュー」

「うん。ニコが来た」

 

 ニコ?と二人が首を傾げれば、スタッフルームの扉の見張りを務める06号(ボンプ)が吹っ飛んだ。

 正確には、見張りもノックも関係なく、金属扉が勢いよく開かれたのだ。

 

「あ、居た!プロキシ!今すぐ力を貸してちょうだい!!」

「やあ、ニコ。これまた、随分と騒がしい登場だね」

 

 ボリューミーなツーサイドアップの髪を揺らして駆けこんできたニコ。

 彼女の尋常ならざる雰囲気に、しかしアキラは冷静な対応だ。

 一方で、鼻を鳴らしたギリューは首を傾げると尻尾が解放されたのを良い事にソファから立ち上がり近くの棚へ。

 少年が何やら始めたのを尻目に、ニコはアキラへと詰め寄ると勢いよくテレビを指さした。

 

「ここよ!このホロウに、アンビーとビリー、それから今回の依頼のターゲットが落ちたの!プロキシに依頼したいのは、二人の救出とターゲットの回収!ね、一生のお願いだから!」

「ふぁ……ニコの一生のお願いって月に三回は聞く気がするよね」

「茶化してる場合じゃないんだってば!今回は依頼料が良かったし、回収できないと大損なのよ!何より「ニコ」なに!?」

 

 ギャンッ、と咆えるニコに対して差し出されるのは、救急箱。

 尻尾を揺らして、ギリューは鼻を一鳴らし。

 

「ニコ、血のニオイがする。怪我してる」

「ッ……今は、先に――――」

「……」

「うっ……」

 

 無垢な瞳に見つめられ、ニコの舌鋒が鈍った。

 焦っていたから噛み付いたが、基本的にニコはギリューに甘い。それは彼女だけでなく、邪兎屋の三人全員に当てはまる事でもあった。

 案内された椅子に大人しく座るニコ。治療を引き継いだのは、リンだった。

 

「流石のニコも、ギリューの前じゃ形無しだねぇ」

「……プロキシだって、あの目で見られたらそうもなるわよ」

「私は経験ないけど、お兄ちゃんは偶にやられてるよ」

 

 無言の圧力ならぬ、無垢の圧力。

 一切の裏無く、純粋な心配というのは時に人を固まらせるもの。因みに、アキラの場合は徹夜を何度かこれで妨害されていたりする。技術屋気質の彼は、何かとのめり込むと時間を忘れてしまう為だ。

 ニコは女性であるため、()()()()()の治療を施す関係上距離を取って後ろを向いていたアキラは、咳ばらいを一つ。

 

「んんっ!僕の話は、今は良いだろう?それで?ニコ。僕らにそのホロウの案内を頼むって事かい?」

「そうよ!ただでさえ、できたばかりの強制ホロウじゃキャロットデータなんて直ぐに集積できないじゃない。このままだと、ターゲットの回収も出来ないしアンビーとビリーもエーテル適性を持ってるからっていつまでもホロウの中を居座れる訳じゃないし……とにかく!御願いよ!一生のお願い!」

「ニコの一生のお願いほど、安売りできるものも無いんじゃないかな……」

 

 これで良し、と包帯を巻いてリンはまくり上げていた服を元に戻す。

 血のニオイが収まったニコ。そんな彼女に黒い尾が揺れる。

 

「ニコ」

「ギリューからもお願いして!アンビーとビリーの一大事よ!」

「ニコ、流石にそれは狡くないかい?…………はぁ、誰も助けに行かないなんて言ってないだろう?」

 

 弟分からジッと見られて、アキラは視線を逸らす。

 

「!本当?嘘だと酷いわよ!?」

「嘘じゃないさ。キッチリと請求はさせてもらうけど、ギリューの件もあるしアンビーとビリーはうちのお得意様でもあるからね」

「ギリューの面倒を見てくれたこともあったからねぇ」

「?」

 

 首を傾げたギリューの頭を撫でて、リンは肩を竦める。

 スターライトナイトの同好の士を増やさんとするビリーと、何処かお姉さんぶりたいのか世話を焼くアンビー。そしてこの二人に、存外ギリューは懐いている。

 それこそ、優先順位次第では今すぐにでも助けに行ったかもしれない。であるのなら、最低限手綱を握れる状態で送り出した方がマシだった。

 

「とりあえず、情報収集と準備をしてくるよ。ニコ。君は、僕らの準備が終わり次第指定したポイントにギリューとイアス(ボンプ01号)を持っていってほしい」

「分かったわ」

「ギリュー、今回の君の仕事はイアスの護衛とアンビー達の保護だ」

「それから、ターゲットよ!」

「…………とにかく、無理をしない事。避けられる戦闘は避ける事。良いね?」

「うん」

「よし。それじゃあ、リン。H.D.Dの準備を始めよう」

 

 二人が準備を始め、ニコは手当の為に座っていた椅子を離れるととりあえず、表に止めた車の下へと足を向けた。

 その後を、ちゃっかりついて行くのは黒。

 

「…………ギリュー?」

「?なに?」

「いや、アンタも何か手伝いがあるでしょ?アタシはほら、大丈夫だから」

 

 ひらりと手を振って自分の無事をアピールするニコ。

 言外に、今は放っておいてくれと言っているのだが、生憎とその手の言葉の裏を読み取れるほどギリューは成長しきっていない。

 何より、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ニコ、怪我してる。だから、一人はダメ」

「大丈夫だって。掠り傷だし、そこらのチンピラを撒くなんて朝飯前よ?」

「ダメ」

 

 頑固だ。スッとエメラルドにも見えるニコの目が細められる。

 

「ギリュー?良い子だから――――」

「オレ、良い子じゃない」

 

 身長差から見上げるようにして、ギリューはニコの手を取った。

 

「アンビーもビリーも大丈夫。二人とも強いから。オレもちゃんと助けに行くから」

 

 大丈夫。この言葉ほど、口にすれば安っぽい言葉は無い。

 根拠など無く、確証など無く、それでも不安を払しょくしたい時、人は大丈夫を口にする。

 仕方がないのだ。それしか言えないのだから。下手な言葉では、不安を煽る事になりかねないのだから。

 

 それでも、ニコの手を握った一回り小さな手は暖かくて、それでいて言葉を信じられるだけの強さがあった。

 

「……分かってるわよ」

 

 握り返す手。

 

「分かってる。大丈夫なのも、あの二人が強いのも、ちゃんとちゃんと分かってる。プロキシだって動いてくれてるし、アンタも居る。だから……大丈夫」

「うん。大丈夫」

 

 呪文のように、お呪いの様に。

 或いは、祈りの様に。

 繋いだ手は、指を搦て固く固く結ばれる。

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