偽龍の仔   作:贋子

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 十六分街に発生した共生ホロウ。その内部構造は、未だに不明だ。

 

「プロキシの指示した場所は、ここね」

「……」

 

 車を飛ばして、ニコとギリューが辿り着いたのは十六分街に数ある路地の一つ。

 

『聞こえる?ギリュー。イアスを連れて、中に入れる?』

「うん」

 

 ボンプを抱えて、ギリューは中の伺えない空間の歪みのような鏡面の様な壁を見つめて頷いた。

 緊張は無い。何度となくホロウには足を踏み入れている。

 竦む事の無い足取りで進む少年。その背を見つめ、ニコは思わず声を掛けていた。

 

「ギリュー!」

「……何?ニコ」

「えっと………気を付けてね」

「うん」

 

 何を言うべきかも分からず、無難な一言に落ち着いた。

 ギリューはジッとニコの表情を見つめて頷くと、イアスを左腕に抱えて右手を顔の前にまで持ち上げてギュッと握ってみせる。

 頑張る、と大丈夫、の表明。

 そのまま黒い尻尾がホロウの中へと消えて、ニコは車のドアに凭れかかると空を見上げた。

 

「はぁ……」

『アンニュイだね、ニコ。ギリューとリンが付くんだからあっちは大丈夫だよ』

「そう、よね?………ええ、そうよ」

 

 パッとドアから離れたニコ。

 

「そうと決まれば、全員が出てくる場所まで先回りよ!パエトーン、位置は分かってるんでしょうね!?」

『勿論。それはそうと、大っぴらにそっちの名前で呼ばないでほしいな。ニコも巻き込まれたくは無いだろう?』

「大丈夫よ。周りは避難したばっかりで人っ子一人居ないもの」

 

 ホロウの周囲は、基本的に人は住まない。住むにしてもアウトローであったり、貧困層であったりとにかく日常生活においてのハンデのある者たちが殆どだ。

 この周辺も何れは、脛に傷のある者や社会的弱者の拠り所となる事だろう。

 車が走り去り、人の気配が消える路地。

 

 ()()()()()無い。

 

「…………」

 

 小さく低い羽音が、ホロウの中へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホロウ内への侵入を果たしたギリューは、イアスを腕に抱いて鼻を鳴らす。

 

「スンスン…………アンビーとビリーのニオイはしない」

『この近くには居ないんだろうね。何より、ホロウの中じゃニオイの追跡は難しいだろうし。とにかく、ナビゲートするから指示の通り進んで』

「うん」

 

 ぱたぱたと動くボンプを抱えて、ギリューは砕けたアスファルトを歩き出す。

 ホロウの内部は、基本的に荒廃している。

 砕けたアスファルトや、原形を留めていないビルなど。今回は駅の一部なども飲み込まれているため、捻じれ曲がって途切れた線路や半壊した駅の一部などもある。

 何より、エーテリアスの存在。

 

「……grrr」

 

 ギリューの喉が鳴る。瞳孔が縦に裂けて狂暴性が表出し、

 

()()()()

 

 その前に少年の腕の中にあるボンプの小さな手が、力の籠ろうとする前腕を二度優しく叩いた。

 たったそれだけ。それだけで、暴力の化身はその尾で地面を叩く程度で動きを止めた。鞭の様な一撃だったが、前傾姿勢にもならず、唸り声も出てこない。

 これは、アキラが気付いた点だった。

 即ち、ギリューの狂暴性はエーテリアスに対してしか発現しないという点。そして、この狂暴性はエーテリアス以外には向けられないという点。

 ボンプ(イアス)は、ギリューにとってそこらのぬいぐるみと変わらぬ脆いものでしかない。それこそ、ちょっと力を込めて抱きしめればその中身ごと捩じり潰せるだろう。

 しかし、精神的な成長をしている彼は、そんな事はしない。ボンプが大切な存在であると知っているし、少年自身の家族の一体でもあるから。

 この点を、アキラは利用する事にした。

 

 つまり、ボンプ(守る対象)を抱えさせて暴れそうになれば、リンの声とその腕の中の存在で制止させる。

 

 結果的に両腕が使えなくなるが、そうであったとしてもギリューの戦闘能力はそこらのエーテリアスに遅れはとらない。

 今も姿勢低く駆けたかと思えば、空中へと跳び上がりエーテリアスのコアへと鋭い蹴りを見舞っていた。

 足だけではない。最大の武器は、遠心力を乗せた武骨ながらも黒くしなやかな尻尾。

 中型のエーテリアスを容易く粉砕する一撃だ。それ以下の人型や小型のエーテリアスは敵ではない。

 立ちはだかるエーテリアスの群れを粉砕し、時にその隙間を突っ切っていくギリュー。

 

『そのまま真っすぐ!直ぐに裂け目があるから、そこに飛び込んで!』

「……!」

 

 更に加速する。宛らそれは、ホロウを切り裂く黒い弾丸だろうか。

 頭からホロウの裂け目へと突っ込み、上下左右が分からない様な状態から器用に尻尾を使って地面を捉えるとギリューはアスファルトを滑って止まった。

 

『ふぇー、やっぱり凄いねギリューの機動力は。ニコの運転する車より速いんじゃないかな』

「ん……勝負する?」

『いや、冗談だから。流石のギリューも、走って車に勝つなんて………出来ないよね?』

 

 なまじギリューの身体能力を知るあたり、リンとしても否定しきれない部分がある。

 そんな談笑を挟みながら、ホロウの中を進んで暫く。

 

『――――見つけた!』

「!」

 

 リンの言葉と同時に、ギリューは前へと駆け出した。

 彼の視界が捉えるのは、白髪のショートカットに動きを阻害しそうな機械類を背負った女性と、逆立った頭髪と赤いジャケットが印象的な知能機械人。

 少なからず疲弊しているであろう二人に迫るエーテリアスの群れ。

 黒が加速する。

 

『ギリュー、GO!!』

「Gaaaaaaa!!!!」

「「!?」」

 

 目を丸くする二人の頭上を通った瞬間、イアスはギリューの腕の中から脱出して驚いているアンビーの腕の中に落ちると同時に小さな手をエーテリアスの群れに向けて指し示した。

 暴虐が牙を剥く。

 瞬く間に殲滅されていく群れを尻目に、アンビーは腕の中に落ちてきたボンプを掲げた。

 

「プロキシ先生?」

『ヤッホー、二人とも。助けに来たよ』

「マジで!?親分が、パエトーンに依頼してくれたって事か!?」

『まあね。今月三回目の一生のお願いを使って、ね。勿論、依頼料は請求させてもらうけどさ』

「うん。プロキシ先生が来てくれたのなら、私たちの生存確率は劇的な上昇よ」

「それに、ギリューまで来たんなら鬼に金棒だな!」

 

 嬉々としてビリーが現場を見れば、今まさに最後のエーテリアスがコアごと上から下に押し潰される様にして地面の染みと化していた。

 前傾姿勢から、いつもの様に口から蒸気を吐き出して起き上がったギリュー。

 瞳孔が元に戻ると、一直線に二人の下へとやって来た。

 そして、

 

「おおっ!」

「ん……ギリュー?」

 

 ボンプごと二人をその短くも力強い両腕で抱き着いていた。

 育った心は、無色の少年(ギリュー)に色を与えてくれた。それは成長であると同時に、人間味(弱点)の獲得でもある。

 ギリューの世界は狭い。六分街が基本で、その中でも全員との交流を持つわけではない。

 その狭い世界の中で、より一層の影響力があるのは五人。

 アキラ、リン、ニコ、アンビー、ビリー。

 兄であり、姉であり、上司であり、同僚であり。

 

 そして、ギリュー(偽龍)の世界を形成する重要なマスターピース。

 

 子供というのは周囲の変化に酷く敏感だ。その些細な変化が、自身にとっての致命傷になると本能的に知っているからだろう。

 ギリューは強い。フィジカルだけなら、上記の五人が束になってかかって来ても一蹴できる。

 だが、精神面は違う。育ちかけの心は柔らかく、そして脆い。

 喜びを学んだ。楽しさを学んだ。正の感情を多く学び、その一方で負の感情にはそれほど触れてこなかった。

 彼自身が怒られたりするような事をしないというのもあるが、子供の前という事で多く関わる五人が大なり小なり自重していたというのもある。

 この過保護の結果、柔らかな心は初めての負の感情に向き合う土台が出来ていなかった。

 

 即ち、不安と恐怖。

 

 だから、無事な二人を見て安心した。その生れた安心を補強するために、少年は全身でその無事を感じ取る様にして抱き着いたのだ。

 人生経験を経て、遅々としてその心は育っていく。

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