偽龍の仔 作:贋子
ギリューは、特段戦う事が好きではない。しかし、同時に自分は戦場が一番役に立てる場所でもあると理解もしていた。
ビデオ屋営業も、お手伝いの域を出ない。純粋に知識と見聞が不足しているから。
プロキシ業はもっと無理。インターノットも真面に扱えないのだから、より高度な演算機器を扱える素養は無い。
役に立てるのは、やはり直接ホロウに立ち入って内部を探査並びにエーテリアスとの戦闘も熟せるエージェントである事。
だからこそ、少年は理解していた。今のままではダメなのだ、と。
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作戦会議を終えた翌日、邪兎屋+αは件のホロウへとやって来ていた。
「良いわね?最短最速で突っ切るんだから、そのつもりでいなさい」
「了解だぜ、親分!」
「了解」
「うん」
『案内は任せてね!』
気合十分。もっとも、この共生ホロウは形成されたばかり。脅威度はどうあれ、六大ホロウやその大本である零号ホロウと比べれば危険度はそれほど高くはない。
強力なエーテリアスなども、邪兎屋が戦わねばならないデュラハン位のものだろう。
だからこそ、違和感に気付く。
「ギリュー、調子が悪いの?」
「?」
電磁ナタを鞘へと納めたアンビーは、ギリューへと問いかける。
二人揃って前衛なのだ。その動きの細かいところも気付きやすい。
「大丈夫。元気だから」
「その割には、動きがぎこちない気がするけど……」
アンビーが見咎めたのは、ギリューの身のこなし。
再三再四となるが、少年の戦闘方法は徒手空拳の暴力をそのままに振り回す喧嘩殺法。
だが、今日の戦闘は少し違った。
力任せに動こうとする体を、妙に押し留めるというか、獣同然の暴力性を人の形に落とし込めようとしている様な、そんな違和感。
要は、動きの一つ一つの前にワンクッション程度の間があった。これがアンビーの気になったぎこちなさの原因だった。
今のところは、問題ない。ぎこちなさがあっても、そこらのエーテリアスに後れを取るほどギリューは弱くない。アンビー達のフォローも間に合う。
何より、
末の弟が何かを成そうとしている。ならばお姉ちゃんとして見守ろう。最悪、助ければ大丈夫。アンビーの心情を文字化すれば、こんな所か。
ギリューと手を繋いでニコたちの元へと戻れば、何やら騒がしかった。
「何かあった?」
「何かあったってか、今起きてるってか……」
アンビーが声を掛ければ、ビリーの煮え切らない反応が返ってきた。
彼の視線を辿れば、そこに居るのはボンプとそれからその傍にしゃがみ込んで揺するニコの姿だ。
「ちょっと、プロキシ?本当に、どうなってるのかしら」
ツンツンとニコが指先で突くボンプはうんともすんとも言わない。
その両目は、真っ赤に染まっていた。
「どうすんだよ、ニコの親分。店長たちの案内が無い状態でホロウを歩き回るなんて自殺行為も良いところだぞ?」
「目標に辿り着くどころか、出る事も難しいわね」
「分かってるわよ!………かといって、おいていける物でもないし……」
「…………!」
邪兎屋の三人が話し合う中、ボンプの前にしゃがみ込んでいたギリューは不意に顔を上げた。
一度鼻を鳴らしてボンプを抱え上げると、ニコの手を引く。
「ニコ。誰か来る、いっぱい」
「!どっちから?」
「あっち」
ギリューが指を指した方向を見やり、ニコはスッと目を細める。
「隠れるわよ、三人とも!そこの電車の裏へ!」
ホロウに巻き込まれて破損してうち捨てられた車両の影へと飛び込む。
程なくして、ギリューが指差した方角からやってくる一団。
「…………誰?」
「ホロウ調査委員会の部隊だと思うわ」
「ヤベーな。俺達もエーテル適性があるとはいえ、長居は出来ない。今の所消耗はそこまでじゃねぇけど、ここから調査委員会の部隊も躱しながらホロウの中を彷徨うなんざ、それこそ現実的じゃねぇ」
「………」
「?どしたんだ、アンビー」
「いや、ビリーならプロキシ先生たちを突き出して保護してもらおう、位言うと思ったから」
「そんな事しねぇよ!?………今は、ギリューも居るしよ。店長たちが何かしらのトラブルがあってボンプとの接続が切れたんなら、意地でも戻ってくるとも思うんだよ」
ビリーが見下ろすのは、目が真っ赤になっているボンプを抱えたギリュー。
彼は、あのビデオ屋兄妹が、ギリューを猫可愛がりしている事を知っている。何なら、今までしてこなかった自炊にまで手を出して、その腕前がメキメキ上昇している事を嗅覚センサーが教えてくれる。
何より、子供から住処を奪う程落ちぶれていない。
「ねえ、ギリュー」
「なに?」
「アンタ、さっきなんであの調査委員会が来るって分かったの?」
「………ニオイ?」
「ニオイ……なら、他のニオイはどうかしら」
「他のニオイ?」
「ええ、そうよ。強そうなニオイ、とか」
「おいおい、ニコの親分。流石に無理強いが過ぎるんじゃないか?強そうなニオイとか、漠然とし過ぎだろ」
「それよりも、ニコのニオイを追う方が確実だと思う。最後まで金庫を抱えていたのは、ニコだもの」
「あたしのニオイ?…………残ってるかしら」
まさか匂う?と脇の下をクンクン。
「ニコ、良いニオイがする。ケーキのニオイ」
「ケーキ?……ニコ、聞いてない。ケーキを食べたの?」
「待ちなさい!隠れてケーキを食べてる訳ないでしょ!食べるのなら、アンタの分もちゃんと用意するから!……この前孤児院に行ったときに、子供たちからカップケーキを貰ったのよ。そのニオイでしょ」
「孤児院?」
「ニコの親分は時々、孤児院に寄付をしたり子供たちと遊んでやったりしてんのさ」
ギリューの疑問に、コソッとビリーが補足を入れてくる。
ニコは、彼女自身の境遇もあるだろうが子供たちには優しく手を差し伸べる。同時に、子供たちに好かれる部分もあった。
そして当人は、こうして褒められる事に座りの悪さを覚えるらしい。咳ばらいをすると、そそくさと先に進もうとする。
「ほらほら、行くわよ!あたしの話は別に良いから!」
「どっちに行くか分からないのに?」
「少なくとも、あの調査委員会の部隊の側に居る方が不味いでしょ。ビリー、アンビー!アンタたちも見覚えのある地形は逐一伝えなさい。アンタたちがホロウで迷ってる時と、地理情報はまだそこまで変わってない筈だから」
若干早口になりながら、もっともらしい事を言うニコ。
こういう所が、彼女の慕われる部分でもあるだろう。
それから、エーテリアスを叩きのめして、ホロウ滞在時間を気にしたり、ボンプを揺すって電波がつながらないか実験したり、アンビーの生存者ごっこをしたり。
割と後半楽しんでいれば、ギリューの抱えたボンプが震えた。
『よーし、再接続完了!皆お待たせ――――』
「こうして邪兎屋+αによるホロウ探索は終わりを告げた。墓標の様に突き立つ刃の欠けた鉈が、目印となるだろう」
「……って、バッドエンドじゃない!却下よ、却下!そんな終わり認めないわよ!そんな事になるんだったら、ホロウ内のエーテリアスを狩りまくって、ホロウ縮小させてやるんだから!!」
「おー、流石はニコの親分だぜ。かっけぇよな」
「うん。俺も頑張る」
ボンプ越しに現場に戻ってきたリンを出迎えたのは、寸劇だった。しかも、内容的には割と洒落に成らないタイプの奴。
もぞもぞと身体を動かせば、ボンプを抱き上げるギリューが気付く。
「あ、リン。お帰り」
『ただいま、ギリュー。怪我は無さそうだね』
「うん、大丈夫」
二人のやり取り。すると周りも気が付く訳で。
「遅いわよ、プロキシ。そのまま治安局の部隊にアンタたちを売り飛ばしちゃう所だったじゃない」
「心配いらないわ、プロキシ先生。ニコはそんなこと考えていないもの。勿論、私も」
「俺だって考えてねぇよ!?まあ、店長たちが戻ってこないとは思わなかったけどな」
『皆が無事で何よりだよ。とりあえず、目的の場所に案内を続けるから、こっちのさっきまでの状況を教えるね』
案内係の復活により、一同は再びホロウの奥へと進み始める。
その道中でリンが語ったのは、何故ボンプとの接続が切れてしまったのか。
「――――ハッキング!?店長たちの設備にか!?」
「先生たちを超えるハッカーが居るって事?」
『私たちは、ハッカーの本業じゃないからね?一応、今後は新しいプロテクトを入れるつもりだけど、それでも抜いてくる人は居るし。この辺りは、難しいねぇ』
「…………待って、そのハッカーは暗証番号を求めたのよね?どうやって、プロキシの場所に持ち込まれたって分かったの?」
『そこは、僕の予想だけどニコが持ち込んだ赤牙組の頭目が持ってたらしいあのUSBにスパイウェアでもしこでいたんじゃないかと思うよ。解析にはH.D.Dを使ったからね』
「え゛っ……」
『ああ、心配しなくとも請求はしないよ。元々、H.D.D自体依頼を持ち込まれた時に解析に使っていたんだ。寧ろ、今回の件のお陰で脆弱性がハッキリとした。これはその授業料という事にしておくさ』
「ほっ…………」
アキラの言葉に、露骨に安堵するニコ。万年金欠の零細人材派遣会社は伊達ではない。
そして、辿り着く。
「あたしの金庫ーーー!」
アスファルトを砕いて減り込む黒い正方形を見つけ、嬉々としてニコは駆け寄りその後を三人が、
「ッ!!」
「GOOOOAAAAA!!!!」
「ッ、ギリュー!?」
合流する瞬間、横から黒い何かが飛び出してきた。
最後尾を進んでいたギリューは、咄嗟に抱いていたボンプをニコ達の方へと放り投げ 直後に突っ込んできた黒い何かに巻き込まれてしまう。
咄嗟にアンビーがフォローに入ろうとするが、その前に金庫へと駆けていたニコの方へとデュラハンが現れ、そちらへの対処を余儀なくさせられる。
「おい、!アンビー!なんか相手の見た目変わってねぇか!?」
「二刀流になってる……!」
蛍光グリーンであった亀裂の隙間から漏れるエーテル光が、パッションピンクの派手な色合いへと変わっており、片腕が盾と一体化していた筈が両腕が大剣の様な見た目となったデュラハンがその切っ先を向けてきていた。
一方で、一人はぐれる形になったギリューはというと。
「GOrrrrrrrrrrr………」
「Grrrr……」
大型のエーテリアスと相対する事になる。
砕けた岩石の様な黒い体に、パッションピンクのエーテル光。
そして何より、