桁の多い数字も分かりやすくするためアラビア数字で表記。
ていうか今思ったんだけど、覇吐は赤髪だしベイもシュライバーも白髪……………………あれだ、刑士郎は見た目がチンピラで見せしめの理由として白髪を指摘されてるってことで。
――男は歩く。大きな弁当を片手に持ち。
――狼は歩く。今宵の勝利の味を届けに。
――刑士郎は歩く。手に入れた弁当を同じ孤児の者たちに上げるために。
人気のない車一台分程度の幅の通り、朝から降っていた雪も月が出て冷えてきた所為か少しずつ積もり始めてきた。雪のような色をした白髪の男。彼の名は刑士郎、姓は無いが強いて言うなら彼の孤児院に因んだものになるだろう。白髪はともかく、名前に関しては特に反対することもなく、むしろないと逆に困るだろう、事実刑士郎はそれで苦労してきたことは少なくない。だが、
「……やっぱ孤児院の名前じゃねえよな」
凶月孤児院。それが刑士郎の暮らす孤児院の名前だ。そしてこの孤児院の名前にちなんだ姓をつけると――――凶月刑士郎。ただでさえ悪い意味で目立ってしまっている刑士郎だが、その上このようなハイカラな姓が付いてしまえばさらに悪名――実際ささやかれるようなことをしたことはない――が付いてしまう。
見た目からは想像もつかないが刑士郎はこれでも奨学生であり、覇吐や宗次郎、さらに言うなら生徒会会計の久我竜胆よりも勉学の成績は上である。
孤児院育ちで中学まで行かせてもらえただけでも僥倖物だというのにその上さらに高校の代金を払ってくれなど、刑士郎には口が裂けても言えるようなことではない。故に刑士郎は中学二年からバイトを始めた。意外にも近所付き合いが良い刑士郎はそういった面から助けられることもあり、神州高校の入学金¥180,000を無事に振り込むことが出来、さらに奨学生として迎え入れられたのだ。刑士郎としては受験代を無駄にしない為なんとしてでも受かる為、全力を尽くした結果だが奨学生として通えるならばより負担を減らすことが出来るとこれ幸いと契約を結び、今も常にその位置を保っている。
なお、その際やっていたバイトは今も続いている。十五歳と言えば(刑士郎からすれば)自立できる年齢だ。バイトの稼ぎが月¥100,000で電気代など諸々込みで孤児院に¥70,000納め、学費¥35,000から奨学生として¥30,000引かれ¥5,000を納め、そこから孤児院の子供たちに¥15,000の使用。つまり刑士郎が個人的な目的で使用できるのは稼ぎの十分の一程度でしかないが、元々刑士郎は俗世に浸る様な性格ではないゆえ、そこまで金を使い込むこともなかった。
「……ん?」
ふと、どこからか声がした。泣きながらも誰かに助けを請う声が。しかしそれは蚊が鳴く、と比喩されるほどの小ささでもしもこの場に他の者がいたら気付かなかっただろう。ある意味聞き取れたのは偶然ともとれるこの声だがしかし、決して偶然などではない。刑士郎はこの声に聞き覚えがある。それも一度や二度ではない、毎日だ。刑士郎は遮二無二声のする方へ走り出した。
その走り方は速さや持久力を主とした走りではない、走りながらも素早く方向転換できる、狼ならではの戦場向けの歩法である。乱雑な走りであるが片手にもった弁当は全く揺れていない。この現状は今、刑士郎という男の性格をこの上なく表しているだろう。
※※※
蚊が鳴くほど、と評した声の主の居所はさほど遠くはなかった。ただ声の主がその程度の声しか出せなかったのだ。勘のいいものならなにがどうなっているのかを察することが出来るだろう。刑士郎は怒りに頭が沸騰しそうになるも吹き付けてくる風によってギリギリ沈静することができた。しかしそれは冷静になったわけでは無い、怒りは日本刀のように固く、鋭くなっていく。
公園の入り口に回る時間も惜しく、申し訳程度につけられた塀を片足跳びに飛び越え刑士郎は苛めの現場へ乱入した。苛められているのはメガネをかけた品行方正を現した凛とした中学生――凶月孤児院の凶月
彼の他にも四人の中学生がいたが刑士郎には見えていない。というより見る気が全くと言っていいほどなかった。
「一也、大丈夫か」
「あ、刑士郎、さん……」
やはり蚊の鳴くような声だったがしっかり返事をした。そんな些細なことだが刑士郎は安心した。そして次の瞬間、怒りがぶり返してきた。一応怒りを落ち着けるために深く息を吐いてみたが効果はなかった。怒りはもはや抜身の日本刀と化していた。触られれば容赦なく振るってしまうだろう。
「おいおい、俺たちは無視してお友達の心配? きゃー仲間思いー!」
ゲラゲラと囀る背後の声。その行為はタンクローリーに火をつけるのと同じくらい愚かな行いだと彼らは気づかない。そして彼らはさらに愚かな行いに出る。
「で、そろそろいいかな。俺たち続きしたいんだけボッ!」
一人の痩身な中学生が刑士郎の肩に触れた瞬間、刑士郎は振り向きざまに裏拳を男の頬に叩き込んでいた。男の体重的なこともあって3メートルほど飛んでいき、そこで止まった。痙攣すら起こさずに男は沈んだ。
それを見て今まで笑っていた男たちも、さすがに今自分たちがいる状況がやばいということを知った。僅かに後ろに下がるが明らかに遅い。先ほどの痩身の男とは対極に肥った男に刑士郎が向かい頭部を掴んで膝を叩きつける。
「痛いいたいイタイイタイイタイ……ッ!」
前歯が公園の砂粒に混ざり、地がどろどろと染めていく。痛みに耐えかねて膝をついたところ後頭部を踏まれて地面に叩き付けられる。己の所業で痛みに悶える姿を見ながらも刑士郎の顔は平時と変わらない仏頂面である。冷徹というわけではない、静かな怒りが常識的な思考よりもなお上回っているだけだ。故に刑士郎にとってこれは常識の範囲内である。
残った二人は必死に逃げようとしたが足が思う様に動かず歩くことはおろか立つことさえできなかった。躓き倒れた男は足から順に骨を砕くほどの力で全身を踏み潰されていき、残った最後の一人が同じ目に合うまで大して時間はかからなかった。
「立てるか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
刑士郎は膝が濡れるのも気にせずに地面に肘をつき一也に手を差し伸べる。一也も遠慮することなく手を伸ばす。
「何があったかは聞かねぇ。だがな、舐められたまま黙ってるのはよせ。なんなら俺がやってやってもいい」
「…………はい。でも大丈夫です」
「……………………お前がそう言うなら黙っといてやるが、今度また見かけたら、その時は話してもらうぞ」
立てたもののふらついている一也に肩を貸して弁当を持って帰路へ着く。汚れた制服のまま帰ったため一悶着あったものの、追及は避けることが出来た。
※※※
「ていうのが事の顛末だ」
俺は現在生徒会室に呼ばれていた。なんでも昨日中学生から連絡があったとか。別に俺に疾しい事があるわけじゃあ無いから嘘偽りなく吐いたのだが…………。
「生徒会長、中院冷泉!」
「生徒会副会長、岩倉桐夫!」
「生徒会、会計……こ、久我竜胆!」
「生徒会書記、千種
「そして神州高校理事長、六条赤虫である!」
「「「「5人そろって!」」」」「そ、そろって……」
「「「「五大竜胆!!!!」」」」「五大、竜胆……」
「マジで何やってんだてめぇら」
人が真面目に話している最中にわざわざ机をどけて戦隊モノのポーズをされると今すぐにでも殴りたくなる。というか理事長そんなキャラだったのかよ。
「いや正直、貴殿が悪くないのは分かっていたからな。一応体裁を気にしてやったまでだから今回の事に特に意味はないのだよ」
そういい中心の理事長の右に陣取った冷泉が答える。顔がドヤ顔なのがこちらを嘲笑っている感じがして腹が立つ。
「だからって何やってんだよ。ゴレンジャイの真似か?」
「ふむ、それもありだな。なら我はキレンジャイか?」
「いや会長はアカレンジャイでしょう。キザですし」
「確かに言えてるのぉ」
「私は当然アカレンジャイですね。名にも赤がありますし」
心底どうでもいいことをついていけない竜胆と白けた俺を無視して話を続ける。
「で、分かっていたってのはどういうことだよ。生徒会長ともあろうものが私情でそんな風に判断したとも思えねぇし」
「簡単な事よ。向こうの親が全部話してくれて、その上でこちらに文句を言ってきたのだ。モンスターペアレントとは恐ろしい者だ」
「今すぐそいつの住所教えろ。叩き潰しに行ってやる」
「落ち着け刑士郎、お前までモンスターになってどうするのだ」
モンスターとは失礼だな。
「叩き潰すは言い過ぎたな。別にちょっとぶん殴ってくるだけだ」
「訂正したつもりだろうが何も変わっておらぬぞ」
「俺にとっちゃ叩き潰す、ってのは死ぬまで殴ることでぶん殴る、ってのは言葉通りの意味なんだよ」
「なにそれこわい」
※※※
「刑士郎よ、それなら行く必要はないぞ」
「あ? そりゃどういうことだ冷泉?」
先ほどまでつまらぬ事で駄弁り、ふざけていたがさすがは生徒会長とでも言うべきか先の言でざわめいていた空間をたったの一言で静めてみせた。口を入れるタイミング、物事の核心を端的に明確に告げる話術。そこらの批判を垂れ流すだけの政治家を上回るだけの実力があった。
「刑士郎、貴殿は相手の親を叩き潰したいのだな」
「ああ、その通りだ」
「あれ、さっき変えなかったか?」
うるさい岩倉。
「なら必要ない。相手の親はよほど苛立っておるのか異様に騒がしいと生徒がこぞって言っておった」
「へぇ、それで?」
「そして今日、波旬は休みだ」
「だからなんだ? 簡潔に言ってくれ」
「あの親の家は、波旬の安アパートの向かいだ」
「……ああ。……ああ!?」
いやちょっとまて、それってつまり…………。
「察したか。登校中の生徒が五月蠅いという言う声にあの波旬が耐えれるはずが、否、そもそも耐えるという感情さえない。今頃更地になっておるだろう」
「いやいいのかよ!? さすがに住宅街で、んなことやった…………」
「そんなもの、中院の
(おい岩倉、千種、こいつはあの後光(汚)に弱みでも握られてんのかよ)
(いやぁ……あの人暴力や権力に屈さない人だからたぶんガチで尊敬しちゃってんじゃないの?)
(というかあれは普通軽蔑するような存在ではなかろうか)
「何か言いたいことでもあるのか」
「「「言え何も」」」
『滅―! 尽―! 滅―! 相―!』
ふと、空気に全く似合わぬ変と言う言葉が陳腐に感じられるような曲が流れてきた。こういったものに詳しい夜行ならそれがどういうものかわかっただろうが、生憎今はいない。だがそれが悪いことを告げているのは誰でも分かる。
「ああすまぬ。我の物だ。マナーモードにするのを忘れていた」
((((え、気にするのそこ!?))))
誰のものだろうかと思ったがまさか二番目に似合わない者(一番は竜胆)の着メロだったとはだれも思いもしなかった。
「何用だ? ふむ、ふむ……そうか。相分かった」
なぜだろうか、当たり前の受け答えのはずなのに内容が明らかに普通でないと分かる。そしてそれは正解だ。
「つい先ほど、波旬が例の家を爆発させたことが判明した。今のはその事後報告による連絡だ」
「あ、はい……」
「そうですか……」
各々、あきれるしかなかった。波旬の行動にも、冷泉の波旬に対する信仰ぶりも。それを平然と受け止めている六条と話についていけない竜胆だけが部外者であった。
※※※
翌日、ある一軒家が半日足らずで消えていたことが噂になった。生徒たちはやれ解体技術の進歩やら、やれ家ごと引っ越したとか、やれ爆破テロやらと言い合っていた。しかし事実を知る一部の人間には口を閉ざすか、ため息を吐くか、『ま た 波 旬 か 』と言うしかなかったとかなんとか。
「……なんか、違うよな」
なんとも妙な気持ちが残った刑士郎は屋上でカロリーメイトを食べながらそんなことを呟いた。
一也君の登場はたぶんこれ以降ないでしょうw