「うう、寒い」
以前はシュタルク様が倒れていたが、よく気をつけているのかそれから寒さに倒れたことは一度もなかった。
ということで、今音を上げたのはフリーレン様。
大丈夫ですか、と声をかけた途端にその髪はうなだれる。
どうやら寝てしまったようだ。
とりあえず、脇に手を入れてからそっとその体を地面に下ろした。
そうこうしているうちに、異変に気がついたシュタルク様とセラ様がこちらに駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「ええ、眠ってしまっただけのようです」
「ならひとまず緊急というわけではないのだな」
「おそらく」
「じゃあ、先を急ごう。目的地はそう遠くないはずだ」
そうですね、といってもう一度脇に手を通しフリーレン様を立たせる。
そのまま背負ってしまおうとしたところで、思わぬ邪魔が入った。
「いや、フリーレンは私がおぶるよ」
「あ、分かりました。よろしくお願いします」
そしてそのまま、流れるようにフリーレン様を背負い、再び前進を始めた。
その足取りは、彼女を背負う前とほとんど変わっていない。
確かに順当に行けば、血縁者である彼女の方がおぶるのにふさわしい。
その上、フェルンよりも確実に体力もある。
しかし、なんというか。
(私もおぶりたかったな)
フリーレン様は人気者です。
***
多少強行したこともあって、目的地へは一時間弱で着くことができた。
しかし、とりあえずついたはいいが、主導していたフリーレンが使い物にならないと言うことでどういようかと明け暮れていたところ、声をかけてくれたのはこの村の里長だという少女。
「フリーレン様ご一行ですよね。あの魔王を倒した」
ええ、そうですと返したところ、ひとまずフリーレン様が起きるまでは里長宅で待たせてもらえることになった。
暖炉のある部屋で、皆でカーペットの敷かれた部屋にそのまま座り、フリーレン様の目覚めを待った。
窓から見る景色は、あたり一面雪山に囲まれている。
一体どうやってこの中で生きているんだろうかと疑問に思うほどだったが、世の中には結構そういう場所はある。
人間の愛着は、そんじゃそこらの外的要因では覆せない。
きっと、この里に大切なものを持つ人が多いのだろうかと思うと、むしろその寒さは人の温かさを強調しているようにも思えてくる。
なんて、無駄なことを考えていると、フリーレン様が目を覚ました。
「ん、ここは?」
「里長の家です。フリーレン様と分かると入れてくれました」
「…よく私だと分かったね」
「それは、先々代とヒンメル様にフリーレン様のことはよく聞いていますから」
返したのは例の少女だ。
手には五つのコップを乗せたお盆をもち、どうやら温かい飲み物を持ってきてくれたようだった。
彼女は全員に飲み物を配ってから、私たちと同じように床に座って話し始る。
「はじめまして、49代目の村長を務めています。まあ、いろいろ説明したいことはありますが、まずは先々代からの遺言をどうぞ」
そういうと彼女は腰に手を当て、可愛く頬を膨らませて。
「半世紀後にまた来てもらう約束だったのに。温厚な私でもさすがにブチギレですよ。――だそうです」
「いや、私は80年後でも大丈夫だっていった。長年自衛してきた剣の里の連中なら、私がいてもいなくてもそんなに変わらない」
「確かにそうかもしれませんが、約束は守ってもらわないと」
「ヒンメルめ、面倒な約束を押しつけやがって」
なるほど。
この会話で、大体目的は察することができる。
要するに、昔の名残で討伐の任務をやりに来たのだろう。
しかし同時に、気になる単語も出てきた。
(剣の里ってなんだろう)
そして、その疑問を解決してくれたのはまさかのシュタルク様だった。
「やっぱり、ここがあの剣の里か」
「え、知っているんですか」
「ああ。勇者の剣っていう、勇者ヒンメルが抜くまで誰も抜けなかった剣があるんだけど、それを守っていたのがここの人たちだ。結構有名な話だと思ってたんだけど」
「そうなんですか。ハイター様からは聞いたことがなかったのに」
そういうと、セラ様はふふっと妖艶に笑い、座ったことで地面にまでつく長い髪を揺らした。
「ということは、何か曰く付きか?フリーレン」
「察しがいいね。まあ、明日には分かることだよ。フェルンとシュタルクも、明日に備えて今日は早く寝て」
***
そうして、出発したのは翌日の10時頃だった。
いや、本当ならもっと早く行きたかったのだけれど、何分、動かないエルフが増えた。
フリーレン様とセラ様はそれぞれ互いのせいにして「姉さんが起きたら…」「フリーレンが起きたら…」を繰り返しており、なんか、面倒くささが倍になった気がする。
なんとか出発すると、里の外に出て十五分もしないうちにオオカミのような魔物が襲ってきた。
狩りの方法も似ているのか、集団でまとまって襲ってくる。
左に七匹。右は八匹。
体を低くしてうなりながら、臨戦態勢をとっている。
とはいえ、私たちもそれなりに苦楽をともにしてきたパーティーであって、こんなのに遅れをとることはない。
「左は私とシュタルク。右は姉さんとフェルンでやる」
司令塔であるフリーレン様の指示が飛ぶ。
安心できる、無感情ながらも心強い指示だ。
セラ様は詠唱を初めて、三体のゴーレム出し、すぐに討伐に向かわせる。
一撃で切り伏せるその姿は、爽快なほどだ。
私の役目は、そんなゴーレムに直接攻撃してくる魔物の牽制くらいしかない。
そうして、何の問題もなく撃破を完了する。
まだセラ様との冒険は一ヶ月ほどだが、彼女と戦う中でいろいろ気がつくこともあった。
一つ目は、ゴーレムの脆弱性。
確かに、圧倒的な速さを持つゴーレムだが、攻撃するときはむしろそれが徒となる。
作用反作用は当然のことだが魔法で作られたもにも通じるので、ゴーレムが繰り出せる攻撃は三回だけ。
ウォーサイスを使うのも、私がゴーレムを守るのも、その三回を有効に使うためらしい。
二つ目はセラ様の戦い方。
基本的に、セラ様は戦士として最も重要な力は見た目通りらしい。
そのかわり、魔法を使って身体機能を補助してるとか。
実はこれは結構すごいことで、イメージが肝心な魔法でそれを行うことは、普段何気なくまるで透明な物のように扱っている体を隅々まで理解すると言うことだ。
自分で自分の内臓を見るようなもので、常人には考えもつかない。
そして、気がついたこととは違うがシュタルク様はセラ様を『先生』と呼ぶことで落ち着いている。
師匠はアイゼン様なので当然の成り行きだと思う。
まだ一ヶ月だが、動体視力みたいなのが向上してると思う。
(パーティー仲間として、変な気を起こさないといいんですが)
はじめにセラ様に言われたことではあるが、男女混合のパーティーは痴情のもつれも多い。エルフが二人という特殊な編成ではあるものの、そんなことになったら目も当てられない。
(フリーレン様とは問題なさそうでしたし、セラ様とも先生と生徒の関係を保ってもらえれば理想的なんですけど…)
そうこうしているうちに、それなりに大きなくぼみについた。
フリーレンと少女が足を止めたことからそこがゴールらしい。
窪みの底には横に洞穴が伸びており、狂ったように魔物たちがそこに突撃しては結界にはじかれている。
異様な光景だと思った。
「シュタルク、お願い」
フリーレン様が先方を頼んだことで、多分私がやったら骨折する高さをものともせず飛び降りた。
振り向く魔物たち。
そして、流れるように討伐する。
むしろ制圧といった方がいいかもしれない。
シュタルク様はその獲物を一度も攻撃を受けることなく、獲物を振り回しながら裁いていく。
そうして、最後の一体を倒そうとしたところ、何やら黒い影が降ってきた。
その塊は、魔物もろともシュタルク様を押し潰す。
これはあいつの罠だったのだろうか。
同族であるようだが、一切の躊躇も見せなかった。
この地の王のような存在であるのか、ほかのオオカミ型の魔物よりも何倍も大きい上に、二足歩行をして獰猛な爪や堅い毛並みに覆われている。
まあ、シュタルク様はあれで負けるような戦士ではないけれど。
「フェルン、援護しに行くよ。一応、姉さんは周囲を警戒してて」
セラ様の了承の声を聞きつつ、私たちはシュタルク様のような無茶な着地はできないので、飛行魔法で減速しながら安全に降りる。
ついでに、フリーレン様はその大型に何発か一般攻撃魔法を打って牽制した。
「シュタルク、まだ動けるよね」
「人使い荒いな」
フリーレン様に応じて、雪の中からひょっこりと出てくるシュタルク様。
思った通り、軽い怪我さえ見えない。
再び斧を構え直し、じっと大型の魔物を見つめる。
何かの間合いを伺っているのかもしれないが、戦士としての感覚は一切分からない。
そして、何かがはまったのか、いきなり弾丸のように向かっていった。
それは雪を舞わせ、強烈なカーテンのようにこちらに向かわせてくるが、一気に上昇することで回避し、そのままフリーレン様とともに一般攻撃魔法を放つ。
その隙を見逃さずに片足を切り落とすシュタルク様。
その痛みに我を忘れたように暴れるが、無秩序な攻撃ではむしろいい的にしかならない。
倒しきるのに、そう時間はかからなかった。
「お疲れ様シュタルク、それにフェルンも」
「やっと到着しましたね。任務はこれで終わりですか?」
「うん。多分、さっきのがこの山の主ってやつだったから。実際には80年しかいない新賀らしいけどね」
おそらく、いつまでたってもエルフの時間感覚になれることはない。
80年いれば十分主を名乗っていいのではないかとも思うが、それを言うのは野暮だというのは、彼女と会って一ヶ月もしないうちに学んだ。
「それじゃあ、帰ろうか」
「いや、ちょっと待ってくれよ」
はい、と言いかけた私によりも早く、シュタルク様は困った顔でフリーレン様を止めた。
(何かあったのでしょうか)
「どうしたの」
「いや、あれはなんだ」
そうして、指さすのは洞窟の中。
薄暗いその先にはぼんやりとした光が見て取れる。
ぴちゃぴちゃと水の垂れる音がするその中を進むと、すぐにその正体は判明した。
「これって――」
「そう、勇者の剣だよ」
「いや…おかしいだろ。これはヒンメルが抜いたはずだ。あとで返しに来たってことか?」
「それはね――」
「おいおい待て待て、私だって真相が知りたいんだ」
いつの間にか、セラ様も私たちに追いついていた。
少しムスッとした顔をしている。
「あ、姉さん。忘れてた」
「忘れるな」
ぺしっと、セラ様はフリーレン様に軽くデコピンをして、気持ちよく音が反響する。
額を押さえ、いたた…と漏らすフリーレン様は可愛い。
「で、どうだったんだ」
そうやって急かすセラ様に、しかしフリーレン様は嫌な顔をしない。
いつも通り淡々としていたが、その語りになぜか心地よさを感じてしまった。
「そうだね――
今日も、フリーレン様の思い出話が始まる。