可愛くないやつ 作:キンググズマ
ヨルシカの月と猫のダンスを見ながら書きました。
あくタイプなるポケモンがいるらしい。
一つ断っておけば、悪いポケモンや、悪いトレーナーの下で育ったポケモンをそう呼ぶわけではない。
ほのおにみずにくさにでんき、その他諸々、数多あるタイプの中の一つに『あく』が存在しており、その能力を宿したポケモンたちがそう称されているのだ。
ーーというのは、少しトレーナーを齧っていればすぐにわかることだけれど。
実際のところ一般人からの理解は乏しい。
どちらかと言わずとも敬遠されがちだし、中には悪タイプのポケモンというだけで眉をひそめる人もいる。
実際、ほのおやドラゴンのような華のある種別ではないだろう。しかし使っている人からすればそれがいいのだとか。よくわからない。
......まあ確かに、見た目はちょっと怖いかもしれない。
「ちょっと、睨まないでよ」
そんなことを考えたのは、目の前の暗闇にギラリと輝く双眼が覗いたからだ。
ひゅるり、冷えた風がテーブルシティを抜ける。時間にして23:00。すっかり夜も深まり、雲の隙間から差す月明かりが僅かに住宅街を照らしている。
最近はそれなりに都会化も進んでいるものの、町のあちらこちらには意図的にか茂みが残されており。
月の恩恵も届かないその暗がりの中から、『そいつ』はこちらの様子を伺っているのだった。
「毎日そこいるけどさ。もっといいとこあると思うよ」
何を隠そう、こいつとの遭遇は初めてではない。
というのも飲み屋街から自宅への最短ルートにはこの道を通る必要があり、その度にじろりとこちらへ睨みをきかせてくるのだから嫌でも覚える。
とはいえそれでわざわざ遠回りするのも癪なので、結局はお隣さんくらいの頻度で顔を合わせる関係に落ち着いていた。
「言っとくけど何もないからね。いやあるか? えー、うーん?」
餌でもあればあげようかと思ったが、漁るポケットからはカサカサとフレンドリィショップで買った煙草のレシートが主張をするのみ。
指先には何も無く、代わりに辿る記憶にはそういえばと引っかかるものがある。
「......あ。貰った飴財布に入れたっけ」
小物入れの一つも持っていない自分のズボラさはさておき、ここではまずまずのファインプレー。
今日も今日とて軽い財布を開いた刹那、
「うわっ、風つよ!?」
ここぞとばかりに、先より一層強い風が吹き抜けた。
元より冷えきった懐事情である。お札の一つも入っていないため現金は問題ないが、何も財布に入れているのはそれだけではない。
「あああ免許証がーー!!?」
再びひゅるり、風にさらわれるは免許証であり。
「いやいやいや冗談じゃない!」
慌てて財布をしまい、宙に舞うそれを追いかける。
普段から必要な類の人間ではないが、主に身分証明のために無いと非常に困る。実年齢より幼く見られがちな自分にはもはや必須と言える『たいせつなもの』なのだ。
このまま見送って夜闇の中にさようならというわけにはいかない。
意識を切り替え、石畳を踏みしめ一段と加速。
その勢いで肩で風を切るように駆けると、免許証を掴むため大きく飛び上がるーー、
「ぁあ横っ腹痛い、」
というのは気持ちだけで、現実では気持ち悪い走り方をする酔っ払いが一人。
その間にも免許証はご機嫌に空の旅を楽しんでおり、あわや民家の屋根に乗っかろうかというところで。
背後の茂みから、何かが飛び出した。
黒、である。
夜闇とはまた異なる漆黒の四足歩行。
目にも止まらぬ速度でこちらを追い抜き、足のバネを使って思いきり高く飛び上がると、フリスビーキャッチの要領で免許証をその口端に捉えてみせた。
「えっあんたそんな動けたの!? デルビル!」
闇とは混ざらない漆黒に、月にも劣らないシルバーの毛並みをを携えたその姿。
驚いているこちらの姿を横目に、茂みの住人ことデルビルはフンッと誇らしげに鼻を鳴らしていた。
▽
セラ。22歳。無職なりたて。酔っ払い。
普通ポケモンに関する使用免許取得済み。
現在、交渉中。
「ほんと助かったありがとうだから離してねお願い」
とかく優しい力で免許証の引っ張り合いをしていた。
免許証下の方にある顔写真欄には、肩ラインに揃った紺色ボブカットの女が写っており。そしてその部分には、鋭く尖ったデルビルの牙が突き立てられている。
幸い甘噛みだが、やろうと思えばすぐに貫けるだろう。
普段の様子からイタズラをするような性格ではない。
かといって人に媚びるようなそれでもないため、セラの気を引きたいわけでもないはずだ。
となれば、
「ご飯?」
ピクリ、と尻尾に反応がある。
「免許証返すから代わりにご飯食べさせろってこと?」
その通りとでも言いたげに尻尾がふるふると揺れる。
ただ、セラではその要求に応えてあげられない。
「ごめん。今飴しかないかも」
あっ尻尾が垂れた。
しかし逆上して噛み千切ったりするタイプでなくて安心ーーと考えていると、垂れてはいるがご機嫌に揺れていることに気がつく。飴が貰えるならそれはそれで、といった様子だ。
その期待に沿ってやるべく、セラは気をつけながら飴を財布から取り出し包み紙を開く。
するとアッサリ免許証が口から離れ、代わりにぺろりと手を舐められた。
正しくは飴を持ってかれた。
「ウォフ」
満足気に一鳴き。思えば初めて聞くまともな声だ。
初めて見る包装だったため味は気になるけど、まあどうせ街中で怪しげな連中が配っていた飴玉である。
それで満足してくれるのなら、こちらとしても安上がりでありがたいものだ。
「ふふ」
どこか微笑ましい光景に笑みが浮かぶ。いかに悪タイプのポケモンといえど可愛いところがあるものだ、なんて。
そう考えながらデルビルの小さくて白い頭を撫でてやろうとした、その時だった。
「ッ、ガルルッ!!」
「わわっ」
デルビルは機敏な動きで、数歩分距離をとった。
それも先までの落ち着いた様子ではなく、明らかに伸ばされた手に対しての動揺や焦りがある。
牙を剥き出す。唸り声をあげる。けれど何故か襲い掛かってくるような様子はなく、寧ろこちらの様子を伺っているようだった。
なんにせよ、これはどう考えてもセラが悪い。
当然ながら相手は野生ポケモン。好奇心で近づいてくることはあれど、それは警戒心を失ったこととイコールにはならないだろう。
デルビルからすれば、餌をだしにして何かをしようとする怖いやつにでも見えたかもしれない。素直に悪いことしたな、なんて考えてしまう。
「さ、触ろうとしちゃってごめんね......?」
「......」
おずおずと伝える謝罪は、数瞬の沈黙に飲まれる。
結局デルビルは最後まで視線を外さないまま、また機敏な動きでもって元の茂みへ潜っていった。
「またね」
そう伝えるものの、返事は帰っては来なかった。
「はぁ......」
そんな出来事があってから、しばらくが経ち。
それでもあの日の記憶を想起する度に、セラはこうしてため息をついてばかりいる。
後悔とか、自己嫌悪とか。そういった気持ちが先立った感情が、胸の内でささくれみたいにチクチクと主張をしているのだった。
自分が悪いとはいえ、どうにも後味の悪い別れ方だったように思う。
そんなことを考えていたからか、しばらくは意図的に同じ道を通ることが増えた。それはそのまま飲み屋街に行くことが増えたのにも他ならないのだけど、自由な無職の特権ということで自分を納得させている。
とはいえこれ以上くよくよ考え続けても仕方がない。『医者』からも、それはなるべくしないようにと口酸っぱく言われているわけだし。
「......」
実際、ちょっとした対策法だって教えて貰っているわけで。
今回は明確な目的でもってポケットの中を探り、
「気分転換、ね」
呟きなつつ取り出すは、ボール型のケースに四角い取り出し口がついた形状の道具。
そんな『ポロックケース』を振るとカラカラと軽い音と共に、ピンク色のお菓子が顔を出した。
「意外といけるんだよね」
いつもの道端のベンチで、セラは口内で踊る四角い感触と甘いフレーバーを楽しむ。
このポロックなるお菓子はそれなりに日持ちする上、様々な種類や味が存在する優れものだ。
例えば渋かったり、酸っぱかったり、辛かったり。生憎セラの口には甘いもの以外合わないけれど、ポケモンには意外とそういう味を欲しがる好事家がいるそうな。
しかしこれを持ち歩くのは、本格的にお菓子をだしに近づいてるみたいだなぁ、なんて。
そう苦笑いが浮かべつつ石畳を鳴らすセラの背後から、控えめに近づいてくる足音が一つ。
「ウォン」
「いい匂いしちゃったか。ふふ、おいで」
セラが示すようにぽんぽんとベンチに手を置けば、デルビルは横に座り込んで。
手元から数個ポロックを齧れば、満足そうにゆらゆら尻尾が揺れ始める。
「美味しい?」
「ウォフ」
しかして、今日も今日とて満足げな声である。
なんとなくそんな気がしたが、やはりデルビルは渋いのがお好みのようだった。炎タイプであるためか存外辛いのもいける口だ。
逆にそのどちらも苦手なセラは、たまに転がり出るももいろポロックを処理する甘いもの担当大臣の役職に落ち着いている。いわゆる分担というやつである。
「しかし、ちょっとあげすぎかな」
「......?」
「今日はおしまい。また今度ね」
「ウーン、」
とはいえ。
あくまでもおやつである以上、流石にケースの中身全てを与えるのはよろしくない気もするので。セラは数粒ほどあげた所で退散することにする。
立ち上がってズボンについた汚れを払い、物欲しそうなデルビルの声に後ろ髪を引かれながらそそくさとその場所を後にした。
しかしポロックというのはすごい代物で、こんなやり取りをしてからというものセラがこの通りを抜ける度にデルビルが顔を出すようになった。
わざわざ貰いに来るようなことはないけれど、それとなく姿を現してくれる。ファーストコンタクトで拒絶されてしまったことを考えれば大きな前進と言えるだろう。
......冷静に考えれば、何に対する前進なのかはよくわからないが。
なんにせよ、関係が悪いよりは良好な方がお互いに過ごしやすいものだろうと。一瞬浮かんだ疑問は、ポロックと一緒にかみ砕いて飲み込むことにした。
それからしばらくは、こんな関係が続き。
デルビルは相も変わらず悠々自適に過ごしている。
「あ、あんなところにいる」
ある時は茂みではなく木の上からこちらを見下ろしていたり。
「今日はいつものとこか」
またある時は例の茂みの中で睨みを聞かせていたり。
「餌貰ってる。あの人あの子にもあげてたんだ」
地域のカイデンやヤヤコマに餌をあげている名物おばさんから、彼らと一緒に餌を分けてもらっていることなんかもあったり。
しかしておばさんが撫でようとしたときにも、やはりというかデルビルはすぐさまに離れて威嚇をしているのだった。
「あれ、ちょっとケガしてる」
そんなことも続いたある日のこと。
もはや歩きなれた道の端にあるベンチでセラが座り込んで缶チューハイを飲んでいると、近場の茂みから白黒の頭がひょっこりと顔を出した。
のそのそとセラの横に座り込むデルビルの体にはあちこちに生傷が覗いているが、野生ポケモンなら縄張り争いだったりもあるのかなぁ、と自己解決。
「......」
「期待した顔してんね。ちょっと待ってて」
見ればすんすんと鼻を鳴らしており、どうやらおつまみのスモーキーな香りに誘われたと見える。
レジ袋からジャーキーを取り出してやれば、予想通りすぐに食いついた。
「ウォン」
しばし味わった後、いつも通り満足げに一言。
人間の咀嚼音は許しがたいけれど、彼らの咀嚼音であれば不思議と許せるような心地がするので不思議だ。これが愛嬌というやつなのだろうか、なんて。
横で丸くなる彼の姿を横目に、薄ぼんやりとそんなことを考える。
しかし痛々しい傷の様子である。
かさぶたが各所にある。塞がりきっていない生傷もある。どころかその傷に対して更に抉られるような形で攻撃をされたような跡も残っていた。
きずぐすりでも持っていればデルビルに応急処置くらいはしてあげられたのだけど、セラはトレーナーでないためそういった道具は持ち合わせていない。
ポケモン自体人間などゆうに超えた生命力のある生き物だし、これくらいのケガでもそれ自体は塞がるのかもしれない。
ただ傷から細菌が入ったりということはあるだろう。今時スマホロトムで調べればそれが原因で負傷部が膿んでしまったりする事象はすぐにヒットする。
ポケモンとはあまり深く関わらないようにしていたのだけど、さていかがしたものかと。
そう考えていたところで、二つほど気が付くことがある。
「デルビル?」
丸くなっていたデルビル。傷だらけの姿で、警戒心もあって、けれど、問いかけへの返事がない。
気が付けば瞳を閉じ横になっており、普段のどこかふてぶてしい態度とは裏腹に、弱弱しく薄い呼吸を繰り返している。
「......ちょ、あなたたち、」
そして、背後。
恐らくはデルビルと戦闘--とは言っても、ほぼ物量による一方的なそれだろうがーーをしていた鳥ポケモンの一派が木陰や木の枝の上に集結してセラたちのことを見下ろしている。
姿には見覚えがあった。名物おばさんから餌を貰っているカイデンとヤヤコマたちだ。
おおかた、ありつく食い扶持の奪い合いだろう。
彼らに言わせればこのデルビルは、生息域も異なるくせして自分たちの縄張りで好き勝手しているごくつぶしといったところだろうか。
躍起になり追い出そうとするのも仕方ない、なんて思う。
自然界は厳しい。動物社会は厳しい。現実は、厳しい。
みんなで分け合えればいいよね、なんて甘い考えは、童話の中にしか存在しない。
デルビルを排除しようと集う彼らの目線が、それを陰に隠しているセラに向けられる。
敵意がある。そんな意思を宿している。セラ自身、『数か月前』まではよくそんな目線に晒されていたものだからよく覚えがある。
「ちょ、ちょっとデルビル、逃げようっ?」
標的は自分ではないのだから置いていけばいいものを、そうできなかった。
彼とスーパーの袋を抱えて逃げた。咄嗟だった。あるいは、あの目を向けられているデルビルが、過去の自分の姿と重なってしまったからかもしれない。
とかく、怖かった。逃げ出したかった。けれど運動不足のこの体は、満足に走ることさえできやしない。
「うあ!? いったぁ.....」
ついこの間まで部屋から出られなかったのだから、当然か、なんて。
どこか冷静に自嘲する思考とは裏腹に、思い切り足が石畳に躓いて前のめりに転んでしまう。手持ちの缶チューハイがすっ飛んで中身をぶちまけ、ジャーキーは地面に落ち、残りのおつまみが入った袋はデルビルの頭に被さってしまった。
「ムガ」
「わわわごめん! 今外すよ!」
セラが袋を引っ張ると同時、デルビルがプルプルと頭を振ると、袋が外れて白い頭が顔を出して。中に入っていたドライ木の実のパッケージが横に落ちる。
こんな状況でさえなければ可愛いなあ、なんて笑っていたかもしれない。
「だっ、」
ただ今はそれどころではないので、すぐに立ち上がり背後へと振り返った。
なにせ、すぐ後ろまで大量の羽音が迫っていたものだから。
「だ......」
自分にできることを数瞬ながら思案し、震える足で、へっぴり腰で、両手足を大きく広げて。
ガチガチと震える歯を鳴らしながら、精一杯の虚勢を張りながら。
「だいじょう、ぶ、だから!」
背後のデルビルに笑いかけようとした、その刹那だった。
「ウオオオォォォォォンッッッッ!!!!!」
耳をつんざくような、天を衝くような、何かへの怒りをぶちまけるような。
そんな、強い、つよい意志の込められた咆哮が、"ほえる"が夜のテーブルシティ、その裏路地に高く響き渡る。
単なる気合や虚勢ではないことだけは、次の瞬間でよく理解できた。
チリチリ、と聞きなれない音が鳴る。
すぐに火花が散る音だと理解する。
しかしそれは音に起因したものではなく、背後から感じる身を焦がすような熱気によって、はたまた暗い夜空を眩く照らす火の明るさによって、それが炎であることを理解する。
背後から、漆黒が、暗闇に炎の残滓を散らしながらゆるりと前に出る。
「デル、ビル?」
「ヴォル!」
問いかけに強い応答を返すデルビル。
彼が一歩前に出れば、鳥ポケモンたちは一歩分後ろに下がり。口端から炎がゴウと音を立てれば、更にもう一歩分、後ろへ下がる。
それを確認したデルビルは、僅かに足を広げ、広がる夜空をキッと睨みつけ、
「ウォオオオン!!」
火の華が、咲いた。
思わずそう錯覚するほどの火炎である。
その小さな身体の、何倍も、何十倍も巨大な火球が吐き出されたかと思えば、それはセラたちと鳥ポケモンたちの間を抜け、景色が歪んで見えるほどの熱気を放ちながら虚空を"やきつくす"とーー上空遥か高くで、轟音と"ひのこ"を撒き散らす爆発を巻き起こした。
暗い空が一瞬だけ、眩く光輝く。バタバタと慌ただしい羽音が鳴り響く。再び閉ざされた薄闇の向こうに見えたのは、ここから全速力で逃げ出していく鳥ポケモンたちの姿であり。
「な、なんとか、なったわけ? すごいねデルビル?」
ひとまず間一髪といったところか。あんなの久しぶりだし、二度と経験したくない。
かたやセラはそう考えながら薄い胸を撫でおろし、大きく息をついており。
「ウォフ」
対してデルビルはといえば、頑張ったんだからご褒美くれや、とばかりに自慢げな声と前足でもって、ポロックの催促をしているのだった。
▽
冷静になって考えてみると、合点がいったことといかないことがちらほら。
「あんた、私のおつまみ勝手に食べたでしょ」
「フスッ」
合点がいったのは、傷だらけだったはずのデルビルが戦闘復帰できたことで。
これは袋に入っていたドライ木の実のパッケージを彼が漁ったからに他ならない。ある種の詰め合わせセットであるあの類のパッケージには様々な種類の木の実が入っている。
おおかた、その中にオボンの実かオレンの実でも混ざっていたのだろう。元来がポケモンの体力回復を促進させる効果があり、乾燥させたところでその成分が失活するわけではない。
拾い食いは通常なら厳禁だけれど、今回はその意地汚さに救われたので何とも言えない。
ひとまずそれは今度別の機会で話すことに決め、記憶の隅に追いやっておく。
「それとだけど。『あれ』できるならあの子たちにいじめられないんじゃないの?」
「......」
夜を焦がしたあの炎にも驚かされた。
進化前であの火力であれば、進化した暁にはどうなってしまうのか。トレーナーとしては涎が垂れそうになる案件だろうけれど、生憎セラにはそんなことは関係ない。
気まずそうにそっぽを向いているデルビルに、半ば呆れ気味に息をつく。
出会ったとき、傷だらけにされていた。戦闘能力としては、連中よりも圧倒的に上位であるのにも関わらず、である。要するに反撃しないからと舐められているのだ。
その気になればあの炎で一息に焼き尽くしてしまうことなど容易だろうが、デルビルはそうしなかった。
「ほんと、バカ」
セラが危険に陥って初めて、炎を使うことを決めて。
けれどそれは攻撃するためではなく、実力差を見せつけ相手を退かせるための選択肢だった。
「でも、ありがとね」
「ウォフ」
優しいのか、臆病なのか、そもそも戦うことが嫌いなのか。
まだ彼については、よくわからないことの方が多い。
けれど、これから少しずつ知っていければいいのかな、なんて思う。
別に確信めいた何かがあるわけではなく、そうすることを決めたわけでもなかった。
ただ。ただ、なんとなくだけれど、彼とは長い付き合いになるような気がしたから。
「......ごめんだけど、タバコの火貰ってもいい?」
「ウォ......」
口から漏らす火種で点けてくれる所作は、不格好で、ちょっと唇が熱くて。
「グルッ」
「あっこれはまだダメなのね」
やっぱりまだ、頭は撫でさせてくれないみたいだった。
豆知識
セラ:無職
デルビル:火力お化け