ウィザーディング・ワールド・オブ・脱走・ヒキガエル™ 作:睾丸Jリーグ
「さあネビル! アルジーおじさんから、お祝いのプレゼントだぞぉ!!」
そんな、ジジイの興奮したようなダミ声と共に、馬鹿デカい手で引っ掴まれたオレのカエル・ボディは、
突然ポケットから外に引きずり出され、そのまま天高く掲げられた。
ぐん、と勢いよく持ち上げられ、固定されて動かせない手足が情けなくプラプラと揺れる。
ああ、クソ。なにが起きた?
ほんの数秒前までは、快適な上着のポケットの中でのんびり昼寝していたはずなのに。
まるで状況が理解できず、オレは慌てて周囲を見回した。
どうやら、クソデカいお屋敷の庭園のような場所にいるようだ。
庭一面に広がる植物は、どれも端正に整えられていて主の几帳面な性格がよく表れている。
奥に見える本館と思しき建物が、いかにもカビ臭そうな古臭い雰囲気なのは若干いただけない。
しかし、周囲の自然がそれなりに豊かなのは悪くないと思う。
この分なら生き物も山ほどいそうだし、なにか食えそうな虫を探すのにも困らないだろう。
黒水晶のように輝く自慢のカエル・アイを巡らせて、呑気にも
未だ握られたままのカエル・ボディを、ブルブルと乱暴に振りたくられたことでようやく我に返った。
今度はなんだよ。ガサツ野郎め。
さっきから思ってたけど、強く握りすぎなんだよ。クソが。
もっと丁重に扱っていただけないもんかね?
小さなカエル・フェイスを思い切り顰め、無駄に力のこもった掌を睨みつけるオレをよそに、ダミ声野郎が恍惚とした表情を浮かべる。
「どうだ、綺麗なカエルだろう…? 今日からお前のものになるんだ!」
オレの美しさを理解するオツムを備えているのはいいけどさあ、さっきからオレを見る目がキモいんだよ。この変態ジジイめ。
そんな褒めそやす口ぶりとは裏腹に、このジジイときたら!
群れ1番の美しさと評判だったオレのカエル・ボディを、こんな無遠慮に掴み上げてやがる。
オレの思い通りにならないことなんて、生まれ故郷にいた頃はひとつもなかったのに。
どうも、オレはカエルにしては美しすぎて、賢すぎる個体らしかった。
朝日を受けて金色に輝く神々しいボディに、艶やかに黒光りする大きな瞳。
このジジイがオレを誘拐しながらブツブツ呟いていた言葉によれば、この美しいボディは「キンイロヒキガエル」という種類の特性らしい。高貴なオレにピッタリの名前だ。
まあ、この種のカエルが特別頭が回るとか、そういうわけではないようだが。
とにかく、群れの連中はマヌケばかりだったし、オレの美貌にとにかく弱かった。
何かある度、このカエル・アイを光らせて
そして、そんな風に群れでチヤホヤされながら楽しく暮らしていたオレを見るなり、
「一目惚れだ!」とかなんとか抜かしたと思えば、故郷の湿地から強引に引き離してくれやがった張本人こそ、このクソジジイだ。
オレの優秀なカエル・パワーをもってしても、ジジイの手は大きくて力強く、抗うことは出来なかった。
いい歳こいて虫取り少年気取りか? 迷惑なんだよ、クソ。
ああ、思い出したらまたムカついてきた、
この憎きカエル誘拐ジジイに改めて復讐を誓いつつ、冷静さを取り戻したオレは周囲の観察を再開することにした。
この場には、現状オレを囲むようにして3人の人間が立っているようだ。
新しくペットになるオレ(美形のカエル)を、この誘拐ジジイが家族に見せつけている、という状況なのだろう。
あちこちに目をやる最中、呆けたようにじっとこちらを見つめていたガキと不意に視線がかち合う。
すると、何が嬉しいのか、ガキが突然パッと表情を輝かせた。
「ウワァー! こいつがボクのペットになるのお!?」
庭園中に、間延びした歓声が響き渡った。
…どうやら、オレと出会えたことがよっぽど嬉しかったらしい。ガキにしては見る目があるじゃねえか。
すると、ガキはこちらに駆け寄ってこようとして───2歩目で蹴っ躓いて派手に転んだ。
「へぶっ!?」
あーあ。顔面から着地したせいで綺麗な
そして、そのまま泣き出しそうになったガキの首根っこをババアが掴み上げた。
「コラ、ネビルゥッ! またそんな情けなくすっ転んで!
いつも言ってるでしょ、ロングボトム家の名に恥じない振る舞いをしなさいッ!!」
「ご、ごめんなさいぃ…!!」
しょぼくれて謝ってやがる。
……なんだこのガキは。アホ丸出しじゃねぇか。
アホそうなのはまだいいが、ペットの扱いは大丈夫なガキだろうか。
考えなしに生き物を乱暴に扱うタイプだと困る。何をされるかわかったもんじゃない。
…まあ、オレをどうこうできるようなタマじゃないか。マヌケだし。ガキだし。
そんな、幼くして並外れた凡人オーラを放つ、将来有望とは程遠い少年の面前に掲げられたまま、オレはひとつ喉を鳴らした。
キュッ!と甲高い音が鳴る。
なんとも情けないことに、オレたちヒキガエルはデカい音を出すための器官を持たない。
どうせカエルに生まれたからには、他の連中のように思い切りゲコゲコ鳴いてみたかったものだが、こればかりはどうしようもなかった。
それはともかく、今は目の前のことに集中した方がいいだろう。
オレの新たなご主人サマになる、クソみたいなメンバーを順に見ていくことにする。
まず正面にいるのは冴えないツラのガキ。転び方がとにかくダサい。さっきからネビルとか呼ばれてる気がする。
そして背後でオレを掴んでいる、これまた冴えないツラの中年が誘拐ジジイだ。本人曰く「アルジーおじさん」。キモすぎる。
それと、ガキの横に立っているのは厳格そうなバアさんだ。コイツはシワだらけのツラで辛気臭そうに黙り込んでやがる。オレの美貌を見ても表情ひとつ変えやがらねえのがムカつく。
彼らを見ていて少し気になるのが、全員がやけにヒラヒラした珍妙な服を着ていることだ。
ダボッとした布地には不規則に飾りが付けられていて、よく言えば儀礼的な印象を受ける、悪く言えばインチキ臭くてクソダサいファッションだ。
湿地にいる頃に見てきた人間どもとは、どうも服の造りが違いすぎるように思う。
ガキとバアさんは、年季の入ったお上品な服を真っ当に着こなしているようだ。もっとも、ガキの服は今さっき台無しになったが。
しかし、ガキのそれと比べても、誘拐中年の服装は見れたもんじゃない。
ヒラヒラしたローブは垢じみていて、裾には泥がべっとりとこびりついている。それを汚らしく着崩していて最悪だ。終わってる。
…よく考えたら、オレが住んでいた湿地をほっつき歩いてた時もこの服だったな。ずっとこんな汚い服のポケットの押し込められていたと思うとゾッとする。うわ、鳥肌立ってきた。
捕まったあのときは、ニヤつきながらにじり寄ってくるジジイの様子が異様すぎて、服装にまで意識が行かなかった。
とにかく、イカれたファッションセンスの家族だが、誘拐ジジイは更に数段階くらい終わってる。そんな3人だ。
そんなわけで、こいつらは服装も年代もバラバラだが、強烈な遺伝子のおかげで全員顔がそっくりだったため、彼らが血縁関係にあることは一目瞭然だった。
繰り返すようだが、こんなことを考えている今も、オレの胴体はこのアルジーおじさんとかいう誘拐犯の無駄に肉厚なジジイ・ハンドによってガッチリ握られ続けている。
ああ、未だに力を緩める気配もない。まったく、これだから素人は。
こんなザマでは、群れの中でもひときわデカく、機敏だと評判だったオレのカエル・ボディをもってしても、身動きひとつとれない。
そんなわけで、周囲の古臭いお庭を見物するのにも飽きたオレは、改めて未来の飼い主サマのツラをじっくり拝んでみることにした。
顔面からコイツの人間性を見定めるべく、輝く自慢のカエル・アイで、冴えないガキ・フェイスをじっと見つめてやる。
…ウーン、こりゃひどい。
突き出た前歯に赤みの差した頬、丸顔。そしてくるんと巻いたブロンドの前髪が相まって、マヌケなお人形さんみたいなツラだ。笑える。
とにかく丸っこいガキだなあ。小太りだし。目も丸い。
しかもコイツの両脇には、この顔のジジイバージョンとババアバージョンが揃い踏みときた。
こんな
そんな気持ちを込めて、彼には飛びっきりのカエル・スマイルをくれてやるとしよう。
全体的にコロコロした印象の丸っこいガキと目線を合わせたまま、クリクリのカエル・アイをにっこりと細めてやる。
首を精一杯伸ばしてアゴを突き出し、限界まで見下してやるおまけ付きだ。
オレのカエルらしからぬ動きに、ガキが怪訝そうな表情を浮かべる。
それに構わず、オレは小さな喉を目いっぱい膨らませた。
───キューッキュッキュッキュ!
珍妙な甲高い鳴き声が、庭園のど真ん中でほのかに響いた。
突然鳴り響いた異音に、
その隙を見逃さなかったオレは、すかさずジジイ・ハンドに噛み付くと、マヌケ野郎の元からおさらばしてやった。
あんな風に強く握りしめてくるようなガサツ人間に、いつまでも身体を許しておくほどオレは安くねぇ。
「ボ、ボクのトレバーが!!!」
ガキの情けない悲鳴を尻目に、オレはさっさと草むらへと逃げ込んだ。
日陰の湿った土壌のあたりに腰を落ち着けて、ようやく人心地つく。
まったく、とんでもない目に遭った。
あのままでは、そのうち干からびるか握り潰されるかで早々にくたばっていたことだろう。
穏やかな湿り気に身を委ね、少しずつ心が落ち着いてくると、今度はガキの最後のひと言が引っかかった。
あいつの言うトレバーってのはオレの名前のつもりだったのか?
まあ、ガキにしては悪くないセンスだ。
あれはおそらく、前もって考えてきていた名前だろう。
初めて出会ってからアイツがしたことといえば、歓声を上げてすっ転び、半べそをかいてしょぼくれただけだ。
出会って以降に名前を考える暇なんてなかったに違いない。
おおかた、前もってジジイから「ペットを贈るよ」とでも言われていて、その時から考えていたとかそういうことだろうな。
うん、気に入った。
それだけオレと会うのを楽しみにしていたっていう証拠だからな。
いきなりすっ転んじまうようなトロいガキのくせに、なかなか可愛いところがあるじゃねぇか。
そんなことを考えていると、ちょうどガサガサと草むらをかき分けて歩いてくるガキの姿が目に入った。
どんな間抜けヅラで探していやがるのか拝んでやろうと、草陰からこっそり覗き込む。
「トレバー、どこなのぉ───うわあ!?」
しかし、ガキがぬかるみに足を取られ、情けなくへたりこんでしまったことでそれは叶わなかった。
べチャリ、と音を立てて、既に泥だらけだったガキの
そして、薄暗いぬかるみから動けないことに絶望したのか、ガキは赤ん坊みたいにぐずり始めてしまった。
「ゔぅ、ドレ゙バァ゙ー!!どこいったのォー!! …まだ抱っこもしてないのに゙ぃ……」
丸っこいガキ・フェイスを涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、オレの名を呼びながら泣き叫んでいる。
なんだよ、オレを抱っこするのがそんなに楽しみだったのか?
まあ、それに関して悪い気はしない。
それに、さっきまであんなに喜んでいやがったガキ、それも10歳くらいの純粋そうなチビが大号泣しているというのも寝覚めが悪い。
しかも、オレの目と鼻の先でだ。
さっき見つけたばかりの居心地がいいプライベートスペースが、一瞬で騒音物件に早変わりしやがった。クソが。
とにかく、コイツがしみったれた顔して延々と泣いてやがるのも見ていられなくて、仕方なくヤツの視界に飛び込んでやった。
すると、まあるいガキ・フェイスがパッと輝く。
まあ、そういう顔してやがる時は悪くねぇな。
おいガキ、ネビルっつったか? オレと暮らすにあたって、まずは足元のユルさをどうにかしろ。
オレを抱っこしたまま転んだりしやがったら承知しねぇからな!
§§§
そんなこんなで、オレとガキ、いやネビルの共同生活が始まった。
初日の夜には、案の定抱っこしたまま転んでオレを頭から地面に叩きつけそうになったので、仕方なくオレ直々に足腰を鍛えてやることにした。
その方法はこうだ。
まず、オレを抱っこしようとしてきたネビルの手の中からすり抜けて、部屋の外に脱走する。
そしてしばらく庭を駆けずり回らせてから部屋に戻ってやる。
こんなことを何日も繰り返してやれば、そのうち何もないところで無様に転ぶようなことはなくなった。
まあ、どんくさいところだけはいつまで経っても直らなかったがな。
そんなわけで、オレが脱走してちょっとした鬼ごっこに興じる流れは、ロングボトム家の日常の一部と化したのだった。
なんでも、このガキが生まれたロングボトム家は、人間の中でも珍しい魔法使いの家系というやつらしい。しかも、かなり由緒正しいお家柄。
しかし、そんな家系であっても、生まれつき魔法使いの能力、魔法力を持っていない者(スクイブ)が時折現れる。
10歳になるまで魔法力の兆候を何ひとつ見せなかったネビルは、スクイブの疑惑が濃厚だったらしい。
普通は乳幼児の時点で怪奇現象の1つや2つくらい引き起こすところ、10歳になるまで何もなしではそう思われるのも当然だろう。
まあ、魔法力の発現が遅れてしまったのにも相応の理由があるようなのだが、現時点で詳しい事情までは教えてもらえていない。
俺が持っている情報なんて、寝る前にネビルが話してくれたものが全てだからな。コイツが口を噤むならそれまでだ。
ともかく、名家のひとり息子がそんなザマでは、このロングボトム家の現当主だというあのババアも相当気を揉んだことだろう。
そして、オレがプレゼントされたのは、ネビルにも魔法力が備わっていることがようやく判明したことを祝ってのものだったそうだ。
特に例の誘拐ジジイ、アルジーおじさんの喜びようは凄まじく、わざわざ湿地という湿地を回って甥っ子のペットにふさわしいカエルを探して回ったらしい。
それでこんなビューティフル・ガエルにたどり着いたんだから、まあヤツに見る目があるのは確かなんだろうな。
魔法力を持っていれば、ホグワーツとかいう学校に通って魔法を習得する権利を得ることができるという。
このホグワーツに通うためには、11歳までに魔法の素養を発現させなければならなかったらしく、そういった意味でネビルは本当にギリギリだった。
一緒に生活する中で、ネビルがそんな魔法力の片鱗を見せたことなんて1度もなかったが、ベテラン魔法使いであろうこのババアがそうだと言うならそうなんだろう。
ネビルが魔法を使いこなしているところなんて、現状では想像もつかないが、学校に通えばそのうちできるようになるのだろうか。
ついでに言えば、カエルを飼うことにしたのも、魔法使いの学校に連れて行くためらしい。
向こうではペットではなく、使い魔と呼ばれることになるそうだ。
使い魔! いい響きだ。
オレまで魔法使いになったような気がしてくる。
群れのリーダーガエルとして威張っていたところから、いきなり魔法使いの使い魔にクラスチェンジすることになるなんて、生まれてこのかた想像したこともなかった。
でも、きっと悪い変化じゃない。
そんなわけで、魔法使い見習い、ネビル・ロングボトムの使い魔であるカエル・トレバーさまの未来は希望に満ちている。
さあて、今日もさっさと脱走してから、庭の虫でも食べに行くかな!