同じく、変態の次郎坊 作:イチャパラで優勝していくわね
彼は転生したドスケベ人間だった。
とは言っても、穢土転生ではなく異界転生。つまりはイカテン。
イカテン先は次郎坊さんだ。
イカ臭い次郎坊になる事が決まった瞬間だった。
彼が前世を思い出したのは、大蛇丸に拾われ人体実験を施された時のショックによってだ。
本当にイカテンした人間なのか、過酷な大蛇丸の実験による後遺症でそう思い込み電波受信してしまったイカれなのかは誰にも、自分にさえ分からない事だが、とにかく自分が次郎坊でありながら、〝この世界の事を物語として知っている〟というアイデンティティーを確立したのは確かだ。
これが、未来の出来事を物語として知り得る事が出来る…などという予知夢系忍術である可能性も否定出来ないが、そんな事は次郎坊にとって論ずる必要もない事だった。
重要なのは…NARUTOの世界には多種多様な魅力的な女達がいる…という事だ。
次郎坊が知っている前世世界の人間達より、圧倒的に美男美女が多い。創造神の造形センスがマエストロなのだろう。
「ぬっ…!」
そんな世界で、ドスケベだった人間が次郎坊として生きているのだ。
今日も次郎坊は暴れん坊をしごくのに忙しいのは言うまでもない。己の手汗で暴れん棒は乾く暇もない。
野太い声と同時に溜まっていたモロモロを吐き出したが、それでも次郎坊の暴れん坊は収まらない。何せ暴れん坊であるからだ。
原因はこいつだ。この女だ。
長い赤髪。ツリ目。きつい性格。そして大蛇丸特性の服で隠されてはいるが歳の割に、実は豊満な肉体。
「まったく。多由也のやつめ。今日もオレにしこたま罵詈雑言をくれやがって。たまらんな」
多由也に罵倒される度に、次郎坊は賢者となる。このまま罵倒され続ければ、ゆくゆくは大賢者となる事うけあいだ。
「げっ、次郎坊」
アジトでばったりと出くわす度に、この表情とこの口調だ。実に嫌そうな多由也。
次郎坊の暴れん坊は暴れたがる。
「おう、多由也」
礼儀正しく紳士的に挨拶し、そしてしゅばばっと多由也の股下へと滑り込もうとして、そして「ざけんなこのゲスチンヤロー!!」と叫びながら、多由也は次郎坊にストンピングを披露してから、ジャンプして一気に離れていく。
しっかりとスカートを抑えるような仕草までして前掛けを抑え込んでいるのが逆にそそる。しっかりスパッツを着込んでいるくせに、この乙女な仕草だ。次郎坊の暴れん坊は暴れん坊状態だ。
「なぜ逃げる。オレは挨拶しただけだぞ。少しマナーがなっていないんじゃないか」
「いきなり女の股下に滑り込んでくるデブに、マナーがどうこう言われたかねー!!」
「――隙あり!」
「っ!?きゃ!」
多由也が面と向かっている相手は分身だった。
多由也の背後の地面から高速たけのこのように生えてきた次郎坊…その大きな手が多由也の発展途上の丘陵をにぎにぎしていた。
多由也から、普段とのギャップが特大な乙女な声が漏れ出て、それがまた次郎坊の暴れん坊をより刺激する。
首元に鼻先をツッコミ、ダイソンばりに吸引するのも忘れない。
多由也は芳醇であった。
「ん、ぅ…っっ!!へ、変態デブがぁぁ!!!!」
多由也のナックルが次郎坊の顔面に直撃した。
壁を何枚が突き破って転がっていく次郎坊はまるで肉弾戦車だった。
「オメー、その顔どうなってんだ」
「前が見えねェ」
その後の次郎坊の様子は、顔面に限っては左近に心配される程だったが、全体の雰囲気としては寧ろ幸せそうだった。後に左近はそう語った。
そのように変態となった次郎坊だったが、ただでさえ原作で「くくく…ヤツは音の五人衆で最弱」という落ちこぼれ評価なのだから、五人衆脱退…となるかと言われたら、そうはならなかった。
何故なら、この次郎坊は強かったからだ。強くなったからだ。
中の人は前世では治安の良い平和な国のごくごく普通の変態だった。格闘経験も無ければ兵役経験も無い。殴り合いの喧嘩だってしたことがない。
そんな彼からすれば、この世界の…忍者を越えたナニカ…NINJA達の肉体性能はただひたすらに喫驚してしまうもので、軟弱だった彼は、鍛えれば鍛えるだけ目に見えて成果が伴う肉体に惚れ込み、そして訓練・鍛錬・修行・トレーニングにのめり込んだ。
娯楽が少ないのもある。
特に、この大蛇丸のアジト…〝音隠れの里〟はただの実験施設であり、モルモット貯蔵の為の監獄であり、そして実験体達が自己鍛錬する為の修行施設でしかない。
なので、次郎坊はもっぱら多由也にセクハラを働くか、それ以外は全て鍛錬に注ぎ込んでいた。
もちろん、全て大蛇丸に許可を得て、現状の自分を見せて彼に育成プランを練ってもらった上での事だ。この音隠れは…というか大蛇丸は、目をつけた弟子については一から十まで全部を把握し指導したがるのだ。
前世の貧弱な肉体に比べ、次郎坊の肉体は頑健そのものだった。
怪我を負っても、前世に比べて感じる痛みはずっと小さい。疲労の重さもそうだ。
腕立てだって100回、200回なんて楽勝そのもの。
チャクラという、男なら誰だってのめり込んでしまうオーラ的だったり魔力的だったりする素敵ギミックまである。
しかも次郎坊はチャクラを食える。
当初はおそーい速度でしか吸えないし、量も微々たるものだったこのチャクラ吸収という特技だったが、この次郎坊…チャクラ吸収というスキルにものめり込んだ。
というのも、チャクラには味があった。美味しかったのだ。
音隠れの食糧事情は決して優良とは言えない。
大蛇丸が食をおざなりにしているというわけでは無いのだが、前世を知っている次郎坊からすると、現世での食糧事情は貧相だった。悲しかった。
ちょっと奮発すれば新鮮な海鮮丼とかうな重とかステーキとかをいつだって食えた、あの世界。あの時代。しかしそれは今は遠い過去の事だ。思い出すだけでヨダレが出そうだった。
大国であり、金も資源も人材も豊富で、気候・風土も安定している木ノ葉隠れなどであれば、次郎坊も知る食事に近しいレベルを誇るが、貧乏小国家の田の国がバックボーンである音隠れなど、悲しいほど貧乏だ。
そんななけなしの資金を、大蛇丸は当然のごとく大半を自分の実験に費やしているから、モルモット達のお食事などお察しレベルだった。
もっとも、音の五人衆と謳われる程の人材になってくると、そこそこの待遇をしてくれているが、次郎坊の食欲はとても満たされない。
その鬱憤を多由也にぶつけている節もあったが、そんな時に次郎坊はチャクラ吸収の特訓で、濃厚なるあの味に出会ったのだ。
それはまさに豚骨であり、ハンバーグであり、餃子であり、そして濃厚バニラ的なスイーツでもあったり、様々な味が楽しめる。
生命の種類によって、同じ種によっても育ちによって、味変!
チャクラをブレンドして飲み込めばさらなる味の改革!
「チャクラとは…味の宝石箱だったのだ…」
次郎坊はまた一つ賢者となった。
「…うま…!―――うまい…!樹齢500年相当だろうこの樹木…そして、この山の主であろう、この10mはありそうな大猪…二つのチャクラの、この絡み合い…互いの良さを引き出し合う。まさに舌の上で踊るチャクラのタンゴ…!オレはまるでチャクラの人間火力発電所だ…!」
うおォんと唸って、次郎坊は山の自然のチャクラを食いまくった。
そして溜め込んだチャクラで怪我や疲労を癒やし、物理的修行…パンプアップ…パンプアップ…パンプアップ。
そうすると腹が減る。修行は腹が減るものだ。
腹が減ったら、チャクラを食う。チャクラとは美味いものだ。
うおおんと唸って、次郎坊は1ヶ月をかけて山一つを潰した。
チャクラを喰ってまわり、とうとう山の生態系を破壊しつくしてしまったのだ。
それだけチャクラを喰って、しかもちゃんとチャクラを吸い尽くした動植物の死体も調理して食したわけで、その食事…まさに二郎系山盛りどんぶりが如く。それだけ食えば修行でのカロリー消費量を遥かに越えて次郎坊は順調に肥えた。次郎坊は二郎系なのだ。
「しまったなぁ。夢中になりすぎてしまったぞ。…ガーン、だな。もうこの山は閉店だ」
「何がガーンだぜよ。お前がやったんだろうが…山が一つ丸ごと枯れたら怪しまれるぜよ」
「大丈夫だ。オレが食い潰した山は、土と火の国境線に近い場所…木ノ葉も岩隠れもお互いを疑うだろう……という事まで大蛇丸様がプランを練ってくれている。安心しろ」
「お前…わざわざ大蛇丸様に外出許可とってどこ行ってんのかと思ったら、そんなとこまで行ってたのかよ。…いやしかし、ほんと太ったなお前…またデカくなっちまって…部屋が狭ェ」
「デブも悪くない。おかげで忍術と体術のバリエーションも増えた」
「…あの肉遁とかほざいてたあれか?確かにあれは厄介だ……が、デブはやっぱ悪ィぜよ。主に他者への配慮的にな。部屋が…狭ェぜよ、マジで。なんでテメェと相部屋なんだ」
肉遁。
肉豚とのダブルミーニング的な音の響きが心地よい、次郎坊のオリジナル忍術で、大蛇丸に相談しつつ開発したものだ。
だが忍術とはいうが、それは五人衆の筆頭、君麻呂の血継限界と、次郎坊の前世記憶に存在する他の忍者漫画の知識からインスパイアされた代物で、印を必要としない肉体技能である。そこが倍化の術などとは違う。
脂肪を操り、時に膨らみゴム毬のように跳弾したり、時にスライムのように柔軟に伸び切って打撃斬撃を無効化する。
敵を圧殺したり、窒息させたりも出来るし、肉に触れればそこからチャクラ吸収も出来る。
ぽっちゃり系ライバルであり、本来、己の命脈を絶つにっくき相手、秋道チョウジを多分に意識した結果でもあり、倍化の術もどきや肉弾戦車もどきも無論可能だが、印を必要としない分、膨張率に劣った。
同じデブキャラとして負けられん…そういう意識高い系忍者に次郎坊は成長していた。
そんな食生活を送り、元気闊達に成長していた成長期のデブ。大蛇丸に許可を貰って、またもぶらりと外食を楽しもうと思っていた次郎坊に声をかけてきた者がいる。
君麻呂だ。
音の五人衆筆頭であり、最強で最凶な大蛇丸の忠犬であり、次郎坊の肉遁の参考元にさせてもらった先達の一人だ。
「見違えたな、次郎坊」
「…鍛え直したからな」
君麻呂は、この里に連れてこられたばかりだった頃の次郎坊を思い出して薄く笑った。
あの頃は愚鈍そのもので、肉体の頑丈さを買われただけの、まさにモルモットだ。それに、これは五人衆全員に言える事だが…常に圧倒的強者である君麻呂に対する〝怯え〟が見え隠れしていて、少々卑屈な態度が顕れていた。
そんな4人を君麻呂は見下していたが、次郎坊については、大蛇丸からの一際危険な実験におけるモルモット役を務めてからの人変わり様に、君麻呂も一定の評価を与えていた。
「……見たところ筋肉も増大し、その上に〝面白い忍術〟の肉を被せているようだね。今の君なら…僕の鍛錬相手として、少しはマシかもしれないな」
「デートのお誘いか?…重吾といちゃついてればいい。オレは、食事と多由也以外には興味がないし…それにこれから多由也とデートなんだ」
「デート?君と多由也が…?……多由也をストーキングした後に山で暴飲暴食でもする気だろう?物は言いようだな。……ハァ…………君も、大蛇丸様の為の〝五人衆〟の一人でしょう?最優先すべきは大蛇丸様のお役に立つこと…違いますか?」
自分と鍛錬すれば、自分と、そして次郎坊もレベルアップする。それはつまり、大蛇丸の為。
君麻呂の思考回路はつまりはそういう事だった。
だいぶ強くなった次郎坊だったが、それでも君麻呂の機嫌を損ねては軽い火傷では済まないだろう。
「…デートに遅れるわけにはいかない。さっさと済まそう、君麻呂」
「さて、どうかな?君次第だよ…フフフ。僕の骨と、君の肉…忍術対決といこうじゃないか」
いやいやながら、次郎坊は君麻呂に連れて行かれて、そこからどっぷりと半日以上、彼との実戦さながらの特訓に付き合わされるのだった。
気づけば音の五人衆も14歳となっていた。
そろそろアジトでのパンプアップ期間も終わりも告げて、表舞台へのデビューが近い。
だが、次郎坊の前世記憶が確かならば、四人衆のデビューは君麻呂が病を得て五人衆を離脱してからだ。
そして順調に君麻呂は半死半生の重病人になり、多由也のおっぱいも尻も成長していた。
前世の彼の記憶にある次郎坊の体格よりも、今の次郎坊は一回りも二回りも大きくなっていたし、多由也もまた次郎坊の日常のセクハラの成果か…本来の運命よりも乳尻太ももがご立派となっているようだった。
次郎坊は思った。
筋肉も贅肉も倍だ。(当社比)
つまりは倍強いという事だ。
ガタイも二回り大きくなったいう事は倍強くなったという事で、筋肉も贅肉も倍ならば、それは倍に倍してバインバインなわがままボディで4倍強い。これはジャンプ系漫画の伝統の計算式でもある。
(つまりはウォーズマン理論の応用…)
次郎坊はまた一つ賢くなり、そして物思いに耽りながら長い廊下を歩いている。すると。
「げっ!次郎坊!」
いつデビュー戦のオファーが来ても良いように、次郎坊は今日もアジトの練習場で肉遁の練習と筋トレをしに行こうとしていたわけだが、ばったりと多由也に出会う。
多由也はいきなり舌打ちをしていた。
「チィ…また一段とデブりやがって。暑苦しくて邪魔なんだよこのデブヤローが。廊下のすみっこ歩きやがれ!」
「多由也…あんまり女の子がそういう言葉遣いをするものじゃ――」
「っ!近寄んなデブ!くせーんだよ」
次郎坊が一歩寄っただけで、多由也は二歩退いた。
「おいおい、なんで逃げるんだ」
「てめーの胸に聞いてみろよ…!ウチに、い、いつもあんな変なことしまくりやがって!」
「―――ならば胸に聞くとしよう…隙あり!」
「いっ!?あっ、ちょ…あっ、やめ、」
巨漢のデブが、いつの間にか背後にいた。
いつぞやと一緒だ。
目を離していないのに、眼の前の次郎坊が消えたと思った瞬間にはもう多由也の胸から感触が伝わり、同時に耳元から声もした。
「変なこととは――」
「ぅ、っ…んんっ」
「こういう――」
「くぁ…ぁ、やめ、ろ、ゲス、ヤロォ…っ」
「ことか――」
「ふ、ぁ、あ、ぁ゛…っ…~~っ、ン、ン、ぅ、ィ、イ……――っ、ぐ、う、っっ!このっ、やめろ…って、言ってんだよ変態豚ヤローーー!!!!」
状態2となった多由也のマジパンチが、次郎坊の顔面に炸裂していた。
やはり多由也の乳尻太ももは成長していた。次郎坊は確信した。確信しつつ吹っ飛んだ。
「…おぉ……次郎坊…てめーの顔…芸術的だぜ」
「前が見えねぇ」
グロ系忍者漫画にでも出てきそうな、掲載誌を間違った顔面となった次郎坊を、左近は感心したように見ていた。
「てめぇの肉遁なら、多由也程度の拳なんざ効かねぇだろ。なんでいつも重傷負うんだよ」
「愛あるパンチは防げない」
こいつとうとう頭イカれたか、という目で次郎坊を見る左近。
左近から見て、ここ数年の次郎坊は急速に成長したものの、まるで意味が分からない事を時偶呟いたり、女好き…というよりも多由也好きに目覚めてしまう等の悪癖を持ってしまった。それが無ければ、今頃、病気離脱した君麻呂に変わって四人衆の筆頭格を大蛇丸から任せられたであろうと左近は思う。
そうなっていたら、いつもいつも大蛇丸やカブトに直接会って面倒な指令を覚えたり、他の3人の同僚に指示を出したりもせず楽が出来た…と左近は口惜しくも思った。
ある日の事。
多由也はいつものように起床し、最低限、他人を不快にさせない程度に身だしなみを整えてから部屋を出る。
五人衆に数えられるエリートであり、女という事も鑑みられて一人部屋を与えられる高待遇であった。
まずは食堂に行き、音隠れ特有の最低限の栄養補給が出来ればいい…という程度の食事を摂取してから、そしてその後はひたすらに訓練だ。
時折、大蛇丸に呼び出される時があるが、それは何よりも最優先すべき事項。
主君からの要件は、時にモルモットとして実験に参加したり、時に大蛇丸の邪魔をする者の排除だったり、時に他国への破壊工作だったりで、主にこの3つしかない。
それ以外は、常に己を高める為だけに時間を費やす。
力を求める事を諦めた時…それは主君から見捨てられる時だ。
大蛇丸は上昇志向を持たぬ者を蛇蝎の如く嫌う傾向があり、成長しない芽には興味がないと言わんばかりに、そういう者を見捨てる。
忍者とは得てしてそういう存在だが、特に大蛇丸はその趣が強かった。
その行き過ぎた上昇志向故に、木ノ葉隠れを追放されたと言ってもよかった。
とにかく、音隠れとはその大蛇丸が設立した忍の里であるから、まさに弱肉強食の修羅の里でもあった。
(くそ…五人衆の中でも、次郎坊には負けねぇと思ってたのに…)
多由也は、ここ最近特に鍛錬に力を入れていたが、理由はつまりはそれだった。
今まで下に見ていた次郎坊に、あっという間に抜き去られて、あの木偶の坊だった落ちこぼれのデブは今では君麻呂と肩を並べつつある。
五人衆の中でも抜きん出ていて、大蛇丸の右腕たるカブトにさえ匹敵しうる
(…その証拠に、あいつからの…あのクソうぜースケベに、ウチは抗えてねェ…!)
それ即ち、体術が劣っている証拠だ。
多由也の感知スピードを上回っているという事だ。
元々、多由也は純粋な接近戦では五人衆内で最弱だったが、それでも次郎坊と鬼道丸が僅差で並び、その僅か下に多由也がいる…といったレベルで、こうも圧倒的に突き放されていなかった。
幻術使いにしては、そう悪くない体術だったはずだ。
「ウチにはまだ…音幻術がある。…けど――」
多由也にとっての最強のアイデンティティーたる秘伝忍術・魔笛。
幻術の中でも、〝特定の音を聞く〟という緩さで発動条件を整えてしまう音幻術は、血継限界の写輪眼に比肩しうる強力なもので、対多数戦を想定するなら写輪眼以上に恐ろしくもなり得た。
この若年で、多由也は忍界においても音幻術の屈指の使い手だったから、エリートの五人衆への抜擢は当然だった。
しかし、圧倒的に格上の存在だからこそやっかみも存在し、そして音隠れの、使い捨てモルモット級の三下共からの多由也への妬み嫉みは強力になりつつあった。
「あの次郎坊に抜かされた」とか「今じゃ五人衆最弱」とか「幻術しか使えないひ弱な女」だとかの誹謗中傷が、昨今はちらほら多由也自身への耳に届き始めている。
不愉快だった。
実際に相対せば、三下達は誰もが多由也にビビり散らかすような者達なのだが、そういう輩だからこそ陰に回ってヒソヒソと悪口を言い合って弱者同士で傷の舐め合いをしていた。
だがそんな弱者共に自分が陰で舐められていると思うと、この勝ち気な毒舌少女は余計に腹ただしい。
ずかずかという足取りで食堂に向かっていた多由也。彼女の耳は、笛の達人であるぶん余計に音を拾う。小者達の悪口がひそりひそりと聞こえてきていた。
「あの五人衆の多由也がよぉ、今じゃウスノロ次郎坊にも負けちまってるらしいぜ」
「ああ聞いた聞いた。くくく…偉そうにいつもピーチクパーチク汚ねぇ言葉撒き散らしてイキっておきながら、五人衆最弱だからな」
「クックックッ、あぁ全く笑えるぜ」
「見てくれだけはいいから、体使ってのし上がってんじゃねーのか。まだガキだが出るとこ出てきてるしな」
「かもしれねぇな。あー、オレも一発お願いしてみっかな、くひひひ」
多由也の頭の血管が浮かび上がる。
どれほど陰湿な悪口やイジメなど受けても、多由也という少女が泣き寝入りするわけもなし。寧ろ、真正面から乗り込んで制圧するタイプの女が多由也だ。
ぶっ殺してやる、という意気込みで食堂に殴り込もうとした彼女だったが、すんでに多由也は急ブレーキをかけていた。
「おい貴様ら」
(次郎坊!?)
多由也の先客がいた。
別の扉から次郎坊がのっそりと先に入っていって、そしてギロリとそいつらを睨んでいた。
そいつらは、音隠れの中忍達であった。
(…なに隠れてんだ、ウチ。…なんか咄嗟に隠れちまった…アホくせー、さっさと出てってウチが直接あいつらブチのめす…!中忍達だったってのはちょっと予想以上だったが、何なら状態2を使ってでもあいつら皆殺し――)
扉の影から飛び出そうとしたところで、次郎坊が大音声で言った。
「音隠れは弱肉強食。ぬるま湯の他の隠れ里に比べれば精鋭揃いの筈だが…」
噂の片割れでもあった、〝ウスノロ〟の次郎坊の突然のご登場に、中忍達は最初こそビクついたが、さすがは血気に逸る音隠れの忍だ。
その場にいた五人の中忍はゆっくり立ち上がって、そして次郎坊を逆に睨み返した。
「何が言いたい?」
その五人のリーダー格らしい忍がそう言うと、次郎坊はクククと笑った。
「人間、群れるとな…どうしたって少しはクズが紛れる。お前らの事だよ」
「あぁ?…いくら音の五人衆のあんたの言葉でも、聞き捨てならねぇ。オレ等は中忍だぜ?」
「中忍だから何だ?……どうせお前らはここら辺りで頭打ちだろう?大蛇丸様に名前も覚えられない、正真正銘の使い捨ての駒止まりだ」
中忍達の顔が怒りで赤くなっていく。
「っ…この、デブ野郎が…!そもそも五人衆だかなんだか知らねーが、気に食わねぇんだよ、あんたら!大蛇丸様のお気に入りってだけだろーがよ!ガキ共が!」
「こっちは中忍で、5対1だぞ…!分かってんのかよ!お子様五人衆ちゃんよぉ!」
「分からせてやろうか?ここでテメェをぶっ潰して、オレ達が大蛇丸様の新しい側近になるってな…!」
熱り立つ五人の三下を見て、次郎坊は嬉しそうに微笑んだ。
こういった彼我の戦力比も理解できない無能かつ、仲間意識も無い本当のクズなら、何も遠慮はいらないからだ。
ここで私的制裁を施してやったところで、大蛇丸も何も言わないだろう。
「分からせてもらいたいところだが…オレに分からせられるのは、世界広しと言えども一人だけ…多由也だけだからなぁ。お前程度じゃ無理だ」
笑いながら余裕たっぷりに言う次郎坊に、三下達は一気に四方から寄っていった。それぞれの手にはクナイや刀が握られていた。
「加えて…オレは、五人衆ってやつにある程度の誇りと愛着を持っている。お前らがそれを侮辱したのも許せんし……それに何より――」
次郎坊が腕を軽く薙いだ。
――パキョッ
という情けない音がして、中忍の一人の胴体が武器ごとへしゃげて、苦悶の絶叫をあげながら壁に叩きつけられた。
「ひっ」と、そいつの仲間が青ざめる。
また、次郎坊の腕が返す刃で振るわれる。
――めきぎぎっ
また別の中忍が、骨と内臓から不穏な音を漏らしながら壁へとめり込んだ。
次郎坊はそんな彼らを見ながら、尚も笑顔だった。
「――この穢土に降臨せしちょっとピリ辛毒舌エンジェル…オレのマイスイートハニー、多由也を侮辱したってのは……少し頭きたぜ」
笑顔から急転直下…怒髪天を衝く顔となって、大口を開けて「喝ッ!」と叫べば…その瞬間、残っていた三人の敵対者はパンッと弾け飛んで、先の二人同様に壁へとめり込んで一瞬で意識を刈り取られていた。
「っ!?あいつら、中忍級だったはずだが…い、一瞬で…っ」
(い、今のは…次郎坊の音圧か!?い、いや…ただ叫んだだけにも見えねぇ…!何かカラクリがあるはず………つーか、あ、あいつ…ウチの事あんな風に言ってんのか!?ほ、他の奴らにも言ってんのか!?何だあのセンスの欠片もねー表現は!あんなイカれた言葉を恥ずかしげもなくデカい声で言いやがって!な、なんかウチの方が恥ずいだろおが!!!くそっ、絶対他の奴にああやってウチの事言ってやがる!あぁーくそくそくそ!ウチが陰口叩かれてんのって、やっぱ色んな意味で次郎坊のせいじゃねぇのか!?)
赤い髪を帽子の上からウガーっと掻きむしりながら、多由也は今まで込み上げたことのなかった
羞恥心。
怒り。
生理的嫌悪。
獲物を横取りされた無念。
自分の想定よりも強かった、陰口叩きの中忍級の獲物達を数秒でミンチに変えた次郎坊の強さへの、羨望と嫉妬と焦り。
そして、彼女自身理解不能だが、自分のために怒り、罵倒していた連中を圧倒した次郎坊を見て、微かな喜び、歓喜、喜悦…そういうトキメクものが湧き上がって混じってくるのが分かってしまっていたから、余計に多由也は己の髪をウガーっと掻きむしるしか出来なかった。
デビュー戦はまだか。
そう思いつつ、今日も今日とて食事とトレーニングとセクハラに余念がない次郎坊。
たまに君麻呂を見舞ったり、左近と組手をしたり、鬼道丸とシューティングゲームという名の射的で戯れたりしていたが、とある日…大蛇丸に呼ばれた。
「次郎坊…だいぶ腕を上げたわね。聞いたわよ?中忍5人を一瞬で圧倒したらしいじゃない」
「これも全て大蛇丸様のお陰です」
「謙遜はよしなさい」
「はい。全部オレの努力の賜物です」
「……少しは謙遜なさい」
「はい。ちょっとだけ大蛇丸様のお陰です」
「…………………………まぁいいわ」
木ノ葉崩しの計画もいよいよ大詰めとなってきている。
全ては大蛇丸の計算通りだったが、二つだけ計算違いがあった。
まず一つは、君麻呂の事。
彼の突然の発病は大きすぎる痛手であり、大蛇丸も全力で彼を治療しているが未だに快方には向かっていない。
そして二つ目は、次郎坊の事。
そこそこ使える駒…としか見ていなかった彼が大成したのは嬉しい誤算だった。
彼の肉体性能は、充分に大蛇丸の次世代ボディに相応しいものだったが、如何せん…少々次郎坊の術や容姿は大蛇丸のセンスにそぐわないものであった。
(まぁ、いざという時の緊急スペアには使えるでしょうしね)
しかし、次郎坊の体を得るのは最終手段であり、その前に大蛇丸としては試してみたい事があった。
「特にあなたの〝チャクラ吸収〟…相当、技のレベルが上がったようだわね。チャクラ吸収の修行の為に言いつけたとはいえ、まさか本当に山を一つ潰すとはねぇ」
「はい。対象の大きさやチャクラ内包量にもよりますが…人間サイズなら直接触れていれば、数秒で枯死させられるでしょう」
「素晴らしいわ。以前のスピードではせいぜい通じるのは下忍レベルだったけど…その練度であれば上忍にも通じるでしょうね。フフフ…興味深いわね。木々や大地そのものからもチャクラを吸い取り、食らった…という事はそれは仙術に必要な自然エネルギーの接種にも似た行為とも言えるのではないかしら。あなたに刻んである呪印とどういう反応を示すか…。もっとも、今のところは無反応のようだし、経過観察が必要ね」
口の端を大きく釣り上げて微笑んだ大蛇丸に、次郎坊も無言で頷いた。
「それで…成長したそのチャクラ吸収でやってもらいたい事があるの」
「なんなりと」
「君麻呂の容態については…あなたも知っているでしょう?」
次郎坊はまた黙ったまま頷いた。
「単純に医学的な問題ならば、私に治せないはずがないのよ。だから、君麻呂の病はもっと別の問題…。私とカブトはそう仮説を立てた」
あれはチャクラ由来の病である…と、そう大蛇丸は言う。色々な専門用語混じりに、つらつらと説明し続けてくれる大蛇丸だったが、そんな事を言われても次郎坊にはちんぷんかんぷんである。
つまり、早い話が「だから、あなたのチャクラ吸収能力で、君麻呂の悪性チャクラを食い尽くすのよ」という事だった。
「無論、チャクラの、特に身体エネルギーを全て失えば人は死ぬ。…だから、私とカブトが、君麻呂が全てのチャクラを食い尽くされた瞬間に、外からチャクラを練り込んでやるの。…問題はタイミング。0.1秒の狂いも許されない…君麻呂のチャクラがゼロになる瞬間、寸分の狂いなく、一瞬の間を置かずにチャクラを注ぐ必要が―――」
ふむふむ、としたり顔で頷き続けている次郎坊である。当然さっぱりだ。
「分かりました。君麻呂のチャクラ…一滴残らず綺麗に飲み干してみせましょう」
「そんなラーメンみたいに……。まぁ、でもそのつもりでやってもらって問題ないわ。…早速行きましょうか」
次郎坊が腕を上げたのは確かだったが、その分、大蛇丸のペースをすら少々乱すような独特の雰囲気を纏うようにもなっていた。
正直、やや使いづらいというか、接しづらいものがあるわけだが、それでも今の次郎坊の方が好ましいものを感じる。
何よりも〝強い〟という事と、肉をぐねぐねと動かして操る術を開発するその姿勢が大蛇丸には好ましいし、方向性はおかしいもののチャクラの〝味覚〟を追求する姿勢も気に入っていた。
(…多由也を対象とした性への追求も…ある意味で求道者、と言えるのかもしれないわね)
大蛇丸にとって求道者とは好ましい存在だ。
もっとも、〝
そんな埒もない事を考えつつ歩いていたら、もう目的の重症患者は眼の前だった。
カブトもそこにいた。
「さて…カブト、準備はいいわね?」
「いつでもどうぞ、大蛇丸様」
「…君麻呂も、いいわね」
「…もち、ろん…です。大蛇丸様…僕が、もう一度、貴方様の、役に、立て…る、と、言うなら…」
どうやら死の危険が大きい、分の悪い賭けという事は皆承知らしいが、どのみち死を待つだけの君麻呂だ。誰もこの治療…というよりも実験を止めようとはしない。
次郎坊にとっても、見舞ったりもしたし、ある程度の友情と仲間意識は持っていたが、元々死ぬ存在として認識していたから、そこら辺は割り切っていた。
割り切ってはいたが、助けられるかもしれず、しかもそれが自分が鍛えたチャクラ吸収が鍵となっていると少しの緊張はあった。
「やりなさい、次郎坊」
言われて、次郎坊は治癒呪符の包帯でミイラ状態の隙間から覗く君麻呂の目をジッと見た。
「死んでも恨むなよ、君麻呂」
次郎坊の言葉に、君麻呂は目だけで静かに頷いてみせた。
その晩、大蛇丸は珍しく上機嫌だった。
鼻歌など歌いながら、使えない駒相手に過酷な人体実験をしていた。
その助手を務めているカブトさえ機嫌が良い。
「おっと…被検体Cは限界ですね。Bの細胞に拒絶反応」
「あら残念。じゃあ廃棄で」
「…しかし、君麻呂の件…あと一歩というところでしたね」
「ククク…そうね。あれでは、やはり私の体として相応しいのはサスケ君ということになる。でも、君麻呂の血継限界を失わずに済むのは朗報だわ。それに、全快ではないけれど、駒として使う分には充分な力を取り戻せそうだしね」
「今後も、悪性チャクラが貯まる度に、次郎坊に吸わせないといけないですからね。確かに大蛇丸様自身がアレになるのは不便極まりない」
ちなみに、君麻呂の経絡系に溜まっていた悪性チャクラを吸い取った次郎坊は、「おぇっ」と青い顔になりながら吐いていた。
「根治は難しい…けれど不可能ではないと証明できた。私の仮説は合っていたし、君麻呂も明日をも知れぬ身…というわけではなくなった。今後も研究と治療を続ければ、君麻呂が戦力に復帰する日はそう遠いことではない。フフフ、ククク…クックックックッ…本当に、次郎坊の成長が嬉しい計算違いだったわねぇ」
「ええ…本当に予想を超えた成長でした。四人衆…いえ、五人衆の中でも落ちこぼれだったのに」
「…あれで、あのスケベ気質が無ければねぇ」
それにはカブトも無言で同意するしかない。
数年前までは、次郎坊は五人衆の中でも比較的真面目な部類だった。
あちらを立てればこちらが立たず…という事らしかった。