この空を、共に   作:ちま

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第四話です。

注:作中の手紙の部分で日付と差出人を右寄せにしたかったものの、このサイトだとできないようなので左寄せのままです。


第四話:王都へ

アリティア王国の片隅にある、二つの清流が通る山間の村・セラ村は数十世帯が暮らす小さな村である。その村外れの空き地で――

「せいっ!やあっ!とおっ!」

 紺色の髪と目をした一人の青年――クリスがいつものように鍛錬に励んでいた。

「はあっ!」

 片手剣を振るとともに枯れ草が舞う。いつの間にか陽は大分傾いていた。そんな中、頭上をサーっと何かが通り過ぎて、クリスは思わず上を振り仰いだ。一頭の飛竜だった。飛竜は空中で静止するとくるりと方向転換し、ゆっくりとクリスの前に着地した。

「ミカリス。」

赤髪の騎手――ミカリスがクリスに笑みを見せ、ひらりと飛竜から降り立つ。

「”所用”とやらは済んだのか?」

いつも鍛錬に付き合ってくれるミカリスが今日に限って『所用がある』と出掛けてしまい、一人で黙々とルーティンを熟していたクリスは不機嫌さを滲ませた声で尋ねた。そんな恋人の不機嫌な様子にも拘わらずミカリスは嬉しさを隠し切れない顔で。

「ああ。」

と答え、愛竜アレキサンダーの背から何やら膨らんだ荷袋を下ろす。

「それは…」

「食材だ。隣り街まで行って買って来た。」

「まだ家に十分あるのに。」

食事は毎日交代で作っているため当然、ミカリスが食材のストックを把握していると思っていたクリスは彼の行動を訝しく思った。だがミカリスはそれには答えず。

「俺は先に家に戻る。お前もほどほどで切り上げて帰れ。」

そう言って飛竜を棲みかの洞へと戻すとさっさと行ってしまう。

「何なんだ…?」

クリスはミカリスの後ろ姿を見ながら首を傾げた。

 

そして夕食時にその理由が判明することになる。

「うわ、どうしたんだよ、このご馳走!ワインも…」

食卓に並ぶ普段より明らかに豪華な夕食にクリスは目を白黒させた。

「今日は俺とお前が出会った記念日だからな。」

「へ?そうだっけ?」

事もなげに言うミカリスに、クリスが記憶の糸を手繰り寄せる。すっかり忘れていた…というより出会った日が記念日という発想がなかったのだが、ミカリスがサプライズでこれらを用意してくれたことにクリスの胸がつまる。

「あとこれを。」

ミカリスが背に隠していた、薄い包装紙で包まれリボンで飾られた一凛の赤薔薇を差し出す。クリスはそれに思わずポカンとし…徐々に顔が熱くなる。彼の人生で今まで花を贈られたことなどなかったから。

「……え…あ…」

「さすがに花束は買えなかった。」

「あ、えっ…と嬉しいよ、ミカリス。ありがとう。」

ミカリスが済まなそうな貌をしたのでクリスは慌てて礼を言い、ぎこちなく花を受け取った。

――花を贈られることがこんなに嬉しいなんて。

身体中が気恥ずかしさと喜びでふわふわする。そして突然。

「ぅわ!?」

クリスの紅潮した頬にミカリスが素早くキスをした。

「さあ、乾杯しよう。」

ミカリスが微笑んで言い――そして食卓に着いた彼とクリスは『二人の出会いに!』と声高らかに乾杯した。

 

 

 二人の”一周年記念日”からひと月、暗黒戦争が終わって一年が経とうとしていた、ある日。行商から久しぶりにセラ村に帰って来た男がある報せを村へ伝えた。アリティア城で民間人を対象とした騎士登用試験が始まるというのだ。その報せをクリスは信じられない思いで聞いていた。

 

「ミカリス。俺はアリティア城に騎士登用試験を受けに行こうと思う。」

「な…」

 その日の夕食の席でそう切り出したクリスにミカリスがひどく驚く。

「前も話したと思うけど、マルス王子がアリティアを解放したとき、志願兵としてアリティア軍に加わろうと思ったが、その時じいちゃんの体調が思わしくなくてできなかった。騎士登用試験があるなら挑戦したい。そのために今まで鍛錬をしてきたんだ。」

「クリス。騎士になるということがどういうことかわかっているのか?有事の際には戦地に赴かねばならぬのだぞ。」

ミカリスが必死に説くが、クリスの意志は固かった。

「わかってる。それでも俺はじいちゃんが言っていたように『アリティアの剣』になりたいんだ。」

「……恋人である俺を置いて行くのか?」

とうに慣れ親しんだ互いの温もり。二人が恋人同士になってから幾つかの季節が移ろうだけの月日が経っていた。ミカリスの辛そうな様子とは裏腹にクリスが不思議そうに首を傾げる。

「何で俺があんたを置いていく、という発想になるんだ?」

そして改めてミカリスに向き直った。

「あんたも俺と一緒に行かないか?」

「何?」

「あんたは優秀な槍の使い手だ。頭もいい。飛竜にも乗れる。一足飛びに正騎士、ゆくゆくは指揮官にだってなれるかもしれない。」

「……忘れたのか?俺はアリティア軍から見れば敗残兵だ。」

「……」

ほとんど忘れかけていたが、ミカリスはマケドニアの戦いで敗れて逃げて来たのだ。思い詰めた顔で俯くミカリスにクリスはそれ以上何も言えなくなってしまった。

――騎士登用試験の報せに有頂天になって、ミカリスの事情を慮ることのできなかった俺は恋人失格だ。

クリスは自身の愚かさを嫌悪し、テーブルの上で握り締められ小刻みに震えているミカリスの拳をそっと握った。

「…わかった。王都へは行かない。報せに舞い上がってどうかしてた。」

「クリス。」

ミカリスが顔を上げ――彼の縋るような眼差しを見て、クリスはこの選択が正しいと自身に言い聞かせた。

 

 

一日の終わり。夜も更けてクリスはそろそろ(やす)もうと、先にベッドに入り常夜灯の明かりで本を読んでいたミカリスの隣りに潜り込んだ。ミカリスも本に栞を挟みサイドテーブルに置くとクリスの方を向いて横たわる。騎士登用試験の報せを聞いてから数日が経っていた。

――恋人の存在は何よりも優先されるべきだ。

ミカリスの静かに凪いだ紅瞳を見つめながら、クリスは改めて自身に言い聞かせた。想い合う相手と何の障害もなくともにいられるのは奇跡のようなもので、自分は最高に幸運で幸福な人間なのだと。

クリスはミカリスに微笑みかけ、いつもと同じようにその日の出来事など他愛ない話をし、いつの間にか眠りに落ちる。――はずだった。

「……騎士登用試験に行ったらどうだ?」

「…え?」

ふと会話が途切れた刹那。ミカリスの口から出た言葉にクリスは驚いて訊き返した。

「お前は俺のために”行かない”という選択をしたことを正しいと思い込もうと無理をしているように見える。」

「……」

「…あれから、考えてみたんだ。」

ミカリスの落ち着いた低音が続ける。

「もし俺に…再起のチャンスが舞い込んだとしたら、と。実際そんなことは起こりっこないがな。仮にそうだとして…俺はその機会を見過ごすことなどできぬだろう。無論そうなったら、俺はお前も連れて行くが。」

そこでミカリスは一旦言葉を切った。

「……お前も俺に一緒に来るか、と訊いた。ともに行くことができないのは俺自身の事情だ。だから…行くといい。王都アンリに、騎士登用試験を受けるために。」

「ミカリス……本当にいいのか?」

「俺は夢を諦めた目で俺と居るお前を見たくはないんだ。」

そう言ってミカリスは寂しげに微笑んだ。クリスの胸がズキリと痛む。

「……ありがとう、ミカリス。俺が夢を追うのを許してくれて。」

はは、とミカリスが乾いた笑い声を立てた。

「許すも何も…お前の人生だ。俺にどうこう言う権利はないさ。…ここで、お前の帰りを待っているから…」

その夜は互いにしっかりと抱き締め合って、眠った。

 

 

クリスが王都アンリへと発ってから――彼からの手紙は頻繁にミカリスの許に届いた。

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日アリティア城に到着しました。騎士志願者の多さに驚いています(見た感じ、100人ちょっと、というところかな?)。早速友達ができました。軍師志望のカタリナです。そして初日に暗黒戦争の功労者の一人である騎士団長ジェイガン卿との模擬戦闘が行われ、勝ちました。その後に英雄王マルス様からもお言葉を賜わったのですが、俺たち従騎士に過分なお言葉をかけていただき、とても感銘を受けました。(騎士になれたら)仕える主君がこの方で良かったと思います。とりあえず最初の試験はクリアしたのでこれからの訓練が楽しみです。ではまた。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日、第七小隊への配属が決まりました。カタリナも一緒です。他のメンバーには騎馬兵のルークにロディ、弓兵のライアンがいます。隊長を決めるためにルークとロディ、俺とライアンで組みになって戦って勝ち、俺は隊長になりました。これから第七小隊のみんなと訓練していくのが楽しみです。ではまた。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日から小隊単位での本格的な騎士訓練が始まりました。実技担当の教官は(さき)の戦争の英雄の一人、カイン卿です。模擬戦闘の相手は何と、マルス様の婚約者シーダ様率いる兵士の一団でした。ライアンの活躍もあり、この訓練も難なくクリアです。訓練の後に立場や身分を越えて、あらゆる仲間が共に集まって戦うマルス様の戦い方をジェイガン卿に教授されました。これからの戦闘に活かしたいと思います。ではまた。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日、第七小隊に僧侶リフ殿が加わりました。癒し手が入ってくれたのはありがたいです。そして実技訓練では暗黒戦争でも活躍したという異国の剣士アテナ殿率いる一団がお相手でした。シーダ様のご助力もあり、今日の訓練も無事にクリア。そしてカイン教官の中間発表に依ると、二十ある従騎士小隊の中で俺たちの小隊が最も成績が良かったということです。この調子で頑張ります。ではまた。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日の行軍任務で(ほとんど俺のせいで)道に迷ってしまったのですが、村が賊に襲われているのに出くわし撃退したところ、(さき)の戦争の英雄の一人、マルス様の友人である風の魔道士マリク様にお会いしました。彼も騎士団の訓練を手伝うためにアリティア城へ向かう途中、道に迷ってしまったとのことでした。そして一緒に何とか城に帰り着くと驚くべきことにマルス様に山賊討伐を褒められて、騎士試験に受かったらカタリナと共に近衛騎士になることを打診されました。とても光栄に思います。それでは、また。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

もうすぐ聖夜祭ですね。当日は故郷を離れて訓練に勤しむ俺たち従騎士のためにマルス様がささやかなパーティーを開いてくれるということです。騎士登用試験がこんなに長期に渡るものだとは思わず、聖夜祭までには試験の結果を得て一度セラ村に戻るはずが、聖夜祭当日でさえカリキュラムがぎちぎちに組まれていて帰れそうにありません。ごめんなさい。あなたに会いたいです。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日でアリティア城に来て三か月が経ちました。今の時点で残っている従騎士は僅か20名です。今日はフレイ教官による戦いの前の準備、仲間との会話について講義がありました。そして今日知ったのですが、祖父とジェイガン卿は長年の友だったそうです。模擬戦の相手は重騎士ドーガ卿でした。騎馬兵のセシルも第七小隊に新たに加わり、協力して今回の試験も辛うじてクリアです。そして…訓練の後、カタリナと近衛騎士になる夢を語り合いました。同志がいるのは心の支えです。それでは、また。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日は最終試験がありました。試験の前に人知れず泣いているカタリナを見つけ、理由を尋ねましたが教えてくれませんでした。そして(さき)の戦争で亡くなった人たちの墓に向かうマルス様にもお会いしました。マルス様は犠牲になった人々を忘れることのない優しい君主です。そしてカイン教官率いる兵士相手の模擬戦をクリアし、俺たちの隊は過去の従騎士たちの中で最も高い評価を得て、晴れて騎士になれることになりました。祖父と自身の悲願が叶ってよかったです。叙勲式を無事に終えたら、一度村に帰ろうと思います。それでは、また。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

今日は騎士叙勲の日でした。叙勲式の最中に襲撃があり…カタリナが敵の内通者だったことがわかりました。マルス様は皆でお守りしてご無事だったものの、いつまた暗殺組織が動くかわからず、近衛騎士になった俺はマルス様の傍を離れられません。このことに何らかの決着が着いたらまた知らせます。それでは、また。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

606年○月×日

親愛なるミカリス

 

グルニアで大規模な反乱が起こり、アカネイア聖王国の命によりアリティア軍は反乱鎮圧に向かうことになりました。マルス様自ら遠征の指揮を取られるということで、俺も同行するため暫くの間アリティアには帰れないでしょう。手紙も今までのようには書けないかもしれません。ごめんなさい。

 

愛を込めて クリス

 

 

 

この手紙を最後に、ぱたりと音信が途絶えた。

「クリス……」

――反乱鎮圧だと?

ミカリスが絶望的な思いで考える。

――どんなにみっともなくても、『行かないでくれ』と、あのとき縋ってでも引き止めておけばよかったのか?物分かりの良いフリをして送り出して、もし…これが今生の別れになったら……

ミカリスを強い後悔の念が襲うが。

――クリスがそう簡単に死ぬわけがない。信じて待つんだ。

そう、自身に言い聞かせた。

 

だが暫くして。クリスを信じて待つと決心したミカリスに隣り街からある噂が齎される。

『マケドニアでクーデターが起こりミネルバ王女が囚われた。』

そして…セラ村から一頭の飛竜が南へと飛び去った。

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