自分の前世は面白みのあるようなものじゃなかった。勉強して、就職して、仕事だけをこなして。恋人なんかも作らず、アプリゲームに熱中するような日々。それを疑問に思わず、死ぬまで変わらなかった。
けど、何の因果か僕は転生した。生前一番ハマっていたアプリゲーム──ウマ娘の世界に。最初は驚……別に驚きはしなかったな。ふーん、とか、転生したな、ぐらいにしか思ってなかったな。自分のことに興味なさすぎじゃないだろうか?
特典なるものもしっかりあって。ウマ娘のステータスが見える、というものだ。他の人にはない、僕だけの特権みたいなもの。機械よりも正確に身体能力のデータを見ることができる凄いもの。
転生したからには何かをしなきゃいけない。僕が真っ先に思い付いたのは。
「やっぱり、トレーナーになるべきなんだろうな」
ウマ娘の世界に転生したわけだし、やはりトレーナーになるのが筋だろうと変な使命感でトレーナーになった。それに、特典からしてもトレーナーになった方がいいだろうし。小さい頃からトレーナーになるための勉強を重ね、なんとかライセンス試験に合格することができた。史上最年少で合格したらしいけど、それは些細なことだろう。
「これで僕もトレーナー、か」
研修を終え、チームのサブトレーナー研修も終わった。一人のトレーナーとして旅立つ時は、案外早く訪れたのである。
最初に担当した子は、前世の推しでもあったサクラバクシンオー。彼女だけじゃなく、現在では6人のウマ娘を担当してチームを持つように。【チーム・ミーティア】を設立して、僕もチームのトレーナーになったのである。
いろんなことがあった。最初は仕事をこなすだけでいい、ウマ娘の要望を聞いて、ただ歯車のように無心で働けばいいなんて考えていた。
けれど、そうはならなかった。トレーナーを通していろんな人達に出会って、彼らの熱を知って。なにより、担当したウマ娘達の思いを知って、それだけじゃダメなんだって悟った。
「ただ仕事をこなすだけじゃ機械と同じ、か」
最初は変な使命感でなったトレーナーという職業。気づけば、仕事に楽しさを見出していた。担当が負けたら死ぬほど悔しい、担当が勝ったら凄く嬉しい。担当の子達といろんなことで一喜一憂して、喜びを分かち合って。失っていたものが徐々に戻っていくような、そんな感覚もあった。
いろいろとあるけれど、僕が抱いている思いは一つ。
「楽しいな、うん」
僕は今も楽しくトレーナーをやっている、ということだ。
◇
チームの部室にて、担当の子達を招集する。
「さて、今日はどういったメニューでしょうか!委員長が模範的にこなしますよ~!」
バクシンオーはうずうずしている。早くトレーニングしたくてたまらない、といったところだろう。
「落ち着きたまえよ。それよりトレーナーくぅん、今日はこの試験薬“Φ”を試してもらおうじゃあないか!」
タキオン。変な試験薬片手に詰め寄ってくるけど、それは後でね。今は優先すべきことがあるから。
「それは後でね。まず最初に、みんなに報告したいことがあるから」
「報告したいこと?シャカールさん達がいるのと何か関係があるんですか?」
疑問の表情を浮かべているタルマエ。今この場には、僕が担当している子達以外にも他のウマ娘がいる。エアシャカールにナリタタイシンだ。
「そうだね。じゃあ、お願いします──シュガーライツ博士」
「あぁ」
やってきたのは車椅子のウマ娘。彼女は座ったまま一礼した後、口を開く。
「ミーティアのみなさん、初めまして。私はシュガーライツ、少々足が不自由なものでね。車椅子から失礼する」
シュガーライツさん。工学博士であり、メカ開発を専門にしているウマ娘だ。余談だけど、彼女が乗っている車椅子もシュガーライツさんが自作したものらしい。素直にすごい。
「シュガーライツさんですか!よろしくお願いしますね!」
「それで、メカ開発の方が何の御用ですの?」
ジェンティルのもっともらしい疑問。確かに気にはなるよね。まだ何の説明もしてないから。
「そうだな……一言で言ってしまえば、君達に協力をお願いしたいんだ」
「協力、ですか?」
「あぁ。こればっかりは見てもらった方が早いだろう。ついてきてくれたまえ」
タルマエの疑問に、見てもらった方が早いと答えるシュガーライツさん。車椅子を動かし、僕達を連れて進んでいく。
やってきたのはグラウンド。そこには──一人のウマ娘、否、機械が鎮座していた。
「これって……何ですか?」
「初めて見る。どうも機械っぽいが」
キタサンとドゥラがまじまじと眺めている中、シュガーライツさんは語る。
「メカウマ娘【ST-2】だ。サティと呼んでくれ」
「め、メカウマ娘!?」
「ほほ~う!私とは畑違いだが、これは興味を惹かれるねぇ!」
心なしか嬉しそうにしているシュガーライツさん。本番は、ここからだ。
「このサティは本物のウマ娘の速度に匹敵する二足歩行ロボだ。まだ開発中だが、フルダイブを可能としている。つまりは、自分の手足のように動かせる、というわけだ」
「ハッ、そいつはすげェな」
エアシャカールの言うように、これはすごい技術だ。前世じゃ考えられないようなものだね。
「では、さっそく実演しよう……【ST-2】、オープンブレイン。ダイブ・イン!!」
掛け声ともに、シュガーライツさんの身体が車椅子に力なく座る。代わりに動いたのは……先ほどまで動いていなかったサティの方だ。
〈あ、あー。聞こえているかな?諸君〉
「ちょわぁっ!?先ほどまで動いていなかったメカウマ娘さんが!」
「え、え~!?」
新鮮に驚いているバクシンオーとタルマエ。他のメンバーも少なからず驚いているみたいだ。気持ちは分かる。僕も初見の時はすごくびっくりしたから。
〈私の意識は今サティに直結している。私の意のままに操れる、というわけだ〉
「ほほう、シャカール君が興味を持ったのも頷けるねぇ。実際に可能にするとは、すごい技術だ」
「ケッ。つってもまァ、こいつには欠陥があってな。さっきも博士が開発中つってただろ?」
「開発中……確かに、そうおっしゃっていましたわね」
そういった瞬間、シュガーライツさん改めサティは目をそらした。まぁ、これも見てもらった方が早いだろう。
「ひとまず走りなよ、ライツ博士。そうすれば、みんな分かってくれる」
〈……そうだな。何事も、見てもらわなければ始まらない。行くぞ……たぁぁぁぁぁ!〉
「「「おぉっ!」」」
威勢よく走りだすサティ。まぁ……ものすごく遅いのだが。
「……なんか、遅くないですか?」
「気のせいではありませんわ。遅いですわね、とても」
「で、でも!走れてますよ!すごいねドゥラさん!」
「まぁ、そうだな」
全員微妙な表情を浮かべている。これがサティが抱える問題だ。
このサティ、まだ未完成である。フルダイブで意のままに操れる段階には来たが、肝心の出力が追い付いていない。ウマ娘のスピードはおろか、人の走るスピードにすら劣るというのが現状だ。それだけでもすごいし、技術の進歩様様ではあるんだけど。
一通り走り終わった後、サティはこちらへと戻ってくる。どこか意気消沈した様子で。
〈こ、これがサティの抱える問題だ。悲しいが、現状ではウマ娘のようなスピードを出すのは夢のまた夢だろう〉
「そうですわね。いくら何でも遅すぎますわ」
「そ、そんなバッサリ言わなくても」
〈けれど!〉
うつむいた顔が上がる。サティを通して、シュガーライツさんの感情が伝わってくる。
〈サティの可能性は無限大だ!いつかきっと、ウマ娘と同じように走れる時が来る!だからお願いだ、私に協力してほしい!サティが走れる、その日まで!〉
どこか悲痛さを感じさせる叫び。このサティにかける思いが伝わってくる。
〈私はこのサティにすべてを懸けている!私にはこれしかないんだ……!もう、これしか!〉
土下座までしだしそうな勢い。そんなシュガーライツさんを制して、みんなへと向き直る。
「……と、いうわけで。ミーティアはシュガーライツさんに協力することにしたんだ。まぁミーティアだけじゃなくて、エアシャカールとナリタタイシンもだけど」
「ハヤヒデにギムレット、クリスエスもいるけどね。今日は3人とも私用で来れないけど」
「事後承諾のような形になっちゃったけど……大丈夫、かな?」
これがちょっと心配なところだ。結果として、事後承諾のような形になってしまった。それをみんながどう受け取るか。心臓がバクバク鳴っている。
ただ、心配は杞憂だったみたいで。
「委員長はもちろん構いませんッ!困っている人は放っておけませんから!この優秀で模範的な学級委員長が力を貸しましょうッ!」
「私も興味が湧くねぇ。これもまた一つの可能性、どこまで行けるのかひっじょ~に興味深い!」
「構いませんわ。少なくとも、貴方が良しと判断したのであれば私は手伝いましょう」
「いいですよ。トレーナーさんが決めたことなら、問題はないと思いますし」
「凄いな~どうやって動いてるんだろう!」
「君が決めたことなら、問題ない」
全員承諾してくれた。ほっと一安心だけど、後で何らかの形でお返ししないとな。
全員の言葉を聞いていたシュガーライツさん。彼女の方へ身体を向け、頭を下げる。
「シュガーライツさん。みんなの言葉通り、私達ミーティアはシュガーライツさんの研究を全力でバックアップします。ミーティアだけではなく」
「オレもだ。【ST-2】のデータに興味があるからな。成功すれば疲れ知らずのトレーニング相手を、失敗してもデータを戴ける。オレには旨味しかないってわけだ」
「……時間ある時、手伝うくらいでいいなら」
呆然としているサティ改めシュガーライツさん。彼女は感激しているように顔を手で覆い。
〈ありがとう……君達の協力、感謝する!〉
お礼の言葉を述べた。
◇
その後はお披露目も済んだということで解散。自宅に戻ってきたわけだけど。
「さて、これからも一仕事だ」
VRウマレーター。機械をセッティングして、VR世界へと旅立つ。吸い込まれるような感覚の後、開けた視界には──
「おっ、待っていたよ子羊くん」
「待っていたわ。それじゃ、今日もよろしく頼むわね?」
「時間は有限だ。疾く準備しろ」
3人のウマ娘。褐色肌のウマ娘に青い髪のウマ娘、軍人を思わせるウマ娘が立っていた。
感じるのは威厳。そう、彼女達は。
「無論、準備は終わらせています。それじゃあ、さっそく始めましょうか」
「あぁ。いつか始まるグランドマスターズに向けて!」
「私達も強くならなくっちゃね!」
「データは膨大だ。併走相手は好きに選べる。また、我々だけでは不公平だからな。貴様も願えば、望んだ相手を用意しよう」
三女神様。ウマ娘の世界ならば誰もが知っているだろう相手。ダーレーアラビアン、ゴドルフィンバルブ、バイアリータークの3人が僕の目の前に立っていた。
なんでこの3人に指導まがいのことをしているかというと、頼まれたからだ。事の発端はレースの企画から。
「実は俺達、グランドマスターズっていうレースを企画しているんだ」
「あなたにはそのお手伝いをしてほしくて。ダメかしら?」
「見返りは勿論用意する。協力を願えないか?」
グランドマスターズ。三女神様とレースで戦う、夢のような舞台だ。ただ、より高い次元でのレースをしたいという思いから僕に声をかけてくれたらしい。
協力は勿論構わない。こっちにだって見返りがあるのだから。なので帰ってきた後の数時間、僕は三女神様と一緒にトレーニングをして、たまに彼女達の叡智を授かったりしている。ま、これに関しては他のトレーナーもそうなんだけどね。
「ところでダーレーアラビアンさん」
「前も言ったけどダーレーでいいのに。それで、なんだい?」
「いえ、最近理事長が畑の野菜がすごいことになったとか言ってましたけど……何かしましたか?」
夢でお告げのように現れたッ!と楽しそうに語っていた姿を思い出す。ダーレーアラビアンさん達は、何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。
「あぁ、確かにやったね!」
「ウマ娘達のために日々働く彼女に、ささやかなプレゼントを贈ろうと思ってね?ちょっと畑に細工したの」
「より強く、より健やかに過ごすため。ウマ娘のためならば当然のことだ」
……どうやって細工したのかは気にしないようにしておこう。きっと神様的な力が働いたとかそんなだから。気にしたら負けだ。
「学園では今、食がブームになっていますから。理事長主導で、食の研究が進んでいます」
「それはいいことだ!彼女達もきっと強くなるよ!」
「喜ばしいことですね」
「さて、話はここまでだ。では、よろしく頼むぞ高村聖」
話はこれくらいにして。三女神様のトレーニングが始まる。デビューを控えているキタサンブラックとドゥラメンテのため、頑張ろう。
次回は結構飛びます。