大歓声に包まれている中山レース場。新たな皐月賞覇者の誕生、レースを走っていたウマ娘に対する称賛、1着のドゥラメンテと2着のキタサンブラックの固い握手を目にして、観客は祝福の拍手を送っていた。
その状況で、サトノクラウンは冷静に分析する。己とドゥラメンテ達の力の差を。
(……桁が違う、ってところね)
朝日杯でおおよその強さを概算し、VRウマレーターを駆使して仮想ドゥラメンテと仮想キタサンブラックを相手に戦ってきた。
想定外、とは言わない。これだけの差はあくまで想定の範疇だ。それでも自分と2人では桁違いの実力差があることを痛感する。そして、自分の先輩であるヴィルシーナが味わったという屈辱が分かった気がした。
(これがミーティア。とりわけ、高村トレーナーの力というわけね)
「育てた方々は全員が一騎当千の猛者。不足しているものを瞬時に見抜くことで、誰よりも効率的にトレーニングを組むことができるトレーナー、か」
改めて認識する。ミーティアの恐ろしさを。そして考える。この先、2人を倒すにはどうしたらいいのかを。
「急務なのは、スピードね。何をするにしてもあの2人よりも劣っていたら話にならないもの。だからダービーまではひたすらスピードを鍛えて……」
ブツブツと、次のレースに向けてのプランを立てるサトノクラウン。その眼に諦めはない。あるのはただ一つ、いかにしてあの2人に勝利するか?それだけだ。敗北の苦渋も、泣きわめきたい悔しさも飲み込んで。次のレースで少しでも追い詰めるために、勝つために計算を続ける。悩んでいる暇はない。ひたすらに前だけを目指していた。
シュヴァルグラン。キタサンブラックの後ろを走り続けて、改めて痛感させられた。
(……僕とキタさん達じゃあ、実力が違いすぎるよ)
3着。掲示板に入ったことは喜ばしいことだ。着差も2着のキタサンブラックから3バ身。よくやった方と称賛される。
しかし、一緒に走ったことで痛感させられる。キタサンブラックとドゥラメンテの2人は自分とは違うと。覚悟を持っていて、全力を投げ出すものを持っていて。他を圧倒するだけの力があるのだと教えられた。自分にはなくて2人にはあるもの。
「お疲れシュヴァルー!よく頑張ったよー!」
「気を、落とさないでください。次こそは」
チームの先輩、トウカイテイオーとマンハッタンカフェの慰めの言葉が届く。ただ、その言葉はシュヴァルグランの耳をすり抜けていく。
(僕なんかが、無謀だったんだ。2人に挑むなんて)
俯き、己の非力さを嘆く。気づけば、目尻には涙が浮かんできた。
(……悔しいな)
キタサンブラックとドゥラメンテに届かなかった悔しさ。一緒に頑張ってくれたトレーナーやチームのみんなへの申し訳なさ。そして──次こそはもっと近づきたいという思い。シュヴァルグランの胸にあるのは、そんな気持ちだ。
(正直、逃げ出したい。ダービーに出走したって、また力の差を見せられるだけだ。でも……でも)
「……頑張ろう」
今はまだ怖い。けれど、立ち止まりはしない。まだ漠然としている己の目標、この先も走り続ければきっと、その答えが見つかるのかもしれない。そんな風に思いながら、シュヴァルグランはターフを去っていった。
ウイニングライブも無事終わり、皐月賞は終わる。勝者はドゥラメンテ。上がり3ハロンのタイムは33秒5、かつてアグネスタキオンが記録したレコードタイム1分58秒と並ぶ時計で勝利という凄まじい記録を残したのだった。
◇
う~ん……皐月賞から結構な日が経ちましたけどぉ。
「難しいなぁ、逃げって」
今までは競り合ってもどうにかなってましたけど、やっぱり難しいです。ペースメーカーとしてレースを引っ張ること、いろいろと考えなきゃいけないことがたくさんで。
「バクシンオーさんやタルマエさんってやっぱり凄いなぁ。特にバクシンオーさんなんて楽にこなしてましたし」
どの脚質もそうですけど、考えながらレースをするのはやっぱり難しくて。ジュニア級みたいに上手くはいかないんだなって痛感します。特に、皐月賞は何が何でもついていくって感じで来てましたし。
自分へのマークがキツくなっていること、考えることが多くなったんだって分かった。これから先ももっと苦労することになる。だから今のうちに何とかしたいんだけど……。
「トレーナーさんの、どういう意味なんだろう?」
皐月賞が終わった翌日のことを思い出します。トレーナーさんとの反省会を。
レースが終わった次の日。トレーナーさんと2人で皐月賞の敗因を洗い出していました。明確に分かってたけど、改めての確認です。
「それで、キタサンはどうして負けたと思う?」
「えっと、道中無理に競り合ったからです」
「そうだね。いつもなら控えていた場面でも、キタサンは競り合っていた。それはどうしてかな?」
問題を追及して、どうしてミスをしたのか?を洗い出す。トレーナーさんはあたしが傷つかないように必死に言葉を選んでくれた。
「ドゥラさんが相手だから、どうしてもペースを握りたくて。他の子のペースに合わせたら、ドゥラさんが飛んでくると思ったから。なら、あたしがペースメーカーになってやろうって」
「そっか……」
考え込むトレーナーさん。何を言われるんだろう?ってソワソワしたけど、特に変なことは言われなかった。無理にペースメーカーになった結果どうなったか、敗北に繋がったのは何かとかそれぐらいのもの。
そして、トレーナーさんから言われた。
「もしかしてだけど、タルマエの逃げを参考にした?レースを支配するあの逃げを」
「あ、はい。タルマエさん教え方上手ですし、レースのプランニングは圧倒的ですし。教わるにはいいかなって思って」
誰の逃げを参考にしたのか?ということ。いろんな逃げウマ娘さんと併走しましたけど、身近にいてなおかつ教わる機会が多かったのはタルマエさんだ。タルマエさんの逃げが特に強烈だったっていうのもありますけど。
その言葉を聞いたトレーナーさんからの返事は。
「……キタサンにタルマエの逃げは合わないからやめた方がいいかもしれないね」
あたしにタルマエさんの逃げは合わない?えっと、タルマエさんはいつも考えてレースしてて、相手によってコロコロ変えるから……ってもしかして!
「あ、あたしの頭が良くないからですか!?」
タルマエさんみたいに頭がよくないから、タルマエさんと同じ逃げをしても意味がないってことなんでしょうか!?た、確かにちょっと成績は下降気味ですけどぉ……。
「いや、そういうことじゃないね」
まぁトレーナーさんに一刀両断でその疑問は切り捨てられた。どうやら違ったみたいで……良かったような、良くないような?
「確かにタルマエの逃げは模範的かもしれないけど、スタイルなんてそれこそ無数にある。その選択肢の中で、タルマエの逃げよりもキタサンに合う走りがあるってことだね」
「そ、そういうことですか。でも、あたしに合う逃げって……何ですか?」
「……そうだね」
トレーナーさんなら分かっているはず。あたしに合う逃げが何なのか。けど、待てども待てども答えは返ってこなくて。代わりに返ってきたのは。
「1週間、自分で考えてみようか、うん」
「……」
えぇ~!?そ、そんな~!
まぁ、こんな感じの会話がありました。
「あたしに合う逃げ、かぁ」
確かに、タルマエさん以外の逃げもたくさんある。スズカさんみたいに大きく引き離して逃げるものやパーマーさん・ヘリオスさんのコンビ逃げ。リッキーさんも逃げだったかな?なら教わるのもいいかもしれないけど。
「う~ん、う~ん……」
む、難しい……!あたしに合う逃げとはいったい!?
そんな風に考え込んでいると。
「やはりお困りのようですねキタさんッ!」
「うわっ!?ば、バクシンオーさん?」
「はいッ!サクラバクシンオーですッ!」
バクシンオーさんが声をかけてきました。それより、やはりって?まるであたしが悩んでるのを知ってるみたいな口ぶりですけど……。
「キタさんは何か悩んでいるご様子。ですがご安心を!この学級委員長が丸っと解決してみせますともッ!」
「え、本当ですか!?」
バクシンオーさんが相談に乗ってくれる。こんなに心強いことはありません!
「それじゃあ、相談なんですけど「なにはともあれ、走りましょうッ!バクシンバクシーーーンッッ!!」あ、ちょ、ちょっと!?待ってくださ~い!」
相談に乗ると言いながら走り去っちゃいました!い、急いで追いかけないと!
「ま、待ってくださいよバクシンオーさーん!」
「おぉ!素晴らしい加速ですッ!ですが委員長も負けませんよ~!バクシンバクシーーン!」
「そ、相談に乗ってくれるって言ってたのに~!」
バクシンオーさんは止まらない!お、追いかけないと~!
◇
その後、結局夕方になるまで追いかけっこになりました……途中で休憩を何回か挟んだとはいえ、さすがにキツいです……っ!
「ば、バクシン、ばくし~んっ」
「ゼぇ、ゼぇ……」
あたしもバクシンオーさんも息も絶え絶え。どっちかというとバクシンオーさんの方が余裕があります。それにしてもどれだけ走ったんでしょう?気づいたら河川敷にいましたけど……あ、ポッケさん達だ。
「いや~、キタさんも順調に強くなっていますね!この委員長が花丸を上げましょう!」
「あ、ありが、とう、ござい、ます……」
返事をするのもいっぱいいっぱい。というか、相談はどうなったんでしょう?最初はあたしの悩みを解決してくれるはずだったのに……。
「どうです?キタさん!悪くないでしょう、何も考えずにがむしゃらに走るというのも!」
「追い、かけるのにっ、必死でっ。あんまり、覚えて……うぅ」
でも、悪くはなかったです。どちらかというと、気分良く走れたような気もします。
「走れば大抵の悩みは解決しますッ!なんてったって、悩みが吹き飛びますからね!」
「悩みが、吹き飛ぶ?」
「はいッ!そしてこれはレースにも応用できますッ!もちろんこの委員長はいろいろと考えていますが、がむしゃらに走るのは悪くありませんよッ!」
考えずに走る……考えずに走る……考えずに?どことなく引っ掛かりが……!
(もしかして、だけど)
芝生に倒れこんでいるバクシンオーさん。あたしも同じように寝転んで、バクシンオーさんの方を見る。
「バクシンオーさん。もしかして、トレーナーさんが?」
「はいッ!キタさんが悩んでいるから力になってほしいと仰っていましたッ!チームメイトが悩んでいるのであれば、助けるのが私の務め!それがキタさんならばなおさらですッ!」
笑顔で答えるバクシンオーさん。どうしてあたしが悩んでいることを知っていたのか?その疑問が解けました。
(ということはつまり、これには意図がある。トレーナーさんの考え、あたしの突破口が)
トレーナーさんがわざわざバクシンオーさんにお願いしたんだ。そして、バクシンオーさんはあたしの悩みに対してがむしゃらに走ることを提案してきた。それってつまり、この中にあたしが強くなるための何かがあるってこと?でしょうか。
う~ん……「キタさん!悩む必要はありませんッ!」バクシンオーさん?
「悩みがあるなら、また走りましょうッ!どんな悩みでも吹き飛びますよ~!」
即座に立ち上がるバクシンオーさん。悩むくらいなら走ろうって言ってくれて……っ!
(もしかして、だけど)
あたしに必要なのは、これ?悩むくらいなら、そんな悩みが吹き飛ぶくらいに走ること?えっと、えっと。レースに応用するなら……考えるくらいなら、何も考えずに走れってことでしょうか?
(……あ)
なんとなく、察しがつきました。トレーナーさんの意図が、どうしてバクシンオーさんを抜擢したのか。いろいろなことが繋がっていきます。そして、答えを得た。
よ~し、そうと決まれば!
「はい!走りましょうバクシンオーさん!」
「おぉ!やる気に満ち溢れていますねッ!……悩みは解決しましたか?」
「はい!おかげさまで!」
「そうですか!それは大変喜ばしいことですッ!では、学園に向けてバクシンバクシーーーンッッ!」
走るバクシンオーさん。あたしはその後ろをついて走る。
「バクシンバクシーン!」
「ワッショイワッショーイ!」
「「バクシンワッショーイ!」」
悩みは解決しました。後は、本番でどれだけ実践できるか!日本ダービーを勝つためにも、キタサンブラック頑張ります!
バクキタコンビはいいぞ。いずれ癌にも効くようになる。