日本ダービーが近づいている中、出走するウマ娘は一層気合を入れてトレーニングに励んでいる。
「トレーナー、もう一本お願い!」
「あぁ、分かった!」
サトノクラウンもその一人だ。サトノ家のウマ娘、悲願でもあるG1制覇に向けて、チーム外のウマ娘の協力を得ながらこれまで以上に頑張っている。
気持ちを落ち着かせるサトノクラウン。その様子を確認し、トレーナーである倉科はボタンを押す。同時に、機械からボールが射出された。
駆けだすサトノクラウン。脇目も振らずに走り、ボールの落下地点へと一秒でも速く到達するために疾走する。
「やぁぁぁ!」
飛び込んで、ボールを取る。見事サトノクラウンの手の中にボールは収まった。無事成功したことにホッと一息つき、立ち上がるサトノクラウン。
「良い調子ね、クラウンさん。クラシック前半の時期に出せる記録としてはかなりのものだわ」
「あぁ、取りこぼす時もあるけど、それでも7割は取れるようになってきた!成長しているぞクラウン!」
ヴィルシーナと倉科は記録に手放しの称賛を送る。ただ、本人としてはまだ納得がいっていないのか難しい表情を浮かべていた。
「……まだね。せめてこの距離なら完璧に取れるようにならないといけないわ」
現状に満足していない言葉。それはひとえに、ダービーで勝つにはこれで満足するわけにはいかないと思っているからだろう。想定している相手は自分よりもはるか前を進んでいる。勝つためには現時点で満足するわけにはいかない。あるのはそんな気持ちだ。
「ドゥラメンテさんもキタサンも、このぐらいの距離なら軽くこなすでしょうね。ダービー制覇のためには、これ以上の記録を生み出さなきゃ話にならないわ」
「……やっぱり。だから、皐月賞以降スピードトレーニングを重点的に?」
「そんなところよ」
現時点で一番必要な速さが足りていない。そして、ダービーまでには間に合わないかもしれない。サトノクラウンはそのことを強く理解している。それでも、最後の最後まで必死に足搔く。ドゥラメンテ達との差を埋めるために。
倉科も現状は分かっている。今のサトノクラウンではドゥラメンテ達に届くのは難しいと。まだまだトレーナーとしては若輩だが、力の差が分からないほどバカでもなければ夢見がちでもない。
(担当ウマ娘がここまで頑張ってんだ。だったら、俺も!)
サトノクラウンの気持ちを汲み取ったのか、倉科は機械を操作するためのリモコンを手に握る。
「それじゃあ、今よりもっと頑張らねぇと!相手はあの高村のとこだからな、絶対にダービーまでに間に合わせよう!」
「ッ!えぇ、勝ちましょう、トレーナー!」
サトノクラウンは笑みを深め、すぐさま準備を始める。立ち止まる時間すら惜しい、今はただ目的に向かって邁進するのみ。しっかりと先を見据えていた。
2人の様子を眺めるヴィルシーナ。思わず笑みがこぼれる。
(ふふっ、良い調子ね)
2人は皐月賞の敗戦を引きずっていない。強大な相手にどう立ち向かうのか?そればかりを考えている。折れない心に、ヴィルシーナは親近感を覚えた。
「さて、私も協力するわクラウンさん。一緒に、ミーティアを倒しましょう?」
「えぇ、もちろん頼りにさせてもらうわ!」
サトノクラウンは順調そのもの。ダービーの日まで、油断することなくトレーニングを続けていた。
なお。普段は。
「……なぁクラウン。ここの注文数間違ってないか?」
「え?またまた~、そんなこと言って私を焦らせようったって無駄よトレーナー……」
倉科から渡されたPCを受け取り、備品購入の数を確認する。最初はニコニコしていたサトノクラウンだが、横にある注文数を見て見る見るうちに顔を青ざめさせる。
「あ、あ、あ~~~ッ!?ぜ、0が一個多いわ!な、なんで!?」
「多分だけど、俺のを使ったからじゃないか?いつもは普段使いのPCでやってるし……」
「……あっ」
思い出し、さらに焦りを募らせる。備品はあって困るものじゃないが、さすがに桁の違う量が来ても置き場所に困る。どうにかしようともがいているが、どうにかなるわけもなく。
「と、とりあえずキャンセルしないと……搞錯呀*1!?キャンセルできない!」
「すでに発送済みになっているから、そうでしょうね」
「どうしましょうどうしましょう!?」
冷静にツッコミを入れるヴィルシーナ。何とかしようと必死に模索しているサトノクラウンを視界に入れても一切動じていない。ヴィルシーナが冷静でいられるのは訳があった。
(あぁ、またね)
そして今回のミスも初めてではない。前にもやったことがあるミス。だから何とかするだろうと眺めているのだが……正直気が気でないヴィルシーナ。
「だだだ大丈夫だクラウン!いつもの倍消費していけば!」
「桁が違うのに倍で間に合うわけないでしょう?トレーナーくん。それに使うものはそんな簡単に消耗できるものじゃないわ」
「そ、そうだわ!他の子達に配りましょう!」
「まぁ悪くない提案だと思うけど……受け取ってくれるかしら?そんな普段使いするものでもないのに」
焦るサトノクラウンを見て、こちらも焦る倉科。打開策を見つけるために必死になっていた。
右往左往している2人を見ていると、姉妹であるシュヴァルグランとヴィブロスのことを思い出して居ても立っても居られなくなるヴィルシーナ。姉として、せめて自分だけでもしっかりしなければと冷静でいる。
「……仕方ないわね。受け取ってくれるトレーナーに手当たり次第に声をかけましょう。幸いにも1人は心当たりがあるから」
「多謝*2!本当に助かりますヴィルシーナさん……!」
「ヴぃ、ヴィルシーナぁ~!」
「ほら、分かったらいつまでも嘆いてないで、ダービーの対策を練りましょう?本番はもうすぐよ」
感激した様子でヴィルシーナを見る2人。どちらかというと彼女の役割はトレーナーの仕事ではないかと思わなくもないが、これで上手く回っているからいいのかもしれない。
◇
別の陣営、日本ダービーの有力候補の一人シュヴァルグラン。彼女はというと。
「うぅ……だ、大丈夫、でしょうか?」
「も~、大丈夫だから!もっと自信をもってよシュヴァル!」
相変わらず自信なさげにトレーニングをしていた。現在の内容はショットガンタッチなのだが、彼女もまたサトノクラウンに比肩する記録を出している。決して悲観するような内容ではない。
だが、シュヴァルグランは自信が持てない。見据えている相手、ドゥラメンテとキタサンブラックと比較してしまい、どうしても尻込みしてしまう。
「で、でも……」
「自分の記録に納得いってないのは分かるよ?でもでも!それは逆に伸びしろがあるってことだよ!だから頑張ろうよシュヴァル!」
「は、はいぃ~」
そんな彼女を、トウカイテイオーが持ち前の明るさで引っ張っている。励まし、肯定することでシュヴァルグランのやる気を上げ続けていた。
そんな光景を見守る天城トレーナーとシンボリルドルフ。
「やっぱり、テイオーをシュヴァルにあてがったのは正解だったな。テイオーが持ち前の明るさで引っ張ってくれている」
「あぁ。少し子供っぽさが目立つかもしれないが、その実ちゃんと人を見ている。私も、誇らしい気持ちだよ」
満足げに頷くシンボリルドルフ。トレーニングを見守る中で、天城は今度の日本ダービーに向けて考えを巡らせていた。
(……NHKマイルの末脚。アレがドゥラメンテの本領ということか)
観戦に行ったわけではない。ただ、新聞で逐一情報は追っている。先日開催されたNHKマイル、ドゥラメンテは2着に7バ身差をつける圧勝を叩き出した。これで変則二冠、日本ダービーでも大本命だ。
特筆すべきは、ラスト1ハロンのタイム。ドゥラメンテはなんと10秒フラットというとんでもない記録を残したのである。日本で一番直線が長い新潟でも出ることが珍しい記録。上がり3ハロンは文句なしの最速であり、他を引き離す圧倒的な強さを見せつけたレースだったと聞いている。
「これまでの最高記録はカルストンライトオの9秒6。けれど、アレは新潟レース場で記録したものだ」
「加えて短距離、新潟の千直。早い時計が出やすい環境での記録だ。比較にはならない、だろう?トレーナー君」
「あぁ。東京のマイル戦でこれを記録するのはね……やっぱり聖君の育てる子はとんでもないな。いつものことだけど」
嘆息し、改めて相手の強大さを認識する。
しかも、ドゥラメンテだけではない。彼女と同じチームにはキタサンブラックもいる。
「前でレースを展開するキタサンブラック、後ろからかっ飛んでくるドゥラメンテ……挟み撃ちだね」
「一緒に走るウマ娘は胆戦心驚、だろうね。冷静にレースを展開できるはずもない」
「皐月賞のキタサンブラックは明らかに掛かっていたのに最後まで持った。並外れたスタミナと根性を持っている、かもしれないな」
キタサンブラックの評価は皐月賞でさらに上がった。道中無理に競り合い、スタミナを消耗していたにもかかわらず、最後までドゥラメンテと死闘を演じていた。皐月賞より距離が長くなる日本ダービー、最後の直線が長い関係上捲りが決まりやすいが、どちらかというと有利なのはキタサンブラックだろう。
(もし彼女が落ち着いてレースを展開していたら……怖いな)
シュヴァルグランを眺める天城。相変わらずオドオドしているものの、トウカイテイオーと一緒にトレーニングを頑張っていた。
「いーよいーよ~シュヴァルー!その調子で記録を更新だー!」
「わ、分かりましたぁ~!」
順調に成長しているシュヴァルグラン。楽観はしない、あくまで現実的に物事を見る。天城の目から見て、シュヴァルグランの勝利は……厳しいものだと言わざるを得ない。日本ダービーを勝つことは難しいだろう。
(けれど、確実にシュヴァルの成長につながる。そのためなら)
それでも、諦めるという選択肢はない。シュヴァルグランが出走を望んだのならば、勝てるように全力で調整するのがトレーナーの務め。それが天城の信条だ。
「いいぞーシュヴァルー!その調子で頑張れー!」
「と、トレーナーさん!?わ、分かりました……ッ!僕、頑張りましゅ!」
トレーナーからの檄に驚きつつも反応するシュヴァルグラン。なお。
(噛んだ)
(噛みましたね)
トウカイテイオーとマンハッタンカフェが反応する。シュヴァルグランの表情はというと──顔を真っ赤にしていた。
「う、うぅ~……ッ!つ、次!行きましょう!」
「あ、うんシュヴァル……まぁ気にしないでよ。誰でも噛むことはあると思うよ?」
「い、言わなくてもいいです!」
突っ込むシュヴァルグラン。トレーニングに戻っていった。
トウカイテイオーがついているなら大丈夫だろう、と天城は視線を別へと移す。その先には──マンハッタンカフェとサトノダイヤモンドの姿があった。
「ダイヤさんの、メイクデビュー、もう少し、ですから。さらに詰めて、いきましょう」
「はい!よろしくお願いします、カフェさん!」
「えぇ。あなたに、お力添えを」
もうすぐデビューを控えているサトノダイヤモンド。こちらもよい状態をキープしており、天城の目から見ても問題はなかった。
(サトノの悲願。G1勝利の栄光、か)
「いろいろと山積み、頑張ろう!」
「あぁ。無論、私も粉骨砕身尽くすことを誓おう。このチームの長としてね」
シュヴァルグランの陣営も順調。日本ダービーの日は近づいていた。
◇
VRウマレーターを使用して三女神様とトレーニングをしていた、ある日のこと。
「おっと子羊君、君にお客さんのようだ」
「……僕に?いったい誰「ヒジリ~!」「久しぶりだね、聖トレーナー」ヴェニュと、ヴェニュのトレーナーさん?」
ヴェニュのトレーナーさんがやってきた。随分と珍しい来客だな。トレーニングを休憩して、2人と話す。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「いやなに、君にある提案をしに来てね」
ヴェニュのトレーナーさんは用件を僕に話してくれる。その用件というのが、これまた意外な……意外ではないか。
「長期遠征、ですか」
「あぁ。君のチーム丸ごと、こっちに遠征する気はないかな、って思ってね。期間は1年、どうだい?」
1年の長期遠征。エルコンドルパサーがやっていたっけな。
「それはまた、なんでですか?」
「まず、君に指導してもらいたい子は多くいるというのが一つ。そして、君のチームに所属しているドゥラメンテが目指すのは最強だ。ならば、世界にも目を向けるんじゃないかな、と思ってね」
今のうちに話をしに来たのさ、と語るヴェニュのトレーナーさん。なるほど、他に話が行く前に自分が、ということか。
しかし、さすがに僕の一存じゃ決められないな。みんなと相談しないと。
「提案は分かりました。ドゥラ達と相談して決めたいと思います」
「あぁ、そうしてくれると助かるよ。遠征するなら、ぜひともウチのチームでお願いしたいからね!私的にも、お姫様的にもね」
「ヒジリ、ヒジリ!お願いですからね?」
まぁ海外のトレーナーで一番仲の良い人だから頼ることになりそうだけど。それはいいか。
「おやおや、君も隅に置けないな子羊君?」
「微笑ましいわね~」
「仲が良いのは良いことだ」
……なにが?
次回はダービー。そしてテイオー、子供っぽさよりも頼れる先輩感があるような気がしないでもない。