ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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ジャパンダートダービーですわよ。


気づきのダート戦

 迎えたジャパンダートダービーの日。大井レース場に例年以上のファンが詰めかけている。

 

「本当に大丈夫かなぁ、キタちゃん」

「あのトレーナーさんだし、大丈夫だとは思うんだけどねぇ……」

 

 その中には、キタサンブラックと交流がある商店街のおじさん達の姿もあった。そして、ここに例年以上の客入りを見せる理由がある。

 今回のジャパンダートダービーにはキタサンブラックが出走するのだ。ジュニア級G1であるホープフルステークスを制し、最優秀ジュニア級ウマ娘をドゥラメンテと同時受賞。皐月賞2着、日本ダービー2着と好成績を残している彼女。本来であれば芝のウマ娘なのだが、なんと今回ダートのレースであるジャパンダートダービーに出走することが決まっていた。

 

「やっぱな~。ミーティアなら来るんじゃないか!って思ってたよ」

「いつでもどこでも、適性の壁を破壊し続ける、常識に囚われないチーム!」

「キタサンブラックがどんなレースを見せてくれるのか、すっごく楽しみ!」

 

 出走を疑問視する声は多少あるものの、ダートで走る姿に期待をせずにはいられない。それを裏付けるかのように、キタサンブラックは1番人気での出走だ。枠も1枠1番、絶好といってもいいだろう。

 

 

 そして始まったジャパンダートダービー。雨が降る大井レース場、不良バ場での開催となる。走るコースには水たまりもあった。

 レースの逃げウマ娘はキタサンブラックただ一人。

 

《第2コーナーを曲がって向こう正面に入ります。先頭は依然としてキタサンブラック、キタサンブラックが最内を軽快に進んでいきます。芝ウマ娘とは思えないほどの走り、戦場をダートに変えても全く問題なく走っています。2番手との差はすでに4から5バ身は開こうかとしている》

《これは大逃げ、でしょうか?結構な差を広げていますね》

《かなりのハイペースで逃げているキタサンブラック。後続は、ついていかない。暴走するキタサンブラックについていかない様子。その間にも差は開こうとしています。すでに5バ身以上の差》

 

 誰かがキタサンブラックのマークにつくんじゃないか?という声もあったが。大方の予想通りキタサンブラックの単騎逃げとなった。ただ、ここで予想外なことが一つ。それはキタサンブラックがかなりのリードを取っているということ。バ場が重くなったダートは時計が早くなるが、それを抜きにしてもキタサンブラックのペースは速かった。マークがつかないのはこれが理由だろう。

 

「キタちゃん慣れないダートで焦っちまってるんじゃねーか!?」

「落ち着けー!キタちゃーん!俺らがついてるぞー!」

「冷静になってー!」

 

 ハイペースでの単騎逃げ。自滅しかねない勢いで逃げているキタサンブラックの姿にファンは焦りを覚える。ダートを走ったことがないからペースが分からないんじゃないか?初のダートレースに緊張しているんじゃないか?これまでの敗北からスタイルを変えようとしているんじゃないか?様々な憶測がファンの間で飛び交い、応援している側にも焦りと不安が生まれる。

 レース序盤から飛ばして逃げている。あのままでは、最後まで持つわけがない。観客が不安を抱いている間にも、キタサンブラックはさらにリードを広げようとしていた。

 

《最初の1000mを通過しました。タイムはっ、かなり早いですね。オーバーペースではないでしょうか?》

《しかし、キタサンブラックはかなりスタミナがありますからね。日本ダービーが証明しています。もしかしたら、ここから持つのかもしれませんよ》

《依然先頭はキタサンブラック。快調に飛ばして逃げている。ここで2番手ターボデトネイターがキタサンブラックに迫ろうとしているか。キタサンブラックとの差を縮めようとしているが、キタサンブラックとの差は縮まらない。逃げに逃げているぞキタサンブラック》

 

 その差は実に7バ身程。明らかな暴走だと感じさせる走り。夜の雨、レース場の照明を頼りにハラハラしながら見守るファン。

 

「キタサンブラックの暴走、でも……」

 

 しかし、その走りから目が離せない。まっすぐに前だけを見て走る姿。後ろを確認するほどの余裕もない走り。

 

「……っ」

 

 がむしゃらに、ひたむきに走っている姿。気づけば観客の目は、キタサンブラックにくぎ付けになる。そして、見ているうちに気づいてくる。否、思わせてくれる。

 

「もしかして」

「そんなことが」

 

 もしもがあるんじゃないかと、このまま最後まで逃げ切るんじゃないかと思わせてくれる。キタサンブラックのスタミナは尽きることなく、後続に追いつかせないままに逃げ切り勝ちをしてくれるんじゃないかと期待させてくれる。むしろ、これこそがキタサンブラック本来のスタイルなのではないかと直感する。

 少しずつ、確かに。観客の意識は変わり始める。序盤は不安しかなかった胸中に、一筋の光が差し込む。中盤では期待が膨らんでくるようになる。

 

「っ、頑張れー!キタちゃーん!」

 

 おじさん達も応援の声を飛ばす。キタサンブラックは、迷うことなく逃げていた。

 

 

 

 

 

 

 レース前、トレーナーさんから言われたことはただ一つ。

 

「え、えぇ~!?じ、ジャパンダートダービーのレコードを更新する勢いで、ですかぁ!?」

 

 いつも通りでもいいけど、ジャパンダートダービーのレコードタイムである2分2秒9を更新してこい、との指令でした。いや、正確には命令じゃないんですけど。

 

「うん。今の君ならできるよ」

「そ、そうは言いますけどぉ……」

「大丈夫だよ。走っていれば考える余裕もなくなる。頑張ってレコードを更新してきてね」

 

 トレーナーさんは記録に拘らないのに、凄く珍しいなぁって思った。どうして急にレコードを更新してこい、だなんて言ったんだろう。あたしの疑問に答えることはなく、トレーナーさんはあたしに応援の言葉を送って観客席にいきました。

 

 

 レースはすでに第3コーナーを越えた。第4コーナーに入って、残りは最後の直線!

 

(後ろを確認している余裕なんてない!今タイムはどれくらい!?あたしペース大丈夫かな!?)

 

 あたしには正確な体内時計なんてないし、今が記録更新ペースかなんてもちろんわかるはずもない。できることなんて、ひたすらに走ることだけだよ!

 

《キタサンブラック逃げる逃げる!後続も必死に追走しているが差は縮まりません、むしろ差は広がろうとしているか!?キタサンブラックが逃げている、第4コーナーでもその勢いは衰えない!まもなく最後の直線、ここで少しでも差を縮めておきたいところだ!》

 

 う~もう分かんない!とりあえずこのまま走ろう!それに、トレーナーさんは無意味な指示はしない。だから、あたしにできることは走ることだけ!

 

(きっと、これにだって意味があるはず……!)

 

 正直、脚が重い。日本ダービーに負けず劣らずの疲労を感じている。けれども、やらなきゃいけない。でないと、レコードを更新なんてできないんだから。

 

 

 走る、ひたすらにがむしゃらに走る。他の子達のことは、頭の隅っこに追いやっておく。

 

(キツ、い……!)

 

 新鮮な空気が欲しくて、際限なく求めちゃう。走っているからどれだけ吸ってもすぐに吐き出して。そして新しく吸ってまた吐き出すの繰り返し。どれだけ同じ動作をやったのかな?もう、分からない。

 

(……もっと、もっと!)

 

 けれども、あたしはペースを緩めない。頭に浮かぶのは勢いを落とさないまま逃げることだけ。ううん、もうそれすらも消えかかっている。

 

《最後の直線に入ります、先頭で入ってきたのはキタサンブラック!キタサンブラックが先頭だ、勢いはわずかに衰えているか!?キタサンブラックが先頭で入ってきました!2番手との差は11バ身はついているかという差だ。これだけの差、これだけの差をつけてキタサンブラックは逃げている!さ~もう後続は間に合わなくなりつつあるぞ!少しずつ差を縮めていく後続、追いつくことはできるか!?》

 

 どんどん頭が真っ白になっていく。思考することもできなくなっていく。なのに──あたしの脚は前へ前へと進もうとしている。

 

(先に、もっと先にっ)

 

 もう見えるのはゴール板だけ。他の子達なんてすでに見えていない。

 

《キタサンブラックがここでねばっ、る!?いや、キタサンブラック差を縮ませない!キタサンブラックがさらに逃げる!キタサンブラック逃げる逃げる!もう残り100を切ってこれだけの差!これだけの差だキタサンブラック!2番手以下を10バ身以上引き離している!》

 

 肺が爆発しそうなほどに痛い。心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。でも、不思議と悪い気分じゃない。

 

(もっと、もっと!)

 

 少しでも前へ。さらに前へ。どんどん前へ!あたしは、無我夢中で走っていた。

 そして、気づいたら──ゴール板を駆け抜けていた。

 

《今、ゴォォォォォル!ジャパンダートダービーを制したのはキタサンブラックゥゥゥッッ!!ライバルがいない舞台では負けられない!キタサンブラックが見事にジャパンダートダービーを制しましたぁぁぁ!凄まじい走り、最後までもたせました驚異のスタミナ!やはりこのウマ娘も恐ろしい、ジャパンダートダービーを大差圧勝!》

《こ、これ、タイムも気になりますよ!どれほどの時計をたたき出した……ッ!》

《そしてなんと!走破タイムは2:01:7!フリオーソが記録したタイムを1.2秒も更新しました!これが本当に芝のウマ娘なのか!?ダートの舞台で、レコードを更新したキタサンブラックお見事!》

 

 ゴールした直後、あたしは膝をつく。ダートの土がつくけど、気にしてなんかいられない。

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

 雨が冷たくて気持ちいい。走って温まった身体を冷やしてくれる。

 レースの最後、無我夢中で走っていた。何も考える余地がない、前に進むことだけを考えていた。本当は凄くキツいのに、今すぐにでも倒れたいぐらいなのに。あたしは今……すっごく楽しいって思ってる!ドキドキ、ワクワクしている!

 

(これ、が……そうなんだ)

 

 トレーナーさんが出してくれた指示が、なんとなく分かった気がする。

 レコードはただのおまけに過ぎなかったんだ。あくまで更新する勢いで頑張ってね、みたいなもの。分かりやすい指標として、トレーナーさんはレコード更新を出しただけ。あたしが強くなるための方法を、気づくきっかけを教えるために。

 これが、あたしの足りなかったもの……!そして、これから鍛えるべきもの!

 

(待っててねドゥラさん。もう負けないよ!)

 

 息を整えて、立ち上がる。まだちょっと整ってないけど、この気持ちを伝えたい。

 

「わっしょいわっしょぉぉぉぉい!これがあたしの生き様です!」

 

 お祭り娘キタサンブラック!これからも頑張ります!




芝ウマ娘がダートのレコードを更新して大差圧勝ですよ!なんて?
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