キタサンのジャパンダートダービーは衝撃のものとなった。新聞ではここにきて覚醒か、といった記事にダートの方が向いているのではないか?という情報まで出回っている。確かに、ダートのレースをレコードで勝ったのだから、そんな風潮が出てもおかしくはない。まぁ、私もキタサンも芝とダートはどちらも走れる。ダートの方が向いている、という情報は間違いだ。
それにしても、改めて彼女の強さを感じさせる走りだった。私も、慢心するわけにはいかない。
(常に高みへ、さらに前へ。私の目指す頂ははるか遠く……最強を成すためにも、一分一秒も無駄にはできない)
寮の部屋でトレーニングに励む。室内でも簡易的なものは可能、ルームメイトであるクラウンの迷惑にならないように、しっかりとストレッチだ。
「精が出るわね、ドゥラメンテさん。部屋でもトレーニングなんて」
「あぁ。これから先も油断できない戦いが続く。やれるべきことはやっておかなければならない」
「凄いわね、本当に……でも、いつもより気合いが入っているのは、キタサンのレースを見たせいかしら?」
む、気づかないうちに力が入っていたか。これは失敗だ。
ただ、クラウンの指摘は正解だ。ジャパンダートダービーのキタサンは強かった。そして、さらに成長していた。レースレコードの更新に加え、他を全く寄せ付けない圧倒的な勝利。自分の能力を最大限に活かした見事な走り。彼女のレースを見て、闘争心を刺激されないウマ娘などいないだろう。
「そうだ。キタサンのレースは素晴らしかった。さすがは私のライバルだ」
「ダートのレースレコード更新……改めてキタサンのやっていることは、ちょっと理解が追い付かないです。元々芝のウマ娘なのに」
「そうだろうか?どこであっても実力を発揮できる、それだけだと思うが」
「それができるのが大概おかしい、ってことですよ。ドゥラメンテさん」
……まぁ一理あるが。私もキタサンも、どこでも走れるように鍛え上げたとはいえ、適性外のレースを勝つことの厳しさ、加えてレコードで勝利することがどれだけ異常かは分かっている。積み重ねがあるとはいえ、普通はできないことで空前絶後なのは分かっている。この辺りは、私のトレーナーが凄いのだと無理やり理解することにした。
「ただ、キタサンならばこれくらいはやれるだろうと踏んでいた。だから、驚きはしなかった」
「……まぁ一番近い存在のライバルだから、どれくらいの実力かは知っていますよね」
あぁ。クラウンやシュヴァルよりも身近にいて、ずっと競い合ってきたライバルだからな。
キタサンのレースが話題になったことで、クラウンには聞いておきたいことがあったことを思い出す。それは、クラウンの次走についてだ。
「クラウン。君の次走は秋華賞らしいな。菊花賞には出ないのか?」
「えぇ。私は菊花賞には出走しません」
クラウンの次走は秋華賞、ティアラの最終戦だ。クラシックの最終戦である菊花賞には出走しないということが、この前のインタビューで明かされていた。
最初は疑問だった。どうして菊花賞の方に出ないのか?皐月賞や日本ダービーにも出たのに、どうして菊花賞だけ出ないのか。疑問に思っていた。
ただ、クラウンから明かされた事情は納得のいくもの。
「私は自分の適性を分かっています。私は、長距離を走れない。日本ダービーで、嫌でも痛感させられましたから」
「そう、か」
「ここが私の限界。日本ダービーの2400mまでが、私の限界なんです。2400も結構ギリギリなんですけど」
困ったように笑うクラウン。ダメだな、彼女にそんな表情をさせるつもりはなかったのに。
「だから私、キタサンやドゥラメンテさんは凄いって思ってます。適性の壁を破壊して、どこでも走っちゃうんですから。ミーティアの人たちみんなそうですけど、そう簡単に真似できることじゃない」
「あぁ。これもトレーナーのおかげだ」
「本当に凄いですね、高村トレーナーは」
本当に残念がっている様子のクラウン。そうだな……クラウンはきっと悔しい思いをしている、と思う。勝ちたい相手がいて、挑みたいのに適性の壁に阻まれる。今からどうにかしようにも、とても間に合わないことを悟っているのかもしれない。だから長距離である菊花賞には見切りをつけて、中距離の秋華賞に狙いを変えた。
「適性なら、私のトレーナーが何とかしてくれるかもしれない」
「気持ちはありがたいですけど、さすがの高村トレーナーも無理じゃないですか?夏合宿の期間で私を長距離で走れるようにするのは厳しいと思うわ」
「それ、でも」
クラウンは強いウマ娘だ。誰と比べるものでもない、彼女の強さは先の3戦で分かっている。彼女と菊花賞で走れないというのは、とても残念だ。
「ふふ」
どうして笑うのだろうか?
「いえ、ドゥラメンテさんって結構分かりやすいですよね?今、目に見えてしょんぼりしてますから」
「……私は真剣なのだが」
「Sorry.でも、なんだか可愛らしくてつい」
……よく分からない。ただ、クラウンの意志は固い。菊花賞はもう諦めているのだろう。なら、私がこれ以上詰めるべきではないか。
もうすぐ夏合宿。私達にとって飛躍の時だ。
「またいつか、レースでともに走ろうクラウン」
「えぇ。中距離なら喜んで」
強くなる。依然としてスタミナに不安が残る私には不利な菊花賞。キタサンに勝つために、シュヴァルに勝つために。私は……もっと強くなる。
◇
恒例となった夏合宿。いつもみたいにバクシンオーが海を走っていたり、ドゥラがそれについていって沈んだり、ジェンティルが海を割ってたりまぁ色々とあるものの、今回もまたトレーニングが始まる。
「……聖トレーナー。ミーティアはいつもこうなのか?」
「まぁ、大体こうですね。慣れたものがありますけど」
「……よし、気にしない方向性で行こう。2回目のアップデートイグザムも順調だからな。さらにパワーアップしていこう!」
夏合宿にはシュガーライツさんも同行。彼女が来るということは、ST-2もしっかりときている。この夏合宿でもサポートしてもらうつもりだ。
そしてトレーニングなのだが。
「おぉっ!サティさんが凄い跳んでますよ!」
「あたし達と同じくらい高く跳んでます!」
〈ふっふっふ。これが2回目のアップデートイグザムで進化した機能だ!今のサティはこれだけのことを可能としている!想定以上だ!〉
跳躍力がものすごいことになっているシュガーライツさんinサティの姿があった。うん、凄い跳んでるね。跳び箱でよい記録を出せそうだ。
さらには軽快にバク転を披露する光景や高速で本を読み取っている……別にこれはいつも通りだな。とにかくサティの機能は飛躍的に上昇していると言っていいだろう。
「あンまりはしゃいでねェで、いろいろ詰めていくぞ博士。時間は有限なンだからよ」
〈無論、分かっている。この夏合宿は良い機会だからな。さっきもよいものを見せてもらったし、さっそく実践しなければ!〉
「──アレは、やってもいいもの、なのだろうか?」
「こっちを見ないでほしいかな、シンボリクリスエス」
なお、タニノギムレットは高笑いをするだけで何も言わない。ビワハヤヒデとナリタタイシンも止めるつもりはないみたいだ。まぁ、大丈夫でしょ。
こんな一幕があったものの、夏合宿のトレーニングは順調そのものだ。サティが蓄積した知識や技術をフル活用して、キタサンとドゥラの特訓に協力してくれている。
「凄いな。今のサティはこんなこともできるのか」
「なんというか、こう、グワーッ!って感じがしますよね!」
「お前もバクシンオーに負けず劣らずだな、おい」
エアシャカールは悪態をつくことが多いけど、脚質が似ていることもあってか、ドゥラのトレーニングを興味深そうに眺めていることが多い。それに、アレもまた愛嬌だと言っていた。ソースはファインモーション。
というか、サティに協力してくれる子達はビワハヤヒデを除いて全員後方脚質なんだよな。これはドゥラに追い風なのかもしれない。
(その分、キタサンはビワハヤヒデ以外にもミーティアのみんなから教えられている。全員先行気味だから、キタサンも負けず劣らずか)
全員の知識と技術を吸収する。これから先、2人はもっと強くなるだろう。
週末は併走。バクシンオーの時からの名残みたいなもので、ミーティア以外にもサティに協力してくれるメンバーとも一緒に走っている。
「たまには身体動かさねェとなァ!」
「──Mission.勝利を遂行する」
「ハーッハッハッハ!
「うっさ……」
追い込みウマ娘達による追い比べ。ドゥラもついていってるが、相手はドリームトロフィーを走っている猛者中の猛者。さすがに旗色が悪い。
「……あぁ、そうだ。私は、もっと高みへと至る!」
「そうだ!己の
ドゥラは順調だ。そして、キタサンは。
「バクシンバクシーーーンッッ!キタさんの成長、喜びのバクシンです!」
「おやおやぁ?どうしたいんだいキタ君。まだまだいけるだろう!」
「貴方の力、もっと解放しなさい!この程度で終わるなんて許しませんわよ!」
「……」
「負けない……!絶対に!」
こちらもいい感じだね。
「凄い気迫だな、聖トレーナー」
「はい。合宿が明けたら菊花賞、クラシックの最終戦です。キタサンもドゥラも、勝ちたいという気持ちが強いですから」
「……ライバル、というやつだな」
あの2人は同じチームの仲間であると同時にライバルだ。お互いの実力を認めていて、だからこそ負けられないという思いが強い。そんな2人のクラシック最終戦菊花賞。
「ステータス上では、キタサンが有利です。距離が伸びれば伸びるほど彼女は強くなりますから」
「ステイヤー、ということか。あれだけの結果を出しておきながら」
「それがキタサンの強さ、ですから。ただ、ドゥラもそれは分かっています。だからこそ、不足しているものを補おうと努力している」
キタサン有利は揺らがない。だが、ドゥラだって負けていない。どっちに転ぶかはまだ分からない……僕にできることはただ一つ、彼女達が勝てるように全力で調整することだけだ。
「……私も、君がいたら」
「どうかしましたか、シュガーライツさん」
「い、いや!なんでもない!気にしないでくれ聖トレーナー!」
なにか焦っているようだけど、あまり深堀はしないでおこう。トレーニングは順調、成長している。
これは余談だけど、合宿中は倉科君が来ることが多かった。
「今日もお願いします!」
「……同年代だし、敬語はいいのに」
なんでも、クラウンのレベルアップに付き合ってほしい、とのこと。別段断る理由もないので承諾、向こうも向こうで頑張っているようだ。次走は秋華賞なのに、やっているメニューは長距離用のメニューだけど。いくら倉科君の希望とはいえ、いいのだろうか?
「そ、それで、その~……クラウンの長距離適性は?」
「Eだね。まず走るのは無理だよ」
「だよなぁ……で、でも!あ、いやなんでもないぞ!」
倉科君。それは何かあると言っているようなものだよ。
「初めに言ったように、この夏合宿でサトノクラウンを長距離で走るようにするのは難しい。圧倒的に時間が足りないからね」
「ゔ、お、お前が言うってことは……そうなんだよな?」
「僕も全力は尽くす。でも、菊花賞にはほぼ確実に間に合わないよ」
多分だけど、サトノクラウンを長距離で走らせたいんだろう。その理由は定かじゃないけど、どことなくそんな気はする。ただ、現実は教えておかないといけない。デビュー前から手を尽くしていたバクシンオーが結構ギリギリだったからね。
倉科君も分かっているんだろう。でも、彼の決意は変わらないようで。
「でも、将来的に走れるようになっておいて損はない!だからこのままで頼む!いや、お願いします!」
誠心誠意、頭を下げてお願いしてくる。なら、やるべきことは決まった。
「いいよ。僕も手を尽くす」
「ッ、!ありがとう!」
こうして倉科君が担当する子達ともトレーニングをすることに。さて、と。頑張らないとね。
クラウンさんは秋華賞ですわ。