照りつける太陽の下、砂浜でトレーニングをしているトレセン学園のウマ娘の姿が散見される。遠泳をする者、巨大なタイヤを引く者などそれぞれ励んでいた。
その中に、砂浜を疾走するシュヴァルグランの姿があった。
「フッ!」
全力で駆け抜け、砂の熱さなど気にも留めずに走っている。少しでも速く、1秒でも速くといった様子でトレーニングに励んでいた。
ストップウォッチでタイムを計測しているシンボリルドルフ。シュヴァルグランが立っている場所を通過したと同時にタイマーを止め、確認する。その表情は……あまり芳しくない。
「……悪くないタイムだ。だが」
「新記録、ではないね」
クラシック級にしては悪くないタイム。むしろ平均よりも全然上であり、他のウマ娘と比べても抜けた時計である。
だが、シュヴァルグランが相手にしているのは上位ではない……最上位レベルのウマ娘だ。
(ドゥラメンテやキタサンブラックのタイムを聖君からもらったけど……シュヴァルよりも上だ)
シュヴァルグランのトレーナー、天城の手元には高村聖からもらったドゥラメンテとキタサンブラックのタイムを記録した紙がある。両者ともにシュヴァルグランよりも上であり、壁は高いのだと見せつけられる。
溜息を……吐かないようにしっかりと自制する天城。弱気な態度を見せてしまえば担当ウマ娘に伝播する。加えてシュヴァルグランは内気な性格、失望されたと思って落ち込むことは間違いなしだろう。天城は自分の弱さを見せないように指示を飛ばす。
「もう結構な数走ったけど……どうする?シュヴァル」
本数は他のウマ娘の倍以上。それほどの熱意をもって打ち込んでいる。
シュヴァルグランはというと、息を荒げておりかなり体力を消耗しているのが見て取れる。それでもなお彼女は。
「……もう一本だけ、お願いします」
強い意志の籠った瞳で、トレーナーである天城を見ていた。普段の彼女からは想像できない眼光、今この瞬間も成長しているのだと実感して天城は薄く笑う。
ただ、無茶はさせない。
「分かった。あと一本だけ走って休憩にしよう。根を詰めすぎるのもよくないからね」
「は、はい」
「それじゃ、スタートラインについて。タイムを計るよ」
最後に一本だけ走って終わりにする。結果は──新記録ならず。前の一本よりもタイムは落ちていた。
休憩の合間に今後のトレーニングメニューの見直しをする天城とシュヴァルグラン。さらには、すでにメイクデビューを終えたサトノダイヤモンドも一緒に今後の予定を立てている。
「シュヴァルはこのままスピードを鍛え続けよう。あの2人に勝つには、まずスピードがないと話にならないのは分かってるね?」
「は、はい。キタサンも、ドゥラメンテさんも、どっちも凄く速いですから」
「その通り。ダイヤは今後を見据えてスタミナを強化だ。カフェと一緒に遠泳をしようか」
「はい!分かりました!」
今回の合宿で、シュヴァルグランはスピードを重点的に鍛えると決めている。理由は一つ、追いつかないことには話にならないからだ。
これまでも何度かスピードを重点的に鍛えようとはしていた天城。しかし、そうもいかない理由がある。
(スピードを鍛えすぎて他がおろそかになったら本末転倒……レースは速いだけじゃ勝てない)
確かに速くなければ勝負の土俵にも立てないだろう。だが、速さだけで勝負は決まらない。長い距離を走り切るスタミナに芝を蹴るパワー。最後の勝負で重要になる根性に冷静にレースを展開する賢さもまた重要な要素。優劣をつけるのは難しい。
だからこそ、他のトレーナーは満遍なく鍛える。天城もその例に漏れない一人だ。トレセン学園どころか世界的にもスタンダードな育成法だろう──ただ一人を除いて。
天城の頭に浮かぶのは高村聖の存在。彼だけは、明確に違う。
(機械よりも正確にウマ娘の能力値が分かる目、か。まさに、天から与えられた
VRウマレーターでも大まかな数値は分かる。ただ、あくまで大まかな数値でしかない。絶対視できるものでもないし、数値上勝ってるからといってレースで勝てるとは限らない。おまけに能力値に偏重しすぎて、他ウマ娘の対策などがおろそかになったら最悪だ。
高村聖は違う。絶対視できるだけの力があり、それを有効的に活用している。不足している能力を瞬時に見抜き、レースまでには仕上げることができる。他陣営の対策に充てる時間もたっぷりと確保できる。
(他のトレーナー……俺達とは違う、彼だけが可能なこと)
トウカイテイオーの時は彼自身がまだ未熟だったから勝利を掴めたようなものだった。マンハッタンカフェの時は完敗だった。そして今、シュヴァルグランでも……マンハッタンカフェと同じようなことが起きようとしている。
(本当に厄介な相手だ。それと同じぐらい尊敬しているけど)
プランを見直しつつ思案する天城。目の前では、シュヴァルグランがあわあわしていた。
(と、トレーナーさんが悩んでる……僕が、ダメダメだからかな?そりゃそうだよね、キタサン達に負けっぱなしだし)
悩んでいる原因が自分にあるとしてネガティブになっていた。なお、確かに原因はシュヴァルグランだが彼女がダメだから悩んでいるわけではない。
そんなことは関係なしに落ち込むシュヴァルグラン。そんな彼女に、トウカイテイオーは冷たい飲み物を押し当てた。
「ひゃあああ!?」
「ほーらシュヴァル。またネガっちゃってるよ。ダメだよそーいうの!」
「て、テイオーさん……」
ふんぞり返るトウカイテイオー。彼女の姿は自信に満ち溢れていた。
「シュヴァルはまだまだこれからなんだから!これからもーっと強くなって、いつかキタちゃんを倒せるぐらいになってもらわないと!」
「え、えぇ……で、できる、かな?」
「できるできる!頑張ればなんでもできるって誰かが言ってたよ!」
いつものようにシュヴァルグランを励ますトウカイテイオー。シンボリルドルフは微笑み、マンハッタンカフェとサトノダイヤモンドも笑っている。これが天城陣営の見慣れた光景だ。
変わらない景色に天城も思わず笑みをこぼす。
(……やれることは全部やらないとな)
「よし、シュヴァル。休憩は終わりだ。午後からのトレーニングも頑張ろう!」
「は、はい!」
担当の元気な姿を見て、天城も元気が出てくる。
(シュヴァルが勝てるように、頑張ろう)
天城陣営のトレーニングは順調。シュヴァルグランも、夏合宿前とは別人のような進化を遂げていることだろう。
そして、シュヴァルグランは。
(クラウンさんは、秋華賞に。それは、適性が合わないからだって言ってた。僕は、僕は……)
「よく分からないまま、菊花賞に進む……このままで、いいのかな」
もやもやとした気持ちを抱えていた。
◇
キタサンブラックとドゥラメンテ。彼女達もまた順調にこなしている。
「ハァァァ!」
「ハーッハッハッハ!この委員長と走ることで成長間違いなしッ!秋を迎えるころにはNEWキタさんになっていることでしょう!」
「「バクシンバクシンバクシンワッショーイ!」」
スピードを重点的に鍛えているキタサンブラック。
「ハァ……ハァ……!」
「もうギブアップですか?いいえ、まだまだいけますよね?」
「当、然っ、だ!この程度で音を上げる、私ではない!」
スタミナを重点的に鍛えているドゥラメンテ。両者自分が不足しているものを鍛えていた。無論、トレーニングの指示を出しているのは高村聖である。
いつものように、死んだ目で練習を眺めている。眺めてはノートに書き、書いてはまた眺めての繰り返しだ。
(キタサンもドゥラも、トレーニングは順調そのものだ。特に、キタサンの成長は著しいね)
高村が思い出すのはジャパンダートダービー。あのレース後、キタサンブラックは一皮むけたと判断している。
「あのレースが彼女をさらに成長させた、か。菊花賞はどうなるのか……」
思い切りがよくなり、迷いが振り切れたともいうべきか。とにかくキタサンブラックの成長は著しいものとなっている。高村の目にはそう映っていた。
ドゥラメンテも負けてはいない。元より精神面で揺らぎがない彼女は、この合宿でもストイックにトレーニングをこなしている。
(隙間時間にも自主トレをしているらしいからね。タキオンっていうお目付け役がいるから安心してるけど)
キタサンブラックに負けず劣らずの成長率。クラシック四冠も夢ではないだろう。
トレーニングを見守る高村。これもまたいつもの光景だった。
遠泳でスタミナを伸ばしているドゥラメンテは、ライバルであるキタサンブラックのことを思い出す。
(キタサンのトレーニングは、私よりも負荷が強い。それはひとえに、彼女が私よりも頑丈だからだ)
キタサンブラックのトレーニング量は他のウマ娘と比べてもかなり多い。無論、ドゥラメンテと比べても、だ。なのに次の日にはケロッとしているのが彼女である。
(高山トレーニングも何度かやったが、私は慣れないのに対しキタサンはすぐに順応した。やはり、彼女のスタミナは図抜けている)
こちらも同じ量をしたいが、そんなことをすれば自分の身体が壊れる。そんな量をこなしても平然とできるのがキタサンブラックだ。
「負けられない……!私は、菊花賞を獲る!」
ドゥラメンテにとっては不利な舞台。勝つための最善手を模索し続ける。最強のライバルを意識しながら。
スピードを鍛えているキタサンブラック。彼女もまた、ライバルであるドゥラメンテを意識する。
(ドゥラさんは、あたしよりも呑み込みが早い。すぐに次の段階に行っちゃう)
ドゥラメンテのトレーニング量はキタサンブラックと比べたら少ないが、その分質が良い。すぐにステップアップすることで、より高度なトレーニングを受けることができる。これは、キタサンブラックにはないものだ。
(あたしはドゥラさんみたいに要領よくない。天賦の才があるわけじゃない)
自然と拳に力が入る。キタサンブラックの脳裏によぎるのは先の二戦──皐月賞と日本ダービーでの敗北だ。
「もう負けない。ドゥラさんにも誰にも、絶対に負けない!」
ステイヤーである自分の本領。しかし油断はしない。確実な勝利をつかむために、キタサンブラックは今日も励む。どの陣営も、秋のレースに向けて気合いを高めていた。
◇
日は流れすぎていく。思いのほか早く、気づけばあっという間にその刻を迎える。
「楽しみだよな~」
「ついに、って感じだよな!」
ファンはレース場に集い、推しのウマ娘を応援するために現地へと足を運ぶ。
「お前誰を応援するよ?俺はドゥラメンテ!」
「四冠もアチィけど、ここで逆襲するのも熱いだろ!キタサンブラックだね!」
「い~やここはシュヴァルグランだ!今度こそ彼女がやってくれる!」
ウマ娘達も、それぞれの思いを胸に戦場へと赴く。
「獲る。確実に」
「負けない、絶対に」
「……僕は。ぼく、は」
この日のために己を鍛え、ただ一人しか得ることのできない勝利に向かって、彼女達は走る。
次回 菊花賞開幕