ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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受け継がれるバクシン

 京都レース場のメインレース菊花賞。多くのファンが声援を送る中で、サトノクラウンはレースを観戦していた。

 

「……キタサンは冷静に逃げ、シュヴァルは前から6番手の位置、ドゥラメンテさんは相変わらずの最後方。自分がつけたい位置につけてる感じね」

 

 先日開催された秋華賞を無事に勝利した彼女。ジンクスを破り、ついにG1の栄光をサトノ家にもたらした。そんな彼女は今、出走を諦めた菊花賞を観戦している。

 

《第2コーナーを越えて向こう正面に入ります。先頭はアイゼンテンツァー、差はなくスカンダ。この2人がちょっと早いペースで逃げていますね。その後ろにはキタサンブラック差は1バ身。3番手のキタサンブラックを見るようにして先行集団がついていきます、この先行集団の最後尾にシュヴァルグラン6番手。シュヴァルグランから遅れること2バ身の位置、この位置に中団がつけています》

《縦に長いバ群。こうなると、前で冷静にレースをしているキタサンブラックが有利な展開かもしれませんね》

《シュヴァルグランから遅れること3バ身差オレンジシュシュ、オレンジシュシュが中団を引っ張ります。6人で形成される中団、最後尾のジパングアプローズから離れて1バ身の位置に後方集団が控えています。最後方はドゥラメンテ、後方集団最後尾のデュオエキュからさらに2バ身離れた位置につけている》

 

 アイゼンテンツァーとスカンダがペースを握る展開。ペースとしては早い方だ。このままでは最後までもたない、それがサトノクラウンの見立てである。

 

(焦る理由は分かるわ。出遅れた上に相手はキタサン。キタサンの逃げはかなり厄介ですもの)

「しかも、逃げる2人は余裕がなさそうなのに、キタサンは余裕でついていってるんだもの。そりゃあ焦るわよね」

 

 なぜ逃げる2人がペースダウンをしないのか。それはキタサンブラックの存在があまりにも大きいからだ。必死になって逃げているのに、後ろの相手は必死さをおくびも出さずについてきている。逃げる側からしたら恐怖だし焦りも生まれても仕方がない。結果、さらに突き放そうと躍起になってペースもフォームも乱れ、スタミナを余分に消耗する。

 

(キタサンは最内の経済コースを回っていた。距離のロスは最小限に、スタミナをしっかりと温存している。というよりは)

「夏合宿でかなり成長したみたいね、キタサン」

 

 舌を巻くサトノクラウン。さらに成長したキタサンブラックの強さに身震いする。

 

(さて、中盤戦。どうなるかしら?)

 

 レースを観戦するサトノクラウン。わずかに感じる胸の痛みに気づかないふりをしながら、ライバルたちのレースを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 前を走っているのは2人。そろそろ向こう正面も半分を過ぎた頃だ。

 

(なら、徐々に前へと行きましょう!)

 

 少しずつペースを上げていく。アイゼンテンツァーさんとスカンダさんとの差を詰めていく。

 

「っく!」

「ここで来るの……!」

 

 2人はあたしに抜かれまいとペースを上げます。けど、好都合。あたしは後ろにつけてあおり続けます。

 

《ここでキタサンブラックがペースを上げます。スカンダとの差を詰めにかかるキタサンブラック、まだ向こう正面を半分過ぎただけだぞ、大丈夫か?》

《掛かっている、というわけではなさそうですね。ここからでも持つという判断でしょうか?》

《ここでまさかロングスパートを仕掛けるのか?キタサンブラックがじわりじわりと差を詰めていく。追いつかせまいとスカンダもペースを上げる。だがさすがに苦しそうだスカンダ、そしてアイゼンテンツァー。先行集団もキタサンブラックに引っ張られるように動きが見えます。シュヴァルグランが上がってきた、シュヴァルグラン現在5番手の位置》

 

 風よけにして少しでもスタミナ消費を抑えて、第3コーナーでバクシン!これがあたしのプランです。

 

(もう負けたくない。ドゥラさんにも、誰にも)

 

 考えなしなわけじゃない。考えて考えて、考えた結果がこれなんだ。だから後は、このプランを信じて突き進むしかない。

 あたしにはタルマエさんみたいな逃げはできない。相手をかく乱して、自分のペースに引き込んで、全てを支配するような逃げなんてできない。考えたら考えただけ、あたしの強みはなくなっちゃうから。

 

(あたしの強みを最大限引き出すならこれ。力任せで、不格好かもしれないけど。この逃げこそがあたしの最適解!)

 

 フィジカルのゴリ押し、鍛え上げた肉体で、あたしのペースに周りを巻き込む!この逃げがあたしのスタイルだ!

 

《さぁキタサンブラックがぐんぐん上がってきているぞ、キタサンブラックが上がっていく!スカンダとアイゼンテンツァーも必死に逃げる、しかしキタサンブラックが差を詰めていく!まもなく第3コーナーの坂を上ります。この坂でペースを下げたいところ。京都の坂はゆっくり上ってゆっくり下るのが定石と言われています》

《ただ、その定石も最近では薄れてきていますね。この第3コーナーで他のウマ娘も差を詰めたいですよ》

《第3コーナーでついにスカンダとアイゼンテンツァーを抜いたキタサンブラック!ここで単独先頭に躍り出ましたキタサンブラック!さぁ京都の坂を勢いよく上るキタサンブラック、衰えない勢い、このまま突き進むのか!》

 

 京都の坂を勢いよく駆け上がる。凄くスタミナを消費するけど、大丈夫。あたしならやれる。あたしならできる!

 

(ゆっくり上って、ゆっくり下る。そんな定石で、ドゥラさん達に勝てるわけがない)

 

 勢いは緩めない。しっかりと、それでいて勢いよく。後続を引き離すように走る!

 

《キタサンブラック勢いよく坂を上る!京都の坂を上るキタサンブラック、後続との差を広げにかかる!スカンダとアイゼンテンツァー、2人はこのペースにはさすがについていけないか?そのまま差は開いていきます。先行勢もついていくのは厳しいか?スカンダとアイゼンテンツァーを飲み込もうとしているがそれ以上はいかないっ、と!ここでドゥラメンテが勢いよく上がってくる!》

《っここできますか!》

《さぁ隙間を縫うようにドゥラメンテが上がってくる。ドゥラメンテが徐々に順位を押し上げるここでドゥラメンテが来ました!ドゥラメンテが位置を押し上げる!現在先頭はキタサンブラック。後続との差を3バ身、4バ身と広げていきます!もうすぐ下り坂、下り坂へと差し掛かりますキタサンブラック!》

 

 っ、後ろからのプレッシャーがどんどん増してきてる……多分だけど、ドゥラさんが上がってきてる。

 

(どれくらいの差かは分からない。でも、確実に迫ってきてる!)

 

 いや、関係ない。このまま走り抜ける。

 下り坂でも勢いは止めない。上り坂でスタミナを消耗したけど問題はない。下り坂を利用する勢いで駆け抜ける。一瞬たりとも油断はしない、大丈夫だ。あたしのスタミナなら最後までもたせることはできる!

 

(譲れない、譲らない!あたしは、菊花賞を勝つ!)

 

 下り坂の第4コーナー。勢いのままに駆け抜けていく。もうすぐ、最後の勝負所だ。

 

 

 

 

 

 

 ものすごくまずい状況に置かれている。どうにかして前へ前へと進んでいるが、先頭を進んでいるであろうキタサンの姿はかなり遠い。

 

(動き出しが遅かった?違う。キタサンが早めに仕掛けていた。私が予想していたところよりも、ずっと前で!)

 

 私の予想では第3コーナーで仕掛ける、と思っていた。第3コーナーから徐々に加速して、私との差を広げにかかると。それを見越して第3コーナーに入る頃から少しずつ位置を押し上げ始めた。少しでも早く追いつくために。

 だが、キタサンの姿は予想よりもはるかに前。どれだけの人数追い抜いたのかは分からないが、私の前にはシュヴァルグランがいる。

 

(逃げていたと思われる2人はここまで落ちている。キタサンの姿が見えないということは、先頭を走っているのはキタサンだということ)

 

 明らかに疲労の色が濃い2人がなんとか逃げ粘ろうとしているのが見える。第4コーナーの中腹、もうすぐ最後の直線が見えてくる。なのに、キタサンの姿はずっと先だ。

 

(どこで仕掛けた?仕掛けた位置によっては落ちてくる、いやっ!)

「君は、そのまま突き抜けるんだろうな……!」

 

 キタサンブラックはそういうウマ娘だ。スタミナが切れても、脚が限界になっても根性だけで走り切る。早く仕掛けたとかそんなことは関係ない。全てがなくなっても、ゴールを目指して駆け抜ける。私が相手にしているのは、そういうウマ娘だ。

 

《第4コーナーを越えて最後の直線へ。最後の直線、先頭で入ってきたのはキタサンブラック、キタサンブラックだ!キタサンブラックが先頭リードは6バ身から7バ身!大きく大きくリードを取って走っているキタサンブラック!ドゥラメンテは4番手に浮上、シュヴァルグランが追いかける!スカンダとアイゼンテンツァーは早々に力尽きたか落ちていく!オレンジシュシュも伸びてきているぞ、最後の直線にウマ娘達がなだれ込んでくる!》

 

 まずいな……かなりの差が開いている。追いつけるかどうか、怪しいだろう……だが!

 

(元より承知の上。この最後の直線に、全てを賭けろ!)

 

 熱く滾る衝動を、煮えたぎる炎を。この直線で全て解放しろ!ずっと前を走るキタサンに追いつくための力を、彼女を追い抜くスピードを!

 

「私は負けないッ!勝って、私は世代の頂点へと至る!そして──誰もが認める最強のウマ娘として君臨するッッ!

 

 地面を力強く蹴り抜く。今まで以上に地面が抉れた。全ての力を前に進むことに集約させる。血の一滴も逃さない、全身の細胞を活性化させて、キタサンブラックに追いつくための力と化す。

 不思議な気分だった。今まで以上のスピードを感じている。風を切り裂く感覚が心地よい。私の衝動が、私の血潮が。勝利を欲している。

 

《ドゥラメンテ来た!ドゥラメンテが来た!さぁここでドゥラメンテが上がってきた!キタサンブラックが逃げている。逃げているキタサンブラックを捕まえんとドゥラメンテが上がってきた!やはりこの2人か!?やはりこの2人の決着になるのか!ここでシュヴァルグランも猛追する!シュヴァルグランもドゥラメンテとともに上がっていく!さぁこの3人だ!後はこの3人の争いになるか!抜け出しているのはこの3人だ!逃げるキタサンブラック、追うドゥラメンテとシュヴァルグラン!勢いはドゥラメンテか!?》

 

 追う、ひたすらに追う。シュヴァルグランも躱して、私はキタサンブラックを追いかける。

 

(私の、最強のライバル!私が最強になるために、倒さなければならない仲間で敵!)

 

 残りはどれくらいか?もはやそんなことを考える余地すらない。あぁ、そうだな。

 

(今回もッ!)

「私が勝つ、キタサンッッ!」

「絶対に、負けるもんかぁぁぁ!」

 

 勝つのは私だ!

 

 

 

 

 

 

 後ろからドゥラメンテさんが来るのが分かる。それと同じくらいの勢いで来るのは、シュヴァルちゃん。後ろは見てない、けど分かる。

 やっぱりドゥラメンテさんは凄い。かなりの差を広げていたのに、あっという間に追いついてきた。皐月賞もダービーでも負けっちゃった、あたしのチームメイトで、すっごく強いライバル。

 

(……だからっ!)

 

 もう負けない!何も考えない、何も不安に思わない!あたしが見るのは勝利だけ、あたしが欲しいのは──この先のゴール板!

 

《逃げるキタサンブラック!猛追するドゥラメンテ、シュヴァルグラン!さぁキタサンブラックが逃げている!その差が少しずつ縮まっている!残り200を切りました、キタサンブラックが逃げているその差は4バ身!》

《ドゥラメンテの勢いが凄いですよ!これは追いつけるかどうか!》

《キタサンブラックここまでか!?勢いが衰えたかキタサンブラック!》

 

 もっと、もっとだ……!

 

(もっと先へ、もっと前へ!あたしがやるべきことは……!)

 

 その時聞こえてきた、ような気がした。

 

「バクシンですよキタさんッ!バクシンバクシーーンッッ!」

 

 あぁ、そうだ。あたしがすべきことはっ!

 

「バクシィン……ワッッッショォォォイッ!」

 

 どこまでも、いつまでも。バクシンすることだ!

 脚は限界が近い。でもまだ走れる!

 肺が破れそうなくらい痛い。だけどまだ動ける!

 心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてる。なら、まだ走れる!

 そうだ、最後の一分一秒、絶対に油断することなく駆け抜けろ!

 

《き、キタサンブラックここで驚異の粘りを見せる!?キタサンブラックが逃げる逃げる!3バ身から先が縮まらないドゥラメンテとシュヴァルグラン!キタサンブラックが逃げる、キタサンブラックが逃げている!》

 

 不思議だ。完全に吹っ切れたのかな?疲れてるはずなのに、限界が近いはずなのに。今まで以上に──体が軽い!どこまでも走れそう!

 

「これが、あたしの──走りだぁぁぁぁぁッッ!!

 

 

キタサンブラック

 

適性:芝A ダートA

距離:短A マA 中A 長S

脚質:逃げA 先行A 差しG 追い込みG

 

スピード:UF3 1337

スタミナ:UF1 1319

パワー :SS 1142

根性  :B+ 748

賢さ  :S+ 1081

 

 走れ。最後の一滴まで絞りつくして!

 

 

 

 

 

 

 誰もが互角の勝負になるだろうと思っていた。誰もがドゥラメンテとキタサンブラックのどちらかが僅差で勝つだろうと予想していた。しかし、()()()()()()()()()

 ファンにとって予想外の光景が2つ。1つは、キタサンブラックが圧倒的優位で走っていること。もう一つは。

 

「もっと、先に……!」

「く、ぅ……!」

《残り100mで3バ身のリードを保つキタサンブラック!キタサンブラックが先頭だ!そしてここでっ、ドゥラメンテがわずかに落ちる!ドゥラメンテの勢いが落ちる!シュヴァルグランがドゥラメンテを躱した!シュヴァルグランが2番手浮上!ドゥラメンテは落ちていく!》

 

 シュヴァルグランが2番手に浮上したということだ。早仕掛けが響いたか、ドゥラメンテは勢いが落ちる。それでも負けじとシュヴァルグランと競り合い、熾烈な2番手争いを繰り広げている。

 ──だが、先頭は変わらない。その差を縮ませず、最後の直線を駆け抜けて。

 

《キタサンブラック!キタサンブラックだ!秋の京都にッ!キタサン祭りだキタサンブラックゥゥゥゥゥッッ!!接戦にさせない、絶対に近寄らせない!キタサンブラックが3バ身差で勝利を飾ったぁぁぁ!新しい時代のステイヤーここに誕生!タイムは……ッ!驚異の3:00:0!あわや3分切りという凄まじいレコードタイムで駆け抜けた!京都の舞台でキタサン祭りだワッショォォォイ!》

《ドゥラメンテとシュヴァルグランを抑えて、ついにリベンジを果たしましたね!これはお見事です!》

《そして!2着は3バ身差でドゥラメンテ!3着はクビ差シュヴァルグラン!こちらもまた接戦でした!》

 

 キタサンブラックが菊花賞を制した。




なんでレース中に進化してるんだ……?(宇宙猫)。なお、この菊花賞で(第1部)完です。
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