それは、菊花賞も終わったある日のこと。トレーニングがてらランニングをしていると。
「あぁ!素敵なアモーレ!」
「……はいっ?」
「君が奏でた菊の
アースさんが、バイオリンを演奏しながらあたしに近づいてきました。な、なんでしょうか?えっと、グラタンにメロディ?とりあえず褒められているのは分かるけど。
「
「あ、ありがとうございます?」
アースさんの言葉はよく分からない。ひとまず嬉しそうにしているから悪い言葉じゃないと思うんだけど……トレーナーさんがいたら、ちょっとは分かるんだけどなぁ。
「時にキタサン。次の
「え、はい。あたしの次走はジャパンカップですけ「
アースさんがいきなり近づいてきて壁ドンしてきました!?え、えぇ?
「私の次走もジャパンカップだ。つまり、君と戦うことになるね」
「そ、そうですね。トレーナーさんから聞いてます」
アースさんは先日開催された秋の天皇賞を勝っています。これで春と秋、2つの天皇賞を制した。数例しか存在しない偉業、強敵です!
「グランディオーソなセッションにしよう!君と
結局アースさんはそれだけ告げて、笑いながらどこかへ行こうとしています。と、とりあえず菊花賞おめでとうとジャパンカップ頑張ろう、ってことだったのかな?いや、多分きっとそうだ!
「アースさーーん!良いレースにしましょうねーー!」
「スィ!」
短い返事。これはあたしにも分かる。よ~し、頑張るぞ~!
「ジャパンカップに向けて、バクシンワッショーイ!」
ランニング再開です!張り切っていこー!
◇
ランニングを終えて、ミーティアの部室に返ってきたあたし。身体を鍛えるだけじゃありません。ジャパンカップに向けての対策もしっかりしないと!
「まず、今回出走するメンバーの中で抜けて強いのは3人。ゴールドシップにサウンズオブアース、そしてヴェニュスパークだ」
「あ、ヴェニュスパークさん!」
「うん。BCターフが終わったらこっちに来るみたいだよ」
警戒しなきゃいけないウマ娘の中に、ヴェニュスパークさんの名前がある。あの人の実力は、あたしもよく知っています。
ゴールドシップさんを下して凱旋門賞2連覇の偉業を成し遂げたフランスの女神。前回のジャパンカップではジェンティルドンナさんの3着に入ってました。日本の芝にも適応しているみたいですし、今回のジャパンカップ有力候補の一人です。
「次はサウンズオブアース。この前の天皇賞・秋を勝って天皇賞春秋連覇を成し遂げたウマ娘だよ」
「それに、ダービーと菊の二冠ですよね。皐月賞はどうして出走しなかったんでしたっけ?」
「体調崩してたみたいだよ。朝霞さんが言ってた」
さっき会ったアースさん。アースさんもまた、ヴェニュスパークさんに劣らない実力の持ち主です。大阪杯と宝塚記念は負けちゃったみたいですけど、天皇賞はキッチリと取っていました。中距離と長距離、どちらかと言えば長い距離が得意な人。先行、というよりは後ろで立ち回るのが得意なウマ娘さんで、結構な頻度で一緒にトレーニングをしたりします。
そして、最後の一人。
「そしてゴールドシップ。こっちは言わずもがな、かな」
「はい。よく覚えています」
ゴールドシップさん。トゥインクル・シリーズの現役最強ウマ娘と名高い方で……あたし達ミーティアとは切っても切れない縁がある!主にゴルシさんへの被害という形で。
「ゴールドシップはクラシック二冠。加えて春の天皇賞と宝塚記念二連覇を成し遂げているステイヤータイプ。キタサンと同じだね」
「あたしと同じステイヤー。だけど脚質適性は真逆、ですよね?」
「そう。ゴールドシップは後方からの追い込みを得意としている」
あたしとしてはジェンティルさんとタルマエさんの被害者って印象が強いゴルシさんだけど、今のトゥインクル・シリーズの頂点は誰か?って聞かれたらゴルシさんって答える。大阪杯や宝塚記念は最後の直線でアースさん以外のウマ娘を引き離す強い勝ち方だったし、凱旋門賞だってヴェニュスパークさんの3着に入った。立派な戦績をしている……なのに凱旋門賞があまり話題にならないのは、ロンシャンで迷子になったからだと思う。そっちの方が注目されて、凱旋門賞3着のインパクトが完全に薄れちゃったよね。
(というか前回はトレーナーさんを迷子にさせて、今回は自分が迷子になるって……)
き、きっと生粋のエンターテイナーなのかもしれません!多分!
話が横道にそれちゃった。ジャパンカップに戻ろう。
トレーナーさんの言葉を聞き逃さないように耳を澄ます。そして、あたしは覚悟を決める。
「それで、今回のジャパンカップで重要なのは……この3人は、キタサンよりも格上、ってことだ」
「ッ」
トレーナーさんから突き付けられる現実を、受け止めるための。
今までの相手はあたしと互角のドゥラさん、トレーナーさんに見えているステータス的にはちょっと下のクラちゃんとシュヴァルちゃん。実力が拮抗している相手同士の戦いだった。
でも、ここからは違う。アースさんにゴルシさん、ヴェニュスパークさんはあたしよりもずっと上の実力者。
「ひとまず、3人のステータスを確認しようか」
トレーナーさんがアースさん達のステータスをまとめた紙を渡してくれる。そこには3人のステータスに加えて、あたしのステータスと比較したものが記入されていた。この1枚で分かるのは。
サウンズオブアース
適性:芝A ダートG
距離:短G マD 中A 長A
脚質:逃げG 先行B 差しA 追い込みE
スピード:UF9 1399
スタミナ:UE3 1432
パワー :UG5 1256
根性 :UG1 1217
賢さ :UG3 1233
ゴールドシップ
適性:芝A ダートG
距離:短G マC 中A 長A
脚質:逃げG 先行B 差しB 追い込みA
スピード:UD1 1517
スタミナ:UD2 1523
パワー :UF8 1388
根性 :UF5 1352
賢さ :UG9 1291
ヴェニュスパーク
適性:芝A ダートG
距離:短G マA 中A 長A
脚質:逃げG 先行B 差しA 追い込みC
スピード:UC2 1625
スタミナ:UF1 1314
パワー :UD4 1543
根性 :UG8 1287
賢さ :UF4 1345
っ、分かっていたことだけど、改めて認識するとあたしなんてまだまだって思い知らされる。
(ジャパンカップでは、この3人を相手にしないといけない。この3人相手に、逃げないといけない)
正直、怖い。臆しそうになる。勝てるはずがないって思ってしまう。
(……でも)
きっと、トレーナーさんなら。
「……データはあくまでデータ。ステータスで負けてるからと言って、レースで負けるわけじゃない。それこそ、ステータスでは劣っていても勝ってきた事例なんてあるわけだからね」
あたしが落ち込んでると思っているのか、トレーナーさんは慌てた様子でフォローをしています。うん、あたしを励ましてくれると思っていました。慌てなくても、大丈夫ですよトレーナーさん。
「平気です。改めて、自分の現在地を思い知らされただけですから」
「……キタサン」
「問題ありません。あたしは逃げます。逃げて逃げて逃げまくって、ジャパンカップでもアースさん達を置き去りにしちゃいます!」
確かに相手は格上。前のあたしだったら、臆していたかもしれません。けど、
(相手が誰でもバクシンする。あたしにできる最大限のバクシンで、ジャパンカップを勝つ!)
全力でぶつかる!それがあたしにできる、精一杯のことだから!
トレーナーさんは静かにあたしの目を見ている。トレーナーさんの目を、あたしは見つめ返します。やがて、トレーナーさんは静かに目を閉じた後。
「……それじゃ、ジャパンカップまでにできることをしようか。キタサンの力を最大限発揮するためのトレーニングをね」
「はい!ビシバシご指導、お願いします!」
いつもあたしに安心をくれる微笑みを浮かべて。あたしの今後のトレーニングプランを練ってくれました。よ~し、頑張るぞー!
キタサンも気合いが入ってますね~。