年末の大一番有馬記念の決着。それは、予想外の位置から差したサウンズオブアースの劇的な勝利によって終わった。
「す、すっげぇぇぇ!どこから来たんだ!?」
「いや、確かに途中からゴールドシップの後ろを走ってたよな?じゃあ全部、計算ずくで!」
「アース!アース!アース!」
レースの中盤からゴールドシップの後ろを走り続けていたサウンズオブアース。虎視眈々と機会を窺い続け、決して焦ることなく自らを律し、最後の最後ここしかないという場面でゴールドシップを躱した。キタサンブラックに並び、最後には競り勝って、春秋天皇賞制覇を成し遂げたクラシック二冠のウマ娘が、激闘の有馬記念を制したのだ。
「さぁ!楽しんでいただけたかな、
堂々と、勝者の特権と言わんばかりに。高らかな声を上げるサウンズオブアース。その表情は満面の笑顔であり、満足しているのが見て取れる。
「素晴らしき
《ジャパンカップの雪辱はここで果たす!サウンズオブアースが見事に有馬記念を制しました!これでG1・5勝目!》
《これは世代交代の鐘が聞こえてきそうです。サウンズオブアースの今後が楽しみですね》
鳴り響く拍手が祝福の音色を奏でている。サウンズオブアースは、両の手を広げて観客に感謝の言葉を述べていた。
「ありがとう、愛しの
アースの言葉に、観客は笑顔と拍手で応えた。
そんな光景を眺めるキタサンブラック。負けたことの悔しさ、あと一歩届かなかったことの後悔が押し寄せる中で、レースのことを思い出す。
(……調子は悪くなかった。むしろ絶好調だった。なのに負けた。どうして?)
考える。自らの敗因を。答えはすぐに出た。
(完全に意識外からの急襲だった。それでもなんとか逃げ粘った……違う。もっと根本的なところだ)
「あたし、もしかして……長距離なら負けないんじゃないか?って思ってたのかな」
湧き上がる力に対して、キタサンブラックはペースを崩さないままに逃げることを決めた。自分ならできる、自分なら大丈夫と鼓舞して走っていた。
そのことが一概に悪いとは言えないだろう。ポジティブな気持ちで走ることは悪くない。気の持ちようで普段以上の力を発揮することがあるのだから。
(けど、どこまでも行けるっていう自信を抱いて走ってた。たとえゴルシさんが相手でも負けないって、アースさんが相手でも大丈夫って。ジャパンカップで負けたのに……!)
「
だが、今回のキタサンブラックには悪い方に作用した。許容量を超えて走り、気づいたら脚が残っていなかった。それでも驚異的な粘りを見せていたが、負けは負け。サウンズオブアースの勝ちである。
(あ~もう~やっちゃったー!トレーナーさんにも言われてたのに~!)
「他のレース場でできたからって、違う場所でできると思わない方がいいって!ジャパンカップではちゃんとできてたのに~!」
頭を抱えて後悔するキタサンブラック。周りの観客から何事かと視線を向けられているが、当の本人は気にする余裕などなかった。
(トレーナーさんに怒られる……というよりは、やんわりと指摘されちゃうな)
戻った後、トレーナーである高村にやんわりと怒られるところを想像するキタサンブラック。ただ、彼女の気持ちはすでに前を向いている。
「で、でも!感触としては悪くなかった。次こそは逃げ切りましょう!」
拳を握って決意を固める。次こそは逃げ切ると誓う。
(シニア級に上がったから海外遠征。外国の強いウマ娘達と戦うことになる。今よりもっともっと強くならなくちゃ!)
「よ~し、頑張るぞ~!次こそはバクシンわっっしょいでーーーすッ!」
おー!と拳を上げるキタサンブラック。ファンは気落ちしていない姿に、微笑ましさを覚えていた。
対するドゥラメンテ。こちらも一人反省していた。
(短かった、などと言い訳をする気はない。ただ一つっ)
「今の私では、届かなかった……ッ!」
ドゥラメンテの上がり3ハロンのタイムは出走者の中で最速を記録している。それでもなお届かなかった。
(もう少しだった?現実として届かなかった、それが全てだ。まだまだ、私は至らない……!)
周りの視線を気にせず、ブツブツと改善点を口にするドゥラメンテ。次勝つためにはどうすればいいか?今以上に強くなるにはどうしたいいか?を必死に考えている。
「だが、今以上に末脚のキレを伸ばすのも難しいところだ。となるとやはり、スタミナか……」
周りから戻った方がいいと声をかけられても一人反省会を止めないドゥラメンテ。どうしたものかと周りのウマ娘達が相談していると。
「ドゥラ!」
高村トレーナーの大きな声が、ドゥラメンテの耳に入る。先ほどまで微動だにしていなかったドゥラメンテは耳をピンと立てて、高村トレーナーの方へと視線を向けた。
高村は、まっすぐにドゥラメンテへと視線を向けている。いつもの生気のない目が、彼女の姿を捉えていた。
「……ひとまず、控室に戻ろうか。反省会は後にしよう」
「あぁ、分かった」
簡素なやり取り。さっきまで梃子でも動かない雰囲気だったドゥラメンテは即座に控室へと戻っていった。この光景に、周りは一言。
(((なんでトレーナーの声だけ聞こえてるんだろう……)))
不思議なことだった。
◇
有馬記念も終わり、後はタルマエの東京大賞典を残すのみとなった。余談だけど、チャンピオンズカップはタルマエがキッチリと勝った。2着のコパノリッキーに3バ身差をつける快勝である。
さて、ここでみんなを交えての反省会なんだけども。
「さてさてキタくぅん?」
「は、はいぃ……」
キタサンがタキオンたちに囲まれている。輪の中心にキタサンがいて、周りをタキオンたちが陣取っている状況。うん、普通に怖い。
「君ぃ、驕っていたんじゃないのかぁい?適性Sだし、力がどんどん湧いてくるし、このまま逃げ切れるだろう……なんて高を括っていたのではないかね?」
「そ、それは、その」
「ダメですよキタさん!キタさんの慢心は委員長的にもNGですッ!私のような模範的な学級委員長には程遠いですねッ!」
……深くは突っ込まないでおこう。バクシンオーのは慢心というよりは圧倒的な自信だし。
「ま、ゴルシさんの後ろを走っていたアースさんにも気づかなかったみたいですし。いくら無心で走った方が強いとはいえ、無警戒なのはいただけないわ」
「う、うぅ……!」
「ま~警戒しないのは一番の悪手ですね。ましてやアースさんはキタサンよりもステータスは上なわけですし」
もはやいたたまれなくなってきたな。ちなみにドゥラの反省会はほどほどに終わった。キタサンだけこんなことになっている。まぁキタサンも自分に原因があることを分かっているのか、特に何も言い返してはいなかった。
「……ま、反省はこれくらいにしておこう。過ぎたことをネチネチと責めても仕方ないからねぇ。ここからは、建設的な話をしようじゃないか」
「は、はい!」
キタサンが囲まれていた時間は……3分とか4分か。そんなに経ってないな。囲まれる前?普通の反省会だったよ。
タキオンがホワイトボードの前に立っている。キタサンとドゥラは楽な姿勢で座って、タキオンの講義を受けていた。
「今回の有馬記念でよく分かっただろうキタ君。トレーナー君に見える適性、その中でも最上級に位置づけられる適性Sは、レースに必ず勝つというものではないということが」
「は、はい。よく分かりました」
議題は適性の話。その中でもとりわけ、適性Sに関する話だ。
適性はAからGまでの適性に分けられている。Gは走るのも絶望的な才能、諦めて他の適性を探した方がいいレベル。そこから徐々に上がっていって、Aランクともなると100%の力を発揮できるようになる。
けど、ごくまれに適性がSのウマ娘もいる。キタサンの長距離Sだったりね。
「適性Aが100%の実力を発揮できるようにするものならば、適性Sは120%を発揮するものだ。いうなれば、その距離のスペシャリスト、というわけだねぇ」
かなり強力な適性S。その分いろいろとあるわけで。
まず、至れるのは本当にごく一部のウマ娘だけだ。ネームドでも至れない子はいる。つまるところはまぁ、Aまでは努力で何とかなる領域。適性Sは才能の壁だ。才能がなければ、至ることすら許されない。それが適性S。
「ま~適性Sは本当に凄い。レースにおいて必ず有利に働くわけだからねぇ」
「……だが、あくまで勝利のピースの一つに過ぎない、か?」
「その通りだドゥラ君」
ドゥラの言葉に満足げにうなずくタキオン。先生が様になってるね。
「今回のキタ君に代表されるように、適性Aでも適性Sに勝つことはできる。ドリームトロフィーなら普通にあることだ」
「タマモクロスさん、ですよね?」
「その通りだ。彼女は中距離の適性がAにもかかわらず、適性がSの私とテイオー君に勝ったわけだからねぇ」
まぁそのあとキッチリやり返したが、と自分も勝ったことを忘れずに付け加えるタキオン。
実際適性Sは至ったからと言って確実に勝てるような代物じゃない。作戦が嵌らなかったとか、純粋に実力で負けているとか。いろんな要因が重なって負けることもあるわけだ。あくまでピースの一つ、これをしっかりと意識しておかないといけない。
「適性Sは万能感があるかもしれないが、決して万能ではない。レースを有利に運ぶための1つのピースに過ぎないことをしっかりと覚えておきたまえ。特にキタ君」
「わ、分かりました!」
「……中距離で」
元気よく返事をするキタサン。ドゥラは何か思うことが……察しはついてるけど、あるみたいだ。
「さて。ではこのままレースの座学に移ろうか。今回は欧州で主要な作戦について……」
その後もタキオンの賢さトレーニングは続く。キタサンとドゥラにとって、良い勉強になったみたいだ。
シュヴァクラ視点はまた後にでも。