グランドマスターズの短距離戦はバクシンオーが勝った。嬉しそうにこっちに向かって手を振っているので振り返しておこう。
「……ドリームトロフィーで何度も拝見していますが、やはり圧倒的ですね」
驚いたように目を見開いている黒白リボンのウマ娘──イクイノックス。気持ちは分からないでもない。今回ドリームトロフィーからはダイイチルビーとヤマニンゼファーが出走していたわけだけど、彼女達を2バ身差に抑えての完全勝利。短距離は着差が開きにくいし、2バ身差と言えども結構な差だ。
「ドリームトロフィーは修羅の国、なんて言われているからねぇ。ジェンティル君でさえも勝てなかったわけだから」
「あら、早々に勝ってしまってはつまらないでしょう?無論、次こそは貴方諸共下しますわ」
余裕そうに言ってるジェンティルだけど、多分相当に悔しがってるんだろうな。ちなみにサマードリームトロフィーはタキオンが、ウインタードリームトロフィーではヤエノムテキが勝った。まさしく群雄割拠だね。
「ま、目の前で走っていたのは例外中の例外ですけどね。なんですか短距離ならドリームトロフィーでも負けなしって」
「全距離の中からランダムで委員長君が出走するなんて、他の出走者からしたらたまったもんじゃないねぇ」
「短距離は言うまでもなく最強。他の距離でも最強に近しい位置にいる、からですか?」
「その通りだよイクイ君」
そんな中で、やっぱりバクシンオーは飛び抜けている。カルストンライトオもデュランダルも、バクシンオーに匹敵するとまで言われたケイエスミラクルに龍王も勝てなかった。短距離王国とも呼ばれているオーストラリアの伝説的スプリンターに同じ国の最強女王とも競り合ってたし。短距離区分においてはまさに頂点の存在だね。
加えて他の距離でも掲示板に入るほどの実力者。うん、我ながらどうしてこうなった?
(……気にしたら負けだ。とにかく次はドゥラだね)
切り替えよう。マイルを挟んで次はドゥラが出走する。しっかりと応援しなきゃ。
ドゥラの相手になるのはトウカイテイオーと、今回はタマモクロスもいる。他にもドリームトロフィーの猛者やトゥインクル・シリーズを走っている子達もいるけど、目立つのはこの2人だろう。
イクイノックスは2人のステータスを見ていた。
トウカイテイオー
適性:芝A ダートG
距離:短D マC 中S 長A
脚質:逃げC 先行A 差しC 追い込みE
スピード:UB9 1791
スタミナ:UE1 1417
パワー :UD1 1514
根性 :UE2 1424
賢さ :UE4 1447
タマモクロス
適性:芝A ダートF
距離:短G マE 中A 長A
脚質:逃げG 先行A 差しA 追い込みA
スピード:UB8 1787
スタミナ:UD3 1531
パワー :UE9 1499
根性 :UE5 1456
賢さ :UE1 1415
とんでもないステータスだが、ドリームトロフィーに出走している子達は大体このレベルだ。別に彼女ら2人に限った話じゃない。スピードがUAランクに到達しているのはバクシンオーだけなんだけど。
気づけばマイル戦も終わり、中距離戦が始まっていた。ドゥラは……変わらずの最後方。タマモクロスと同じ位置にいる。
「頑張ってくださーい!ドゥラさーん!」
「バクシンですよドゥラメンテさん!バクシンバクシーーンッ!」
ドゥラのレースはどうなるのか。しっかりと応援しないと。
◇
世界のレースを見ると、最も評価されるのはやはり中距離のレースだと私は思っている。世界でも有名な凱旋門賞も中距離、アメリカのBCも中距離だ。歴代の最強ウマ娘と呼ばれる方々も、中距離を主戦場にしていることが多い。
(だからこそ、中距離で結果を残したい。凱旋門賞は既定路線、他の主要な中距離のレースも制覇する。それが、私の証明にもつながるからだ)
彼女らを超えたことの証明を。私こそが最も強いウマ娘であることを知らしめるために。私はグランドマスターズでは中距離を選んだ。己の糧とするために。
……だが。
《先頭を走って逃げるのは11番。その2バ身後ろにトウカイテイオーが控えている。トウカイテイオーが2番手から3番手で追走。後方にはタマモクロス、その後ろにドゥラメンテがいるぞ。トゥインクル・シリーズ期待の新星、ドゥラメンテはタマモクロスと同じ位置につけている》
やはり、そう簡単にはいかないものだな……!
(キタサンのレースで改めて突き付けられた。私達は、まだまだなのだと!)
ドリームトロフィーに出走するウマ娘は全員がトゥインクル・シリーズで結果を残してきた強者。無論そのレベルは高いなんてものではない。私の走りなど、到底及ぶものではない。前を走るテイオーさんに追いつこうとしても、追いつくどころかついていくのも精一杯だ。
(走りを一つとっても抜けている。自分の走りを貫きつつこちらをかき乱し、わずかな隙すらも見逃さないプレッシャーを与える。私のそれは、まだ浅い!)
「おうおう、ごっつい末脚してるって聞いてるでぇ?ドゥラメンテ」
「……ッ!」
「せっかくトゥインクル・シリーズの後輩たちと戦える貴重な舞台や。ウチを楽しませてくれやぁ!」
圧が尋常ではない。トゥインクル・シリーズでは私がやっていた立場が、この場では私が受ける立場になっている。しかし、
(そうだ。タマモクロスさんの言うとおりだ)
ドリームトロフィーの先輩方と戦う機会など滅多にない。それも、本気の勝負をだ。
この状況、競り合っている舞台を……楽しまなければ損だろう!
「では、その身に刻んでください。私の血を、血脈の力をッ!」
「……ほ~ん、ええやないか。そんまま折れんでくれやぁ!」
《まもなく第4コーナーに入ります。ここでタマモクロスとドゥラメンテが位置を上げ始めた、後方から上がってくる影が3つ!タマモクロスとドゥラメンテ、さらにはバイアリーターク、バイアリータークも上がってきた!レースが動きます第4コーナー、トウカイテイオーは逃げウマ娘をまだ見ている!》
強敵との戦いに心が躍る。自分よりもはるかに上の相手がいることに歓喜を覚える。そんな相手を倒すことで……私は最強を証明する!
「もっと頑張らんと、ウチには勝てへんぞォ!」
「まだ、まだぁ!」
続く競り合い。だが、戦局は傾く……タマモクロスさんに。
第4コーナーを越えて最後の直線。差は顕著に表れてくる。差が縮まらない、どんなに追い上げても無意味とばかりに差が開いていく。私のスピードが劣っている?それもあるが、一番は……ッ!
(スタミナが、ない……ッ!)
ここまでの展開で削られすぎていた。私の脚は、とうに限界だった。
「っ、それ、でもッ!」
諦めない。必死に前に進む。差は開いて、背中がどんどん遠くなっていっても。それでもなお前に進む。
(キタサンがそうしたように、私も!)
最後まで諦めない。かっこ悪かろうが、無様だろうが、今の自分の現在地点を把握するために。
《ドゥラメンテは伸びてこない!さぁタマモクロスとバイアリータークが追い上げてくる、追い上げてくる!最後の直線で先頭に立ったトウカイテイオーこのまま逃げ切ることができるか!?タマモクロスとバイアリーターク、前ではトウカイテイオーとゴドルフィンバルブが競り合う!運命の決着はっ》
あぁ、それでも……願うことならば。
(勝ち、たかった)
遠くでゴールしたのを見ながら、私のグランドマスターズは終わった。
《しかしここはトウカイテイオーに軍配だ!トウカイテイオーがゴドルフィンバルブを競り落とす!ゴドルフィンバルブはここまでか、ダーレーアラビアンが躱した!タマモクロスこれは届かない、バイアリータークも届かない!中距離戦を制したのはトウカイテイオー、トウカイテイオーだ!トウカイテイオー1着!2着はダーレーアラビアン、3着はタマモクロス!》
結果は掲示板外。圧倒的な差を見せられたレースだった。
◇
息苦しい。新鮮な空気を取り込むために息を吸う。何度か同じ動作を繰り返していくが、上手く整わない。それほどまでに消耗したレースだった。
(これが、ドリームトロフィー……)
強さを肌で感じた。走りも、作戦も、何もかもが通用しなかった。あぁ、やはり自分はまだまだなのだと痛感させられた。
「テイオー様の大勝利~!ふっふ~ん、どうかな?」
「じゃかあしいわ!ドリームトロフィーでギッタンギッタンにしたるから覚悟しとけ!」
「良いのかな~?ボクの方が勝率高いけど~?」
「総合的に見ればウチの方が上や!調子乗んな!」
向こうではテイオーさんとタマモクロスさんが話している。内容は……まぁ目を瞑っておくとして。彼女らは疲弊こそしているものの私に比べれば軽微だ。
こうなると、私に不足しているものはスタミナになるのだろう。
(菊花賞を見据えて多少は鍛えたものの、まだ足りないか)
課題は見えた。次は改善。始動戦であるドバイシーマクラシックに向けて、調整しなければ。
「ドゥラメンテもお疲れ様。ま、ワガハイにかかればこんなものぞよ~!」
「テイオーさんもお疲れ様です。素晴らしいレースでした」
気づけばテイオーさんはこちらへとやってきていた。鼻高々といった様子でふんぞり返っている。猛者相手に勝利をもぎ取ったのだから当然だろう。
「ま、中距離はボクの主戦場だからね。さすがにそう簡単には負けられないよ。タキオンがいないとはいえね」
「タキオンは今回選ばれませんでしたからね。次は、分かりませんが」
「ま、仮に走ったとしてもボクは負けないさ。だって、無敵のテイオー様だもの」
圧倒的な自信。得意な距離ならば誰にも負けないという自負。これが、テイオーさんの強さの一つなのだろう。対峙することで改めて実感する。
「今日は楽しいレースでした。今回の敗北をしっかりと刻んで、次挑むその時は」
「……その時は?」
これ以上の言葉は不要。トレーナーの下へと戻る準備をして、口にする。
「私が勝ちます」
「……へぇ、折れてないのは立派だね。ま、その時を楽しみにしてるよ」
次は勝つ。そう誓って、私はレース場を後にした。
その後は観戦だ。残りは長距離とダートだったが……長距離はシンボリルドルフが、ダートはフリオーソが勝利を収めていた。手に汗握る、白熱とした勝負だったな。
「キタサンもドゥラもしっかりと見れたかな?」
「あぁ。参考になった」
「あ、あたしも!」
私達の言葉に満足げにうなずくトレーナー。これでグランドマスターズ交流会は終了となる。
「お疲れ様みんな!かなり楽しかったよ!」
「でも、やっぱり勝つのは難しいわね~。これでも強くなったのだけれど」
「仕方あるまい。今後もまた、より強くなれるよう研鑽を重ねるのみだ」
三女神様達による閉会のあいさつも順調に終わり。VR世界から去ることになる。
それにしても、とても貴重な経験だった……また味わってみたいと思わずにはいられない。
今後は予選会が開かれるらしい。結果を残せばまた、ドリームトロフィーの猛者たちと戦うことができる。それの、何とワクワクすることか。
(……いや、まずは海外遠征だ。遠くを見るのではなく、今はただ目先の目標を見据えて精進あるのみ)
「ドバイシーマクラシック。現段階で、キングジョージを制したウマ娘が出走予定だったな」
まずはここを勝つ。驕りはない、慢心もしない。私が求めるのは──勝利のみ。
「実りのあるものにしよう」
道はまだ途中。果てしなく遠いこの道を、私は進み続けたばかりだ。
◇
……そういえば、せっかくテイオーさんと話したのだから聞いておけばよかった。
「シュヴァルは元気にしているかと聞いておくべきだったな……同じチームなのに、失念していた」
シュヴァルの調子を聞きたかったのだが……まぁ仕方がない。次の機会にでも聞いてみよう。
ドリームトロフィーは修羅の国ZOY!