シュヴァルグランとサトノクラウンは、気づけば目の前のレースに集中していた。
(キタさんも、ドゥラメンテさんも。必死になって食らいついてる)
年末の有馬記念。同期であるキタサンブラックとドゥラメンテが、シニア級相手に奮闘している姿。キタサンブラックは先頭を譲らずに逃げ、ドゥラメンテは最内から後方一気の追い込みをかけている。シニア級最強と呼ばれている2人、ゴールドシップとサウンズオブアース相手に互角の勝負を繰り広げていた。
《キタサンブラックが逃げる、中山の急坂が立ちはだかる!ここでゴールドシップが上がってきたぁぁぁ!ゴールドシップがキタサンブラックに襲い掛かる、逃げ切れるかキタサンブラック追い抜くかゴールドシップ!最内からはドゥラメンテが4番手浮上!ゴールドシップの後ろにサウンズオブアース、サウンズオブアースだ!》
手に汗握る攻防。誰が勝つか全く予想がつかないレース。
《ドゥラメンテ、ドゥラメンテもきた!ここにきてドゥラメンテだ!最内からドゥラメンテが襲い掛かる!十分なスペースは空いているぞ、キタサンブラック逃げれるか!?》
《どうなるかッ!?いや、これは!》
《こ、ここでサウンズオブアース!サウンズオブアースだ!ゴールドシップの後ろに控え続けていた彼女がついにベールを脱ぐ!ゴールドシップを内から抜き去り、キタサンブラックに並んだ残り僅か!だがゴールドシップも負けじと競りかける!ゴールドシップとドゥラメンテが追いかける!キタサンブラック粘る粘る!》
声援を送る。頑張っている同期に対して。
「が、頑張れ。キタさん……!」
「ドゥラメンテさんっ!」
それと同時に、2人が感じたのは。
《ここはサウンズオブアース、サウンズオブアースだ!最後の最後はサウンズオブアースが意地を見せたぁぁぁッッ!まだ譲らない、まだ世代は交代させない!サウンズオブアースが伝統の一戦有馬記念を制しました!キタサンブラックは惜しくも届かず!ハナ差の2着に敗れ去る!しかし恐ろしい、何と恐ろしいウマ娘だキタサンブラック!だが勝ったのはサウンズオブアースだぁぁぁ!》
自分たちはどうしてあの舞台に立っていないのか?という、後悔だった。
サトノクラウンは言葉を並べる。
(仕方ないわ。だって、私に長距離は向かないんだもの。適性外のレースに無理やり出走する意味は)
レースに出走しないことへの言葉を。適性外だから仕方ないと己を納得させる。
シュヴァルグランは改めて2人の眩しさを認識する。
(……やっぱり、キタさんもドゥラメンテさんも凄いや。僕なんかとは全然違う、僕は、あんな風になれない)
自分では到底追いつけないと。だから出走しなくても仕方ないと目をそらす。
だが、2人がレースに出なかったことを納得するための言葉を並べるほどに……心にぽっかりと穴が開いたような、そんな感覚を味わう。
(本当にこれで、良かったのかしら?)
(キタさんたちは、海外のレースに出る。もう、戦う機会はないのかもしれないのに)
言いようのない喪失感を味わう2人。その間にも、中山レース場は健闘を称える声であふれていた。
◇
有馬記念から日は過ぎていき。気づけば年明けを迎えていた。シュヴァルグランはシンボリルドルフらと一緒にトレーニングに励む。
さっそく練習、の前に。シュヴァルグランは今後の目標を天城トレーナーと確認していた。
「じゃあシュヴァルは、今後は王道の中・長距離路線に進むでいいんだね?」
「は、はい。短い距離、そんなに得意じゃないので」
シュヴァルグランが進む道は王道のシニア路線。大阪杯から始動して春の天皇賞、宝塚記念。秋には天皇賞・秋にジャパンカップ、そして有馬記念。主にこの6つを目標に据えるレースプランを立てていた。全部に出走するかはまだ未定だが、前哨戦も含めてそれなりのレースを走ることになる。
前走は菊花賞。ここから大阪杯を走る前にどこかのレースに出て勝負勘を取り戻しておきたいと考えていた天城は、始動戦に重賞を据えた。これは、シュヴァルグランに自信をつけさせるためでもある。
「今年の始動戦は日経新春杯。年明けからしてすぐにだし、調整を進めていこうか。現時点では有力なウマ娘の出走情報はないけど、油断はしないようにね」
「は、はい。結果を残せるように、頑張ります」
小さく握りこぶしを作るシュヴァルグラン。G2ではあるものの、シュヴァルグランなら問題なく勝てるだろうと踏んでいる。
(クラシックも好走、重賞も勝っている。もっと自信をつけてもらいたいところだけど……こればっかりは本人次第だからな)
気持ちは走りにも影響する。上のステージに行くためには今のままではいけないと思う天城。まずやるべきことは、成功体験を積み重ねることだと判断した。
ただ、天城の懸念点はそれだけではない。もう一つ、シュヴァルグランが前に進むためには大きな障害があるのだと感じている。
(……今ここで、問うべきことではないのかもしれない。でも、今後のことを考えるなら)
天城の頭に浮かんでいるある一つの懸念。良い方向よりも悪い方向に転ぶかもしれない。それでも、天城は意を決してシュヴァルグランへと質問をする。
「シュヴァル。一ついいかな?」
「な、なんですか?トレーナーさん」
「──海外のレースに出走しなくても、いいのかい?」
天城の言葉に放心した後、首を横にブンブン振るシュヴァルグラン。誰の目から見てもわかるぐらいに慌てていた。おそらく急に海外の話が出たから驚いているのと、自分がまだ敵うわけないと謙遜しているのだろう。ただ、質問の本質は
「そそそ、そんな僕なんかが!海外のレースに出ても……」
「……いや、質問を変えようかシュヴァル。このまま、キタサンブラック達に挑まなくてもいいのかい?」
「ッ!」
キタサンブラック、という言葉に反応する。先ほどまで慌てていた姿から一転、今度は帽子を深く被って顔を隠した。
答えを待つ天城。流れる沈黙を破って、シュヴァルグランは口を開いた。
「……だ、大丈夫です。僕は、大丈夫ですから」
「でも、シュヴァル」
「キタさんは、僕には眩しすぎますから。菊花賞で、十分すぎるほど分かりました」
ぎこちない笑顔を浮かべるシュヴァルグラン。天城は、どこか諦めにも似たようなものを感じた。
「それに、追いかけるばかりじゃダメですから。僕は僕の道を進みたいと思います。僕の進む道で、偉大なウマ娘になる。そう、決めました」
「……」
決意を固めたシュヴァルグラン。意見を変える気はなさそうな表情に、天城は目を閉じて逡巡する。
(確かに、悪いことじゃない。けれど……これはきっと、シュヴァルの本心ではない。もしくは、自分でも気づいていないのかもしれない)
シュヴァルグランは自身が思っている以上にキタサンブラックというウマ娘を意識している。シュヴァルグランの目標である偉大なウマ娘になること……その障害として、彼女は必ず立ちはだかることも。
「偉大なウマ娘、か。その先にはきっと、キタサンブラックが立ちはだかる。ドゥラメンテも、サトノクラウンもだ。その時はどうする?」
「うっ……」
口ごもるシュヴァルグラン。痛いところを突かれた、と考えてそうな表情だった。
「ごめん、意地悪な質問だったね。ひとまず、シュヴァルの気持ちは分かったよ」
「す、すいません……」
「気にしなくていい。君達のお願いを叶えるのがトレーナーの役目だし、なにより俺自身がそうしたいんだから。ひとまずは日経新春杯からの大阪杯。そして春の天皇賞。このローテで行こうか」
頷いて、シンボリルドルフ達が待つコースへと向かうシュヴァルグラン。その姿を見送って、天城は一つ息を吐いた。
(さて、どうしたものか)
「シュヴァルは今後、目を背けることができない事実に気づく。自分の目標には、必ずキタサンブラックが立ちはだかることに」
指摘するのは簡単だ。だが、だからと言ってそのまま挑むのか?と言われたら……ダメだと判断せざるを得ない。理由は簡単で、相手が強すぎるからだ。
(このまま負け越したら、シュヴァルの心が折れかねない。まだまだ芯ができていないシュヴァルを無理にキタサンブラックに挑ませたら……最悪、レースそのものが嫌になる可能性がある)
シュヴァルグランはまだ自分の芯を見つけられていない。芯になるものを固めるための自信という土台も作ることができない。そんな状態で、世代最強の相手に挑ませるのはあまりにも酷だ。
(本当に悩ましい。けれど)
「シュヴァルにとっての最善を。そのためにも」
今はまだ、これでいい。天城はトレーニングをするシュヴァルグランを見守りながら、今後の計画を練っていた。
また、シュヴァルグランだけではない。
「ダイヤのこともあるからな。ただ、世代に敵となるウマ娘はいない。現時点ではダイヤがトップの評価だ」
サトノダイヤモンド。サトノのご令嬢であり、ホープフルステークスも危なげなく勝利を収めて3戦3勝の無敗。このまま皐月賞に乗り込む予定だ。
そんな彼女のトレーニングは──順調そのもの。シンボリルドルフを筆頭としたチームメンバーが教え込んでいる。
(油断はしない。確実に勝利を掴み取る)
勝利を盤石のものとするために。天城陣営は気合いを入れていた。
◇
サトノクラウンはというと、頭を捻っていた。
(海外のレース……興味はあるのだけれど、香港はまだまだ先ね)
今年の大目標に据えているレース。それは香港で開催される香港ヴァースだ。かねてより興味を持っていたこのレース、シニア級に上がった今挑戦しようと考えていた。
ただ、かなり先のこと。その間のレースをどうするか?と悩ませていた。
「まず、春の天皇賞はナシね。距離が長すぎるもの」
「い、いやいや。ここは挑戦してみるというのも」
「トレーナー、さすがに無理よ」
バッサリと切り捨てるサトノクラウンに肩を落とす倉科。結局サトノクラウンは、中距離路線に的を絞って走ることになる。
「まずは大阪杯ね。アースさんは出走を見送り、現状強敵になりそうなのはシュヴァルかしら」
「あ、あぁそうだな。シュヴァルグランは何といっても天城さんのチームだし、油断はできないぞ」
トレセン学園トップチームの一つ。無敗の三冠ウマ娘を2人育てた凄腕トレーナー。例外さえなければ間違いなく頂点に立つチームだっただろう。その例外があまりにもぶっ飛んでいるのだが。
「……まぁ大阪杯に宝塚記念。秋の天皇賞とジャパンカップ。王道の中距離路線に絞りましょうか。そして年末には」
「香港ヴァース、だな!ところで他の海外のレースには「出走しないわ」わ、分かった」
食い気味に断るサトノクラウン。興味がないわけではないが、海外のレースを走るとなると、高確率でキタサンブラックとドゥラメンテにエンカウントする。あの2人と戦うという選択肢は、今のサトノクラウンにはなかった。
(あの2人と今戦うのは愚策。もっと力をつけてからでないと)
「今戦ってもまた負けるだけ。今の私には地力が全然足りてないもの。それが整うまでは、キタサン達との勝負はお預けね」
意志が固いことを知り、倉科はさらに肩を落とした。
そしてトレーニング、なのだが。
「あら?今回はスーパークリークさんたちが一緒なのね」
トレーニング相手にスーパークリークやメジロマックイーン、さらにはメジロブライトも来ていた。全員長距離で結果を残してきたステイヤー、さらには。
「トレーニング内容も長距離向け……どういうこと?中距離のトレーニングを重点的にするんじゃないのかしら?」
ジト目で睨むサトノクラウンだが、倉科は力説する。
「いやいや、中距離と言えどもスタミナは大事だ!長く持続する脚を作るためにも、スタミナを鍛えるのは間違ってない!だから長距離用のメニューを重点的にしよう!」
「……本当にそれだけ?」
なおも訝し気に倉科を見るサトノクラウン。倉科は視線をそらして吹けてない口笛を吹いていた。何かあります、と言っているようなものだ。
(でも、口を割るとは思えないし)
「良いわ。でも、スピードを重点的に鍛えるのを忘れないようにね。OK?」
「そりゃあもちろん!よーし、今日もトレーニングだー!」
こちらも気合は十分。今後に向けて、しっかりとトレーニングを重ねていた。
どちらもちょっと不安が残りそうなアレ。