ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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ガネー賞ですわ。今年もいろいろあった年でしたね。


激突のガネー賞

 欧州でのトレーニング。モンジューさん達のチームと合同トレーニングの日々を過ごしていると、あっという間に本番の日はやってきた。ガネー賞、私とキタサンの欧州遠征初戦。パリロンシャンレース場で開催されるG1レースだ。

 震えはない。緊張も幾分か問題はない。しっかりと、自分のことを認識できている。

 

(君がどれほど強くなったか、私は嫌というほど知っている。しかし、それでも)

「この距離で君に負けるわけにはいかないな」

 

 現状、中距離で2回とも戦い私は2回とも勝利している。それに、後に控えている凱旋門賞とキングジョージのことを考えれば、中距離戦で負けるわけにはいかない。

 ……ただ、所詮は過去のこと。現在の状況を考えれば、私は。

 

(っ、戦う前から負けることを考えてはいけない。勝つイメージを持て、心までは折れるな)

 

 私にはそれだけのことができる。そうだ、成長しているのはキタサンだけではない。私も、しっかりと成長している。トレーナーから見せてもらったステータスでも、私とキタサンのステータスは拮抗している。だから問題はない。

 呼吸をして気持ちを落ち着かせろ。内に秘めた衝動を、今この時に溜めておけ。レースの直線で、一気に爆発させるために。

 

(……落ち着いてきたな。では、レース場のことを思い出そう)

 

 レース場へと足を踏み入れる。瞬間、先程までどこか遠くで聞こえていた歓声が、間近で聞こえているような気がした。

 

《ヨーロッパのシーズン最初のG1レース、ガネー賞。ここパリロンシャンレース場の芝2100mで開催されるレースは良バ場での発走となります。注目を集めているのは日本からの挑戦者2人、ドゥラメンテとキタサンブラック!》

《ガネー賞に日本からの挑戦者が出走するのは非常に珍しいですからね。しかも、それが世界最高レベルの名門チームですから。どんなレースをしてくれるのか、楽しみですよ》

《その期待を表すかのように、1番人気と2番人気を独占しています。1番人気ドゥラメンテの姿が見えました。後方からの追い上げを得意とする彼女、このパリロンシャンで剛脚を炸裂させることができるのか?》

 

 大きな歓声。だが問題はない。取り組むべきは、このレース場のことだ。

 

(第3コーナーに入るまでは上り坂。第3コーナーからは転じて下り、最後の直線は平坦だ)

 

 ただ、欧州は捲りが決まりにくい。いかにして自分のレースを展開できるか、それが勝負の分かれ目となるな。

 ウォームアップをしつつ、周りの警戒は怠らない。この勝負だけは、譲らない。

 

 

 身体が温まれば、ゲートインの時間がやってきた。私のゲートは外枠、入るその瞬間を待つ。

 蹄鉄も問題はない。私の調子は──万全だ。

 

《順調にゲート入りは進んでいます。シーズン最初のG1レース、どのような結末が待っているのか。12人のウマ娘による戦い、勝って弾みをつけるのは誰になるのか?日本からの挑戦者が欧州へ侵攻するか、はたまた地元のウマ娘が食い止めるか?》

 

 ゲートへと入る。この時はいつも、血が凍ったような感覚を覚える。

 

(ゲートが開くその瞬間を待て。私の本能を、衝動を。ここでしっかり溜めろ)

 

 開放するのはゲートが開いたその時だ。まだ待て。しっかりと我慢をしろ。

 

《最後のウマ娘がゲートに入りました。G1レースガネー賞が今っ》

 

 ガコンっ、と。ゲートが開く音が聞こえた瞬間、弾かれたように脚を前に出す。阻むものはない。私は誰にも負けない。最強を証明するために、私は。

 

《スタートしました!揃って綺麗なスタートを切ります、飛び出したのは日本からの挑戦者キタサンブラック!キタサンブラックが勢いよく飛び出して番手を奪おうとしている!》

 

 必ず勝利する!

 

 

 

 

 

 

 始まったガネー賞。日本から来たキタサンブラックは最初こそハナを奪う勢いだったものの、他陣営が用意したラビットと思われるウマ娘が無理やりハナを奪いに来たことで控える構えを取る。現在は3番手でレースを進めていた。

 ドゥラメンテはというと、いつもの後方待機策。12人のウマ娘の最後方を陣取り、虎視眈々と機会を窺う。時折プレッシャーをあて、前を走るウマ娘を煽りながらペースを維持する。

 

《隊列も落ち着いてきました。先頭を走るのはパーチューマインド、パーチューマインドが2バ身のリードを保って走ります。追いかけるキタサンブラックは現在内の3番手。最内をキープしていますね》

《これはキタサンブラックにとっても良い展開ですね。ややスローペースだから脚も溜めることができます》

《こうなると後続はちょっと苦しいか?最後方ドゥラメンテ、先頭との差は約11から12バ身ほど。まだ焦る段階ではないか、ここはじっくりとレースを進めます》

 

 縦長の展開、ドゥラメンテも内を走っている。ただ、いつでも外を走れるように準備はしていた。内側は前のウマ娘が壁になるリスクが高い。そうならないようにするためだろう。

 ドゥラメンテの表情に焦りはない。静かに、燃え上がる闘争心の火はまだ閉じ込めたまま、最後方でできる限りのことをしていた。

 

 

 レースを観戦するチーム・ミーティア。ミーティアがいる場所だけ不思議と空いていたが些細な問題だ。

 サクラバクシンオーの応援が木霊する中、イクイノックスは現在の状況を分析している。

 

「パリロンシャン、というよりは欧州で追い込みが決まった例はほとんどありません。それはひとえに」

「コースそのものが逃げや追い込みに向いてないから、だね」

 

 イクイノックスの言葉に続く高村。ここでも勉強をしているようだった。

 

「起伏が激しく、スローペースになりやすい欧州のレース場。さらには欧州そのもののレース事情が絡んだりしている。逃げ勝ちや追い込みでの勝ちが少ない要因だ」

「逃げで走れば膨大な量のスタミナが要求される、追い込みで走るには一線を画したスピードを出す必要がある、ですか」

「ま、そういうことだ。いないことはないが、欧州において逃げや追い込みは不利、とだけ覚えておきたまえ」

 

 勝てないことはないがね、と付け加えるアグネスタキオン。2人の言葉を聞いて、タブレットにしっかりとメモを取るイクイノックス。彼女の勤勉さがうかがえる。

 

「キタさんが無理に行かないのも、このまま逃げたらダメだって分かってるからですか?」

「彼女の場合は本能でしょうね。このまま逃げたらまずい、と察しているのでしょう」

「良いですよキタさーん!このままバクシンしましょーうッ!」

 

 いつものように先頭を走るのではなく3番手に甘んじているキタサンブラック。ただ、無理にペースを支配するつもりはないらしく、こちらも冷静に進めていた。

 キタサンブラックとドゥラメンテ。どちらも得意なレースを展開している。自分の力を十全に発揮できるだろう。アグネスタキオンは序盤のレース展開でそう分析している。

 

(そのうえで、どちらが有利かと言われたら……まぁ考えるまでもないだろうねぇ)

「この海外遠征はドゥラ君にとって試練となる。そうは思わないかい?トレーナー君」

「……乗り越えてくれるよ。ドゥラならね」

 

 視線はレース場に固定したまま、高村は答える。レースは第3コーナーへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 ヒリついた空気が支配している。誰もが自分が1着になるために走っている。この空気は、何度味わっても良いものだ。

 

(揺さぶりをかけられているが、問題はない。しっかりと自分のペースを守って走る、自分に絶対の自信を持て)

 

 前を走るウマ娘は私のスタミナを削るように動く。判断能力を奪わせ、時にわざと隙を見せることで闘争心を煽ってくる。こちらの煽りにも、対応済みだろう。

 面白い。そうでなければ意味はない。

 

《第3コーナーを超えてフォルスストレートに入ります。先頭はパーチューマインド、しかしここでキタサンブラックが上がってきた!キタサンブラックがパーチューマインドを捕まえようと2番手に浮上、これは少し早いですがどうか!》

《早めに追いつかなければ、と焦っているかもしれません。スタミナを残すことができるかどうか?》

《ここで後続も差を詰めてきました。最後の直線に向けて、差を詰めてきます。後方からはドゥラメンテ、ドゥラメンテが伸びてくる。ドゥラメンテは現在9番手、先頭との差は10バ身ほどといったところでしょうか?》

 

 勝つ、最初はそう固執していたが。そうじゃないな。

 

(勝つことを考えるんじゃない、自分の力を100%発揮することに全力を注ぐべきだ!)

 

 勝利に拘り過ぎると体が硬くなる。自分の力を発揮できなくなる。そうだ、走る前まで忘れていた。

 だが、もう問題はない。静かに、それでいて烈火のごとく闘争心を燃やせ。

 

(目指すべきは遥かなる頂。世界最強と誰もが認める存在に、私は上り詰める!)

《まもなく最後の直線、ここでキタサンブラックが先頭に変わりました!ここで先頭はキタサンブラック、キタサンブラック先頭!パーチューマインド必死に粘る、粘るがキタサンブラックがあっという間に躱した!》

《後ろ、外からドゥラメンテが来ていますね。ドゥラメンテが勢いよく上がってきてますよ!》

《後方からはドゥラメンテ、そしてソルダパシオーネが上がってきている。勢いはドゥラメンテの方が上か?ドゥラメンテが上がっていく現在6番手!》

 

 スタミナは十分にある。もうすぐ最後の直線、前を走るウマ娘全てを躱せば──私の勝ち。シンプルな条件だ。

 

(抑えろ、本能を。まだ、最後の直線手前(ここ)は解放すべき場所じゃない)

 

 しっかりと視界に収めろ。開けるその瞬間を。いつも感じる、あの時間を。

 熱く滾る。血が流れているのを実感する。私の衝動が、本能が。もっと先へ行けと訴えかけてくる!

 足に力を込めろ。ありったけをかき集めて、最後の直線全てに注ぎ込むイメージ。解放するその瞬間は──

 

《最後の直線へと入ります。先頭で入ってきたのはキタサンブラック!キタサンブラックが先頭で最後の直線に入ってきました!ウマ娘が一斉になだれ込んできます、しかしキタサンブラックが単独で逃げているその差は2バ身!2番手との差を着実に広げているぞキタサンブラック!》

 

 今、この時だ!

 

(絶対に追いつく、いや、追い越す!)

 

 全力を注ぎ込め。考えるべきはどう追い越すか?それだけだ。

 視界がクリアになる。色を失うこの感覚は、領域に入った時と同じ。全身から力が湧き上がる、もっと先へと私を導いてくれる!

 

「っそ!」

「『日本からの挑戦者に、負けるわけにはっ!』」

「『はや、い……ッ!』」

 

 先頭に追いつく、前を走るキタサンに追いつく!ここから、私はさらに……ッ!

 

(な、ぜっ?)

 

 おかしい。私は最速で君に追いついたはずだ。外のロスは多少あったにしても、追いつくのには十分な時間があった。

 

(計算は、間違っていたとは思えない。私のスピードも、劣っていたわけじゃない!なのに、なのに……っ!)

《ドゥラメンテが追い上げる、ドゥラメンテが怒涛の追い上げを見せる!だが、しかしっ》

 

 距離も大丈夫だったはずだ。目算を見誤ったわけでもないはずだ。なのにっ。

 

キタサンブラック譲らない!キタサンブラックが2バ身から先を縮ませない!キタサンブラックが先頭だ残り100m!2番手に浮上したドゥラメンテ、勢いはドゥラメンテの方が上だ!キタサンブラック逃げ切れるか?日本の2人が最後の戦いだ!》

 

 どうして君は、そんな先にいるッ!?

 

(キタサンの実力は私がよく知っている。見誤ったとは思えない!)

 

 ダメだ、思考が纏まらない。ぐちゃぐちゃになっている。いや、落ち着け。こういう時こそ思考を最適化するべきだ。でも落ち着いたところでどうする?どうすれば追いつける……いや!

 

(まだ、追いつける!残り100で逆転する手立てはあるはずだ!)

 

 余計な思考はいらない。頭を空っぽにして、ただ走る。無意味なことに思考を割くのは止めろ。けれど。

 

 

私とキタサンの差は一向に縮まることはなく

 

 

《キタサンブラック、キタサンブラックだ!日本からの挑戦者キタサンブラックが見事に逃げ切ったぁぁぁ!ガネー賞を制したのはキタサンブラックゥゥゥッ!!最後の直線で先頭に立ち、そのまま逃げ切るお手本のような勝ち方!最後の直線ではドゥラメンテを全く寄せ付けませんでした!2着ドゥラメンテに2バ身差!日本のウマ娘がガネー賞をワンツーフィニッシュだぁぁぁ!》

 

 私の血が、急激に冷え込むのを感じた。

 

 

 息が整わない。膝をついて倒れこむ。全力で走った代償だ。

 

(なにが、悪かった?一体、何が……)

 

 相手の実力を見誤ったとは思えない。いや、もしかして。

 

「わっしょいわっしょーーーい!フランスでもお祭りでーす!」

 

 キタサンは、私の想像をはるかに超えるほどっ。

 

(成長、しているのか……っ?)

 

 声援に応えているキタサン。とても私と同じレースを走ったと思えないほどにピンピンしている。

 その姿を見たら、ゾクリと。何かが襲う。

 

(……今まで、感じたことがない)

 

 バクシンオーたちを相手にした時も、サウンズオブアースやゴールドシップを相手にした時も感じたことがない。シュヴァルグランや、サトノクラウン相手にも感じたことがない。キタサンを前にして、未知の感覚を味わっている。

 レース後だというのに、問題にしていない。その姿に、私は。

 

 

背筋が凍りつく、言いようのない感情を覚えた




キタちゃん強いなぁ()。それと、来年もよろしくお願いします。
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