ガネー賞の決着で、ロンシャンレース場は今日一の盛り上がりを見せている。勝ったのは──キタサンだ。
「圧巻の勝利、というやつだねぇ。逃げウマ娘を見る形でレースを展開、最後の直線手前で躱して駆け抜ける。お手本のような勝ち方だ」
「グランドマスターズの交流戦以降、さらに進化を遂げたようね。今後が楽しみですわ」
タキオンとジェンティルはキタサンの勝利を評価している。イクイノックスはキタサンの勝利を喜んでいる。僕もキタサンの勝利は嬉しい。
ただ心配なのが、ドゥラの方だ。膝をついて荒い呼吸を繰り返す。ここまではまだいい。けれど、キタサンを見ているその視線には……確かな怯えが感じられた。
(……ドゥラ)
「キタさんおめでとうございます!見事なバクシン、学級委員長が花丸をあげましょうッ!」
ドゥラのことを考えていると、隣からバクシンオーの声が響いてきた。
「ドゥラさんも惜しかったッ!見事なバクシン、ですがまだまだ精進あるのみですねッ!次こそはさらなるバクシンを!お疲れ様ですよドゥラさ~ん!」
「次のレース、切り替えていきましょー!」
どちらも褒めて、労いの言葉をかけている。その声が聞こえたのかどうかは分からない。ただ、ドゥラは息が整ったタイミングで立ち上がった。
「……次こそはッ!」
その目から闘志は消えていない。炎はメラメラと燃えている。ただ、その炎は。普段と比べると幾分か勢いが衰えているようにも感じた。
僕とタキオンは、思っていた。海外遠征を決めたその日から。
(この海外遠征は、ドゥラにとって試練の時になると)
本人にもちゃんと伝えてある。そして今、試練の意味を理解したのだろう。この海外遠征でドゥラが直面する試練に。
(バクシンオー達とは違う、シニア級の先輩方を相手にするときとも違う。ずっと近くにいて、お互いの実力をよく知っているからこその……怯え)
「トレーナーさん。今日もレースの感想戦、大丈夫でしょうか?」
ドゥラの今後のことを考えていると、隣にいるイクイノックスが、いつもの提案をしてきた。レースの感想戦、か。
「いいよ。今回はタキオンやジェンティルも呼んでやろうか」
「はい。よろしくお願いします」
ホテルに帰った後の予定を立てつつ、控室へと向かう準備をする。キタサンの後にドゥラ、この順番で行こう。
《ガネー賞を制した日本からの刺客キタサンブラック!彼女に惜しみない拍手を!見事なレースをしてくれた彼女に声援が送られています!》
海外遠征初戦。キタサンが勝利し、ドゥラは敗北した。ケアをしっかりとしなければ。
◇
ホテルに帰った後。事務作業を片付けていると、部屋の扉がノックされる。おそらくだけど、イクイノックス達が来たのだろう。
「どうぞ」
扉を開けて入ってきたのは、予想通りイクイノックスとタキオン、そしてジェンティルだ。
「いやぁ、それにしてもイクイ君は勤勉だねぇ!レースが終わったその日のうちに感想戦とは!」
「たまにはよろしいでしょう。それに、今回のレースも気になることですし」
「よろしくお願いします。トレーナーさん、タキオンさん、ジェンティルさん」
この3人で、ガネー賞の感想戦が始まった。
まず、イクイノックスが気になっているであろうことを聞いてくる。
「トレーナーさんとタキオンさんは、この海外遠征がドゥラメンテさんにとって試練になると言ってました。ガネー賞の前に、まずはそれだけ教えてもらえたらと」
僕とタキオンの会話が耳に入ったのだろう。試練の真意を聞いてきた。
その疑問に対する答えは単純だ。
「大前提として、欧州のレース場は基本的に逃げや追込は不利だって話はしたよね?」
「はい。スローペースになりやすい傾向にあり、前のウマ娘が十分な脚を残していることから、追込は不利だと」
「そして、通常でも体力を消費するレース場の関係から、逃げるには膨大なスタミナが必要となる。そのことから逃げも不利だ」
「そうなると、必然的に先行や差しでのレースが欧州のスタンダートとなる……そうなりますわね」
欧州のレース場は起伏が激しい。日本の坂なんて比較にならないレベルだ。ゆえにスローになりやすい。加えてラビットの存在。有力なウマ娘を勝たせるためにペースメーカーに徹する役割のウマ娘。逃げで走るウマ娘が少ない理由でもある。
スローになるということは、それだけ脚を溜める展開になりやすいということ。追込では追いつかない可能性の方が高いのだ。
「無論、逃げや追込のウマ娘がいなかったわけではない。だがそんな例はごく少数だ」
「この時点でドゥラメンテさんにとって不利なのが分かりますわね。彼女、追込脚質の子ですから」
ドゥラの脚質は追込。欧州のレースとはすこぶる相性が悪い。とはいっても。
「ドゥラのスピードはごく少数に分類される。欧州のレースの固定観念を破壊するような、そんな追込を見せるだけのポテンシャルがある」
「日本のレース場とはいえ、1ハロン10秒フラットはそれだけのことだ。10秒フラットは無理にしても、10秒台を記録することができれば、欧州でも結果を残すことができるだろう」
そう、結果を出すことはできる……
「けれど、相手が悪かった……ということですか?」
言いにくそうに口を開くイクイノックス。そういうことだ。
「相手がキタ君、というのがよくなかった。彼女は逃げ、前目でレースを展開する」
「しかも、レーススタイルも拍車をかけていますわ。クラシック級までの彼女ならば問題はなかったでしょうが……今の彼女はそう容易くありません」
「無理に逃げるレーススタイルじゃない、その気になれば先行にも回る王道のスタイルに変わったからね」
ここで、キタサンがペースメーカーになれるというのも重要だ。キタサンがドゥラのことを考えないわけがない。間違いなく、ドゥラにとって嫌なペースを展開する。
「グランドマスターズの交流戦で、彼女は6割……いや、7割方完成した。バクシンオー君の実力を間近で感じることでね」
「今の彼女に地力がついたら、恐ろしいですわね。それこそ、長距離におけるバクシンオーさんにもなりえますわ」
ジェンティルも高い評価を下している。それだけの存在に、キタサンはなりつつあるんだ。
ドゥラだって成長している。進化しているだろう。グランドマスターズの交流戦に有馬記念でサウンズオブアースやゴールドシップと戦うことで強くなったんだ。けれど。
「キタサンの成長スピードは群を抜いている。ドゥラを置き去りにするほどにね」
「……ドゥラメンテさんも強くなっている。でも、キタさんは」
「そういうことだ。加えて、彼女は自分でペースメーカーになれる。彼女が得意な消耗戦に持ち込むことだってできるのだからね」
「早いペースでの逃げ切り勝ちも狙える、ということですわね」
実際にはそう上手くはいかないだろう。キタサンもまだまだ成長途中、判断を誤ることもある。こればっかりは実践を積むしかないけどね。
ちょっとずれたが、話題はドゥラのことに修正する。
「……ドゥラメンテさんにも末脚という武器がありますけど」
イクイノックスの言うようにドゥラにも強力な武器がある。さっきタキオンが言ったように、1ハロン10秒台を記録する脚が。
事実、ドゥラはこのガネー賞でも上がり3ハロン最速を記録していた。ロンシャンの芝で1ハロン11.4を記録する脚を発揮したわけだ。
けれど、キタサンも上がり2位のタイムを記録している。
「前で走るキタさんに追いつくには、足りないということですか」
「そういうことだ。今回のガネー賞を例にとるならば、ドゥラ君はハロンタイム11秒台を連発する必要がある。しかしそれは難しかった」
「最後の直線を向いた段階で、キタさんとの差は大体8バ身。ドゥラメンテさんが追いつくには1秒弱縮める必要がありますわ」
キタサンの上りは12.1-11.9-11.8。ドゥラが追いつくのは厳しかった。キタサンだって余力を残していたわけなのだから。
「仮に追いついたとしても、キタ君の粘り腰が発揮される。意識外から急襲する必要があった」
「でも、キタさんに並んでいる人は」
「そう、いませんでしたわね。それこそスタンド前を走るぐらいでしか、意識の外から追い抜くことはできません」
つまりは、あの状況におけるドゥラは現在時点だとほぼ詰みだ。10秒台の末脚を発揮しても怪しかっただろう。
総評して、現在のキタサンとドゥラはとてつもなく相性が悪い。無論、ドゥラが不利で。
「後ろのレースはどうしても展開に左右される。外を回らざるを得ないことが多いし、最短の経路はまず通れない。自分の末脚に自信がなければできないスタイルだ」
「前でのレースは自分でペースを握ることができます。私が先行で走るのも、それが理由ですわ」
「……ドゥラメンテさんのレーススタイルが悪いわけではないんですよね?」
頷く。別にドゥラのスタイルが悪いわけじゃない。こればっかりは相性の問題だし、その相性を覆すこともできる。でなければ、ドゥラは変則三冠を達成していない。
「通常逃げウマ娘というのは前半に早いラップを刻んで後は落ちてくることが多い。楽に逃げさせないために、先行のウマ娘が圧をかけ続けるからねぇ。普通に逃げ切るのは至難の業だ」
「ただ、理想とされるレースの勝ち方も逃げが近いですわ。前半も最速、後半も最速を刻み続ける……理想論ではありますが、最も勝ちに近いスタイルです」
「逃げて差す。所詮は理想論に過ぎないけど、体現することができればまさに無敵の走りになる」
キタサンの厄介なところは逃げじゃなくて先行にもシフトできること。今回のガネー賞のようにね。
まぁ、いろいろと語ったけど今のキタサンは凄まじい勢いで成長している。それこそ、僕やタキオンの想像を超えるくらいに。交流戦でのレースが良い刺激になったみたいだ。
……反対に、ドゥラは今壁に当たっている。キタサンブラックという大きな壁に。
「ドゥラは今、キタサンに感じたことがない恐怖を味わっている。あまりにも大きすぎる壁にね」
「?でも、強い相手という意味合いならばバクシンオーさん達がいるのではないでしょうか?」
「う~ん……こればっかりはちょっと難しいねぇ」
頭をひねるタキオン。確かに、ちょっと説明が難しい。なんとか分かりやすいように説明しよう。
「今まで同じ土俵に立っていたはずのライバルが、気づけば自分よりもずっと先にいる。それだけでも不安に思うだろうね」
「自分は成長していないのか?停滞しているのか……加えて、ドゥラ君にとってキタ君はずっと近くにいたライバルだ。不安も倍増だろう」
「まぁ、身近にいる同世代だからこそ誰よりも意識している。だから引き離されると不安になる、ということでしょうね」
「なるほど……」
分かったのか、しきりに頷いてタブレットに書き込んでいるイクイノックス。伝わったようで何よりだ。
さて、と。それじゃあ。
「大分長くなったけどガネー賞の感想戦をしようか。結局、キタサンとドゥラの話だけになったからね」
「おっとぉ、そういえば主目的はそうだったねぇ!さてさて、有意義な話にしようじゃあないか!」
「紅茶を用意なさい?トレーナー。ちゃんと準備はしているのでしょう?」
「はい。タキオンさんやジェンティルさん視点でのガネー賞、楽しみです」
いよいよ本題、ガネー賞の感想戦だ。この話は凄く盛り上がった、とだけ言っておこう。
これで完成度7割ってマジかよ。後、明日は少し用事があるので更新はお休みになります。申し訳ございません
後これが最終章、なのですが。ミーティアのラブでコメディな作品とかを考えてたりしてます。書くかは未来の私が決めます。