ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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レースの相談と本番を一挙に。


絶望的な差

 ガネー賞が終わってから1週間以上が経った。もう、次のレースに向けての準備は進んでいる。

 私とキタサンはまた同じレースに出走する。次に私達が出走するのは──コロネーションカップ。イギリスのG1レースだ。

 

「エプソムレース場で開催されるG1レース。エプソムと言えば……ダービーだね」

「全てのダービーの基になったエプソムダービーが開催されるレース場。歴史も相当なものだ」

「は~……」

 

 場所はエプソムダウンズ。距離はダービーと近い12ハロン6ヤード。約2420mのレースだ。一応中距離に区分されるのだろうか?まぁ細かなことだろう。

 コロネーションカップが開催されるエプソムレース場。これがまた、()()()()()()()()()()()()だ。

 

「軽いおさらいからいこう。エプソムダウンズのレース場は起伏が激しい。ロンシャンなんて目じゃないレベルだ」

 

 トレーナーがプロジェクタを使用してコースの見取り図を見せてくれる……が、改めて凄いレース場だ。

 

「へ、平坦がほぼない!?」

「あるにはある。引き込み線のこの辺りが丁度平坦だ」

「とはいっても、ないものとして扱った方がいいだろうね」

 

 エプソムレース場はほとんどが上り坂と下り坂で構成されている。序盤に上りが集中し、後半の直線は下り坂。それも高低差10mどころの話ではない。

 

(スタートからゴールまでに40m近い上り下りが待ち受けている……走破することすら厳しいレース場だ)

 

 自然の地形を利用して生まれた結果らしいが、かなりのスタミナが要求されるレース場だ。スタミナが要求される、ということはつまり……キタサンにとって有利に働くということ。

 ちらりと、横目にキタサンを見る。

 

「あ、でも蹄鉄っぽい形してる!なんか面白いかも!」

「……まぁそうだね。コースのアップダウンを考えたら面白さはなくなると思うけど」

 

 ガネー賞で感じた悪寒。その正体には気づいている。しかし、止まるわけにはいかない。

 

(分かっていたことだろう。欧州のレースは基本的にキタサンが向いていると。私よりも有利だと。それを改めて分からされただけだ)

 

 変わらない。そう、変わらないはずだ。

 

 

 その後コロネーションカップの簡単な説明を受けてトレーニングへと入る。私はジェンティル・タルマエの2人とトレーニングをすることに。

 

「さて、スタミナをつけたいとのことでしたが」

「ただスタミナをつけるだけではダメだ。実戦形式で、私のスタミナを削るように動いて欲しい」

「いいですよ。ただし、折れないでくださいね?」

 

 頷く。むしろ望むところだ。そうでなければ意味はないのだから。

 ……まぁ、この後2人にしごかれたわけだが。

 

「どうしました?まだまだギアは上げられますよ?」

「気持ちは折れていませんわよねぇ?なら、もっと歯向かってきてくださいな!」

 

 やはりというか知っていたというか。2人の圧は恐ろしいものだった。タルマエは私にぴったりと張りついてくるし、ジェンティルは隣から圧をかけられ続けた。トレーニングにはなったが、さすがに毎日は勘弁してほしいものだ。

 私の身体も頑丈になってきた。最初の頃よりもずっと、負荷の強いトレーニングができるようになった。

 

「ドゥラ!それ以上はダメだよ」

「……しかし」

「それ以上はケガをする。トレーニングを切り上げよう」

 

 それでも限界というものはある。負荷を超えてトレーニングをしようとすれば、すぐにトレーナーに止められる。

 ……止めないで欲しい。相手のことを考えたら、私はもっと頑張らなければならないのだからッ!

 

「キタサンに追いつきたい。そのためにはもっと努力をしなければならない」

「ダメなものはダメ。無茶をして、ケガをするのは君だ」

 

 分かっている。正しいのはトレーナーの方だ。それに、トレーナーが私をここまで導いてくれた。絶対的に正しいと妄信するわけではないが、この場において正しいのはトレーナーなのだろう。

 だが、焦ってしまう。キタサンに追いつかなければと、彼女に勝ちたいと。今も私以上にトレーニングを重ねているキタサンを眺めながら、強く思ってしまう。

 

「……」

「……そんなに訴えかけてもダメなものはダメだからね」

 

 結局追加のトレーニングはなかった。

 

 

 トレーニング後はお風呂とストレッチの後、レース研究に取り組む。勝つために、一分一秒も無駄にはできない。

 

「……やはり、できる限り前目につけたいな。今の私のデータだと、効率的な位置はこの辺りといったところか」

 

 今回のコロネーションカップではキタサン以外にもドバイシーマクラシックで2着だった方もいる。キタサンばかりに意識を割くわけにはいかない、が。

 

(どうしても意識してしまう。それほどまでに、私はキタサンを脅威に見ているというのか)

 

 ライバル、という感情だけではないのだろう。私が彼女を意識する理由は。

 バクシンオーを手伝っていた頃からの付き合いで、切磋琢磨してきた。ずっと隣を走ってきた仲間、同じチームで競い合ってきたライバル。インタビューでは全てのウマ娘が敵でライバルと答えたが。

 

(一人だけライバルを挙げてくれ、と言われたら私は迷いなくキタサンと答える。それだけの相手だ、彼女は)

 

 特別、というものかもしれないな。

 次のコロネーションカップで、私の進退が決まるかもしれない。不思議と、そんな予感がする。

 コロネーションカップの次は、私とキタサンは別のレースを走ることになる。私はクイーンアンステークス、キタサンはアスコットゴールドカップ。私はマイルで、キタサンは超長距離のレース。次に彼女と戦う舞台はキングジョージになるだろう。

 

(必ず中距離で結果を残す。それこそが、最強の証明の第一歩になる)

「……気づけばこんな時間か。もう寝るとしよう」

 

 規則正しい睡眠も必要だ。身体をしっかりと休め、次の日に備える。コロネーションカップに向けて──できる限りのことをしなければ。

 

 

 

 

 

 

 迎えたコロネーションカップ。エプソムレース場で今、私は走っている。

 

(想像以上にキツい、というわけではない。ペースも乱れずに追想、理想の展開を迎えている)

《稍重のバ場となったコロネーションカップは現在最初のカーブへと入りました。先頭を走るのはキタサンブラック、キタサンブラックがペースを握ります。ガネー賞では3番手に控えていたキタサンブラックがペースメーカーとなります》

《今回は逃げていますね。ただ、彼女は自分でペースを作ることができます。そのペースにさせまいと、他のウマ娘もキタサンブラックの脚を削るようにプレッシャーをかけていますよ》

《キタサンブラックが逃げて2バ身後ろにイスディハールが追走、3人のウマ娘が先行集団を形成。もう一人日本からの挑戦者ドゥラメンテは最後方を選択。変わらずの最後方で追い込みにかけるドゥラメンテ》

 

 今回はキタサンがペースメーカーとなっている。ガネー賞の勝ち方を見て、逃げですり潰そうとしているのだろう。

 

(そう簡単に行くものではないだろうが……私にとっては好都合だ)

 

 私の位置も不利ではあるが、問題はない。コロネーションカップ最後の直線は下り坂、勢いをつけるにはもってこいの場所だ。最後の200mだけ上り坂になるそのタイミングでスパートをかける。

 

(残る問題はキタサンのペース……まず落ちてくることはないだろうな)

 

 なにより、相手が落ちることを期待するなど戦いにおいては愚策もいいところ。常に相手が万全であると想定し、挑まなければならない。

 

《タッテナムコーナー*1へと向かいます各ウマ娘。キタサンブラックがよいペースで進んでいる。キタサンブラックがペースを握ります。ただちょっと早いか?稍重のバ場を考慮すると少し早いペースで進んでいる》

 

 仕掛ける場所を見誤るな。集中して、万全の態勢を整えろ。

 

(コースの造りも頭に叩き込んである。問題はない)

 

 今度こそ彼に勝利を届けるんだ、私は。

 

 

 タッテナムコーナーを迎えたレース。ここからエプソムは、加速するッ!

 

(この勢いに乗るッ!外につけて、いつでも抜け出せる準備を整えろ!)

 

 私と同じ考えのウマ娘が外から上がってきた。ならば遠慮なく、その後ろにつかせてもらおう。ペースは多少早いが、問題はない!

 

《タッテナムコーナーを曲がり最後の直線へと入ります、先頭はキタサンブラック!キタサンブラックが快調に飛ばして逃げている!2番手イスディハールが上がってきた、イスディハールの動き出しに合わせてペースを上げる先行集団だ!》

《後方から2人上がってきてるね。ドゥラメンテとエリュアールの2人だ!》

《後方から勢いよく上がるドゥラメンテ。前を捕まえんと位置を押し上げてきているぞ!逃げることはできるかキタサンブラック、まだ差は縮ませない!》

 

 後ろを追走。できる限りスタミナの消耗を抑えつつ、下り坂で勢いをつけすぎないようにする調整が難しい。しかし、大丈夫だ。この程度ならば!

 

(勝つ、絶対に勝つ!)

 

 目的は一つ、やるべきことも一つ。私はこのレースを勝つ!キタサンに勝利して、私がコロネーションカップを優勝する!

 加速するコロネーションカップ。ばらばらだった集団が固まって、前を走る集団を呑み込もうと走る。前を走る集団は、飲み込まれまいとペースを上げる。それでも後ろとの差は縮まってきていた。

 そして迎える最後の関門──エプソムの上り坂!

 

(ここで置き去りにして、加速する!)

 

 脚にありったけの力を込める。上り坂に入る手前、下り坂から私は一気に加速する。前を走るウマ娘を置き去りにして、私は──飛翔する!

 

《まもなく残り200m、最後の上り坂が立ちはだかる!キタサンブラックが先頭で入ります!後続も続々と雪崩こんでっ、ここでドゥラメンテ!ドゥラメンテが来た!日本のドゥラメンテが上がってきた!ドゥラメンテが3番手浮上!3バ身先にいるキタサンブラックを捕らえんと、ドゥラメンテが加速する!驚異の末脚、これが日本のドゥラメンテ!》

《これはガネー賞に続いて日本がワンツーフィニッシュを取るのかな!?》

 

 一滴まで絞りつくす。私の身体にあるものを限界までかき集めて、すべてのリソースを脚に注げ!

 

(視界は良好。喰らいつくすッッ!!)

 

 領域の使用、自分が持てる全ての力を注ぎこんで、キタサンへと襲い掛かる。

 縮まる。一歩、また一歩と進むたびに、キタサンとの差は確実に縮まっていく。追い抜ける段階まで届いた。

 

(だが!ことキタサンにおいては追いついてからが勝負だッ!)

 

 彼女の粘りを知っている。彼女は追いつかれてからの粘りが凄まじい。内に秘めた闘争心は──決して油断していいものではない!

 

《ドゥラメンテが伸びてくる、ドゥラメンテがきた!キタサンブラックとの差を縮めて2番手に浮上!キタサンブラックが逃げている、その差は1バ身まで縮まった残り100m!グングン縮めていくぞドゥラメンテ躱せるかドゥラメンテ!?》

 

 もう少し、もう少しで追いつける。そして、最後に追い抜けばっ!?

 

(……おか、しい。どうして、脚がっ?)

 

 脚に力が入らない。異常があるわけじゃないのに、急激に減速していく。この感覚を、私は知っている。

 

(この、最後の最後でっ。私は……ッ!)

「スタミナ、切れ……ッ!」

《キタサンブラックが粘る!キタサンブラック驚異の粘り!キタサンブラックが譲らない!ドゥラメンテは残り50mで躱せるかどうか!?キタサンブラックかドゥラメンテか!キタサンブラックかドゥラメンテか!?》

 

 あとちょっと、もうちょっと手を伸ばせば届くのに……っ!キタサンも、私と同じくらいのスピードしか出ていないのに……!

 

《しかしここはキタサンブラックに軍配だぁぁぁ!ガネー賞からの連勝だキタサンブラックゥゥゥッ!!ドゥラメンテはまたも2着!惜敗、しかしあまりにも悔しい連続2着!》

《日本の子がここまで成果を出しているのも素晴らしいんだけどね。でも、彼女達にとっては勝たなければ!って気持ちがあるから。ドゥラメンテは悔しいだろうね》

《差は縮めた半バ身差の2着、しかしあまりにも遠い2着!勝ったキタサンブラックはお見事です!》

 

 また、敗北してしまうのか?

 

 

 新鮮な酸素を求めて息を吸う。だが、疲労でうまくいかない。それは、キタサンも同じようだ。

 

「ハァーッ、ハァー……ッ!」

 

 また、届かなかった。私は、またキタサンに負けた。

 

(コースの不利を言い訳にしたくない。だが)

「強い……!」

 

 一緒に走っているからこそ分かる。対峙しているからこそ痛感してしまう。キタサンの強さを、恐ろしさを。

 末脚のキレは私に軍配が上がるだろう。しかし、キタサンは私にはない頑丈さと豊富なスタミナ、そして長く使える脚がある。追いつくのにも一苦労で、追いついても粘って抜かせない。

 襲う悪寒。このまま成長していくキタサンに、置いていかれてしまうのではないか?そんなことを考えてしまう。

 

(たった2戦負けただけ、ともいえる。だが、この2戦で……キタサンの強さを突き付けられた)

 

 間違いなく今の自分より強いと。ステータス的な意味ではない、相性の問題でもない。彼女は……強いのだと分からされる。

 湧き起こってしまう感情。想像してしまう、最悪の未来。

 私は、この欧州で。今のスタイルを貫き続ける限り。追込でいる限り。

 

(もう、キタサンに勝つことはできないのか……?)

 

 そんなことを、考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ……ものか。

 

(……なにを、くだらないことを考えているんだ、私はッッ!!)

 

 挫けるものか、諦めるものか!

 

(キタサンが強いのは知っている。身近にいた私だからこそ、誰よりも知っている!)

 

 コースの不利を言い訳にする。レーススタイルの相性差を言い訳にする。頭に浮かぶ時点で……私の中にその気持ちが欠片でも残っているということ。

 先達から何を学んだというのだ?諦めないことを、敗北に言い訳をしないことを学んだのではないのか?不利だからなんだ。それが諦める理由になると、私は学んだのか!?違うだろうドゥラメンテ!

 私はまだ、あまりにも未熟!

 

(あぁ、確かに相性の問題もあるだろう。だが、それがどうした!)

「決めたはずだ。私は最強になると。私は、このスタイルで頂点に立つと!」

 

 ならば考えるべきは、どうするかだ!言い訳など不要、しっかりとこの敗北を刻め!

 ファンへと手を振っているキタサンを睨みつける。今の私は、確かに彼女より劣っているだろう。しかし、必ずだ。

 

(そのまま先へ行け、キタサン。私は……必ず君に追いつく)

 

 そして、逃げる君を。私が捕まえる!

*1
エプソムの最終コーナーの名称




絶望したけどすぐに立ち直ったドゥラ。
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