クイーンアンステークスとアスコットのゴールドカップが終わり。ドゥラメンテとキタサンブラックはそれぞれキングジョージに向けて調整を進める。
「もう一本、もう一本だ……!まだまだ、これでは届かないッ!」
「いい闘争心だドゥラ君。その意志はキミの力をより引き出すだろう!さぁ、更なる可能性の扉を!」
「次も絶対に逃げ切るッ!だから、お願いしますジェンティルさん!」
「良い気迫ですわ。そのまま私に挑んできなさいッ!」
チーム間での併走にも熱が入り、勝利に向かって歩みを止めない。2人とも、キングジョージは自分が勝つと意気込んでいる。
その熱は他のウマ娘にも伝播し、練習場全体を包み込んだ。
「『気合入ってるねぇ、日本の子達』」
「『あたし達も負けてらんないよ!別のレースがあるんだから!』」
「ふっ、『その通りだ。日本のウマ娘に後れを取るなよお前たち!』」
とても良い状態でトレーニングに臨めている。トレーナー達は満足げに眺めていた。
一日はあっという間に過ぎていく。小さくとも確かな一歩を刻み、階段を上がっていく。
(タイムはさほど変わらない、が。ブレがなくなってきた。今はまだ、これでいい)
3ハロンのタイムを計測し、成長を実感するドゥラメンテ。
(安定したペースで走れてる。よし!)
全体のタイムを計測し、喜びをかみしめるキタサンブラック。トレーナーとも相談し、自らを磨き続けた。
「ドゥラはさらに3ハロンのタイムを伸ばしていこう。キタサンに追いつくにはまだ足りないよ」
「分かった。今以上に末脚を磨こう」
「キタサンは余力を残すことを念頭に置こう。ペースを自分の身体に刻んでおいて、本番では最後の勝負に向けて力を残しておくように調整することを目標にね」
「はい!分かりました!」
少しの油断もせずに邁進を続ける。
ただ、たまには日本のニュースを見ることも忘れずに。ちょうど宝塚記念が終わった時期であり、2人の興味も宝塚記念に注がれていた。
「あ、見てドゥラさん!宝塚記念、シュヴァルちゃんが勝ったんだって!」
「これでG1初制覇だな。めでたいことだ」
「でも、なんだろう……よく分からないけど」
「【ついに届いたG1の冠。涙を流して喜ぶシュヴァルグラン】……少し、違う気がするな」
同期であるシュヴァルグランがG1を勝ったことを喜ぶ2人。ちょっとした違和感を抱きつつも、祝福のメッセージを送った。
そんな日々は過ぎていき──ついに本番を迎える。
◇
イギリスで開催されるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスは、凱旋門賞とダービーステークスに並ぶ、ヨーロッパでは有名なレースだ。
アスコットレース場で開催される11ハロン211ヤード──約2406mの勝負。昔は凱旋門賞と近い時期にあったらしいが、別のレースと統合することで現在の名称に改名。7月の開催となる。
クラシック級からの出走が可能であり、ヨーロッパ中から世代を問わず有力なウマ娘が出走してくるレース。優勝者の中にはモンジューに始まり、最後の英国の三冠ウマ娘に神と呼ばれたウマ娘など、著名なウマ娘が制覇している。日本のウマ娘は最高で3着、制覇した者はいない。
そんな舞台に、日本からやってきた2人のウマ娘が出走する。欧州では3度目の対決、日本から数えて──7度目の対決だ。
アスコットの空は晴れている。バ場の状態は良バ場ではあるものの、やや堅め。走る分には問題ない、と判断され競走は行われることとなる。
《クラシックとシニアの一流たちがこのアスコットに集います、アスコットレース場キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。芝の状態は良、晴れ空の下での出走となります。登録してあるウマ娘は9人、注目すべきは今欧州を騒がせている日本のウマ娘2人!1番人気のキタサンブラックと2番人気のドゥラメンテでしょう!》
《ドゥラメンテはマイル、キタサンブラックは前走長距離からの出走だね。彼女達が所属しているチームは距離もバ場も問わないって有名だけど、実際に目にすると驚くな》
《そうですね。特にキタサンブラックはゴールドカップを制してからの出走ですから。異例のローテでの出走、果たしてどのようなレースを見せてくれるのか?》
順調にウォーミングアップをしているウマ娘達。その中には勿論ドゥラメンテ達の姿もある。
ドゥラメンテの調子は絶好調。クイーンアンステークスから落とすことなくレースへ挑むことができた。
(今の私ならば日本の時とそん色ない末脚を発揮することができる)
「これでようやくスタートラインに立った気分だ。今日こそは、君に勝つぞ」
視線の先にキタサンブラックを捉え、決意を固めるドゥラメンテ。緊張する余裕もないのか、もしくは緊張すらもねじ伏せるような高揚感を覚えているのか。いつものステップは刻んでいなかった。入念な準備を重ね、己の力に自信を持つ振る舞いをする。
キタサンブラックも同様だ。ベストな状態へと持っていくために身体を温めている。万全な力を発揮するために、レースを勝利するために。
(ドゥラさんはどんどん強くなっている。ちょっとでも油断したら、あたしはあっという間に差し切られる)
「今日も負けない。次も、その次もドゥラさんに勝つ。レースに勝つんだ」
準備を終えた彼女達はゲートへと向かう。アスコットの空気が、一変した。
続々とゲートインを済ませるウマ娘達。9人という少人数故に、すぐに終わりそうな雰囲気だった。
《ウマ娘達がゲートに入ります。最注目はゴールドカップからの出走キタサンブラック。圧倒的なスタミナで繰り出される巡行でレースを勝ってきた、現・世界最強に最も近いウマ娘。年が明けてからの戦績は無敗、総合戦績14戦10勝という好成績を収めています!》
《いやはや、凄い成績だね。しかも内G1を6勝、日本だけのJpn1を含めれば7勝なんだから》
《対する2番人気のドゥラメンテ、こちらも好成績の13戦10勝!さらには変則三冠のG1・6勝ウマ娘!負けず劣らずの成績ですが、欧州での中距離戦はキタサンブラックに負けています》
《ここは何としても勝ちたいだろうね。彼女の気迫がここにも伝わってくるようだ》
緊張した空気が支配するアスコットレース場。口をつぐみ、発走の瞬間を待つ。
最後のウマ娘がゲートに入り、完全な静寂へ。少しの沈黙の後──空気を切り裂いて、ゲートの開く音がアスコットレース場に響き渡った。
《最後のウマ娘がゲートに入ります。キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスが今っ、スタートしました!揃って綺麗なスタート、ドゥラメンテがわずかに出遅れたか?他は綺麗なスタートを切ります!飛び出すのはやはりこのウマ娘だ、世界最強に王手をかけているキタサンブラック!キタサンブラックが内からぐいぐい上がっていくぞ、彼女の巡行がまたもアスコットの舞台で見られるのか?》
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス開幕。
◇
序盤の立ち上がりは静かなもの。逃げるキタサンブラックを追うように動く後続8人、1バ身のリードを保って走っている。
先行争いは起こらず、アスコットの坂を下る。勢いをつけすぎないように、また上り坂でのスタミナを確保するために、位置取りを争うよりも消耗を抑えることを選択していた。
《先頭を走るのはキタサンブラック。2番手には香港ヴァースの勝ちウマ娘ノースランドダンサーが追走差は1バ身。縦に長いバ群を形成しています各ウマ娘。アスコットの坂を順調に下っている》
《ここはスタミナの消耗を抑えたいところだからね。それに、キタサンブラックのスタミナはゴールドカップで証明済み。できる限り万全の状態で戦いたいはずだ》
《確かに、このアスコットの4000mを勝ったキタサンブラックがいますからね。解説さんの言うように、無駄な消耗を抑えたいという意図があるのでしょう。さて、もう一人の日本のウマ娘ドゥラメンテは最後方に構える。これも変わりません》
《彼女の末脚は驚異的だ。クイーンアンステークスの末脚を発揮できればあるいは、って感じだね》
アスコットのスウィンリーボトムを曲がった後。オールドマイルコースと呼ばれる上り坂は難所。加えて、同じレース場の4000mを制したウマ娘が出走してきている。後のことを考えれば、今ここでスタミナを削るよりもオールドマイルコース以降でスタミナを削った方がいい。そう判断していた。
(下りのここで勢いをつけすぎたらコーナーを曲がれない。なら、オールドマイルで仕掛ける!)
さらにはコーナーも急だ。特に、アスコットの特徴的なコーナーであるスウィンリーボトムは。勢いをつけすぎたら外に振らされる。外に振らされたら位置取りで不利を取ることになる。下りのここはまだ無茶をする段階ではない……そのことを証明するように、開幕は静かな立ち上がりとなっている。
キタサンブラックも同様だ。1バ身のリードを保って走っている彼女は、少し抑え気味に走っている。
(ゴールドカップもそうだったけど、ここの上り坂は凄い。下りのここは無茶をする段階じゃない)
一度体感しているからこそ分かるアスコットの上り坂。勝負すべきはここではない、まだ消耗を抑える段階だと無茶はしない。
(他の人達もそれが分かってるから動いてこない。この展開は、あたしにとって好都合……だけど)
他も動かないが、それは今のうちだと分かっている。レースが動くのはオールドマイルコースに入ってから。コーナーを曲がってからが勝負となると、キタサンブラックは勘づいていた。
(今はまだ溜め。動かずにじっと待つ)
差をつけるのではなく、ペースを乱さない逃げ。キタサンブラックは冷静だった。
そして、最後方のドゥラメンテ。こちらは出遅れたものの、ペースを乱すことなく走っている。
(……煽るとしよう)
唐突にペースアップ。前を走るウマ娘の後ろにつけ、プレッシャーをかけた。
「ッ」
(さすがに、軽いプレッシャーでは動じないか。だが問題はない。このままかけ続ければいいのだから)
できる限りスタミナの消耗を抑え、前のウマ娘を煽る。戦っている相手はキタサンブラックだけではない、走る相手は自分たちだけではないと分かっているからこそ、誰であっても容赦はしない。自分が勝つために最適な選択肢を模索し続ける。
《まもなくスウィンリーボトムを迎えるレース。先頭は依然としてキタサンブラックが1バ身のリード!キタサンブラックがペースメーカーとなって逃げている。隊列に大きな動きはっ?おっと、後ろの方で動きがあった。最後方のドゥラメンテが前のエルピットをぴったりとマークしている。エルピットはかなり走りづらそうだ》
序盤の探り合いは終わり、中盤のオールドマイルコースへと差し掛かる。ここから一気にレースが動き出す、そんな気配を感じさせた。