宝塚記念で気づいた。気づいて、しまった。自分の本当の気持ちに。
(気づいたところで、どうしたらいいんだ?もう、何もかもが手遅れなのに……)
偉大なウマ娘になるには、自分が選んだ道を進めばいいなんて思っていた。だけど、僕の中でどうすればいいのかなんて決まっていて、それからずっと目を背け続けてきたんだ。だから、この後悔は当然のこと。愚かな僕が選んだ、当たり前の結末。
(僕は、キタサンに勝ちたかったんだ。ホープフルステークスよりもずっと前から、彼女に勝ちたかった。こんな簡単なことすら、分からなかった……)
トレーナーやみんなは多分気づいてた。遠回しに警告もしてくれた。なのに僕は、全てをふいにした。本当に、自分が情けなくて恥ずかしい。
「幻滅、したよね。こんな僕だもの……」
チームにすらいない方がいいんじゃないか?トレーナーだって僕を幻滅してるだろうし、退部届を出して抜けた方が……なんて甘い考えの自分を殴り飛ばす。頬を叩いて、自分の目を覚めさせる。
(……それも、ただの逃げだろう、僕。逃げてるだけじゃないか)
それに、ルドルフさんの言葉を思い出す。
「君は私のチームの後輩、幻滅するなんてことはない。これからも何かあれば、気軽に相談してくれたまえ」
ルドルフさんが嘘を言うはずがない。だから、これはきっと本当のこと。トレーナーもみんなも、僕に幻滅したなんてことはないんだ。
ルドルフさんはこうも言ってた。
「シュヴァルグラン。どんな時でも私達は君の味方だ。耐えきれない時は、遠慮なく頼ってくれ」
耐えきれない時は頼ってくれ、と。今が、その時なんじゃないか?
(……僕はまだ弱いままだ。頼らないと立ち上がることもできない)
「けど、一人でうじうじしているよりはマシだよね?」
ひとまず、トレーナーさんのところに行くのは確定だ。宝塚記念が終わった後も、泣いている僕を心配してくれた。僕の涙が、喜びからではないことを察してくれた。何も言わなかった僕に、言いたいときに言ってくれればいいと声をかけてくれた。
少し落ち着いた。ひとまず、LANEで時間がとれるかどうか聞いておかなくちゃ。後は、ルドルフさんの時間も。
「……明日のお昼に、か」
これで準備は整った。トレーナーさんとルドルフさんに、今後のことについて相談だ。
◇
お昼の部室に行くと、トレーナーさんとルドルフさん、そしてテイオーさんがいた。テイオーさんは普段からずっとお世話になってる人だから、ちょっと安心。
「おはよう、シュヴァル。それで、話というのは?」
「そ、その……宝塚記念のこと、なんですけど」
「ッ!……分かった。ひとまず、座って話そうか」
「ボクお菓子持ってくるね~!」
座って、トレーナーさんにこれまでのことをすべて話した。宝塚記念で涙を流していた理由は、喜びからくるものではないこと。自分の不甲斐なさ、逃げた臆病な自分に対するやるせなさから流した涙であること。トレーナーさんやルドルフさんの警告を無視した結果、取り返しのつかない事態を招いてしまったこと。僕が偉大なウマ娘になるために必要だったこと。そして何より。
「僕は、僕は……キタサンに勝ちたかったんです。怖くて、僕なんかがなんて思ってたクラシック三冠も、キタサンに勝ちたいから頑張っていた。勇気を出して挑むことができた」
「……うん」
「だけど、ジャパンカップからは逃げた。今の自分じゃかないっこない、脚が竦んじゃって、挑むことを止めました。この先、もう戦えるかどうかも分からないのに」
僕は自分が思っている以上に、キタサンブラックというウマ娘を意識していたんだってことを。包み隠さずに話した。トレーナーさんもルドルフさんも、テイオーさんも何も言わない。黙って僕の話を聞いてくれた。
「僕は……どうしたらいいんでしょうか?キタサンに勝ちたいのに、キタサンはもう日本のレースで走るかどうかも分からない。今から海外戦の準備をしようにも、とてもじゃないけど間に合わない!」
「確かに、シュヴァルはVRウマレーターとかで海外想定のトレーニングを積んでないからね」
「もうリベンジの機会はないかもしれない。そう考えたら……そう、考えたら……っ!」
あぁ、ダメだなぁ。また涙が流れてしまう。自分の気持ちとは関係なしに、情けなさに涙が止まらない。
どうしたらいいのか分からない。そんな僕にかけられたのは──テイオーさんの言葉。
「厳しいことを言うけどさ、一から十までシュヴァルの責任だよ」
「テイオーッ!」
「止めないで、トレーナー。トレーナーも会長も優しいから言わないけど、僕ははっきり言うよ。この事態を招いたのはシュヴァルの責任だ。キミがキタちゃんから逃げ出したから、この事態を招いた。分かってると思うけどね」
言い返せない。全部その通りで、間違ってないから。僕の責任で、僕が悪くて……反論する隙なんてない。
「後で戦えばいい?別に今じゃなくても大丈夫?そんな甘い考えだから、後悔することになるんだ。今ここでしか走れない、そんな気持ちで走らないからこんなことになるんだよ」
「……はい」
「自分がケガをしたらどうするの?自分じゃなくても、相手がケガをする可能性だってある。だからボク達はその日一日のレースに全てを賭ける。次なんてない、同じレースは二度とないんだから」
テイオーさんの指摘はもっともで、自分の考えがいかに甘かったのかを思い知らされる。理解していることを改めて突き付けられて……自分がどれだけ愚かだったのかを痛感する。
次はどんなことを言われるのだろう?でも、僕はそれを甘んじて受けなきゃいけない。僕がやったのはそれだけのことなんだから……
「──だからまぁ、今からできることを探そっか!」
っ、え?
思わず顔を上げると、笑顔のテイオーさんが見えた。さっきまでの厳しい声色じゃなくて、いつもと変わらない口調。ううん、いつもより優しい声で、テイオーさんはあれこれ考えている。
「一番はキタちゃん達が日本に帰ってくることだけど、わかんないよね~。ミーティアって基本予想がつかないし」
「あ、あの」
「やっぱり今のうちに鍛えておくのがいいかな。次戦う時に、キタちゃんがびっくりするぐらい強くなっておかないと」
待ってほしい、そんな簡単に!
「トレーナーはどうしたらいいと思う?というか、ミーティアが日本に帰ってくると思う?」
「さすが日本には帰ってくるだろうが……トゥインクル・シリーズで走るかどうかは分からないな。ルドルフは?」
「同じ意見だね。ただ、高村トレーナーのことを考えれば帰ってくる可能性は「ち、ちょっと待ってくださいッ!」おや?どうしたのかなシュヴァルグラン」
さっきからもう話は終わったみたいな雰囲気になってますけど……!
「も、もっと、怒らないんですか?しっかりしろとか、反省しろとか!」
「怒るって……さっき怒ったじゃん。ボクが」
「け、けど!僕がやったことはもっと叱られるべきことなんじゃ「シュヴァル」と、トレーナーさん?」
トレーナーさんは真っ直ぐに僕を見ている。その目に怒りや呆れは──ない。
「俺達が怒ったって、過去が変わるわけじゃない。それは分かるだろう?」
「……はい」
「なら、お互いに悲しい気持ちになるよりも、嬉しい気持ちになった方がいい。そうは思わないかい?」
そ、それは……そうかもしれない。でも、僕の過ちは「それに、可能性は0じゃない」え?
「ミーティアがトゥインクル・シリーズを続行する可能性は、0じゃない。最悪の場合は、俺がお願いでも何でもするさ」
「トレーナー、いくらなんでも無理でしょ。こっちが戦いたいからってお願いしても、あの人首を縦に振らないよ」
「同感だな。高村トレーナーはウマ娘第一主義、彼が担当するウマ娘が首を横に振れば、絶対に首を縦に振らないだろう」
「まぁ、これはさすがに冗談だとしても、だ。俺としてはそれぐらいの気概で行くつもりだよ。シュヴァルのためならね」
そんな、どうして。
「どうして、僕なんかのために……?」
「う~ん……理由なんて簡単だよ」
「だよね~。簡単簡単」
どうして、あなたたちは。やらかしてしまった僕に。
「俺はトレーナーで、君は担当ウマ娘。ウマ娘のために全力を尽くすのは当然のことだろう?」
「同じチームのメンバーじゃん。頼られたら嬉しいし、張り切って助けちゃうよ!」
「何も難しいことじゃないさ。君が困っている、だから助けたい。勿論、君達もそうだろう?」
「その通りです!」
「シュヴァル、さん。私達は、いつでも相談に、乗りますよ」
そんなに優しくしてくれるんですか?
気づいたら、ダイヤさんにカフェさんもいた。2人も、僕に温かい言葉をかけてくれる。
「申し訳ありません……シュヴァルさんのお気持ちに気づかず。ですがもう安心ですよ!私も協力します!」
「同じ、チームの、仲間。困っているなら、協力するのが、当然ですから」
あぁ、ダメだ。今度は別の意味で涙が止まらない。暖かくて、優しい気持ちがあふれてて。
(僕は、僕は……!)
「あ~、トレーナーがシュヴァルを泣かした~!」
「ちょ!?それはないだろテイオー!」
「ふふ、言っただろう?シュヴァルグラン。どんな時でも、私達は君の味方だと」
「ひとまずサトノの技術を結晶して作ったメガドリ「それは、仕舞ってください」そんな!?」
良いメンバーに恵まれたんだなって。思わずにはいられなかった。
◇
その後、少ししたら落ち着いて。今後の方針を立てることになった。
「何をするにしても鍛えよう。今のままだと、キタサンブラック達に勝つのは至難の業だ」
「海外遠征でめちゃくちゃ強くなってるからね~。特にキタちゃん!」
「あぁ。完全に迷いがなくなった。今の彼女は、間違いなく世界最強の一人に名を連ねているだろう」
「会長、さん。闘志が、隠しきれて、ません」
「……それは君もだろう?マンハッタンカフェ」
相手の強さを再認識。キタサンもドゥラメンテさんも、どちらも日本にいた頃よりも格段に強くなっている。
「それに、ドゥラメンテもヤバいよ。クイーンアンステークスの末脚は他よりも一線を画してたからね」
「あの末脚が、どの距離でも発揮されるのは、脅威です。10バ身差があっても、詰めてくる危険性を秘めている」
「むむむっ、他人事じゃありませんね!」
「ダイヤも戦う可能性があるからね。シュヴァルだけじゃないよ」
だから僕が今やるべきなのは──とにかく自分を鍛えること。
「トレーナーさん、みなさん」
「……どうしたのかな?シュヴァル」
頭を下げて、お願いする。
「夏合宿、僕を鍛えてください。キタサンにもドゥラメンテさんにも、クラウンさんにもアースさんにも負けないくらいに!」
僕が偉大なウマ娘になるために。キタサン達に勝つために!僕は、もっと強くなる!誇れる自分になるために、恥ずかしくない自分になるために!
「勿論。今まで以上に厳しくいくから、覚悟してくれ!」
「ボクも勿論協力するよ。なんてったって、シュヴァルの教育係だからね!ニッシッシ~」
「頼もしいな。サトノダイヤモンドも、菊花賞を控えている。覚悟しておくんだぞ」
「はい!私も会長さん達と同じように、無敗の三冠ウマ娘になります!」
「頑張って、ください。長距離は、私と会長さんの、得意分野ですので」
僕の中で軸ができた。決してぶれることのない、砕けることのない支柱が。
もう迷わない、もうくじけない。僕は──キタサンに勝つんだ!
「……でも、キタサンがトゥインクル・シリーズに戻ってこなかったらどうしよう?」
「もーシュヴァル!ネガるのはダメだって!絶対戻ってくるよ!アースも言ってたんでしょ!?」
「そ、そうですけど、やっぱり心配で……」
ちょっと、まだ頼りないけど。僕は確かな一歩を踏み出したんだ。
前を向いたシュヴァち。