ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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行き詰る研究

 一日の全工程が終わったホテルの部屋で、私はST-2のメンテナンスをしている。まさか、部屋だけではなくラボまで貸してくれるとは……これも、聖トレーナーの影響だろう。

 

(名実ともに世界最強のチームとして君臨しつつある。次の凱旋門賞も、キタサンブラックとドゥラメンテが圧倒的人気を誇っているのだから)

 

 欧州のレースというレースを巡り、揃えば必ずワンツーフィニッシュでゴールをする2人。着差も1バ身以内に収まり、欧州中が熱狂するライバルとして名を馳せている。

 2人だけではなく、他のメンバーも欧州では有名だ。少しでも道を歩けばファンが声をかけるぐらいには。

 

(ST-2の実験にも協力的。エアシャカール達と一緒に、いつも試行錯誤してくれる)

 

 私の極めて利己的な夢、断られたっておかしくないものを、ミーティアは、聖トレーナーは二つ返事で了承してくれた。

 

「そんな彼に、何か恩返しがしたいな……」

 

 いつもお世話になっているわけだし、何かお礼をしなければ失礼になるだろう。彼は気にする性格ではなさそうだが、私の気が済まない。

 

「……そうだ!この前、良い感じのバーを見つけた。そこに誘うというのはどうだろうか!?」

 

 誰に言っているのかは分からないが、妙案が思い浮かんだぞ!普段の彼に労いの意味を込めて、バーで奢るのがいいだろう!大人の付き合い、というやつだ!

 そうと決まれば、さっそく手はずを整えよう。研究者仲間からもらったお得になるやつも手元にあるし、これを理由に聖トレーナーを誘うとしよう。

 

「明日が楽しみだ。ふふ」

 

 ST-2のメンテナンスを終えて、ベッドへと移動する。海外遠征もすでに半年を過ぎて1年が経とうとしている。慣れたものだ。

 ……待てよ?誘うと決めたはいいものの、どうやって誘ったものか。彼は仕事人間だし、ちょっとやそっとの理由じゃ動くことはないだろう。

 仮に、もし仮にだ。こんなことになったら……

 

「聖トレーナー。こちらで雰囲気の良いバーを見つけたんだ。どうだ?普段の慰労を兼ねて、2人で飲みに行かないか?」

「すみません、仕事が立て込んでるので今回は遠慮しておきます」

 

 あ、あ、あー!いやだいやだ!そんなことになったら私は耐えられないぞ!

 

(そうだ、私が立てた計画は彼がついてくること前提!断られるリスクだってあるじゃないかっ!)

 

 しかも、彼はいつも忙しいからこうなる可能性が大じゃないか!しまった、そんな単純なことも忘れていただなんて……!

 

(仕事が忙しくない時を狙って……いや、彼は仕事がなければ仕事を作るタイプだ。そんな時は一生訪れない気がする)

 

 なんたって私も似たようなことをしているからな。

 どうすればいいんだ?彼を労いたいのに、彼はついてこない可能性の方が高い。

 

(いったい、どうすれば……!)

「どうすればいいんだぁぁぁ!?」

「ちょわぁッ!?何事ですか!事件ですかッ!」

 

 あ、サクラバクシンオーが来てしまった!

 

「ち、違うんだ!なんでもない、なんでもないったらないぞ!」

「そうですか!それは良かったですッ!シュガーライツ博士もお早めの就寝をッ!それでは、バクシンバクシィィィ……」

 

 ……行ったな。サクラバクシンオーの言う通り、もう寝るとしよう。

 

(でも、本当に断られたらどうしよう?そうならないためにも、いくつものパターンをシミュレートしておかなければ……!)

 

 そう、何パターンも!聖トレーナーが思わずついてきたくなるような誘い文句があるはずだ!

 

(私の頭脳をフル回転させる!)

 

 きっと妙案を思いつくはずだ、私!

 

 

 ……朝。

 

「……全然眠れなかった」

 

 ついでに誘い文句も浮かばなかった。もう終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 朝起きてトレーニングと一緒にST-2の試験をやろう……と、していたんだけど。

 

「……いつにも増してキツそうですね、シュガーライツさん」

 

 シュガーライツさんが眠そうにしていた。いつもよりも濃い目の隈を作って。いったいどうしたのだろう?

 一度の呼びかけでは反応しなかった。なのでもう一度近づいて、彼女の視界に入るように手を振る。どうにも下を向いてるみたいだし。これで気づいてくれるといいんだけど。

 

「シュガーライツさん、大丈夫ですか?随分と眠そうですが」

「……あぁ、聖トレーナーか……聖トレーナー!?」

 

 反応したかと思えば、凄い勢いで離れられた。なんでそんな反応を?もしかして、知らぬ間に何かしてしまったのか僕は。

 

「あの、自分がどうかしましたか?なにか、シュガーライツさんにとって迷惑なことをしてしまったのでしょうか?」

「あ、あぁいや!そういうわけじゃないんだ!そういうわけじゃないぞ聖トレーナー!うんうん、そうじゃないんだ!」

「はぁ」

 

 それならいいんだけど。だとしたら、どうして急にそんな離れていくのだろうか?なにか事情があるかもしれないし、深堀しない方がいいか。

 で、気になるのは目の隈だ。いつも以上に濃いということは、寝不足の可能性が一番高いけども。

 

「寝不足ですか?ST-2の研究、最近行き詰ってますし」

「あ、あぁ~……寝不足なのはそうだが、ST-2は関係なくて、な」

「そうなんですか?では、いったいどんな理由で?」

「え、え~っと、え~っと……あうぅ」

 

 よし、この話題を深堀するのは止めよう。シュガーライツさんさっきから顔が赤いし、もしかしたら体調不良かもしれない。今日の実験は中止した方がいいだろう。

 

「も、もうなるようになれだ……!」

「?どうしました、シュガーライツさん」

 

 なんか小さい声で言った気がするけど、気のせいだろうか?とりあえずもう一度聞くとしよう。

 

「ひ、聖トレーナーッッ!!

「……どうしました?」

 

 急に大きな声を出すからびっくりした。何かを伝えようとしているみたいだけど。

 

「そ、その、だな!君に、伝えたいことがあるんだ!」

「そうですか。なんでしょう?」

「う、うぅ~ッ!」

 

 本当に熱の可能性が出てきたな。でも、邪魔するのは悪いし。話を聞いてからでも遅くはないだろう。さっきから周りの目が痛いけど些細なことだ。

 

「そ、その!今日、飲みに行かないか!?」

「……お酒ですか?」

 

 一生懸命に、勇気を振り絞ったであろう言葉は飲みのお誘いだった。聞き返すとこくこく頷いたので間違いないだろう。

 飲み、飲みか。

 

「良いですよ。それじゃあ今夜行きましょうか」

「……えっ?いいのか?」

「別に。お酒、嫌いではありませんので」

 

 それに、もしかしたらシュガーライツさんも根を詰めているかもしれない。口ではあぁ言ってたけど、ST-2の研究に行き詰ってるからかもしれないし。たまの息抜きは必要だろう。

 最初は呆然としていたシュガーライツさんだけど、見る見るうちに花が咲いたような笑顔になっていく。

 

「そ、そうかそうか!じゃあ、こっちで紹介してもらったバーがあるんだ!そこに行こう!」

「分かりました。では、今日のトレーニング終わりにでも」

「あぁ!よろしく頼むぞ!」

 

 ……さっきまで眠そうだったのに、今は上機嫌に戻っていったね。そんなにお酒好きなのだろうか、シュガーライツさん。

 これで今日の夜に予定ができた。凱旋門賞が近いけど、資料はもうまとめ終わってるし問題はない。

 

(他にも誘った方がいいかな?大人数の方が……!)

 

 いや、待て。こういう状況で人をたくさん呼んでもいいものだろうか?今回の主催兼発起人はシュガーライツさん。彼女の許可なしに、勝手に人数を増やしてもいいのか?もしシュガーライツさんが大人数が苦手な人だったら、僕のやっていることは完全に余計なお世話だ。

 それに、虎太郎に前言われたことがある。

 

(お出かけとかに誘われたら、勝手に人数増やしたりするんじゃないぞ……だったかな?これはその状況にちょっと当てはまっている)

 

 なら、呼ばない方がいいか。もし他にも誘った方がよかったのだとしたら、次の機会に活かせばいい。

 その日のトレーニング、シュガーライツさんは機嫌が良さそうだった。寝不足は多分、僕の気のせいだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 そして、夜の飲み。シュガーライツさんと2人で飲むことになる。

 

「ここだ!研究者仲間に紹介してもらってな、雰囲気も良いし、リラックスできるぞ!」

「……確かに、悪くないですね」

 

 少しこ洒落たバーのカウンターで、シュガーライツさんと2人で飲む。

 

「「乾杯」」

 

 僕が頼んだのは、まぁ普通のカクテル。度数も平均的だ。シュガーライツさんは甘めのお酒、度数はちょっと低い。

 お酒を飲みながら、さっそく本題に入るとしよう。

 

「それにしても、どうして急に飲みのお誘いを?」

「あ、あ~……君には随分と世話になっているからな。君に、真っ先にお礼がしたかったんだ」

 

 どうも日ごろの礼を兼ねてらしい。さらには、僕は人一倍働いているから休む暇もないだろう、とのことで。

 

「君の目に生気がないのもそれが理由だろう?」

「違いますけど」

「え、そうなのか!?」

 

 まぁ、働きすぎとはよく言われるけども。それは良いとして、だ。

 

 

 お酒のペースは……シュガーライツさんかなり早いな。もう結構飲んでる。そして。

 

「うへへ~、もっと飲んれもいいんらぞ~」

「酔ってますね、シュガーライツさん」

「なにを~?わたしよりも飲んでるじゃないかきみは~」

 

 見事なまでに酔っ払っていた。楽しそうだし良いか。それに、どうせ同じ宿泊先なのだから問題はない。

 

「は~あ、ST-2も行き詰ってきたし、ろうしたものから~」

「そうですね。何か、糸口があればいいのですけど」

 

 酔っていてもST-2のことを口にするのは、やはりそれだけの思いがあるのだろう。現在ST-2の研究は行き詰っているから、それを憂いているようだ。

 

「エアシャカールも分からないといっれらし、う~ん……」

「出力は申し分ない、シュガーライツさん自身の身体も大分鍛えられてきましたもんね」

「ふっふっふ~。それなりに力がついてきらんだぞ~」

 

 力こぶを作るようなポーズをするシュガーライツさん。確かに、結構筋肉は戻ってきている。

 出力は問題ない、シュガーライツさんの肉体も問題ない。だとすれば、後足りないものは何か……。

 

「シュガーライツさん的には、足りないものは何だと思いますか?」

「え~?おしゃけ~!」

 

 酔いすぎではないだろうか?それはそれとして新しいカクテルを注文してあげよう。

 

「すみません、彼女に同じものを」

「かしこまりました……あなたはお連れ様よりも度数の高いお酒を、それも彼女以上に飲んでいるのに顔色一つ変えませんね」

「まぁ、昔からです」

 

 ともかくとして、今のシュガーライツさんには何を聞いても意味はないだろう。彼女の話し相手になりつつ、ST-2に必要なものを考える。

 ……待てよ。

 

(未知の刺激、なんてどうだろうか?)

 

 思えば、シュガーライツさんは研究を理由にレースを観戦しに来ていない。ちょうど凱旋門賞があるわけだし、この機会に観戦しに来てもらおう。もしかしたら、新しい着想が得られるかもしれない。

 

「こら~、ちゃんと話を聞いているのかひじりとれーなー!」

「大丈夫です、ちゃんと聞いてます。美味しいですよね、ここのカクテル」

「ふふ~、そうらろ~?教えてくれたなかまに感謝だ~」

 

 酔いが覚めた後どうなるんだろうな。まぁ、知らないふりをしててあげよう。

 

 

 日付が回る前に解散。さすがにバクシンオーも寝ている時刻に帰ってきたけど、遅くまで起きていたらすぐさまバレるので就寝。

 後日。顔を真っ赤にしたシュガーライツさんが詰め寄ってきた。

 

「ひひひひ、聖トレーナー!昨夜の私は何もしてないよな?変なことは口走っていないよな!?」

「大丈夫です。何も言ってませんでしたよ」

「よ、よかったぁ……」

 

 楽しい飲み会だった。うん。




酔ったシュガーライツ博士を見たい。もっと見たい。
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