ソシテアナタニ   作:カニ漁船

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凱旋門賞ですたい。


伝播する熱、凱旋門賞

 ある日のST-2の実験。今日こそは解決の糸口を探ろう、と思っていた私に聖トレーナーから提案された。

 

「シュガーライツさん、凱旋門賞を見に来ませんか?」

「──えっ?」

 

 今度のレース、キタサンブラックとドゥラメンテが出走する世界最高峰の舞台、凱旋門賞を見に来ないか、と。

 なぜ、どうして。そんな疑問が真っ先に出てくる。だが、ここで私の中に出てきたのは──ここまで過ごしてくる中で見てきた、彼の姿だ。

 

(意味のないことを言う彼ではない。きっと、この状況を打破する何かを見つけたんだ)

 

 実験の停滞、これ以上どうすればいいのか、暗がりの中を進む行為の中で、彼は光明を見つけたのかもしれない。

 ひとまず、意図を聞こう。どうして凱旋門賞を?という意図を。

 

「なぜ、凱旋門賞に?」

「行き詰っているST-2の研究。それを打破する手がかりを見つけられるかもしれません。なので、シュガーライツさんにも是非、凱旋門賞を見に来てほしいと思いました」

 

 かもしれない、などという不確定な言葉。それでも、賭けたくなる不思議な感覚。絶対に見つけられる、突破口がある。そう思わせる不思議な感覚だ。彼の淡々とした、それでいて自信に満ちた語気がそうさせてくれるのかもしれないな。

 ……それでも、躊躇してしまう。長らくレースの現地観戦はしていない。研究の参考にするために、映像で見ることはあるが、現地で応援することはこの身体になってからはなくなってしまった。

 見るのにも迷惑がかかるだろうし、人混みにも慣れない。それに……どうしても、想像してしまう。

 

(私にも、あんな未来があったのではないかと思うと、どうしても脚を踏み出せない)

 

 別に、過去のことを悲観しているわけではない。今の自分を後悔しているわけではない。それでも、レースを見ると思ってしまう……もし、自分があのように走れたら、と。

 踏み出せない臆病な私。聖トレーナーの不思議そうな表情が、私を捉えている。早く答えなければ、今すぐに行くと言わなければ。

 

「あ、う……っ」

 

 言い出せない。どうしても躊躇してしまう。聖トレーナーは何も言わない、じっと私を見ているだけだ。

 何も言わない私と、私の言葉を待つ聖トレーナーが向かい合う。この時間が永遠に続くかと思われた、そんな時。

 

「──いいンじゃねェか?」

 

 エアシャカールの言葉が、私の背中を押したような気がした。

 

「エア、シャカール」

「どうせ研究は行き詰っている。この状況を打破する何かはまだ見つかってねェ」

 

 淡々と事実を羅列していく。逃れようのない現実、目を背けてはいけないことを突き付けてくる。エアシャカールらしい言葉だった。

 

「だったら、コイツが見つけた打破できるかもしれねェ手掛かりに賭ける。なンせ、これまでとんでもねェ偉業を打ち立ててきたトレーナー様だぜ?」

「……プレッシャーをかけるのは止めてくれるかな?」

「事実だ。なンにせよ、凱旋門賞を見に行くってのは悪い手じゃない。あの2人のレースを見ることで、何か起こるかもしれねェ。一考の余地ありだ」

 

 ……そうだ。頭では分かっている。分かっているが、どうしても一歩が踏み出せないんだ。

 

「──何かお困りがあれば、我々で手助けをしましょう博士」

 

 次にかけられたのは、ビワハヤヒデの言葉。メカエキスポでも、彼女たちがサポートをしてくれた。

 

「恐れることはありません。ちゃんと、我々がついています」

「……ビワハヤヒデ」

「そうだろう?タイシン」

「まぁね。てか、ここまできてビビることはないでしょ。今までだってさんざん変なことやってきたのに」

 

 ST-2で水上バクシン理論を試したりとか、と茶化すナリタタイシン。それに関しては言わないでほしい。

 他にも協力してくれたみんなが、私の背中を押してくれる。

 

「ブリキ缶に魂を吹き込め!機械神(デウス・エクス・マキナ)を、今ここにッ!」

「──恐れることは、ない。何事もChallenge、だ」

「頑張りましょう、シュガーライツ博士!トレーナー陣も、できる限り協力します!」

「……」

 

 ここまで言われて、踏み出せない私ではなかった。

 

「分かった。凱旋門賞を見に行こう」

「……分かりました。では、観戦の手筈を整えます」

 

 行くと答えた。聖トレーナーは、すぐに観戦のためのプランを練り始めた。私でも問題がないように、最大限研究のためになるように。エアシャカールのトレーナー達とも話し合って、バックアップに努めようとしている。

 あぁ、本当に。

 

(このメンバーでよかった)

 

 感謝しかないな。

 

 

 

 

 

 

 迎えた凱旋門賞当日。私が連れられたのは──普通の観戦席だ。他のお客さんもいる中で、私達は固まってレースを観戦している。

 

「熱気が凄いな……久しぶりだ」

「やっぱり、現地の空気を味わうならここが一番かと思いまして。最前列なので、レースも見やすいです」

 

 聖トレーナーの言葉。彼の言う通り、とても見やすい位置で私は観戦できる。

 

「頑張ってくださいね~ッ!キタさーん、ドゥラさーん!学級委員長が応援してますよ~!」

「さて、今回の天秤はどちらに傾くのかしらね?」

「ドゥラ君の末脚が勝るか、キタ君が逃げ切るか?互角だからこそ熱い勝負が繰り広げられる、実に楽しみだ!」

 

 それぞれが目的を持ちながら待つ。まもなく凱旋門賞が始まろうとしていた。

 実況の声が聞こえてくる。

 

《──シャンティイレース場は晴れています、良バ場での開催となりました凱旋門賞。注目すべきはやはり、日本からやってきた2人のウマ娘でしょう。欧州のレースを渡り歩き、結果を残してきている流星のごとき2人のウマ娘。1番人気のキタサンブラックと2番人気のドゥラメンテ。この芝2400mで、10度目の対決となります》

《いや~、どちらも凄いウマ娘ですよね!世界最強チームと名高いミーティアの2人、お互いが最大にして最強のライバル!彼女らが2人出走するレースは、全てワンツーフィニッシュで決まってますから!》

《ワンツーフィニッシュでなかったのは日本で一度だけ。この凱旋門賞ではどちらが栄光を手にするのか?キタサンブラックが突き放すか、ドゥラメンテが追い付くのか。それとも他のウマ娘が待ったをかけるのか!世界最強をかけた戦い、凱旋門賞が今っ、スタートです!》

 

 ゲートが開いて一斉に駆け出す。先手を取るのは──キタサンブラック。

 

《綺麗なスタートを切ります、ハナを切るのはキタサンブラック、キタサンブラックが先頭を取ろうと動きます。そうはさせまいとヴェリティトーカー、エリュアールが並びます。激しい先行争い、しかしキタサンブラックは無理には加わらない様子だ。2人が行くならば私は控える、そんな位置取りをしています》

《これがキタサンブラックの強みだね。逃げがダメなら先行にもシフトできる。臨機応変に動けるんだ、彼女は》

《隊列は縦に長くなりそうな展開。後方から3番目に2番人気ドゥラメンテが控えている。ドゥラメンテは後ろでのレース、いつもの展開だ》

 

 無理にはいかない。控えて、風除けに使おうとしている。

 

「バ群は縦に長くなってンな。捲るのには悪くねェ」

「しかし、先行気味に立ち回っても、キタサンブラックは逃げとそん色ない実力を発揮できる。中々に厄介だぞ、これは」

 

 タイムは、スロー。今回の凱旋門賞はレース場が違うことから変化があると思われたが、変わらない。スローペースで進んでいる。

 

《キタサンブラックは3番手に。ヴェリティトーカーがペースを握ります。先頭ヴェリティトーカー、2番手にエリュアール。3番手は1バ身離れてキタサンブラックがいて、4番手にはノースランドダンサー、ノースランドダンサーがいます。展開はスロー、位置取り争いもやや落ち着いてきたか?まもなくコーナーへ入ります》

 

 位置取り争いが落ち着けば、序盤の争いはほとんどない。コーナーも淡々と曲がり、最後の直線の末脚勝負になる……と思いきやだった。

 

「おっとぉ?キタ君が動いたねぇ」

 

 シャンティイの第3コーナーは下りになっている。そのくだりを利用して──キタサンブラックが最内を果敢にこじ開けた。遠めに見ても分かるぐらいぎょっとしているエリュアールにヴェリティトーカー、負けじと粘っているが、キタサンブラックは競り合う様子を見せている。

 

《第3コーナーを越えて第4コーナーへ、第4コーナーに入る前に動きが見えた!キタサンブラックが最内から上がっていく、下りを利用して上がっていくキタサンブラック!ヴェリティトーカーに並んだキタサンブラック、まさかここから仕掛けるのか!》

《ハハ、彼女ならば行けるだろうね!ゴールドカップ覇者は伊達じゃないよ!》

《虚を突かれたエリュアール、これにはついていくしかない。このまま逃げ切り勝ちを許すわけにはいかない、エリュアールとヴェリティトーカーが果敢に行きます。先頭に並んだキタサンブラック、ドゥラメンテはまだ動かない!》

 

 まさかここから?ここから持つのか君は?ゴールまではほぼ上り坂、スタミナの消耗も激しいのに……君のスタミナは、もつというのか?

 キタサンブラックは進む。下り終えて、第4コーナーを駆け抜けるキタサンブラック。傍から見れば焦っているようにも見える姿。なのに、不思議と安心感がある。

 

「キタさんが先頭に躍り出ましたわね。さぁ、ここからですわよ」

「バクシンですよキタさーんッ!バクシンの気持ちを忘れずにッ!バクシンバクシーーンッ!」

 

 第4コーナーで競り合っていた3人。2人の粘りを振り切って、キタサンブラックが先頭に躍り出る。そして今、最後の直線へと入っていった。

 

《最後の直線に入ります。縦に長かったバ群は固まってきた、先頭はキタサンブラックだ。キタサンブラックが先頭だ!》

 

 瞬間、歓声がさらに大きくなる。熱を帯びて、伝播して、私にも伝わってくる。胸が熱くなって、思わずこぶしを握ってしまう。抱くのは──憧憬。

 

(もし、私にも……)

 

 抱かずにはいられない。もし、自分が無事だったのならば。もし、自分の脚で満足に走ることができたなら。そう思わずにはいられない。未練はないとしても、それでも走りたいと思ってしまう。私は、ウマ娘だから。

 キタサンブラックが先頭で走る。ここで私に聞こえてきたのは……空気が破裂するような音。

 

「ッ!?」

 

 勿論、実際に聞こえたわけではない。しかし、そう聞こえてもおかしくないほどに。後方から飛んでくるウマ娘の影。

 

「ドゥラメンテさんも仕掛けましたね。見る見るうちに差を詰めていきます」

「さてさて、今度の勝負はどちらに軍配が上がるのか!」

 

 大外から飛んでくるドゥラメンテ。届くはずない、あまりにも遠い……そんな考えを消し飛ばしてしまうほどに、今の彼女は速かった。

 

《後方からドゥラメンテ、後方からドゥラメンテが飛んできた!あれだけあった差を、グングンと縮めていくドゥラメンテ!やはりこの末脚は恐ろしい、他のウマ娘も負けじと差を詰めます!》

《それでも、ドゥラメンテの末脚は凄いね!上り坂を感じさせない速さだ!》

 

 気づけば、ファンの熱以外にも伝わってきた。走っているウマ娘達の情熱を、私は肌で感じている。

 負けたくない、勝ちたい、抜かせない、追い抜く。そんな感情が、彼女らの気迫が伝わってくる。私の身体を、熱くさせる。

 

「この、熱は……」

 

 中でもひときわ大きいのは、キタサンブラックとドゥラメンテの2人。お互いがお互いを意識するライバル、2人の気持ちは──出走している17人の中でもひときわ輝いていた。

 

「絶対に負けない、ドゥラさんッ!」

「君を追い越す、逃げさせないぞキタサンッ!」

 

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどに、一生懸命だった。必死の形相、ドゥラメンテの熱が、キタサンブラックの熱が私に伝播する。負けたくない気持ちが、勝ちたいという感情が。レースを通して伝わってくる。

 

《残り100を切った!やはりこの2人の争いになるかキタサンブラックとドゥラメンテ!キタサンブラックが逃げる、ドゥラメンテが追い込む!ノースランドダンサーも負けじと上がってくるがドゥラメンテの末脚は異次元だ!さぁその差が半バ身に縮まった。キタサンブラックが勝つか!ドゥラメンテが差し切るか!?キタサンブラック!ドゥラメンテ!キタサンブラック!ドゥラメンテ!》

 

 自然と力が入る身体。今すぐにでも動きたいと、身体を動かしたいと訴えかけている。失いかけていたものが、消えかけていたものが。私の熱が燃え上がろうとしている。

 

(……そうか。私に足りなかったものは)

 

 今のST-2に必要なものは本体の出力を上げることではない。私自身の身体を鍛えることでもない。必要だったものは……私自身の熱。

 

(心のどこかで、冷めていたのかもしれない)

 

 だから、応えてくれなかった。ST-2がさらに上の次元に行くためには……私が変わらなければいけない。

 

《ドゥラメンテ!ドゥラメンテだ!差し切ったドゥラメンテェェェッ!ドゥラメンテが最後の最後に差し切った!キタサンブラックを追い抜いたドゥラメンテ1着!キタサンブラックは惜しくも2着、クビ差の2着だ!凱旋門賞を制したのはドゥラメンテェェェ!》

 

 答えは得た。後は、結果を出すだけだ。

 

「聖トレーナー」

「……どうしましたか?」

 

 さぁ。

 

「答えを見つけることができた。ST-2を、更なる次元へと飛び立たせよう」

 

 ST-2を完成させよう。私の利己的な夢を、身勝手な夢を。羽ばたかせるために。




ドゥラメンテ勝利!勝利です!
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