BCターフが終わり、サンタアニタパークレース場の熱は最高潮を迎えている。
日本のキタサンブラックによる圧巻の逃げ切り勝ち。他の追随を許さない、王者の走りを思わせるスタイルで、興奮は高まり続けていた。
その状況で迎えるのが、ダートの頂上決戦BCクラシック。そして、このBCクラシックには──凱旋門賞を制したドゥラメンテが出走してくる。
「『きたきた、ドゥラメンテだ!』」
「『後方一気の追込、痺れる末脚を見せて頂戴!』」
豪快な勝ち方、キタサンブラックと世界最強の評価を二分するウマ娘。逃げのキタサンブラックとは対極に位置する追込のドゥラメンテ。入場するだけでも爆発が起きたかのような歓声が沸き上がるほどだ。
独特なステップで進むドゥラメンテ。ダート初出走であるにもかかわらず、BCクラシックでは1番人気を誇っている。その理由は。
「『ドゥラメンテは芝ウマ娘だろ?ダートは初めて、大丈夫なのか?』」
「『問題ないさ。なんせ、彼女はミーティアのウマ娘だぜ?』」
「『同じチームで似たようなことをやってる子がいたもの。今更気にしないわ!』」
ミーティアのウマ娘だから問題ない。これに尽きる。
そんな一幕はあったものの、出走するウマ娘達がゲートに収まっていく。一人、また一人と、入っていくたびに緊張が走る。
《ダートの10ハロン、頂上決戦BCクラシックだ!ついにこの時がやってきたぜお前らぁ!注目の1番人気はドゥラメンテ、凱旋門賞とキングジョージを制した世界最強格の芝ウマ娘!けど、問題はねぇ。似たようなことをやってきたウマ娘がいるチームに所属しているからな。間違いなく、走れるはずだ!》
「言われてますよジェンティルさん」
「ほほほ」
優雅に笑うジェンティルドンナに淡々と告げるホッコータルマエ。2人も、レースが始まるその時を待っていた。
そして、最後のウマ娘がゲートに収まる。静まり返った会場の空気を切り裂いて──ゲートの開く音が響き渡った。
瞬間、一斉に駆け出すウマ娘達。先ほどまで時が止まっていたかのような静寂が、地面を蹴る音で動き出す。
《さぁ始まったぜBCクラシック!揃って綺麗なスタートだ、飛び出したのはアメリカのブラフゲート、ブラフゲートが飛び出すぞ!負けじとサクラメントステート、サクラメントステートだ!1番人気ドゥラメンテは後方からのスタートを選ぶ、先行争いには加わらない。早々に後ろへと控えたぞ!》
BCクラシックが始まった。
激しい先行争いが繰り広げられるBCクラシック。ドバイワールドカップ2着のサクラメントステートとアメリカ期待の若手ブラフゲートが競り合うようにガンガン飛ばしていく。
あちこちで歓声が沸き上がり、レースに熱中する。
そんな中、イクイノックスは静かにレースを俯瞰していた。
「……アメリカはハイペースでの殴り合い。加えて、BCクラシックは世界一のダートレースです」
「アメリカレースの祭典であるブリーダーズカップ。その花形だからねぇ。その評価も当然というわけだ!」
BCクラシックの軽いおさらいに反応するアグネスタキオン。いつものように計測器を持ち、何かを測っている様子の彼女。イクイノックスは特に気にした様子を見せず、タブレットに細かくメモを取りながら知識を吸収している。
「後方からのレースをするウマ娘は、アメリカでは珍しい。いないわけではありませんが、有名なウマ娘はほぼ全員が逃げか先行での押し切りです」
「そうだね。後方でレースをしていたら届かない、なんてことにもなりえるから」
「それでもドゥラ先輩は、後方待機策を選びました。いつものスタイルを崩さずに」
イクイノックスの視線の先には、固まったバ群の一番後ろ。2バ身は離れた位置にいるドゥラメンテ。最後方でぽつんと1人、走っていた。
「あえて不利なスタイルで行く。その理由は?」
不利と分かっていながらも、自分の走りを貫く姿勢。その理由を知りたいイクイノックス。
その疑問に答えたのは、アグネスタキオンだった。
「ふぅン。確かに、ドゥラ君の走りはアメリカとの相性はよろしくない。というか、最悪だ」
「はい」
「
愉快そうに、口を三日月に歪めるアグネスタキオン。興味が尽きない、面白くて仕方がない。そんな表情だ。
レースは激しい先行争いが繰り広げられる中、向こう正面へと入る。
《レースは向こう正面に入るぞ。先頭を走るのは、ブラフゲートでもサクラメントステートでもない。内枠を活かして上がっていたストリーウォーズ、ストリーウォーズが先頭を走る。その後ろではブラフゲートとサクラメントステートが火花を散らしているぞ、激しい競り合いだ!10人のウマ娘が向こう正面を駆け抜ける、ドゥラメンテは最後方だ。集団の一番後ろから、さらに2バ身離れた位置につけているぞ》
《アメリカでも変わらないスタイル、痺れるね!どんな末脚を見せてくれるのか、楽しみだよ!》
アグネスタキオンは、イクイノックスに質問を投げる。
「不利な状況、相性最悪の走り。そんな状況で、もしも勝ったら……イクイ君はどう思う?」
アグネスタキオンの疑問に、少し考えこむイクイノックス。悩んだ末に出した回答は。
「実力が飛び抜けていることの証左、になると思います」
「そう!その通りだ!」
「うわ、びっくりした」
両手を広げ、答えに喜ぶ。満足のいく答えを得られた、そんなアグネスタキオンの反応。
「もしそんな状況で勝つことができれば、ドゥラ君の実力は疑いようがないものとなる!彼女が望む最強をより強固に、より盤石にすることができる!だからこそ、あえて不利な道を行くのかもしれないねぇ!」
「ドゥラ先輩の実力は、誰もが認めていると思いますが……それでは満足できない」
「その通り。今の自分に、まだまだ満足していないのさ、彼女は」
笑うアグネスタキオン。ドゥラメンテの成長に喜びを覚えている。
そして、喜びを覚えているのはアグネスタキオンだけではない。
「いやはや、キタさんもお見事ですがドゥラさんもまた模範的な学級委員長ッ!花丸をあげましょうッ!」
「どうやら、真に理解したようね。己のスタイルを崩さないという意味を。対峙した時が楽しみですわ」
「……さて、どう攻略しましょうか?」
サクラバクシンオー、ジェンティルドンナ、ホッコータルマエ。ミーティアによって鍛えられ、結果を出し続けてきた先達もまた、ドゥラメンテの成長を喜ぶ。そして、闘争心を刺激される。
そんな先輩達を眺めながら、アグネスタキオンから言われたことをタブレットにメモするイクイノックス。
(……少しずつペースを上げてきている。第4コーナーで捉えるつもりですね)
ドゥラメンテのペースが速くなったことを察し、どのあたりで追いつくようにプランニングしているかを予想する。
火花が散る前での争いを、後ろで俯瞰し続けているドゥラメンテ。どのようなレースを見せてくれるのか?観客の期待は、高まっていた。
◇
私の前では、激しい争いが繰り広げられている。自分が先だ、自分が前だと主張し、一歩も退かない戦いを私は最後方で見ている。
(疼きを抑えろ。惑わされるな)
しっかりと自制する。気が熟すその時を待つ。
向こう正面の半分を過ぎて、ペースを少しだけ上げる。これはあくまで、発射台のようなものだ。
(アメリカのコースは、総じて直線が短い。このサンタアニタパークも、約300mしかない)
中山と同じぐらい。できるだけ最後の直線までに距離を詰めておきたいのが本音だ。
《さぁ第3コーナーだ。ここからレースはさらに激化するぜ!証拠に、ブラフゲートもサクラメントステートもストリーウォーズへと並ぼうとする!後続のウマ娘も続々となだれ込んでくるぞ!ドゥラメンテも差を詰めてきた!さぁ塊になってきたぞBCクラシック、誰よりも早く走るのは誰だ!?》
バ群の最後方。2バ身の差を詰めて、一個の集団となる。
ここはまだついていくだけだ。解放するにはまだ早い。
気持ちが逸る。じれったい、もっと速く走れ、私を解放させろ。そう主張する気持ちを押さえつけて、爆発させるその時を待つ。
やがて──その時が来た。
(ッ!見えた!)
最後の直線。大外に持ち出して、視界が開けたその刹那。
私の末脚が──爆ぜる。
「いっ!?」
「What's!?」
驚いたような声が、一瞬で遠くまで離れていったような感覚。しかし関係ない。私の道は、すでに舗装されている。
(このスタイルは崩さない。この最後の直線で、全てを爆発させる私の走りは……誰にも止めることはできないッ!)
一人、また一人と。一呼吸する間もなく抜き去っていく。
《最後の直線に入ってっ、ここでドゥラメンテだぁぁぁ!やはり来たぞドゥラメンテだドゥラメンテ!やっぱり速いぜ、この末脚は次元が違う!1ハロンとちょっとしかないこの直線を、爆発的な加速で他のウマ娘を置き去りにする!》
《はは、あっという間にサクラメントステートとブラフゲートに追いついたよ!ここからはっ》
《3人の争いにな、らない!ならないならない!ドゥラメンテがあっという間に躱す残り200m!Foo~、この末脚痺れるぜ!だが、サクラメントステートとブラフゲートも負けちゃいねぇ!ドゥラメンテに追いすがろうとしているぞ!》
追いつこうとしているウマ娘がいる。関係ない。私のスピードで、全てを千切り捨てる!
領域を使い、もてる力をすべて注ぎ込んで駆け抜ける。そんな私に、追いつけるウマ娘はおらず。
《ドゥラメンテ、ドゥラメンテだ!ドゥラメンテが突き抜ける!日本のミーティアが、BCターフとBCクラシックの両取り!これがドゥラメンテの爆発だぁぁぁ!ドゥラメンテが1着!BCクラシックを制したのはドゥラメンテだ!》
《HAHAHA!彼女の末脚は本当に凄いね!どんな不利な状況でもひっくり返しちゃうよ!》
《2着はブラフゲート、3着はサクラメントステート!1着と2着の差は実に2バ身差!完勝だぜドゥラメンテ!》
私は、BCクラシックを制した。
ファンに向かって頭を下げ、感謝を伝える。私は、あまり口が上手い方ではない。本当はいっぱいの感謝を伝えたいが、キタサンのようにはいかないな。
拍手と声援に迎えられ、私も暖かい気持ちになる。
そして浮かぶのは……キタサンに対する感謝だ。
(キタサン。君がいたから、私はここまでこれた。間違いなく、そう言える)
同じチームのライバルで、競い合う仲間でいてくれた彼女。どんなに負けても這い上がり、私と戦い続けてくれた。
海外遠征をしてからは、私は置いていかれてしまった。勝てないと思い、下を向いてしまう日もあった。
(だが君は、立ち止まることなく先を行ってくれた)
必ず私が追い付くからと、そう信じて止まることなく進んでいた。そのおかげで、私はさらなる高みへと至ることができた。
感謝しかない。私の先を行ってくれて、私のライバルでいてくれて。
(日本に戻れば、強力なライバルがまた増える)
「彼女達に勝利し、来るグランドマスターズでは、ドリームトロフィーの先輩たち相手に勝利する。そうして私は、最強へと君臨しよう」
私の目標は変わらない。ただ突き進むのみ。
そのためにもまずは──香港マイル。ここを勝って、私は凱旋する。
香港「次は俺達ってわけ(絶望)」