ブリーダーズカップが終わり、今度は香港で開催される香港スプリントと香港マイルに出走する。
まぁ、記者の人達はキタサンの香港スプリント出走に当然のごとく驚いていたけど。
「『どうやらあまりの興奮に、聞き間違いを起こしたようだ。キタサンブラックが、どこに出走しますと?』」
「『聞き間違いじゃないですね。キタサンブラックの次走は、香港スプリントです』」
「……oh」
ドゥラは分からなくもないけど、キタサンが香港スプリントに出走するのは派手な異常事態だろう。世界中、どこを探しても日本の菊花賞ウマ娘にしてアスコットゴールドカップの勝ちウマ娘が香港スプリントに出走した例なんて存在しないのだから。いたら困る。
(……なんというか、キタサンが出走したいってのと勝てると踏んでるから出走を選んでるけど、トンデモローテだな、本当に)
怪我をしないように細心の注意を払い、出走しても大丈夫だからとこれまで走ってきたけど、もう出れるレースに出てます、って感じがするローテだ。芝もダートもお構いなしに。正直今更感が強いけど。
ブリーダーズカップが終わって、しばらく経った後。少しだけアメリカの観光をして、遅くならないうちに香港へと渡る手はずを整えた。
次のレースはキタサンが香港スプリントで、ドゥラが香港マイルだ。有力なウマ娘のチェックをしつつ、レースのことについてイクイとおさらいしていく。
「お願いします、高村トレーナー」
「うん。まずは香港マイルの方からいこうか」
香港マイル。シャティンレース場で開催される国際G1で、芝1600mのレースだ。直近のレース成績では、地元香港のウマ娘が連勝していたけど。
「前回の香港マイルでは日本の子が優勝してたね。現役最強マイラーの彼女が」
「はい。香港の有力ウマ娘を抑えての勝利、しっかりと記録してあります」
レースデータを並べつつ、イクイは今回の参加者がリストアップされたデータをタブレットに映している。
今回の香港マイルも、日本から出走してくる子がいる。さっき挙げた現役最強マイラーであるウマ娘を下した子も出走するから、油断ならない勝負になるだろう。
シャティンレース場のおさらいもして、お次はキタサンの香港スプリント。この香港スプリントは、一年を締めくくるスプリント王者決定戦のようなものだ。
「世界中から快速自慢が集まってくるレース。龍王と呼ばれるウマ娘が二連覇を果たしましたが、依然として勝利するのが難しいレースです」
「そうだね。地元だけじゃなく、スプリンター王国のオーストラリアからも出走してくる子がいる。香港レースの中では、一番勝つのが厳しいレースかもしれない」
日本のウマ娘が勝ったのはたったの一例のみ。その一例が、日本でも最強スプリンターに名を連ねる1人だったんだけど。
欧州のように、極端な高低差があるわけではない。日本やアメリカのコースに近いだろう。ゆえに、実力が物を言うレースだ。
「次にシャティンレース場のコースについて、教えてください」
「いいよ。それじゃあ……」
空港で飛行機を待っている間、イクイと香港のレースについて勉強会をしていた。
「やや、精が出ますねイクイさんッ!この学級委員長も加わりましょうッ!」
「中々面白そうな話をしているじゃあないか。私も加えさせてもらうよ」
途中、バクシンオーやタキオンを交えながら。
◇
一度日本を経由してから、着きました香港!ここが、海外遠征最後の土地!
「ここが香港!さっそくホテルに荷物を置いて、観光に向かいましょうッ!」
「落ち着いてね、バクシンオー」
「はいッ!」
バクシンオーさんのテンションも上がっています。あたしも、香港は楽しみです!欧州やアメリカでも、楽しかった思い出がたくさんですから!
それに、楽しみなのはそれだけじゃない。もう少し待てば……きた!
「お~い、クラちゃーん!」
「你好(こんにちは)、キタサン!こっちではよろしくね!」
そう、今回の香港ではクラちゃんも一緒にトレーニングすることになってます!勿論、クラちゃんのトレーナーさんやヴィルシーナさんも一緒に!
「久しぶりだね、倉科君」
「ふん、お前が海外遠征している間に、こっちもいろいろと強くなってるんだ!香港では……戦わないけど」
「まぁそうだね。サトノクラウンは香港ヴァーズだし」
「け、けど!どこかで戦う機会はある!その時は負けねぇ!」
倉科さんとトレーナーさんの微笑ましいやり取り。お2人の関係も、ライバルですね!
次の日からはさっそくトレーニング。トレーニング場で、クラちゃん達と併走だ。
「よ~し、負けないよクラちゃん!」
「こっちこそ。キタサンやドゥラメンテさんが強くなってるのと同じように、私だって強くなってるんだから!」
「楽しみだ。では、香港ヴァーズを想定した2400mで戦おう」
いざ、最初の併走。
実際に走ってみると……クラちゃんが強くなってるのが分かった。ちょっと走っただけで分かる。
(圧が増してる、スピードも段違い。油断していたらやられる!)
映像越しでは分からなかった強さを感じる。クラちゃんから発せられる圧は、海外で戦ってきた子達にも負けないくらい強い!
「……強くなったな、クラウン」
「ドゥラメンテさんからそう言われるなんて、嬉しいです、ねっ!」
「君は強くなった。だからこそ、私も本気で行かせてもらうッ!」
っ、ドゥラメンテさんがさらにギアを上げた。だったら!
「あたしも、負けないよクラちゃん!」
「っ、キタサンもってわけね。いいわ、私の成長は、こんなものじゃ終わってないもの!」
併走の結果は……あたしの勝ち。ドゥラさんが2着で、クラちゃんは3着。けど、ほぼ横並びでゴールしたから誤差みたいなものだ。
「アイヤ~……負けちゃったわ。本当に強いわね、2人とも」
「クラウンも、負けていない。次に走る時は、また違う結果になるだろう」
「うんうん。クラちゃんもすっごく強くなった!」
「ありがとう2人とも……さて、と。次もお願いしていいかしら?香港ヴァーズに向けて、もっと調整しておきたいの」
クラちゃんからのお誘い。あたしとドゥラさんの返事なんて、決まっている。
「勿論構わない。だが、次は香港マイルを想定させてもらう」
「全然いいよ!その後は香港スプリントね!」
「マイルはともかく、スプリントは勘弁してくれないかしら?私、短距離走れないから」
そんな!?
その後も何本か併走をしてクールダウン。うぅ……結局スプリントは走ってくれなかった……。
「それにしても、キタサンのローテは常識外れね。前代未聞だわ」
「えぇ?ドゥラさんも同じようなことできるんだけどなぁ」
「ドゥラメンテさんはマイル・中距離に絞ってるもの。ドバイシーマクラシックがギリギリ長距離に分類されるぐらいで、他は全部マイルから中距離じゃない」
「少なくとも、キタサンのように超長距離から短距離まで満遍なく走ってはいないな」
あたしとしては出れるレースにとにかく出たい!だからなぁ。それに。
「だって、あたしもバクシンオーさんの記録に並びたいから」
「バクシンオーさんの?」
「うん。SMILE区分全制覇。日本だとバクシンオーさんしか達成してない記録だし」
ジェンティルさんは短距離に出走してないし、タルマエさんも出走していない。全距離制覇したのはバクシンオーさんだけの記録なんだ。
あたしはその記録に、
「あたしはバクシンオーさんを超える。SMILE区分の全制覇に加えて、ダートを制覇することで」
「全距離、全バ場制覇の記録……もし達成しようものなら」
「凄まじい大偉業だ」
そう、あたしがやりたいのは、バクシンオーさんの記録を超えること。同じチームで背中を追い続けてきたからこそ、尊敬しているからこそ、あの人の記録を超えたい。全距離制覇することで、バクシンオーさんに並んで……そして、挑戦する。
最初、このことをバクシンオーさんに打ち明けたら驚かれた。そして、笑顔でこう言ったんです。
「待っていますよ、キタさん」
普段の笑顔じゃない。競技者としての、あたしをライバルとしてみなしたような笑顔。あたしを、敵として見てくれた。
まぁ、その壁は高い。香港スプリントを勝つのも楽じゃないし、なにより。
「そうなると……いずれマイルで君と戦うことになるな、キタサン」
「ドゥラさん」
マイルにはドゥラさんがいる。マイルの距離適性Sに到達した、ドゥラさんが。
「知っての通り、マイルは私が最も得意とする距離だ。それを知ってなお、君は全距離制覇を目標に掲げるのか?」
絶対的強者としての自信、そして圧。マイルならば負けないと、主戦場で負けるわけにはいかないという思いをひしひしと感じる。
けど、百も承知。
「うん。あたしは──マイルでドゥラさんに勝つ。香港スプリントも勝って、日本に戻った後。あたしはドゥラさんに勝つ」
「……そうか」
少し目を瞑って、考え込んだ後。ドゥラさんは──答える。
「楽しみにしている。マイルで君と戦えることを」
あたしの宣戦布告を、受け取った。
これでいい。あたしとドゥラさんは仲間でライバルなんだから。マイルであっても、絶対に負けません!
「お熱いわね~。私のこと忘れてない?」
……あぁ!?
「ご、ごめんクラちゃん!クラちゃんのこと置き去りにしちゃった!」
「悲しいわね~。私もこの場にいたのに……よよよ」
「ごめんってば~!」
「……すまない、クラウン」
当のクラちゃんは舌を出して、いたずらっ子のような笑みを浮かべてました。か、からかわれてる!
後は、クラちゃんから日本での様子を教えてもらいました。やっぱり、シュヴァルちゃんの勢いが凄いみたいです。
「今のシュヴァルはかなり強くなってるわね。秋天もジャパンカップも勝って、秋シニア三冠に王手をかけてる状態よ」
「アースさんだって強いのに……凄いね、シュヴァルちゃん」
「ただ、アースも僅差での2着だ。有馬記念は分からない」
「そうね。私は出走できないけど、どうなるのかしら?」
夏を経て強くなったシュヴァルちゃん。戦うのが凄く楽しみだ。
その前に、あたしは香港スプリントを頑張らないと!
「シュヴァルちゃんも頑張ってるし、あたしも頑張るぞ~!バクシンオーさーん、短距離のトレーニングお願いしまーす!」
「ちょわっ?構いませんよッ!模範的な学級委員長が力を貸しましょうッ!」
目指せ全距離制覇!わっしょいわっしょーい!
何気に秋シニア二冠を達成しておられるシュヴァル殿。