東京レース場。まだまだ2月の寒さが続くこの日に、多くのファンが詰め寄っていた。目的は今日開催されているG3共同通信杯……その中でも、ドゥラメンテを見るためである。
ジュニア級で4連勝。キタサンブラックと共に最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞し、クラシックでも最有力候補に数えられている彼女。なにより、会見の場で彼女が発した衝撃の発言。
「私はクラシック三冠ではない。NHKマイルも含めた、クラシック四冠に挑戦する。そして、最強を刻もう。誰もが認める最強を、な」
NHKマイルを含めたクラシック四冠は現状サクラバクシンオーしか達成していない唯一無二の記録、挑戦者も少ない偉業。ドゥラメンテはこの記録に挑戦すると宣言した。期待を集めるのも当然といったところだ。
世間を大いに賑わせている一人ドゥラメンテ。共同通信杯でもその強さをいかんなく発揮していた。
《最後の直線残り200m!ドゥラメンテが一気に上がる、ドゥラメンテがぐんぐん差を詰めていく!最後の直線で11バ身はあったであろう差を一気に詰めてきたドゥラメンテ先頭との差は2バ身!このまま逃げ切れるかアンペールユニット、しかしその差はどんどん縮まっていく!》
「すっげぇ脚だ!一人だけ次元が違う!」
「頑張ってー!ドゥラメンテー!」
最後の直線で最後方から一気に捲り、残り200m地点で先頭を射程圏内に捉えた。
「こ、こんなの……っ!」
「く、そぉっ!」
一人、また一人と、瞬きする間に躱していく。じりじり差を詰めるのではない。他を置き去りにするほどのスピードを発揮して、気づいたら躱されている。先頭を走っていたアンペールユニットをあっという間に躱して先頭に変わる。
《ドゥラメンテ、ドゥラメンテだ!ドゥラメンテが先頭に変わった!ドゥラメンテ先頭ドゥラメンテ先頭!その差をさらにつけていくドゥラメンテ!》
ファンは魅せられる。最後方からの大捲り、気づけば他のウマ娘を追い抜いていく姿は観客の視線を釘付けにした。
彼女のスピードに目を奪われる。彼女の走りに心を奪われる。気づけば彼女へと歓声を送り、その強さを称える。
《ドゥラメンテ!ドゥラメンテだ!ドゥラメンテが圧巻の強さを発揮して、今1着で駆け抜けたドゥラメンテ1着ゥゥゥ!最後方からの見事な捲り、これこそがドゥラメンテだ!クラシックに向けて視界良し、万全の態勢でコマを進めましたドゥラメンテェェェ!共同通信杯を制したのはドゥラメンテだぁぁぁ!》
「「「わぁぁぁぁぁ!!」」」
文字通り、圧巻の強さを見せたドゥラメンテ。残り100mで先頭を躱し、最終的には2と1/2バ身差をつけての快勝。大きな歓声が彼女に送られる。
「……」
ドゥラメンテは応援の言葉に一礼し、ウィナーズサークルへと向かった。クールな佇まい、これもまた観客の琴線に触れる。
「カッコいいよなぁ、ドゥラメンテ!」
「クールで強い。やっぱり最高ね!」
「皐月賞を勝つのはドゥラメンテ!決まりだな!」
これで5戦5勝。無敗のまま駒を進めるドゥラメンテ。クラシックの最有力候補に陰りはなかった。
レースを見ていたサトノクラウン。トレーナーと同じチームの仲間であるヴィルシーナと一緒にレースを見ていた。
「う~ん……やっぱり強いわね、ドゥラメンテさん」
「あぁ。高村のチームのウマ娘だからな。これくらいは……畜生、朝日杯の記憶が……!」
「落ち着いてトレーナーくん」
サトノクラウンのトレーナーである倉科は朝日杯の敗戦を思い出して闘志を燃やしていたが、目的はドゥラメンテの偵察にある。朝日杯で負けた相手を、観客として見ることで新たな知見を得ようとしていた。
ただ、見せられたのはドゥラメンテの圧倒的なまでの実力。サトノクラウン達も驚愕するしかないほどの強さだ。
「展開はスローペース。後ろにつけていた子達は不利を背負わされた。事実、ドゥラメンテさんは最後の直線を向いた段階で11バ身もの差があった」
「けれど、その差をあっという間に覆した。最後の最後に追いつくんじゃなくて、100mを切るまでに追いついたわね」
「……他と比べて、スピードが突出してた証拠だな」
後方脚質には不利な展開。にもかかわらず彼女は勝利した。抜けた実力を誇っているのがよく分かる。
ドゥラメンテだけなら、いくらか策を絞ることはできただろう。ただ、そうもいかない理由があった。
「ちょっとやそっとの策じゃどうにもならないわね、これ。しかも、皐月賞本番は」
「キタサンブラック……!また高村のとこのウマ娘だな……!」
「トレーナーくん、落ち着いてってば」
キタサンブラック。ドゥラメンテと同じチームに所属する逃げウマ娘で、世代最強の評価をドゥラメンテと二分しているウマ娘だ。こちらの存在が、サトノクラウン達の頭を悩ませている。
「ドゥラメンテさんの警戒を強めれば、キタサンの逃げ切り勝ちを許す。かといってキタサンにマークを割けば、今度はドゥラメンテさんの末脚が炸裂する」
「……ジェンティルさんとタルマエさんの2人以上に厄介ね。あの2人、なんだかんだ走りは王道そのものだったし、脚質も近いものがあったから」
ジュニア級最強の2人は、脚質適性が真逆だということだ。すでに2人はクラシック三冠に挑むことを明言している。皐月賞に出走するのは確定的だ。
前を警戒すれば後ろが、後ろを警戒すれば前が生き生きとする。同時に警戒するのはほぼ不可能に近い。それこそ、【皇帝】シンボリルドルフのようなレース支配をしなければ無理だろう。
「どちらも警戒しないといけない。その上、当人達の実力はすでに世代最強。私の勝ちは崖っぷちのギリギリ、ね」
サトノクラウンは──震える。恐怖からくるものではない。これは。
「いいじゃない、最高に燃えてきたわ!絶体絶命のピンチでも、私がひっくり返してあげる!」
武者震いだ。強敵との戦いに心を躍らせる、朝日杯の敗北をかみしめて、次こそは勝利を手繰り寄せると前を向く姿勢。サトノクラウンは燃えていた。
この言葉に、倉科も笑みを浮かべる。
「よっしゃ!ならこの後トレーニング「このまま帰ったらいい時間よ。さすがに止めましょう?」そ、それもそうか。じゃあ明日から頑張るぞ!」
「係呀!それじゃ、不足しているものを補うために頑張りましょうか!」
皐月賞に向けて、こちらも気合いを入れ直す。勝利のため、一歩を踏み出していた。
また、もう一つの陣営も共同通信杯を見ていた。その陣営は。
「……相変わらず、聖君の育てる子は桁違いだ」
「あぁ。クラシックシーズンの最初も最初でこれとは、まさしく驚天動地。一筋縄ではいかないだろう」
シンボリルドルフとそのトレーナー、天城の陣営だ。彼の担当ではシュヴァルグランが同時期にデビューしており、今回はドゥラメンテの偵察目的で観戦に来ていた。
冷静に分析するシンボリルドルフ達。その中でシュヴァルグランはというと。
「……キタさんも、ドゥラメンテさんも凄いなぁ。僕なんか到底かないっこないよ」
ネガっていた。ホープフルステークスでキタサンブラックに負けたことに加え、共同通信杯でのドゥラメンテのレースっぷりを観戦した結果、自分では勝てるわけがないと思うようになってしまったのである。余談だが、シュヴァルグランもまだホープフルステークスで1回負けただけであり、肝心のレースも2着なのでクラシック有力候補の一人ではある。上の2人がおかしいだけだ。
陰鬱な空気を発しているシュヴァルグランに、天城は心を痛める。
(皐月賞を目指すわけだし、見て損はないだろうから観戦に来た。でも、逆効果だったか……)
実力を目の当たりにして、シュヴァルグランは落ち込んでしまった。元々気が弱い彼女にレースを見せたのは失敗だったと悟る。
(無理強いは勿論よくない。シュヴァルにとって、最良の選択を取る必要がある。そのためにも重要なのは……彼女自身がどうしたいかだ)
担当のために、今自分ができることを考える天城。彼は、彼女にある提案を持ちかけた。
「シュヴァル。なら……クラシック三冠じゃなくて、ティアラの方を狙うかい?」
「てぃ、ティアラ、ですか?」
顔を上げ、不思議そうな声を出すシュヴァルグランに頷く天城。天城は、落ち込むシュヴァルグランに逃げ道を用意した。
「別に、無理にキタサンブラックとドゥラメンテに挑む必要はない。回避する手だってある。あの2人と、今は戦わない選択だってあるんだ」
「……で、でも。クラシックですよ?それを、強い相手がいるからって」
「別に悪いことじゃないと思うよ?勝つ可能性が少しでも高いレースに出走するのもまた選択肢だ。良し悪しは別として、ね。それに、ティアラもクラシックと同じだ」
丁寧に、優しく語りかける天城。シュヴァルグランが傷つかないように、そのうえで彼女がどうしたいかを聞くために言葉を選ぶ。
「なぁシュヴァル。シュヴァルはどうしたい?」
俯くシュヴァルグラン。心の中で、彼女は葛藤していた。
(トレーナーさんの言うように、ティアラ路線に進むって道もある。姉さんが取れなかったタイトルを取るって道もあるんだ)
一瞬、悪くないとも思った。姉であるヴィルシーナはトリプルティアラの三戦全てで2着という悔しい結果に終わっており、彼女の取れなかったタイトルを取るために頑張るというのもいいんじゃないか?とも思う。
けれど、自分の口からティアラに進むという言葉は出なかった。思い出すのは、ホープフルステークスで見たキタサンブラックの背中。
(……凄くて、輝いて見えて。羨ましかった)
自分にはないものを持つウマ娘。その輝きが羨ましく思えて……ティアラ路線に行く、の一言は出てこない。
(それに、このまま逃げたら……なんか、胸がチクチクする)
その気持ちが何なのかは、まだ分からない。ただ、このまま逃げるのは我慢ならなかった。
それに。
(キタさん達に挑めば、見えてくるのかもしれない……この気持ちも)
自分が本当にしたいことが見えてくるかもしれない。そう思うと、どの選択肢を取るかは決まっていた。
答えを待つ天城。時間が止まったような静寂。やがて──シュヴァルグランが口を開く。
「僕、は……僕は、それでもクラシックに挑みたいです」
「……そっか」
「僕なんかが、おこがましいと思うかもしれないですけど。でも、僕はクラシックに挑みたいなって……そう、思いました」
必死に言葉を絞り出す。自信なんてない、勝てっこないとは思いつつも、それでも挑むことを決めた。クラシック路線に進むと。キタサンブラックとドゥラメンテの2人に挑むと答えた……まだ少し自信なさげだが。
そんなシュヴァルグランを励ますウマ娘が一人。
「シュ~ヴァル!元気だしなって!」
「うえっ!?て、テイオー、さん……」
トウカイテイオーだ。シュヴァルグランの肩に手を置き、緊張をほぐすように揉んでいる。ただ、その眼は至って真剣、真面目な雰囲気をまとっていた。
「レースは始まるまで分からないよ。始まる前から勝てっこないなんて思うのはご法度、分かるよね?」
「それ、は……その……」
「大丈夫だよ。みんなシュヴァルが強くなるようにサポートする。ボクもそうだし、会長もそう。トレーナーも、キミが強くなるために全力を尽くしてくれる」
優しく諭すトウカイテイオー。勝てる可能性は0じゃない、今は勝てなくても今後は分からない。自分たちがサポートするから大丈夫だと、シュヴァルグランを励ます。
「テイオーの言う通りだ、シュヴァルグラン。我々は同じチーム、困ったことがあれば遠慮なく相談してほしい。私も、チームメイトの力になりたいからね」
「あぁ。当然、俺も力を尽くすよシュヴァル」
シンボリルドルフと天城の言葉。2人とも柔らかい笑みを浮かべ、シュヴァルグランのことを見守っている。そんな彼らの表情を見て、シュヴァルグランも安堵した。
(……頑張ろう。ちょっとずつ)
下向いていた気持ちが前を向く。ちょっとずつでも、前に進めているようだ。
◇
ちなみに、ドゥラメンテのインタビュー。
「おめでとうございます、ドゥラメンテさん!クラシックに向けて、弾みをつけましたね!」
意気揚々と、ドゥラメンテを称賛する声を上げるインタビュアー。クラシック最有力候補は決まりだと口を揃えて称賛する彼らに向かって、ドゥラメンテはというと。
「前哨戦は前哨戦だ。勝ったからと言って、本番で勝てるとは限らない」
「へっ?」
「常に高みへ、常に先へ。私はただ証明するだけだ」
ストイックな言葉を残す。そして、言いたいことは終わったとばかりに口をつぐんだ。なお、本人は何が悪いのか分からないといった様子であり、トレーナーである高村も口をはさむ気はないのか特に何も語らなかった。
報道陣の心は一致する。
(((インタビュアー泣かせの2人だぁぁぁ!)))
しかも、これが毎回である。さすがにそろそろ変化が欲しいと思っているインタビュアー達だった。
報道陣泣かせ、再び。