ソシテアナタニ   作:カニ漁船

60 / 92
香港のレースですわ。


香港での戦い

 香港スプリントに向けて。あたしはバクシンオーさんに指導をしてもらっている。バクシンオーさんは世界でも最強クラスのスプリンター、教えてもらうにはもってこいの人だ。

 

「良いですかキタさん!全ての道はバクシンに通じますッ!バクシンを信じれば、おのずと道は開けるッ!バクシンバクシーーーンッッ!」

「分かりましたバクシンオーさん!バクシーーンッ!」

「アレで通じてますの?」

「通じてるんじゃないですか?知りませんけど」

 

 トレーニングは普段と変わりありません。トレーナーさんが組んでくれたメニューに、ちょっと負荷を加えて始める。順調にこなしていって、基礎的なものを上げていく。

 

「……もう少し回数を増やそうか、キタサン」

「はい、分かりましたっ!」

「もう1、いや、2セット追加しよう」

「はいっ!」

 

 トレーニングメニューを見て、クラちゃんは驚いていたけど、あたしはもう慣れちゃったから多いとは思わない。とにかくこなして、香港スプリントに備えなきゃ!

 

 

 トレーニングが終われば、本格的な対策会議。ここで、バクシンオーさんに短距離のことを詳しく教えてもらいます。

 

「良いですか?キタさん。短距離は電撃戦、キタさんが主戦場にしている長距離とは真逆で、一瞬の勝負になりますッ!」

「は、はい」

「長距離ではいろいろと思考を巡らせる時間がありますが、短距離にそんなものはありませんッ!考える暇があるなら、ゴールめがけてとにかく進むッ!これに尽きますッ!」

 

 熱弁するバクシンオーさんを隅に置いといて。ちらっと、トレーナーさんの方を見ます。

 トレーナーさんは、頷きました。バクシンオーさんの言葉を肯定するように。

 

「短距離は他の距離ほど考える時間はない。そんな暇があるなら、とにかく走る。バクシンオーの言ってることは間違ってないよ」

「ですよね~……いえ、短距離最強のバクシンオーさんの言葉を疑ってたわけじゃないんですけど」

「ちょわっ?」

 

 けど、改めて突きつけられると厳しいなぁ。考える間もない電撃戦。それも、世界最高峰のスプリンターが競い合う舞台なんだから、余計に考える時間は与えられないはず。

 短距離初挑戦が、短距離世界最高峰の舞台。まぁ、ジェンティルさんも似たようなことしてたから思うことはないんですけど。

 

(……よし!)

 

 考えても仕方ありません!バクシンオーさんの言うように、ゴールめがけてとにかく走ることを考えましょう!

 

「それに、キタさんはスタートも上手ですからッ!問題はありませんよッ!」

「基本前でレースするから、そこも追い風だね。差しや追込だと、どうしても不利な場面があるから」

「考えるよりも感じましょうッ!そして、楽しみましょうッ!短距離は良いですよ、素晴らしいレースですッ!」

 

 バクシンオーさん達に応援されて、力が湧いてきます!あたしのやる気が、どんどんみなぎっていくのを感じる!

 

「よ~し、香港スプリント頑張るぞー!わっしょぉぉぉい!」

「バックシィィィン!」

「頑張ってね、キタサン」

 

 香港スプリントまであとわずか。気合いを入れて頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 

 あっという間にやってきた、香港スプリントの日。シャティンレース場のターフに今、あたしは立っている。

 

(……落ち着こう)

 

 深呼吸を1つ。気持ちを落ち着かせて、ゲートへと入る。

 

《シャティンレース場、芝1200mの香港スプリントのゲート入りは順調に進んでいます。注目すべきはやはり、長距離ウマ娘キタサンブラックの出走でしょう!世界にその名を轟かせるミーティアのウマ娘が、香港スプリントに堂々の出走です!》

《ただ、立ちはだかるのは一線級のスプリンターたちだからね。これは、キタサンブラックにとっては厳しい勝負になるんじゃないかな?》

《そうですね。それでも、彼女は期待を込められての一番人気!長距離の新世代ステイヤーは、短距離にどんな爪痕を残すのか?スプリンターたちは黙っていられないぞ、我こそはと名乗りを上げることができるか?》

 

 ゲートが開くその瞬間を待つ。短距離のスタートはかなり重要、出遅れるわけにはいかない。

 

(集中しろ、あたし)

 

 この瞬間は、何度迎えてもドキドキしちゃう。これから始まるレースのことを考えると、胸の高鳴りが抑えられない。

 それでも、集中して……っ!開いた!

 脚を前に出す。ゲートが開いた瞬間を見逃さずに、走るための一歩を踏み出す。出遅れは、しなかった。

 

《最後のウマ娘がゲートに収まってっ、スタートしました!始まりましたG1レース香港スプリント、スプリンターの最強決定戦が幕を開けます!揃って綺麗なスタート、飛び出したのはキタサンブラックか?好スタートを切ったのはキタサンブラック!》

 

 あたしは外枠。このまま内側へ、って普段はいくんだけど。

 

(ここはいかない。あたしが内側に行ったら、メリットよりもデメリットの方が大きい)

 

 本来あたしはステイヤー。加えて、ドゥラさんのような切れる脚があるわけじゃない。だから、短距離は結構不利だ。

 何が言いたいかというと、いくらスタートが良くても序盤は離されちゃうんだ。現に、スタートダッシュを決めても他の子達にじわじわと離されつつある。

 

《ただ、他のウマ娘のスタートも負けていない。キタサンブラックは外から上がる。内枠を活かして上がっていくのはエアロヴェタウン、かつての香港スプリント覇者が内から上がっていく。負けじと競り合うラビフォニア、凄まじいスタートダッシュを切ります!》

《キタサンブラックは前にはいかないね》

《逃げ宣言をしていたラビフォニア、宣言通りに逃げている!これに競り合うかキタサンブラック!》

 

 抜かれても落ち着くんだ、あたし。これはまだ想定内の出来事、慌てるようなことじゃない。

 バクシンオーさんの言葉を思い出す。

 

「キタさん。おそらくですが、スタートからハナを取り続けるというのは、スプリント戦では厳しいものがあります。初速の違いがありますから」

 

 実際、あたしは短距離の併走で一度もバクシンオーさんから先手を奪うことができなかった。こればっかりは慣れの差、元々の差がある。

 その上で、バクシンオーさんがあたしに言ってくれたのは。

 

()()()()()()()()()。キタさんには、他の出走者にはない、スタミナでのゴリ押しがあります。それを存分に活かしましょうッ!」

 

 あたしが考えていたこと。香港スプリントを、全力スパートで駆け抜けること!

 

(少しずつ、ちょっとずつ速くしていく。スパートをかけるように!)

 

 外枠の不利とかもさほどない。距離が伸びても、その差を埋めるように走れば関係ない。

 一度は後方集団まで落ちた。けれど、半分も過ぎれば大丈夫。ここから巻き返します!

 

《残り半分を過ぎて、先頭に立つのはラビフォニア、ラビフォニアが先頭だ。競り合う3人のウマ娘、エアロヴェタウンは現在5番手か?そしておっと、ここでキタサンブラックが外から上がっていく。外でぽつんと1人キタサンブラック、これは速い!》

《スパートをかけているみたいだね!こいつは速いよ!》

《現在は第4コーナー、まもなく最後の直線。後方から上がってきているキタサンブラック、ここにきてギアが入ったぞ!ステイヤーの強さを見せつけるか、キタサンブラック!》

 

 一人、また一人と追い抜いていく。一度加速に乗ってしまえば、追い抜くことはわけない。初動の遅さをカバーするように、あたしは駆け抜ける。

 そして最後の直線。あたしに次ぐ有力ウマ娘のエアロヴェタウンさんと、並ぶように上がっていく。

 

(負けない!)

 

 一番外を走るあたしと、そのちょっと内側を走るエアロヴェタウンさん。現時点のスピードはほぼ互角、内を回る分、エアロヴェタウンサンの方が先に抜け出す。

 それでも、慌てない。レースを勝つには、焦りは禁物。必要なのは──冷静にバクシン!

 

《最後の直線に入った!内側からぴったりラビフォニア、ラビフォニアが先頭だ!外にはキタサンブラックとエアロヴェタウンが競り合いながら上がっていく!電撃のスプリント戦にふさわしいスピード、ステイヤーのキタサンブラックが、スプリンターたちに並んでいる!》

《いやはや、どこでも走れるっていうのは恐ろしいね本当。みんな頑張れ!》

《さぁ最後の勝負だ!ラビフォニアにキタサンブラック、エアロヴェタウンが優勢か!外を走る2人が少しばかり優勢だ!》

 

 領域も惜しみなく使う。出し惜しみしている場面じゃない、使えるものを全部使う!

 速く、速く。一秒でも速く駆け抜ける!

 

《外からキタサンブラック、キタサンブラックが飛び出してきた!先頭ラビフォニアを捉える!残り200m、ラビフォニア必死に粘る!エアロヴェタウンも追走、しかしキタサンブラックの勢いが止まらない!》

 

 確認している余裕なんてない。懸命に脚を動かす。

 がむしゃらに、観客の歓声も聞こえないくらいに集中する。全部の力を、脚に回すことだけを考える。

 走って、走って──気づけば先頭に立っていて。

 

「わっ、しょぉぉぉぉぉいッ!」

 

 電撃戦を、ステイヤーのあたしが制した。1200mのロングスパートをかけるように、あたしがやれる最善の方法で、あたしは香港スプリントを制した。

 

《キタサンブラック、キタサンブラックだ!キタサンブラックが外から先頭に立つ!これは凄い!これが本当にステイヤーなのか!?キタサンブラックが今先頭で駆け抜けて!キタサンブラックだぁぁぁッ!!なんとなんと!ステイヤーがスプリント戦を制した!その差は1バ身、エアロヴェタウンを抑えて、キタサンブラックが香港スプリントを制したァァァ!》

《香港ヴァーズのサトノクラウンに続いて、日本勢の勝利だね!この後に控えるのは香港マイルのドゥラメンテ。これは、あるんじゃない!》

《さぁお祭りです!シャティンレース場はお祭り騒ぎ!キタサンブラックのコールが響き渡ります!》

 

 すっごく疲れた。焦りそうになっても、バクシンオーさんの教えを思い出して、耐えることができた。

 なにはともあれ!

 

「わっしょぉぉぉい!香港でもキタサン祭りでーーす!」

 

 どこでも変わらない、あたしの走りを貫いて!香港でも担ぎましょうお神輿を!これがキタサン祭りです!

 

 

 

 

 

 

 ……香港スプリントをキタサンが勝ったようだ。聞こえる歓声から分かる。

 

(だろうな。君ならば、問題なく勝てるだろうと思っていた)

 

 頭に浮かぶのはキタサンの目標。SMILE区分全制覇に加え、ダートも勝つことで、バクシンオーを超えることを目標にしていると聞いた。

 これで、彼女は4つの区分を制した。残るは一つ、マイル区分のみ。

 そう、私が最も得意とする距離を、彼女は残している。

 

(偶然か、はたまた狙っていたのか。なんにせよ)

「いいだろう、キタサン。君の挑戦を、私は受けて立つ」

 

 考えられる線としては、ダートのフェブラリーステークスでの激突が一番最初になるか。まぁ、どこであっても変わらない。

 心が躍る、感情が昂る。私の激情が、キタサンとの勝負に興奮を隠せない。

 

「まずは香港マイルを勝つとしよう。全ては十全に仕上げてある……後は、勝つことのみ」

 

 歩みを進める。シャティンレース場に向けて。いつもはうるさいぐらいに高鳴る心臓も、緊張で真っ白になることもない。

 静寂。凪のように心は穏やかで。レースに集中していることが分かっていた。

 

 

 ──結果。

 

《あ、圧勝!ドゥラメンテ圧勝!香港マイルを制したのはドゥラメンテだッ!!2着に5バ身差をつける大勝で、ドゥラメンテが香港マイルを制したァァァ!凄まじい強さだドゥラメンテ、世界のマイル王は彼女で決まりだ!》

《やっぱり、ミーティアのウマ娘は強いねぇ。そして、これで日本勢は3勝だ!》

 

 香港マイルを無事に勝つことができた。さぁ、次の勝負に向けて、調子を整えるとしよう。

 

(……ッ!いた、トレーナー!)

 

 握りこぶしを作る。勝利を誇示するように、拳を高く掲げる。トレーナーに伝わったのか、彼は小さく手を振っていた。

 よし。これでいい。彼に、勝利を伝えることができた。

 

(これで年内のレースは全日程が終了した。後は……次年度とグランドマスターズの予選、だな)

 

 日本での戦い。キタサンにシュヴァル、クラウンにアース。彼女らに勝ち続けて、私は最強を証明しよう。




禁断のシニア2年目……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。