大阪杯を制したキタサンブラック。阪神レース場は彼女の勝利を讃える声で埋め尽くされている。
「すげぇぞキタちゃぁぁぁん!」
「おめでと「おめでとうございますキタさんッッ!これは花丸な勝利ですよーっ!」うわっびっくりした!?」
声援に応えるように手を振るキタサンブラック。観客が歓声を送る中で、ライバル陣営は今回のレースを分析していた。
最終的には一度も先頭を譲らない逃亡劇により、他のウマ娘を見事に封殺。消耗戦を仕掛けたかと思えば、二の足を炸裂させてまた引き離した。
なぜ二の足が残っていたのか?シュヴァルグランのトレーナーである天城は、ある仮説を立てる。
「おそらくだけど、コーナーか。それに」
「向こう正面でも息を入れているな。随所で適宜スタミナを回復し、最後の最後まで脚を残した」
向こう正面の直線と、最後のコーナー。そこでスタミナを回復するために息を入れたということだ。
いつもよりも深く息を吸い、気持ちを落ち着かせるのと同時に末脚を使うための体力を残した。その結果が最後の直線での二の足に繋がっている。天城とシンボリルドルフは、そう予想した。
「でも、逃げのキタちゃんがそれ出来るってのが恐ろしいよね~。しかも」
「……とても、リズムよく走れていました。スタミナの消費は、思うほどないでしょう」
「それに、キタちゃんは本来ステイヤー。2000mならわけない、ってことかな?」
トウカイテイオーもマンハッタンカフェも、終始崩れることなくレースを支配していたキタサンブラックに称賛の言葉を送る。見事なレースだったと褒めた。
サトノダイヤモンドは息をのむ。相手の強大さに、わずかに震えた。
今回彼女は出走していない。阪神大賞典に出走していたため、大阪杯で戦うことはなかった。
しかし、
「ダイヤ、しっかりと見ていたかい?君が、次に戦う相手の強大さを」
「はい。しっかりと」
次走に見据えている春の天皇賞。キタサンブラックの次走であり──サトノダイヤモンドの次走でもある。
同世代を下して無敗の三冠を取ったサトノダイヤモンド。サトノにクラシック三冠の冠をもたらした彼女は、家の者から称賛を浴びた。
ただ、サトノダイヤモンドは満足していない。まだまだ自分は未熟であると、この冠は通過点でしかないと思っている。
(キタちゃん)
視線の先に見据えるのはキタサンブラック。幼馴染で、ずっと近くにいると思っていた相手。
幼馴染は、世界の強豪相手に鎬を削り、現在時点における最強。もう一人の最強であるドゥラメンテと並ぶ、世界トップレベルのウマ娘となっていた。
それを聞いて、黙っていられない。このままではいられない。
「私も、負けていられません。キタちゃんが相手でも、私の全力をぶつけます」
意気込むサトノダイヤモンド。しかし、その手は震えている。恐怖によるものか、歓喜によるものか。彼女自身もよく分かっていない。
天城はサトノダイヤモンドの覚悟を聞いて頷く。彼もまた、担当が望むならと覚悟を決めた。
ことは単純にはいかない。今回の大阪杯は中距離。言ってしまえば、キタサンブラックが最も得意とする距離ではない。
春の天皇賞は長距離。キタサンブラックの一番得意な距離だ。
すなわち──
臆しても仕方がないだろう。逃げるという選択肢もある。だが。
「ただ、逃げはないよ。シュヴァルもダイヤも、天皇賞に挑む」
だからどうしたと、サトノダイヤモンドたちは覚悟は決めている。
どれだけ強くても関係ない。勝負はやってみるまで分からない。だからこそ挑む。
担当が覚悟を決めている。なら、支えるのがトレーナーの役目だ。
「たとえ弱点がほぼ見当たらない上に半端な揺さぶりも意味がないとしてもっ!」
「台無しだよトレーナー!」
「事実とは言え、それを口にするのはどうなんだトレーナー君」
「バクシンオーさん、みたいですね。本当に」
心の底ではどうすんだこれ、みたいな状態になっているが。トウカイテイオーもシンボリルドルフも呆れていた。
「お疲れ様、シュヴァルー!今回のレースを糧にして、次こそリベンジだー!」
「今回のレースは新しい君の門出だ。今回の敗北を糧にして、次に活かそう」
嘆くトレーナーを無視してシュヴァルグランを労う。声が聞こえていた彼女は、ぺこりと一礼して戻っていった。
その目は、死んでいない。
別のところでは。
「惜しかったぞクラウーン!次は春天でリベンジだー!」
「次、頑張りましょう!まだまだ始まったばかりなんだから!」
「トレーナー、ヴィルシーナさん……」
サトノクラウン陣営。落ち込むことなく、先を見据えて、自分たちらしく突き進む。
彼らの声が聞こえたサトノクラウンは、頬を叩いて気合いを入れなおす。
(そうよ。まだまだシーズンは始まったばかりなんだから!)
落としていいレースなんて一つもない。それでも、まだ挑めるレースはたくさんある。
長距離を走れるようになった。次の春天にも出走予定だ。
「長距離はキタサンの庭。このあたりで、キタサンの本来の強さを知るのも悪くないわね」
次の作戦を練る。勝利を掴み取るために、諦めている暇などなかった。
サウンズオブアースはというと。
「ベニッシモな
いつも通りだった。素晴らしいレースに歓喜し、また次のレースに出走しようと考えていた。
◇
ドゥラの高松宮記念、キタサンの大阪杯。どちらも無事に勝利することができてほっと一安心だ。実力を疑っているとかそういうのじゃないけど、やっぱりレースはハラハラする。
2人の次走は春の天皇賞。早くも2回目の激突だ。
「長距離の君の強さは良く知っている。だが、それでも」
「うん、負けないよドゥラさん!」
2人とも気合いは十分、だね。
ただ、その前に。
「ファン大感謝祭、か」
「今回はちゃんと予約があるからねぇ。いよいよ、我らのST-2お披露目の時だ!」
「正確にはシュガーライツさんの、だけどね。みんなと協力したからあながち間違いではないけど」
ファン大感謝祭のことを忘れないようにしないと。
ついに完成したサティのお披露目。シュガーライツさん曰く、しっかりと理事長に許可を取って発表する場を設けてもらったらしい。その辺も抜かりなくだ。
そして、どのタイミングでお披露目されるかというと。
「まさかのオープニングセレモニーで、なんてねぇ」
「せ、責任重大ですよ……!ファン大感謝祭の、一番最初ですから!」
「開会式の後でお披露目なんて、凄い時間をもらえましたよね、本当」
開会式の直後、である。正確には、運動の種目が始まる前の段階で、サティの実験結果を証明することになる。
当然、注目度は段違いだ。失敗でもしようものなら、後のプログラムにも影響が出てくるだろうね。
「で、でも!あれだけ頑張ってきたんです!きっと、成功しますよ!」
「当然ですわ。それに、現時点において稼働になんの問題もありません。間違いなく成功しますわよ」
「ジェンティル君、どことなくフラグっぽい発言は止めたまえ」
問題はないだろう。エアシャカール達もいるわけだし、なにより今もトレーニングを手伝ってもらっている。不測の事態に対する備えはしっかりと……これ以上は止めておこう。本当にフラグになるから。
シュガーライツさんは緊張していたけど、むしろ張り切っていたな。
「そんな大役を務めさせてもらえるんだ。頑張らなければならないな」
と、この前言っていたのを思い出す。
本人の心構えもできている。本番を待つのみ、だね。
話がファン大感謝祭になったということで、みんなはどのように過ごすか?という話題が挙がった。
「トレーナーさんッ!トレーナーさんはどのように過ごすおつもりですかッ!」
「おやおや、トレーナーくぅん。まさか予定が入っているとは言うまいね?」
「貴方がどのようにすべきか……分かっていますわね?」
なんかみんなして僕の予定を聞いてきたのはなんでだろうか?そんなに気になる?
予定、予定か。特にはないけども、しいて言うなら。
「仕事」
「「「……」」」
みんなの視線が痛い。呆れるような目にちょっと怒りがこもっているような視線が突き刺さっている。
うん、流石に仕事は止めておこう。この状況で仕事をしようもんなら、バクシンオー辺りが乗り込んできて無理やり連行されかねない。
「分かった、分かったから。さすがに仕事はしないから。だからそんな目をするのは止めてほしい」
「どうですかね?念のため、見張りでもたてますか?」
「トレーナーに対する信用があまりにもないわね……仕方ないけど」
どういうことかなアイ。
「トレーナーさんは働きすぎです。今度は仕事そのものを取り上げられても知りませんよ」
止めてほしいイクイ。想像しただけで僕はどうにかなりそうだ。
僕のことはいいとして、他のみんなは前回話題に挙がった通りだ。タルマエはいつものように出店して、バクシンオーとジェンティルは同じ競技に、キタサンは実況役として参加。タキオンは解説だ。
ドゥラはエアグルーヴに誘われて別の競技に出走するらしい。アイとイクイは基本的に観戦、と。
「あ、あたしはダイヤちゃんにも誘われているんです!バクシンオーさん達の競技が終わったから、ダイヤちゃんと見て回る予定です!」
「そうなんだ。遠征とかもあって遊びに行けなかっただろうし、ちょうど良い機会だね」
「そうなんですよ~。楽しみだな~!」
サトノダイヤモンド、か。春の天皇賞でぶつかる相手だね。
強敵なのは間違いない。ステータス的には数段劣る相手だけど、シンボリルドルフやトウカイテイオーたちから培った技術がある。ひっくり返される危険性はあるだろう。
Uランクが見えていることから、領域に到達しているのは間違いない。
またしっかりと映像を見直さないといけないな。手始めにデビュー戦のものから。
「トレーナーさんッ!そのお顔、次走のことを考えていますねッ!」
「っ!?」
「委員長の目は丸っとお見通しですッ!お祭りが近づいているんですから、レースからいったん離れましょうッ!」
おかしいな、そんなに表情に出るかな僕……。
「ファン感謝祭が近づいていても研鑽を怠らないその姿勢、わたしも見習わないといけないわね!」
「アイさん、トレーナーさんのは真似ちゃダメです」
そうだね。タルマエの言う通り、絶対に真似しない方がいいよアイ。
近づく春のファン大感謝祭。サティのお披露目が成功できるように、準備を怠らないようにしよう。
お空の世界の労働が厳しくてね……。